小さな拾いもの

 備兵なんてのは、大抵嫌われ者だ。  この仕事についてなにも知らない連中は、攻め入る側でなく守る側、市民側について戦えば「自分たちを守りに来てくれた、助けに来てくれた」と感謝されると勘違いしてる。そんなわけない。もちろんゼロとは言わないが、大抵は嫌われている。  なにせこっちは仕事として戦ってるだけだから、その国の事情にいちいち感情移入していられない。だから、プロフェッショナルとして十分以上の仕事をしたところで、現地の人間からは「必死になってない」ように見える。要するに、「他人事だ」と。  実際俺たちは金を貰って戦ってる。割に合わないとかいった話が出ることもある。割に合う合わないなんて、その国、その土地で、いつ殺されるかも分からずに生きてる奴等からしたら、間違いなく腹の立つ考え方だ。  それに、俺たちは雇い主に逆らえない。俺たちは、その国の軍隊、軍人、兵士と違って、国を守るために戦ってるわけじゃない。雇い主の指示に従ってるだけだ。雇い主がやたら国民思いで、「付近の街の人間が困ってたらまず彼等を助けるのを優先してくれ」とか言うなら、俺たちも善良なヒーローになる。だが、戦争に勝つためには多少の犠牲は仕方ないって考え―――まずこっちだ。さもなきゃ国が落ちる=もっと多くの人間が不幸になるわけだから―――の場合、すぐそこにある街を見捨てて、前線の軍への物資補給、そのための移動を優先するなんてのはザラだ。  だから、戦争がしばらく続いて、そういう傭兵を何度か目にすると、……分かるよな?

 ただ、傭兵なんてものをこれまで見たこともない、戦争初期に初めて訪れた場所なんかだと、「自分たちを助けに来てくれたんだ」と勘違いして、案外歓迎されることもあった。  俺も大概無神経なほうだが、明日どうなるかも分からん人らの前で金の話をするほど馬鹿じゃない。雇い主、上の指示次第じゃなんにもしてやれないのを、すまんなとも思う。できるだけのことくらいはしてやろうかと思う。そういうのがなんとなくでも伝われば、それほど邪険にはされない。  そして"そのとき"は、もう少し事情が違っていた。

 “そのとき"のことについて話すなら、コクロさんについても話しておこう。  コクロさんてのは俺の先輩、もしかすると師匠にあたる傭兵だ。ミッドランダーで、俺が20にもならんうちにこの世界へ踏み込んだとき、もう40くらいだったと思う。変わったなまりのある共用語を話していて、いくらか馴染んだ頃に聞いたら、生まれはドマだと教えてくれた。  ルガディンの俺から見たら胸くらいまでしかないわけだが、やっぱり貫禄ってのがあった。無口で無愛想で、「馬鹿は死にゃあいい」とか言うほど辛辣な人で、人に好かれてはいなかった。特に傭兵じゃない普通の人からしたら、頭のおかしい偏屈なおっさんって感じで、気味悪がられ嫌われてたと言ってもいい。だが、傭兵はオトモダチサークルじゃない。仲間に好かれるかどうかより、腕が立ち信頼できるかどうかだ。その点コクロさんは長いことこの仕事をやっていて、顔も名も売れていたし、誰からも一目置かれていた。

 俺は、どうせやるなら一番仕事のできる人の真似をしようと思っていたから、ベテランの中でも頭一つ抜けてるコクロさんにつきまとった。  そうすると案外、教わること、(知識や戦術を)盗むことは普通にさせてもらえた。怒鳴られることも罵られることもしょっちゅうっていうよりいつも必ずだったが、でたらめやいい加減なことを言うことはない。なんでそうするのか理解できないことがあって尋ねれば、さんざん罵倒されるし嫌がられるが、しつこく食い下がると最後にはちゃんと「これはこうだ」と教えてくれた。そしてその知識とか理屈ってのは実際に役に立ったし、たとえ頷けなくてもそういうこともあるなと納得はいった。  愛想良くて付き合いやすいけど、そのヘラヘラした顔でいい加減なことを適当に言う奴よりずっといい。俺は脳内にコクロさん辞書を作って「このクソ馬鹿そのデカイ頭の中身は空っぽか」はイコール「いいかよく聞けよ分かるように教えてやるからな」みたいに変換して、その勝手な翻訳を楽しんでたくらいだ。だからコクロさんのことも全然嫌いじゃなかった。

 ガレマール帝国がドマに侵攻したとき、コクロさんはほとんどすぐドマに渡った。なんでエオルゼアに来てたのかとかは知らないが、故郷が侵略されたとなれば迷わず帰る、それくらいのつながり、愛着みたいなものはあったんだろうなと俺は思った。  俺もついていったが、渡航する船の中でも事情とかはなにも話してくれなかった。ただ、いつもの仕事とは違うってことは雰囲気で分かった。  それを隠せているとは思わなかったのか。それとも、俺の中にあった、コクロさんの故郷のピンチなんだから手助けするぞ、みたいな甘いヒロイズムに気付いたのか。俺に言うだけじゃなく自分に言い聞かせるためでもあったと思う。 「こいつは仕事だ」  いつもと同じただの仕事だ、くだらんことは考えるなと言われた。

 ドマ人のコクロさんには、傭兵じゃない別の戦い方もあっただろう。にも関わらず傭兵として参加する。そのへんになにかあること、そこにある屈託みたいなものくらいは俺にも分かった。  コクロさんはいつものコクロさんじゃなかった。いつもと同じ仕事だとは言っても、戦地で怯えてるのは故郷の人だ。直接の顔見知りではなくても、どこか懐かしい馴染みの人たちだ。そのせいかコクロさんは、いつもならしないような判断を時々してた。  一番デカかったのは、立ち寄る予定のなかった村で負傷者を休ませてもらう、ということだ。

 傭兵だろうがなんだろうが、兵士がいればそこは戦場になりうる。だから普段のコクロさんは、町の人らを巻き込まないため、関わらせないため、補給拠点や中継拠点と決められた場所以外には近寄らなかった。  だがそのときは違った。  安静と治療が必要な怪我をしたのもヤスケってドマ人で、だから傭兵じゃなく村の知り人として預かってもらおうとした。  俺はコクロさんがそう決めるなら、危険性はそれほどないんだろうと思ったし、この仕事やって日が浅い連中じゃコクロさんに意見なんかできない。 「寄らぬほうが良いと思うがな」  真っ向から反対したのは、マサナリって名前のアズマ人だった。

 こいつは、えらく年寄りくさい共用語を話すが、見た感じ俺と同じくらいの年のミッドランダーで、かなり腕のいい斥候だった。人員の補充で一週間くらい前に合流した奴だが、今まで会ってきた中じゃダントツなくらいに仕事が正確で隙がない。俺には点にしか見えないようなのを若い女だと見分ける目を持ってたし、戦わせてもえらく身軽ですばしっこく、ウルダハの格闘ギルドにだってこれだけ身のこなしのいい奴はそうそういない。  だが腕が立ったところでコクロさんを曲げることなんかできない。もちろんコクロさんだって間違ったことを押し通したりしないが、「どっちでもいい」ならまず自分のやり方でやる。ましてや納得できるはっきりした理由がなかったら絶対だ。  ヤスケもドマ人だから、村人を巻き込むようなことはしたくない、自分はいいから寄らずに進んでくれと言ったが、コクロさんはそれでも寄ると決めたのを変えなかった。  マサナリ、マサもあれこれ説得しようとはせず、 「どうしても寄ると。ならば、強いては止めませぬよ」  あっさりと引き下がった。  結局コクロさんは、ヤスケを預けたら俺たちはすぐ離れる、そしてヤスケにはこのまま戦線離脱させるってことに決めた。

 その村はこれまで争いに巻き込まれたこともない平和な村だった。  そのせいで俺たちのことをドマの正規兵と変わりなく、自分の国のために戦ってくれている連中だと思っていた。それで、怪我人を村人ということで預かるのはもちろん、あんたたちも休んでいけと引き留めてきた。  もちろんコクロさんは、それは危険だからすぐに出て行くと言ったのだが―――故郷の人たちの人情には、さすがのコクロさんも強く抗えなかった。  もう時間も遅い。あんたたちだって疲れてるだろう。どうせどこかこの近くで今夜休むことになるなら、泊まってゆっくり体を休めてほしい。自分たちのために、この国のために戦ってくれてるんだから。  そんなふうに言われて、よっぽど珍しいことにコクロさんも逆らえなかった。

「……不満そうだな?」  その様子をえらく冷ややかに見てたマサに言うと、かなり上にある俺の顔を横目に見上げて、 「おそらく面白い話(わけ)が聞けよう。わしが聞いてはなにも言わぬであろうが、弟子であるおぬしが聞けば、なにか話すやもしれぬな」  そう言って、見張りに立つと言って去っていった。  そういう態度とるから胡散臭さがられるんだと、俺は溜め息をついた。  マサはあんまり話の輪にも加わらず、一歩二歩引いた感じで、胡散臭いようなところもあって、隊の仲間の中には帝国のスパイなんじゃないかと疑ってた奴もいた。俺は逆な気がして話しかけたりしたが、他の奴は敬遠してたように思う。  もしマサが本当にスパイなら、誰より信頼できる仲間みたいな態度でいるんじゃないか。なのにマサは逆で、冷めた目で俺たちを見てる、観察してるって態度を隠そうとしない。わざとそうやって不信を感じさせてる気がしたほどだ。立ち寄ると言ったコクロさんに反対したのも、コクロさんが絶対譲らないことなんか承知で挑発したみたいだった。  何にせよ、マサのほうもどう言ったって聞きそうにないし、俺は諦めて、他の奴等と一緒に老人の後について、庄屋だっていう一番大きな家に向かった。

 戦争の不安は色濃かったが、それでも本当に平和な、鄙びた村だった。  働き手は徴兵されて戦い手になってしまい、村に残っているのは戦えない者ばかりだ。子供、老人、それから若くても病弱だったり華奢だったりして戦えない奴等。だからかもしれない。なにかあれば俺たちが守ってくれると勘違いするんだろう。働き手がいなくなって自分らの暮らしも大変な中で、俺たちをもてなしてくれた。  コクロさんは村の連中に、あんまり良くしてもらっても困ると話した。敵襲があっても、命令があれば見捨てて行くしかなかったりもする。雇われてるだけの俺たちには、自分の気持ちよりも上の命令のほうが強い。人を殺すことを仕事にしてると、自分の意志なんてないほうが気楽になる。場所や相手によって助けたり助けなかったり、そうやって自分の心で行動を決めていたら、とてもじゃないが戦争屋なんてやってられない。だから俺たちは、自分の良心より上の命令に従う。 「若い(年じゃない。経験年数のことだ)奴等ぁともかく、十何年もこんな稼ぎ方続けてるような奴ぁ、まともじゃねえんですよ」  それは飯の場にいた村の人たちだけじゃなく、俺たちにも言い聞かせてるみたいだった。

 その夜俺は、寝床に割り当てられた納屋の二階で、コクロさんにどうして寄るって選択をしたのか、いつもなら足手まといを見捨てたって関係のない人たちを守ることを優先するのに、たしかに珍しいよなと話を振った。マサに言われたことが頭にあったせいだ。  いつもだったらコクロさんは、くだらねえこと言ってないで寝ろって言っただろう。だがやっぱりそのときは、マサが言ったとおり、長い沈黙の後でぽつりと、 「ここぁ、俺が生まれた村だ」  と答えた。

 俺はびっくりした。そのわりに村の人は1人だってコクロさんを知らない様子だ。知ってて知らないふりしてるとかいうのじゃなく、ごくごく自然に、俺たちと同じくらい初めて見る傭兵の1人、それだけの接し方だった。  だが聞けば無理はない話で、コクロさんは四歳のとき、親から売られて村を出ていた。 「俺ぁ覚えてねえが、その数年くらいは、えれぇ干害だったとかでな。うちに置いといたって食わせてやれねえなら、買ってくれる奴に売って、おのれらは金を手にして食い、俺はそっちで働いて食わせてもらう。そのほうがどっちも生きられるってえ、そんなことだったんじゃねえかとよ。……せいぜいいいように思っておきゃあな」  つまり、たった四歳だったんじゃ本当の理由なんて知ってるわけなくて、村人の中にその親ってのがいてもコクロさんは覚えてもないし見分けもつかず、それは相手も同じだ。だがそれでも、あるいは”だからこそ”、生まれた場所ってのにどうしても一度寄りたかった―――。

「……ってことかよ、コクロさん」 「うるせぇ。てめえの知ったことかよ」  話はそれっきりだった。  そんな親でも恋しいと思うのか、それとも恨んでるのか、もうどうでもいいのか。そんなことはなにも聞けなかった。  ただ、翌日朝早く、出発しようとするのをひどい雨風だからと止められて、それに逆らわなかったのを見ると、親って人はともかく村って場所は、コクロさんにとって恋しい場所なのかもなと思った。  すぐ出て行くんじゃなかったのか、なんて言う奴もいたが、そいつらも強くは意見しなかった。だいたい、ここまでの道中は小規模な戦闘が一度あったきりで、別に追手がいるわけでもない。そもそもそのときの俺たちの任務ってのは特になく、輸送任務からの帰路にあって中継拠点になってる街へ向かってるだけだった。野営じゃなく屋根と壁のあるところで寝て、粗末でもあたたかい飯を食わせてもらって、だから誰だってこう言いたくなる。「コクロさんがそう言うなら危ないことはないんだろうし、だったら少し世話になるのも悪くない」。

 それに、俺たちにも人情はある。ちょっとしたヒーローみたいに扱われれば悪い気はしないし、親切にされれば自然と、この村が危険なことに巻き込まれなければいいと思う。こういう人たちの暮らしを守るために戦ってるんだな、なんて気にもなる。  だから、昼を過ぎて雨が上がると、誰に頼まれたわけでも命令されたわけでもなくてもみんな、村の野良仕事を手伝ったり、水汲みだなんだの重い仕事に手を貸したりと、世話になった恩返しにこまごまと働き始めた。  農民出の奴なら畑仕事を手伝える。だが俺にはそういう暮らしの経験がなかったし、それに変なことに、妙に子供に面白がられちまった。

 ミッドランダーの村には、他種族が来ることもめったになかったらしい。そう遠くない場所に大きな街があって、これが俺たちの向かう中継拠点なんだが、大人たちはそこに出かけていくこともあるからともかく、村から出たことのない子供にとって、他の人間とまるっきり異なる俺は、最初は怖がられ、怖くないと分かると今度はおもちゃになった。  親に抱き上げてもらったことはあっても、俺のように片手でひょいとってのは無理だ。面白半分の力自慢に一人持ち上げてやったのが運の尽きで、次から次へとたかられた。そのうち3つか4つくらいの小さいのが三人、俺を山かなにかみたいに登ろうとしはじめて……。  とんだ目に遭ったが、殺伐とした殺し合いの中では、別世界の出来事みたいに平和な時間だった。

 俺は村の老人、60以上だろうって人を見ると、もしかしたらコクロさんの親なのかもしれないな、なんて思ったりしたが、その誰にしたって、自分の子供をなんとも思わず売るような奴には見えなかった。売ったならコクロさんの言ったとおり、たとえ離れ離れになっても親子ともどもどうにか生きていくためとか、そんな理由だったに違いない。  村の人らは平凡で、ありきたりで、なんてこともない有象無象で、だがみんな素朴で普通に親切で、ちょっと臆病だったりもして、こういう人たちが酷い目に遭わないといいよなって普通に思えるようないい人たちだった。  スレた傭兵も、よっぽどでなかったらやっぱり相手の空気とかその場の雰囲気には引きずられる。俺たちはめったにないくらい”気さくで頼もしい傭兵さんたち”になってた。  そんな中で相変わらずマサだけが少し離れた位置にいた。物理的にも、心理的にもだ。

 見張り役ってのもあって、村の外のデカい木の枝にいて、下りても来ない。もしかすると寝るのもここで寝たのかもしれない。飯くらい食わないとやってられないだろうに昼飯どきにも姿を見せなかったから、俺はニギリメシ、オニギリってのを4つ、植物の皮らしいのに包んでもらって、届けてやることにした。 「おいマサ。飯。食ってねえんだろ」  下から呼ぶと、 「投げてくれ」  そう言われる。はいはいと言われたとおりにすると、マサの足元のほうに飛んじまったが、いったいどうやってかそれをぱしんと手元に引き寄せてマサは受け止めた。 「なんか見えるか」  俺が聞くと、 「いや。まずは何事もなかろううな」  マサが言うならそうなんだろう。マサも俺も若造に入るが、俺はこれでも6年はこんなことして食ってるわけで、年だけ上の奴よりも経験はあったりする。マサも小僧のときから傭兵だとかあるいはサムライだとか、なにか戦ってたんだろうって気がする。もっとも、聞いたって答えてくれる気はしないので聞かずにいるが。

「で、聞けたか?」  唐突に上から言われて、一瞬なんのことかと思ったが、 「ああ、コクロさんの話か。聞けたぜ」 「やはり愛弟子ともなると、他の者には言わぬことも言うのであろうな」 「よせ気色悪ィ」  そういう言われ方はぞっとする。コクロさんにとって俺は、無視しようとしても鬱陶しく聞いてくるし、だったら教えて追い払ったほうがマシな小僧ってくらいだ。それでもやる気のあるとこ、言われたことちゃんと覚えるとこくらいは認めてくれてると思うし、俺以外の奴が同じこと聞いたってコクロさんはなにも言わなかったってのは、そうかもしれない。

 俺はマサに、ここはコクロさんの生まれ故郷らしいって話をした。他の奴には「縁があるみたいだ」としか言わなかったが、そもそもはマサが、ここに立ち寄ったのにはなにかわけがあるはずだ、おまえが聞けば教えてくれるかもしれないと言い出したことだ。そのせいで俺は、聞いた話をそのまんま伝えた。 「なるほどな」  マサはそう言うと、続けて、 「なんにせよ、これ以上の長居はすまい。明日の朝には発とう。もう十分、時はあったはずゆえな」 「ん……ま、だろうな。そもそも立ち寄るのだって、よっぽどのことがなきゃやらねえ人だ」 「余程の、な。鬼の傭兵も、里心には敵わぬということか」  小さく笑ってマサは、自分はこのままここにいるが、夜飯は必要ない、寝るから起こすなと言って寄越した。  ―――俺は、マサを変な奴だとは思った。だがそれ以上には思わなかった。マサがずっとなにを見てたのか、なにを知っててなにを考え、なにに気付いてたのか、分かったのはもっとずっと後のことだ。


 俺たちはその翌朝、早々に村を出た。もう少し待ってくれれば昼のニギリメシくらい持たせてやれると言うのを振り切って、ヤスケをよろしく頼むとだけ残し逃げるように立ち去った。  そうして拠点に辿り着き、そこからいくつかの戦地を点々としてるうちに、その村でのことは思い出しもしなくなった。のんびり回想に耽られるほど楽な戦争じゃなかったからだ。  ドマに勝ち目のないことは見えていた。  ここ数百年、侵略することもされることもなく平和に過ごしてきたドマが、準備万端で攻めてきた帝国を迎撃できるはずもない。騎士団や軍にあたる侍組も、大半は人を斬ったこともないお飾りになってたし、軍隊としてもまるっきり統率がとれていなかった。  戦争することを前提に軍事訓練してきた帝国兵に、そんな連中が太刀打ちできるわけがない。戦線は日ごとくらいの勢いで後退していた。

 その中でドマ側についた俺たち傭兵もせいぜい戦ったが、指揮官に戦争経験がないんだから話にならない。戦力の小出しな投入、とっととその土地一つ捨てて撤退すればいいのにしがみついての壊滅、まんまと敵に釣り出されて小さな勝ち一つのために数百人の兵士死なせて、そのせいで次の侵攻にたった半日も耐えられない。失策に次ぐ失策、また失策で、その尻拭いのため一番危険な場所で戦わされるのは俺たちだ。  ま、当たり前だ。自分とこの国民からなってる正規軍は大事だが、金で人の命奪い合う傭兵なんてどうなろうと構うことじゃない。そんな扱いが嫌なら傭兵なんかやめちまえっていう、いつものことだ。  ただ、契約期間がすぎれば話は別になる。  契約を、新しい条件で更新し、ドマにとどまるかどうか。俺たちにはそれを選ぶ権利があった。    敗戦を重ね、人の命、土地も含めてあらゆる財産を消耗したドマに、傭兵に払える十分な給料なんてない。提示される金額は最初の三分の一だ。  そのうえ、まともな作戦もなけりゃ指揮もできない”上”に振り回されて、無駄で不利ででたらめな戦いを押し付けられる。慣れた目から見ればどう足掻いたって負けと決まった戦争に、これ以上関わるかどうか。  国民や義勇兵ならともかく、傭兵なら答えはノーだ。  俺たちは自分から戦争に首突っ込んで戦う馬鹿だが、自殺したくて戦ってるわけじゃない。勝ち目があったり、大局では勝てないとしてもその中でなにかできると思うから戦う。だがこのドマに勝利はないし、必死に足掻いたところで俺たちにできるのは、馬鹿な”上”のせいで自分らが落ちる泥沼からもがき出ることばかりで、どこかを守るとか誰かを助けるとかまで手が届かない。  莫大な大金積まれれば、別かもしれない。自分は死んでも、恋人とか家族にその金を残してやれるならって奴も中にはいる。だがそんな金は到底期待できない。となると、―――そう、ドマの戦争は、もう完全に「割に合わな」かった。  で、だから傭兵は嫌われる。死に物狂いで自分たちを守ってなんかくれないんだから。

 それでも残るってのは、なにか理由がある奴だけだ。  コクロさんはこのまま残ると言った。俺は帰ることにした。俺がそう言うと、コクロさんは妙にほっとした様子で、 「いっちょまえンなったな」  初めて褒め言葉らしいことを言ってくれた。  そこでコクロさんとは別れて、俺は帰還のため、他の連中と一緒に中継拠点にしばらくとどまることになった。

 負け続けた結果、戦場になった土地からは大量の避難民が無事な土地に流れ込み、初期に訪れたときより治安が悪くなっていた。食い物はお国のために戦うおサムライ様優先で、金のある商人はその金で必要なものを買い、焼け出されてきた一次産業の従事者や貧民から行き詰まっていく。  そこでの俺たちは、契約が終わればドマを見捨ててさっさと帰っていく戦争キ◯ガイだ。そんな視線にに腹立てたり傷ついたりしてるのは、傭兵ってものを全然理解してないぴよぴよだ。慣れた俺たちは「そういうもんだ」と分かっててやってる。そういう目で見られて平気なわけじゃないが、いちいち気にしない無神経さくらい身に着けている。そうでなきゃやってられない。

 負け戦のまっただ中じゃ予定どおりにいかないことばかりで、一週間もすれば出るはずだった移動許可も、なんのかんのでさっぱり音沙汰ないまま十日、半月と過ぎた。  俺たち傭兵は手持ち無沙汰だった。もし街が襲われれば戦うつもりくらいあるが、中継拠点は物資や軍の行き交う場所でもある。ここが落ちたとなったら、南郡と呼ばれるこのあたり一帯が落ちたも同然で、つまりはそうそう攻め込まれる場所でもない。  荷運びや土方の仕事はあっても、そんなものまずはドマ国民の雇用が先。金目当てに戦争に来た傭兵なんか絶対にお呼びじゃない。つまり俺たちは、足止めされるほどただ金が出て行くだけで、気が荒くなる奴も現れる。そいつらがトラブルを起こせば当然、なにもしてない俺たちも巻き添えだ。馬鹿が一人、通りすがりの女を無理やり引きずり込んでナニやらしたとかで、一気に傭兵の評価はどん底になった。

 そうやって盛大に嫌われて、白眼視されてるはずの街の中でだった。  飯を買いに出た俺は突然なにかに足を掴まれ、抱き着かれて、心底びっくりした。  一瞬は、なにがなにかはよく分からんが襲われたと思ったくらいだ。だが幸い、蹴りはがす前に下を見て、そこにいるのが小さな女の子だと―――見覚えのある子だと気付いた。  あの小さな平和な村だ。覚えてる。面白がって俺を登っていた三人の子供たち。二人は男の子だったが、中に一人、女の子がいた。子供に恥じらいなんてものはない。着物が割れて下履きはまるだし、それでよじよじ必死に登ろうとするんだから、どうしたもんかと心底困った。仕方ないからとっとと掴み上げて肩に乗せてやると、自分で登りたかったらしく、丸い類を更に丸く膨らませてぶんむくれた。だがそんな気分もすぐに変わって、耳元できゃっきゃと甲高い声で笑っていた。  その子が今、俺の足にしがみついてわーわー泣いていた。

 こんな子供にまともな話なんかできるわけがない。いったいどうしたって聞いても無駄だ。思い出すかぎり、母親は見かけた。迎えに来てた。面長に細い目の、お世辞にも美人じゃなかったが、口元はこの子にそっくりだった。  「お母さんはどうした」なら分かるかもしれない。だが尋ねても泣き声の音量が上がっただけだった。俺が困惑してると、駆け寄ってきた痩せぎすの女がその子を引きはがした。ろくに俺の顔も見ないで直角くらいに腰を曲げて頭を下げ、連れ去ろうとする。  途端に泣き声のボルテージが上がり、ちびっこは嫌がって俺のところへ戻ろうとして暴れ、周りの目、今まででも十分に集まっていたのが更に集中する。  もしかすると、この女のほうが人さらいかなにかだと誤解されたんだろう。袴姿のサムライが二人やってくると、短気にも刀の柄に手をかけながら詰問してきた。

 怯えた女はしどろもどろで、子供の泣き声がうるさいのもあってますます聞き取れない。サムライたちにもイラつくわけはあるんだろうが、それにしたって武器に手をかけての尋問はあんまりだ。  あんたらが刀に手をかけて怒鳴りつけるから、怖くて事情を説明することもできないんだろ、そんな当たり前のことも分からないのか。そう言うと、それに反論をしてくるほど馬鹿じゃなかったようで、二人はやっと刀から手をどけてその人に謝った。  彼女はナオといった。この街にできた孤児の託児所に勤めていると言って、身分証らしい木札を懐から出す。サムライたちはそれを受け取ってよく見ると、それなら子供を連れていても当然だと納得したようだ。

 ここの託児所ってのは、親が死んだとか、あるいははぐれて行方が知れないとか、なんらかの理由で子供だけになったのを集めた場所だ。親のほうからしたら、そこを覗けば自分の子供がいるかもしれない場所でもある。  そこでは順番に子供たちを買い物や散歩に連れ出していた。それで連れて歩いていたこの子が、突然走り出し、泣き声を頼りに見つけたらこうなっていた、―――ってわけだ。  ナオには、なんでこの子が俺にしがみついてたのかなんてさっぱり分からないだろう。俺の格好は明らかにドマ人とは違ってて、今ここにいる外国人ならまず傭兵だってのも間違いない。そんな奴に、なんで子供が泣きつくのか。  立ち寄った村でこの子と遊んだことがある。そう説明するとナオは半信半疑みたいだが頷いた。こんな小さな子供が、たった2日いただけの相手を覚えてるのは不思議だが、俺はルガディン族の中でも大柄だし、なによりこの顔の派手なタトゥーがある。おかげでうっかり目立つと忘れてもらえない。たぶんそのせいだろう。  怪しい者じゃないなんて言うことはできないし、俺の言うことが本当だと証明できる奴もいない。だが子供が俺から離れようとしないからには、この子にとっての俺は悪い奴じゃないと、渋々でも信じるしかないようだ。それでサムライ二人は、騒ぎは起こすなと俺に釘を刺して(俺はなにもしてないってのに)やっと立ち去ってくれた。

 この子が親とはぐれてひとりぼっちになってるなら、あの村はどうしたんだと気になる。俺はナオから、知ってるだけの……ほんの僅かな事情を聞いた。  つい10日くらい前のことだが、この街の南、この子がいたらしい村が焼かれた。それから逃れた子供たちが数人、ここにやってきている。子供たちを連れてきたのは若いミッドランダーの男で、ドマ軍の侍衆のようだったが、子供たちの身内ではないらしく、預けると立ち去ってしまった。  中で少し年上の子が言うには、村に突然帝国の兵士がやってきて、なにかを出せとか、隠しているとか言っていたらしい。子供たちは当然それぞれの家の中に押し込められて、事情はほとんど知らない。分かるのは、そのうち火事になったことだ。 「あのおさむらいさんが助けてくれたんだ」  ナオはそう聞いていた。

 俺たちが村に立ち寄ったのは三ヶ月と少し前のことだから、俺たちには関係ないようだとほっとした。だが聞いた僅かな話でも、村中に火をかけたとしたら、大人たちの大半は生きていないかもしれない。だとしたら、ここに逃げてきた子供たちに迎えが来ることはあるのかどうか。  なんにせよ、離れたがらないなら仕方ない。俺は子供を片手に抱え上げると、ナオと一緒に託児所に向かった。

 予想はしていたがひどい有り様だ。場所は足りず、人手も足りず、子供の数は増える。親とはぐれた子供ばかりだから、泣いたりわめいたりうずくまって動きもしなかったり。汗や食い物やなんや、いろんなにおいが入り混じって、ほとんど悪臭に近い。それでも大したもんで、自分もはぐれた子供の一人だろうに、小さい子供の世話をしてる子もいた。  そんな少し年長の一人が、やはり俺を覚えていた。そして、たとえ異国の傭兵でも、知った顔というのは心細い子供にとって、泣きたくなるようなものなんだろう。12かそこらの少年が、汚れた頬にぼろぼろ涙をこぼしながら俺を見ていた。

 俺はそのムッタって少年から、分かるかぎりの事情を聞いた。東国語はコクロさんに教えてもらったが、ペラペラってわけじゃない。だからナオに通訳してもらいながらだが、一つ一つ順を追って聞いていくと、ムッタは驚くほどいろんなことを見ていたし知っていた。

 遊んでいたら帝国兵が来た。そこからすべてが始まる。それで慌てて家に逃げ帰ると、出てくるなと奥の部屋に入れられた。ムッタはそれでも祖父―――庄屋だ―――のことが気になって、母親が止めるのも聞かず、部屋を出て玄関に行き、戸をすかして広場を見ていた。  なにを言っているかまでは遠すぎて分からなかったが、祖父はしきりに首を横に振っていた。知らないとか分からない、そういう返事をしているように見えた。その祖父を押しのけて、十数人くらいの帝国兵があちこちの家に向かった。  ムッタの家にも二人来た。彼等はムッタや母親、弟には構わず、乱暴に家の中を調べ、なにかを探してるようだった。そのうち急に騒がしくなって、ムッタのところの二人も外に出て行った。それを追いかけまた玄関に張り付いたムッタに、怒鳴りつけるように尋ねる声が聞こえた。 「なんかさ、武器を隠してたって言うんだ」  視線や仕草からして、村の隅にあった涸れ井戸から出たらしい。

 平凡な、というより貧相な農村だ。それでも獣が畑を荒らすことはあるから、狩りのできる村人の家に弓くらいはあった。だがそれは武器ってより暮らしの道具だし、別に隠しもせずそれぞれの家に普通にあった。鍬や鋤なら武器にもできるが、そういうのもあくまで農具だ。ムッタもそれ以外の武器なんて見たこともなかった。  だがそこには確かに、布にくるまれ縄で縛られていたらしい、数人分くらいの武器、弓や刀があったし、帝国兵の一人が取り上げたのは、ムッタは本で読み挿絵でしか見たのとのない”鉄砲”だった。

 問い詰める帝国兵と、満足に答えられない祖父や大人たち。なんだか怖くなってきた、というムッタの感覚は正しい。大人なら、不穏な様子になってきたって言うだろう。それで今度は自分から、家の奥の座敷に逃げ込んだ。  怖くて弟と一緒に座敷の隅で小さくなっていると、母親が大声でムッタと弟の名前を呼びながら奥に来た。ここにいると答えると、半分転んだように飛び込んできて、隠れなさいと言いながら手を引っ張って連れだそうとし、なにがなにやら分からないムッタと弟を引きずり出そうとするかと思えば、急にまた中に引きずり戻す。ムッタにはそんな母親の様子も普通じゃなく、怖くてどうしていいか分からなかった。  そうしているうちに、なんとなく右のほうがあたたかいなとムッタは感じた。村の中心に近い側だ。そのうちぼんやりと、格子窓の外が赤くなってきたのを見た。

 ムッタがそれを教えると、母親は飛び出していってそれきり戻らなかった。  火事だと気付いて逃げようとした。すぐそこの庭に出ようとショウジを開くと、垣根は真っ赤に燃えていてその熱がまともに顔にあたり、とても無理だと思った。玄関へ行こうにも、廊下も壁から天井まで「火の輪っかみたいに」なっていた。  一番奥にあって、庭という空間を挟んだその座敷が、たまたま一番火のまわりが遅い場所だった。 「そしたら、おさむらいさんが助けてくれたんだ」  どうしようもなく弟と二人で縮こまっていたところに、庭のほうから座敷へ、サムライが一人入ってきた。片腕にこの幼児を抱え、逆の手に刀を提げて、ついてこいと言ったのでムッタは弟の手を引いて後を追った。庭に下りると、炎の垣根に切れ目ができていた。そのサムライはどうやら、刀で垣根を切って道を作り入ってきたらしい。ムッタはサムライに先導され、そこを通ってなんとか燃える屋敷から離れられた。

 ムッタの口はそこで重くなり、小さく震え始めた。 「ひ、人がさ……おばちゃんが……おいちゃんが……」 「もういい。そこはいい。思い出すな。考えなくていい。とにかく、おまえらは無事に逃げ出せたんだな? そのサムライに連れられて。な? ?」  かちかち歯を鳴らしながらだが、ムッタは一つ頷いて溢れかけていた涙を拭った。  ムッタは、見てしまったものもあって、村に戻ってもどうしようもないということを理解した。だが弟は7歳。俺にしがみついてきた幼児ほど小さくはないだけに、母親が心配だから帰ろうと言ってきかなかったし、今もそればかり言うという。 「おさむらいさんもさ、探しに戻るなって言ったよ。生きてれば、近くの村とか町に来るはずだから、ここで待ってろって。だ、だからおいらさ、ここでみんなの手伝いして、母ちゃん待ってるんだ」  ムッタは「じいちゃん」を言わなかった。……言わなかった。

 ちびっこが寝てやっと、俺は託児所を離れられた。  傭兵連中がたむろする安宿に戻ろうとしてふと、ちょっと待てと思った。あの村は、ここから徒歩で2日程度の距離にある。必要に応じて休み、夜にはそれなりに寝てもそれくらいで辿り着ける。すぐそことまでは言えないが、そんな近くまで帝国兵が来てるってのはマジでヤバい。あいつらの魔導アーマーだの魔導艇だのなら、そんな距離一日か半日で詰められる。  俺は、話を聞いてもらえるかどうかはとにかく後にして、街の奥、軍のお偉いさんらがいて、作戦本部になってるって話の場所へ向かった。具体的にどこかは知らなかったが、近づけばなんとなく分かる。”許可された奴以外近寄るな”。そういう雰囲気のあるほうへ進めば間違いない。警備の数とか、警備してるサムライの装備とか、置かれた篝火、そういったもので簡単に分かる。  もちろん途中で止められたが、はいそうですかと言えるわけがない。俺はムッタから聞いた話、ここから南にある農村にまで帝国兵が来てることを伝えたいだけだと、まずそいつらに訴えた。

 馬鹿はどこにでもいる。だが幸い俺がぶつかった相手はかなり話の分かる奴だった。子供の話ではどこまで確かか分からん、なんて言ったが、ムッタの話はあった出来事を一つずつ辿って聞き出したもので、少しくらいの勘違いや見間違い、覚え違いなんかはあるとしても、大筋は絶対に確かだ。そうゴリ押しすると、それを俺の思い込みだと言うことはなく、だったらついてこいと言って、本部(この国でなんて言うのかは知らないが)の傍まで先導してくれた。  俺はそこで待たされたが、そのサムライが俺の話を伝えに行ってくれた。  で、俺は 「え? あ、マジか?」  拍子抜けすると同時にほっとした。

 考えてみれば、そりゃそうだった。ムッタたちを助けたサムライだ。そいつは村の惨状を知ってる。そこから子供たちを助けだし、ここまで連れてきた張本人なんだから当然だ。よっぽどの馬鹿でないかぎり、それを軍に伝えるのは当然だった。  俺のしたことは無駄だったが、相手してくれたサムライはそれを笑ったりすることなく、ただ、素っ気ないっていうか冷淡なのは、俺がもう戦わず帰還を待つだけの傭兵だからだ。用がそれだけなら立ち去れと言われて、俺はのこのこすごすごと、今度こそ宿に戻ることにした。


 後になって思えば、俺たちがここで足止めされたのも、あの村のことがあったからだろう。すぐ喉元まで敵軍が来てるんじゃ他のことは後回しでも仕方ないし、ともすると、万一攻められたときに街の中に傭兵がうじゃうじゃいれば、自分の命がかかってるのに戦わないなんてことはなく、戦力になるって計算もあったのかもしれない。  なんにせよ、それから間もなく事態は動き出して、あと一週間もすれば出発できるらしいって話が、けっこう確かなこととして話題にのぼるようになった。  それで五日くらい過ぎた頃か。暇を持て余した俺がごろごろしてる宿に、もうそろそろ日も暮れるって時間になってムッタがやってきた。小さい女の子の手を引いて。

 傭兵連中の中には大概のクズもいるが、幸い気のいいミコッテの姉御に見つけられて、二人は腐った熊の群れみたいなところを抜けて俺のところへ来た。 「こいつだろ。金髪のクソデカい奴で、顔に赤い模様って」  それで簡単に見つかるから、俺は便利だ。そうして五日ぶりほどに見た二人の子供は、たった五日で見て 分かるほど汚れて貧相になっていた。少年のほうはそれでもしっかりしているが、ちびっこのほうは目も虚ろだ。  いったいどうした、なんで俺のところに思った俺は、開口一番、驚かされた。 「おいさん。コトちゃん、おいさんとつれてったげてよ」  と言われたのだ。

 相部屋の、これまたお人好しなアズマ出身の呪術師が、間に入って通訳してくれた。  12かそこらの子供が見たこと、感じたことなので、確かなことは分からない。だがおそらく、不足する軍備を補うための徴発で、市民に回される物資が減った。そのせいで日々の食事も回数が減ったり、量が減ったりしている。子供に我慢なんてものは無理な話で、特に小さい子供は不満だと泣きわめいたりするし、それをうるさいと思う子供もまた我慢をしない。  世話する大人も疲れ果ててるから、それまでは我慢していた手も上がる。愛想もなくなる。あるいはもう見るからに疲れた様子で、ムッタくらいの年の子だと、申し訳ない気持ちにもさせられた。

 ムッタは他の子供より大きいし、なにより間違いなく利口なしっかり者だ。つらい気持ちをまぎらわせるためもあるだろうが、せっせと大人たちの手伝いをして過ごしてる。そのおかげで一昨日、妙なことに出くわした。  洗濯物を干す役目を引き受けていたのに、疲れてたせいで少しうたた寝をしてしまった。それでいつもより一時間くらい遅れて、濡れた着物が山盛りになった籠を抱えて託児所の裏手、そこそこ日の当たる干場に出た。そのときその裏手から、見たこともないような服装の男に連れられて、女の子ばかり四人、外に出て行くのを見た。そして、それを見送る世話係の男もだ。 「トツジさん、おいらがいるのに気付いたらなんだかすごく慌てて……。それで慌ててないふりして、今までいっぺんも褒めてくれたことなんかなかったのにさ、毎日手伝いしてえらいなって言うんだ。なあおいさん。あれって……ひ、ひとさらいなんじゃ……」  俺とミコッテの姉御、通訳の呪術師は顔を見合わせた。

 今子供がいなくなっても、生きているのか死んだのか、どうなったかなんて分からない。しかも悪環境に置かれて苦痛な子供たちは、目先のいいものに飛びついてしまう。もっときれいなところでお父さんお母さんを待とうとか。いい子にしてるからご褒美に美味しいものを食べさせてあげるとか。でもみんなにはしてあげられないことだから、他の子には内緒だよ。そう言われたら、ムッタみたいに賢い子じゃなければほいほいついていっても無理はない。  ナオたちのような世話人が気を配ってはいても、子供の数に対して足りないのでは目も届かないし、なにより彼等の中に「うんざりだ」って気持ちがないとは言えない。そこにいくらかの金を握らされれば、転ぶ奴が出たって不思議じゃなかった。

 世話人の一人が人さらいの仲間だと思うと、他の大人のことも信じられない気がして、ムッタは弟とこのちびっこを絶対に自分の傍から離さないと決めた。昨日一日、嫌がる弟を叱ってでも自分の仕事を手伝わせ、なんの役にも立たなくてもちびっこを連れて歩いた。  今日も同じようにしようとしたが、弟はもう駄々をこねて大声で叫んでわめいて泣いて、どうしても言うことを聞かなかった。ちびっこは小さいだけに弱るのも早く、一日連れて歩いたのが悪かったのか、朝からずっとこんな有り様らしい。 「おいら、どうしていい分かんなくって……」  ムッタの目から涙が落ちる。だがそれを堪えて拭って、ムッタは話を続けた。

「でもさ、ひるめしのあと、おいらまた洗濯物干しに行って……トクヤとコトちゃんは、しかたないから寝床んとこおいて……戻ってきたら、ふたりともいなかったんだ」  ムッタは直感的に、連れて行かれたんじゃないかと思った。それで慌てて探しまわって、ナオがこのちびっこを抱いてどこかに連れて行こうとしてるのを見つけた。  自分で面倒見るから返してくれと言うと、弱っていて病気になりそうだから医者に見せるのだと言う。だがその様子をムッタは嘘だと感じた。それで嫌だと大声でわめいて、他の子供や大人たちにもわざと聞かせた。どうにか取り返して、ムッタはなんとかこの子を守れたと思った。  だが弟のほうは、その後どこを探してもいなかった。

 いなくなったんだと思った。ここから出ていけると誘われて、あの女の子たちのようについていったのか。それとも、もう嫌だと一人で飛び出したのか。  なんにせよムッタにはもうどうしていいか分からなかった。  弟を探すにしても、このちびを抱えてちゃ満足に動くこともできない。だからって置いていけばきっと連れて行かれる。どうしようどうしようと考えた挙げ句に思いついたのが―――。 「おいさんなら、コトちゃん助けてくれるかなって。おいさんと一緒に、連れてってやってくれよ」  だった。

「おいさん、ようへいだろ。もうクニに帰るって聞いた。それにおいさんたち、いい人だったもん」  馬鹿な話だ。備兵なんかやって、戦争で人殺しを繰り返してるのがいい人なもんか。だいたい、 「連れてってくれって言われてもな。犬猫飼うんじゃあるまいし]  犬や猫だって、飼うなら覚悟がいる。人間の子供ともなればもっとだ。  まともな仕事があって懐が豊かなからともかく、俺は戦争屋でまとまった金もない。住所不定無職でも雇ってもらえるような仕事で小金を稼いで渡航費にして、あちこちの国の戦争を渡り歩いている。おかげで地元での住処も月極契約、宿とアパートの中間みたいな小屋だ。短くても三カ月、長いと半年は留守にするからそのほうが便利なんだが、入ったり出たりの繰り返しだから自前の家財道具なんてものはない。俺の財産なんて、その時々の武器と防具といくらかの着替えと小銭、あとはこの体そのものだけだ。犬猫だってこんな飼い主は嫌だろう。  それをムッタに話したって理解できるかどうか。俺がふと思いついた言い逃れは、 「けどなぁ。父ちゃんとか母ちゃんが探しに来たらどうするんだ」  ってものだった。


 結局俺は、そのちびっこを連れて帰ることになった。  父親は、この子が生まれる前に畑を荒らしに来たシシ(猪のことだそうだ)に殺されている。そして母親は、村に帝国兵が来たあのとき、殺されるのをムッタが見ていた。祖父母というのは、少なくとも村の中にはいなかった。 「だからコトちゃん、ひとりぼっちなんだよ」  村の大人がいれば、頼ることができる。だが未だに誰も託児所を覗いてないとすると、大半があの場で殺されたに違いない。ムッタはその一部を垣間見てもいる。そんなムッタが必死に考えて思いついた、助けてくれそうな大人ってのが俺だった。

 俺は、あのとき俺をよじ登ろうとしてたこの子のきゃっきゃした笑い顔と笑い声を覚えてる。それが今じゃ目も半分塞がって、薄汚れて、魂が抜けたみたいになっている。  それに、断ってこの子を置いていったら、背負うのはムッタになる。他の子よりは大きくてもまだ子供なのに、自分のこと後回しにしてせっせと働くような大した奴だ。そんな健気な子供も、重荷に耐えられなくなったらどうなるか分からない。潰れるのも悲惨だし、……あのナオって人は、気は弱いがいい人だと思ったんだが……、善人だって苦痛に負けることがある。ましてやムッタくらいの子供が背負って耐えられるものなんて、大人の半分もない。  だが俺は、伊達にこんな馬鹿デカい体してるわけじゃない。

 子供一人、同情だのなんだので育てられるほど生易しくはないんだろう。だがやってみたら案外簡単かもしれないし、逆に思うよりもっと大変かもしれない。  だったら腹を決めるだけだ。こんなちびっこい子供一人、どうにか育て上げるまでなにがあっても絶対に投げ出さない、と。  だったら一人も二人も大差ない。俺はムッタにも一緒に来ないかと言った。ムッタくらい頭が良くて気の利く子供で、しかもそこそこ働ける年になっているなら、それほど大した手間じゃない。俺の代わりにいくらか働いてくれることもある―――ちびっこのおもりとか家事とか―――って打算も込みだ。  だがムッタは、 「おいらは、かあちゃん生きてるかもしんないし、だったら待ってないと可哀想だろ。それにさ、トクヤ探さなきゃだめだから」  自分はもう大きいから、自分一人の面倒くらい見れる。そう言って頼もしく笑う。つくづく大した小僧だった。

 金をやるとトラブルになりかねない。だからせめて俺はムッタに腹いっぱい食わせて帰らせた。(話聞いて同情した二人も金出してくれて助かった)  で、俺の手元には、片手のひらに乗せて持てるようなヒューランの幼児が残った。  通訳をしてくれた呪術師は物好きなと呆れたが、子供がいるのかそれともいたことがあるのか、「思うよりはるかに苦労するぞ」と言って離れて行った。  苦労? なにしたって苦労はつきものだ。楽にできることなんかなにもないし、あったとしたらそれはたまたま引き当てたラッキーだ。そんなものをアテにする趣味はない。  だいたい、とてつもない苦労だとしても、世の中には何万人って”親”がいる。裕福でない、ごろつきでもヤクザでも貧乏人でも、なんとか”親”をやってるんだ。そいつらにできることなら、俺にできないわけもない。  俺はそう思って、育てると決めた覚悟をもう一度自分に刻みつけた。

 子供一人引き取るのにも、こんな適当でいいのかってほどあっさりした手続きだった。普通ならともかく、戦中のどたばたのせいだろう。  それで俺は、突然子供の親ってやつになってエオルゼアに帰ることになった。  弱りきってたちびこは、ちゃんと飯食わせてゆっくり寝かせてやるとすぐ元気になった。一応自分の置かれた状況ってやつを説明したが、全然分かってる様子はない。「おあーさんは?」には、「仕事が忙しいから、しばらく俺と一緒に我慢するんだ」としか言えなかった。  これについちゃいつか本当のことを聞かせるしかないんだろう。それまで何度、お母さんはと聞かれて、嘘を言うことになるのか知れないが。  なんにせよ今のちびこは目の前のもの、ふと思いついたものだけがすべてで、いつでもよじ登れる俺ができて、楽しそうだった。


 そうしてやっと帰還のめどが立った。  慌ただしいが、明日出る大型キャリッジで一番近い漁港に向かい、そこからクガネじゃなくラザハンを目指す。紅玉海にまで帝国の手がのびてるってのはますますヤバいが、南の海はまだ勢力範囲外らしい。  それでいよいよこの街を離れる日が来て、俺たちはぞろぞろと、街の連中の冷たい目を尻で無視しながらキャリッジ乗り場に向かっていた。だが正直、長いこと足止めされてうんざりしてた連中ばかりだ。そんな視線、尻を掻くほどにも感じてる様子はない。  俺はちびこを片手に抱えて、そういう流れの中に混じっていた。

 それは、キャリッジ乗り場のある公園で行われていた。  必然的に俺たちはその広場の人垣の後ろを通ることになって、やたら人が集まってるのに驚いた。こんなときにイベントでもなし、いったいなんだ。そう思ってると、 「おいおい、公開処刑だってよ。こっちもずいぶん野蛮だな」  俺のすぐ前にいた、耳のいいことにかけちゃ定評のあるミコッテの男が、隣の連れにそう言った。 「マジか。見てみようぜ」 「やめとけよ。このうえ処刑見物なんてした日にゃあ……」 「けど気になるじゃねえか。だいたい、どうせ俺らはすぐ出てくんだ。今更どう思われたって知るかよ」  そんな話をしながらも足は止まらないから、そいつらも含めて傭兵の塊は前に進んでいく。

 それでたまたま、その広場を少しだけ見下ろせるような弧を描いた橋の上に来たときだ。  小柄なミコッテだのララフェルだの、あるいはミッドランダーくらいならともかく、俺やアウラの男くらいになると、その橋の上から人垣越しに、処刑場になってる広場が見下ろせた。  土がむき出しになったそこに、小柄な男が一人座らされている。そいつは後ろ手に縛られてセイザさせられ、横にいる男に背後の手とそれから片方の肩を掴まれて、身を乗り出すような形で押さえられていた。そうやって押さえてる男とは逆側にもう一人、サムライらしいのが立っている。  処刑にもいろいろある。銃殺、架刑、火刑、断頭台。これは、斬首だ。アラミゴでも処刑方法として使われてる。  なにしたんだか知らないが……と思ったところで俺は、まさかと、思わず横にいた連中押しのけて橋の欄干を掴んだ。

 コクロさんだった。  首を斬られようとしてるのは、コクロさんだった。

 思わずなにか怒鳴りかけたが、寸前で思いとどまる。  いったいなんでだ。なにがあったんだ。  俺の後ろを、それもやっぱりいったいなんなんだよとでも思ってるに違いない奴等が歩いて行く。  そして突然すぐ脇、下のほうから、 「思いとどまる機会はやったのだがな」  聞き覚えのある声がした。

 俺はもう一度驚いた。見下ろしたとこにいたのはマサだった。  中継拠点に戻ったときにはいたが、いつの間にかいなくなっていた。他の連中とは顔を合わせることもあったし、同じ宿の奴なんかもいたが、マサはそれきり見なかった。だがもとから人の輪からはずれてた奴だから気にもしなかった。それが今また突然、そこにいた。

「思いとどまるって……、おいマサ。おまえなに知ってんだ」 「あの男は、ドマを売ったのよ」 「ンだって……?」  冷たい目。同行してたときもよく見せた、なにがどうでもどうでもいい、みたいな冷たい目だが、今向けられるそれはその何倍も温度がなかった。 「機会はやった。わしは幾度も、おぬしの行動には不審があると、分かるようにしてやった。あの男も気付いてはおったろう。だがそれでも、決意は変えなんだらしい。おぬしにも、ヒントはやったつもりだったが」  そしてマサは、自分はドマの諜報機関に雇われて俺たちに同行していたと告白した。

 俺たちは、と言っても俺は違ったが、仲間の中にはマサを帝国のスパイじゃないかと言う奴がいたが、実際のところ帝国とつながってたのはコクロさんだったと、マサは言った。  誰かが南郡の軍事情報を帝国に流している。その内容からして、軍議に出るような士官将校じゃなく、戦場、つまり現場にいて戦況の分析や情報収集に長けた誰かだった。  その誰かは、俺たちの部隊を含め、南郡に派遣された傭兵団の中にいる。そう見当をつけて、俺たちのところに潜り込んだのがマサだった。  マサはそれをコクロさんだと見た。いったいどうやってか、この6年何度も一緒に戦ってきた俺より多くのことをマサは知っていた。コクロさんが、ドマって国を心底恨んで憎んでるってことなんかを。

 なにがあって恨むようになったのかは、マサは言わなかった。  だが恨んでいたと言われると、だから国を離れてエオルゼアで傭兵やってたのかって思える。そして、ドマが侵略されたと聞いてすぐ戻る気になったのは、助けるためじゃなかったってことだ。 「わしが見たところ、迷いはあるようであった。無理もない。数十年前の恨みだ。そこにいた者、そこであったことへの憎しみだ。離れておれば、思いの中ですべては昨日のことのようでも、実際に訪れてみればここはもう昔のドマではない。かつてそこにいた者はおらず、あった出来事など遠いの昔の影にすぎぬ。それゆえ、もし翻意するのであれば、帝国を裏切ることになるゆえな。身を隠す手伝いなりしてやるつもりでおった」

 ちびこの村に寄ったのは、あの村を帝国軍が占拠するための口実作りだった。  いくら侵略軍でも、人間は人間だ。大半の連中には良心がある。簡単に麻痺する都合のいい良心でも、なんの理由もきっかけもないんじゃ、あんな平和で素朴な村を蹂躙するなんてできない。  だから、平和そうに見えるが実は戦意ありと見なせるように武器を隠した。  なんであんな小さな村を、そんな難癖で破壊しなきゃならなかったのか。 「潜伏点として理想的だったのだ」  ドマ南端に上陸した帝国軍が、そこに作った足場から内地を目指した場合の通過点の範囲にあって、周囲はちょっとした山や丘、通行人はその麓を通るから、わざわざ村に近付かない。そもそもそこに小さな村があると知ってるのは、この近辺の奴等だけだ。そしてこの戦時下で、最近あの村の人見かけないなと思っても、見かけない理由なんていくらでも思いつくし、わざわざ様子を見に行こうなんてするわけもない。

「つまり、コクロさんが仕込んだってことかよ。そのために無理して立ち寄ったって?」  傭兵たちはもう大半俺たちの後ろを通り過ぎ、先頭は遠くなっていた。だが俺はそれを追いかけるより、マサの話が聞きたかった。 「そもそもヤスケを撃ったは、あの男であったぞ」 「なっ……!」 「あやつ、己が手当てすると言うて弾を取り出したろう。危ないところに弾があるだの、失敗したら諦めろだの言うて、大したこともなかった傷をわざわざ広げておった。取り出した弾をどうしたか、おぬしは見たか? もしおぬしが弾を取り出したなら、その弾をどうする? そこに捨てるであろう? だがあやつは、それをおぬしらに気付かれぬよう隠した。見る者が見れば、帝国軍の使う銃剣の弾と異なることは分かるゆえな」  ……あのとき、マサはたしか言った。そんな深手には見えなかったが、とか。  こいつはそうやってたびたび、あんたのしてることはおかしい、俺はそれに気付いてるぞと、コクロさんに示してたってことか。村に寄ると決めたときもそうだった。滞在すると決めたときも、なにか言ったわけじゃないが態度で、様子で、すぐ出て行くとか言ってなかったか、まあどうでもいいがと言ってるみたいだった。

「そこまで確信してたなら、なんで止めなかったよ。そうすりゃ……」  コクロさんは諦めたかもしれない。それにあの村は、ちびこやムッタの村は……母親とか、じいさんとかは……。 「気付いておるからよせと言うてコクロを止めたとし、あやつがそれを聞き入れたとして、それきり二度とそのようなことは考えぬと言えるか? よすことにしたという言葉を信じられるか? わしは止めるためにおったのではない。監視のためだ。わしの目の届く範囲では何もさせぬためだ。もしコクロがドマに残らずおぬしらとともにエオルゼアに戻ることを選ぶのであれば、思い直したのだと判断できた。だがあの男は残り、流した情報がためシベノの駐屯軍は壊滅した。侍衆十二人と志願兵民兵六十余人、飯炊きや武具の修繕、御者や商人、そういった民間人、生き残ったのはほんの一握りだ」  コクロさん。いったいなにがあって、自分の国の、自分と同じ人間に、そんな災厄を振りまいたのか。俺には何一つ思い当たるようなことはなかった。 「わしらも、被害を食い止めようとはした。いくつかは成功した。だが……」  ちびこは、分からない話が子守歌になったのか、俺の腹によだれ染み込ませながら、半開きの口で眠ってる。マサはすぐ横にあるその顔を見て、少しだけ目を伏せた。

 俺たちの見ている前で処刑の段取りは進んでいく。  そして驚くほどあっさりとコクロさんの首は落ちて、怒号だか歓声だか分からないような声がうるさいほど強く沸き起こった。それに驚いて起きたちびこが、きょろきょろする。俺は、大丈夫だ、なんでもないと言って、ちびこを抱えた手を揺すった。  ちびこは、隣にある知らない顔を見つけて、じいっと見つめている。マサは視線くらい感じてるだろうに、広場を、首が離れて転がり、赤い血の広がっていくのを見下ろしていた。

「己は死んだとて、本懐は果たした。だが、それがまこと本懐であったかどうか」  マサの言うとおり、コクロさんに迷いがあったなら、100%望んだことじゃなくなってたのかもしれない。本当の本当にやりたいことは、ドマに災厄をもたらすことなんかじゃなく、別のことだったのか。  マサはコクロさんの過去を知ってそうだったが、俺は聴かないことにした。聞いても今更、なんにもならない。生きてるうちに教えてくれなかったんだ。コクロさんにとって俺は、そんな話を聞かせる相手じゃなかったってことだ。だったら死んだからって、それをこっちから勝手に破る気はない。

 だから別の話だ。  コクロさんの本懐(だったもの)は、ドマの陥落なんだろう。それをマサは、果たしたと言った。まだ戦争はつづいてるのに。 「つまり、ドマは落ちるって?」 「落ちぬと思える理由が一つでもあるか?」 「……ねえな」 「であれば、おぬしは早う国へ帰ることだ。最早独り身でもないなら、なおのことな」  そうしてふっと、―――俺は初めてマサが冷たくなく笑うのを見た。  そしてそれを向けられたちびこが満面で笑い返す。 「ではな」  傭兵の群れはとっくに通り過ぎ、歩いていくのはまばらだが、その中に混じった途端どれがマサか見分けられなくなりそうなのに、俺は慌てて声をかける。 「マサ。おまえコクロさんを止めようとしてくれたんだよな。分かってたなら……、なあ。もしかしてムッタやちびこを助けたってサムライってのは」  もうどこにもそれらしい姿も見えず、それより先は言っても仕方なかった。

 若いミッドランダーのサムライ。  たまたま通りかかってたまたま見過ごせずたまたま助けたってより、様子をうかがってたから助けたんじゃないかって気がする。起こること自体は止められなかったが、せめて生き残ってる子供だけでもと。  そう考えてみたが、俺には分からない。  コクロさんになにがあったのか。ドマが攻められたって聞いてどんな気になったのか。海を渡ったとき、そこから帝国相手に戦ってたとき、どんな気持ちでなにを考えてたのか。それから、普通にドマの救援に来たつもりでいた俺の相手をしながら、どう思ってたのか。そして、俺がもっと賢くて、コクロさんが普段と違うのに別のわけがあると気付いていたら、違う結末になったかどうか。  それも分からない。  分からないが、今更分かったってどうしようもない。

 そんなことより、と俺は思う。  コクロさんがなにか道を間違ったんだとしても、「どうしようもないことを考えるくらいなら、自分がこれからすべきことをしろ」、コクロさんの教えは今も役に立つ。間違っちゃいない。そのとおりだ。  だから、もうどうしようもないコクロさんのことよりちびこのことだ。俺はこいつを育てていかなきゃならない。こんな俺にまともな子育てができるのかどうかなんて知らないが、まあ、食わせて寝かせて遊ばせて、知らなきゃいけないことは学ばせて、まあなんとかなるだろう。

「帰るか、ちびこ」 「かえぅ?」 「ああ。うちに帰る。ちびこのうちだ。今までのうちとは違うけどな」 「おうち……あたぁしいおうち!」  俺はちびこを肩に乗せて、キャリッジの待つ停留所へと向かって歩き出した。