家さがし

 「うちに帰る」。  俺はちびこにそう言ったが、残念ながら俺に固定の「うち」はなかった。  傭兵暮らしのとき利用してた月極アパートは単身者専用だから、子連れでは入れない。仕方なく俺はまず安宿をとってそこにちびこを留守番させ、ちびこの移住手続きと市民登録をした。  安宿って言ったって、そもそもウルダハは諸経費が高い。激安宿だと治安が悪すぎて子供を一人置いておくなんて絶対できないし、それよりマシな場所になると、数日泊まるだけならともかく一ヶ月二ヶ月となったら激しく割高だ。  俺も大概馬鹿なんで、探せば安いアパートくらいあるだろうと思っていた。だが、アラミゴは何年か前からテオドリックたらいう国王の暴政で地獄、逃げ出してきたアラミゴ民がウルダハに流れ込み、都市にいる人間は増加してた。で、アラミゴから来た連中は大きく分けて二通りだ。片方は金があるから今のうちにとっととよそに移ろうっていう余裕のある奴。こういう奴はいいとこに住み着くから俺には関係ない。俺に影響するのはもうもう一方、逆の連中だ。金もなく搾取される最下層民が、このままじゃ使い殺されると思って着の身着のまま逃げ出してきた。そういう奴が軒並み安アパートを埋めていて、空きがなかなか見つからなかった。

 どういう理由でかは知らないが、俺と同じタイミングで不動産屋をめぐってたララフェルのおっさんは、ウルダハ生まれウルダハ育ちの自分よりなんであいつらのほうが先に住処にありついてるんだと、えらく腹を立てていた。 「こういうのはよ、都市民のほうが優先されるべきだろ。空きがあるうちはいいさ。けど満室になったら他国(よそ)の奴なんか追い出してウルダハ民を入れるべきだろ。国がどうだか知らないが、勝手に来て偉そうにのさばるんんじゃねえよ」  おっさんはぶつくさそんなことばかり言う。だがアラミゴに戦いに行ったことのある俺としては、王様の娯楽のために、たまたま通りかかった村で処刑ショーが行われてなにもしてない人間が殺される、そりゃ逃げたくなるし帰りたくなんかないよなと思う。こういうおっさんみたいな奴に限って、自分がその立場になったら逆のことを言うんだ。自分の国のことしか考えないのか、と。

 俺は腕力だけなら人の数倍もあるし、戦う力もある。どうとでも食っていけると思ってるから、そこまで必死になることはない。だからおっさんに共感はできなかった。  もし俺一人のことだったら、住処くらいなくても本気でなんとも思わなかった。テント暮らしも面白いよなでぼちぼちねぐらを探しただろう。だが今回は小さい子供が寝る場所ってのを考えなきゃならなくて、「住処が見つからないのは困る」って点ではおっさんと同じだった。  大した考えもなしに子供なんて引きとるな、とか言われそうだ。だがそれは、できるだけのこと、思いつくだけのことをやってどれ一つとして役に立たなかったときでいい。  俺はとりあえず、いくらか貸しのある奴、助けてくれそうな相手を片っ端から頼ってみることにした。

 そりゃ大変だろうと、自分の子供のお下がりをくれた奴がいた。何日もとなると困るが二三日はうちに泊まっていけと言ってくれた奴もいた。俺の知り合いに大家やってる奴がいるから聞いてやると言ってくれたのもいた。  そんなんでいくつかのあてを小当りに当たっていったら、よく使ってた月極住居の大家、ダンカンさんが、 「しょうがないわね。特別に、一ヶ月だけ置いてあげるわ。私も知り合いに声かけてみるから、その間にちゃんとしたおうち探すのよ」  そう言って入居をOKしてくれた。  誰かを特別扱いをすると、他の奴も言い出すから困る。自分の権利、つまりは取り分にうるさいウルダハではそれが顕著だ。だがダンカンさんいわく、 「うちに来るような子たちって、みんな自分のことばっかりなのに、フィルちゃんいつも共益管理にちゃんと参加してくれたからね。少しくらい特別扱いしたっていいでしょ」  あんたたちを特別扱いしないのは、掃除も修繕も何一つ手伝ってくれなかったから。そう言って突っぱねることができるってわけだ。

 ダンカンさんはハイランダーの男……おっさん越えて老人に近いが、まあいわゆるオネエってやつだ。だが年寄りってのは見た目にも男女の差なんかなくなるし、ダンカンさんは口うるさいおばさんそのまんまって感じで、俺はずっと、男みたいな名前のおばちゃんだと思ってた。口うるさいが、おかしなことは言わないし、けっこう世話好きだ。俺が物件探しや職探しにでかけてる間、ちびこの面倒は見ててやると言ってくれて、これもめちゃくちゃ助かった。  ちびこは人見知りって言葉が存在しないくらい人懐っこいから、ダンカンさんにもすぐなついた。もともと母親一人で育ててたから、我が儘を言わないようにやんわり躾けてたのかもしれない。言いつけたことは素直に守ろうとするいい子だから(とはいえほんのちびすけなのですぐ忘れたりはするが)、ダンカンさんも孫でも見るみたいに可愛がった。  そんなふうに良くしてくれるだけに、あんまり無理を通して困らせたくもないわけで、俺はせっせと毎日、朝早くから日暮れまで、場繋ぎのバイトと職探し、家探しに出かけていた。

 そのうち仕事が決まった。もとから何度か雇ってもらってた採掘会社だ。いままでは週単位の短期雇用だったのを、臨時枠雇用って形でまず半年。縛りは増えるが時給は良くなるし、採掘先があって俺に問題がないなら、半年ごとに契約更新してそのまま勤めることもできるらしい。  住所不定無職みたいな傭兵が、突然カタギだ。俺自身がびっくりしてる。  だがそれで月に手に入る金があらかた見えれば、どれくらいの金を使えるかも見えるわけで、俺とちびこの家探しもだいぶ具体的になった。

 俺はもともとけっこう運がいい。生活能力というか生存能力が高く生まれついたのだって、まずそれだ。だから家探しも、前に採掘場で助けてやったリドラ・パドラってプレーンフォークの兄ちゃんが、自分の住んでるところにかなりボロいが空き家がある、と教えてくれた。  リドラってのはちょっと臆病だが真面目ないい奴で、真面目ないい奴かつ臆病なせいでやたら貧乏くじばかり引いている。それでもやさぐれたり拗ねたりせず、こつこつ真面目に働いてるんだから、極めつけのいい奴だ。そういういい奴が普通に生活してる場所ってことは、間違いなくまともな場所ってことだ。  ちびこを連れて見に行くと、スラム寸前の貧民区画だが、質素で粗末でみすぼらしくてもどこかさっぱりした、のどかな場所だった。壁際だから日当たりは悪いし街の中心までも遠い。シないキャリッジの乗り場まですら歩いて20分はかかる。だがウルダハはもともと乾燥してるから、日当たりが悪いせいでじめじめしてるなんてことはなく、案内されたくだんのボロ家も、たしかにボロいが意外に丁寧に手入れされているようだった。  ローエンガルデの婆さんが大家で、シェイディー・ペタルってその婆さんが言うには、住み手がないと家は荒れる一方だから、手入れしながらきちんと住んでくれるならいいってことだった。家賃は格安。もし俺が自分で勝手に手配して、あるいは自分の手で家の補修をするならそれでも構わない。町内のルールに特別ことなんかなにもなく、公共部分の清掃なんかは持ち回り式だからきちんと参加してほしい、荒らしたり汚したりしないでほしい、なんていうごくごくごくごく当たり前のことだけだった。

 俺はレッド・ポッドと呼ばれる地区に、かなりボロいし小さいが、なんと一軒家を借りることができた。  ボロいと言っても屋根が抜けてるとか壁が傾いてるとかいうことはない。住み手がいない間はシェイディー婆さんが定期的に掃除してたらしく、汚れた感じは全然ない。ただ、石組みじゃなく木造で、俺が思い切りぶつかったら倒壊しそうだってくらいだ。だが家だ。俺が今まで転がり込んでた"部屋"じゃない。 「ちびこ。ここが今日から俺たちの"うち"だぞ。新しいうちだ」 「あたぁしいおうち!!」  どこまで意味が分かってるのかは分からないが、ちびこはバンザイするみたいに短い両腕を振り上げた。