おやこ

 俺は、自分が子供の親になるなんて考えずに生きてきた。  だからちびこを養子にしたときも、自分が立派な親になれるからそうしたわけじゃない。なのにちびこを拾ったのは、たとえそうでも敗戦後の国で、親もなくつらい思いして生きるよりはマシだろうからってくらいだ。  それでも四年間、俺なりに精一杯、ちびこを育てようとがんばってきた。

 俺が描いた"将来のちびこ"は、毎日それなりに楽しく元気に暮らしていける子、だ。  優等生でなくていい。できないことや変なとこがあってもいい。失敗もするし、落ち込むこともある。嫌な気分になる日も、嫌な子になる日だってあるかもしれない。だとしてもいい。そういうのも全部ひっくるめてトータルで、毎日けっこう楽しいと思って過ごせる、そんな子だ。  ずいぶんアバウトだしいい加減な方針だろうが、こまかいことや具体的なことは言ったらきりがない。なにがあれば、どうなってたら幸せかなんて、そんなの人それぞれで、ちびこの幸せは俺が決めることじゃない。何を持ってたら幸せか、どんなふうになったら嬉しいか、そんなことはちびこが自分で見つけて作るものだ。  だから俺は、具体的なことなんかどうでもいい。二年後三年後のその時々に、ちびこが笑ってることが多くて、毎日楽しそうで、周りの人にそこそこそれなりに可愛がられてたり慕われたりしてたら、それでいいと決めて、迷ったときにはそれを道標にしてちびこを育ててきた。

 そのために一つだけ具体的な方針があるとしたら、「誰かを助けてやれて、誰かから助けてもらえる」ってことかもしれない。そしてそのための力と心を、ちゃんと身につけること。  俺自身、ちびこを拾ってからほんとにいろんな人の世話になった。俺一人だったときも、本当はいろんな人に助けられてたんだろうが、ちびこがいるようになってからは「おかげで助かった」と思うことが山程できた。  そしてそうやって助けてもらえるのは、俺がその人らにとってなにか助けになってやれたからだったりする。  どれもこれも些細なことで、なにかしてやったなんてつもりはない。ダンカンさんが一人でアパートの前掃除してて、俺もここに住んでるんだからちょっとくらい手伝わないと悪いよなと思った。ただそれだけ。ミッドランダーの姉ちゃんじゃ重くて持てないものも、俺なら片手で持てるから持ってやっただけ。ララフェルじゃ500キロある岩、血ヘド吐いたって転がせないだろうが、俺なら押せば動かせる。ただそれだけだ。  だがそういうちょっとしたことのおかげで、俺が困ったときみんなも同じく、「自分にはちょっとしたことだから」と助けてくれたんだと思う。  そういう人たちと一緒にいるってのは心強い。心強いってのは心配や不安が小さいってことだ。つまりそんな気持ちに負けたりせず、毎日楽しく暮らせるってこと。違うか?

 すくすく育っていくちびこを見てる限り、自分ではけっこうちゃんと父ちゃんできてると思ってきた。  ちびこは相変わらず俺が大好きで、子供なりに周りの奴等の気持ちを思いやることもできる。だから当たり前みたいに、俺や友達、世話になってる人たちを困らせるのは嫌だなと思って、だからけっこうたくさんの人に可愛がられて、毎日楽しそうで、やんちゃだが素直な明るい子だった。  だがやっぱり俺は本物の父ちゃんじゃないし、本当の親がいないってのはどうやったって埋められないのかもしれない。ある日、そんなことをつくづく思い知る出来事が起こった。

 その日俺はちびこを連れて買い物に出かけた。ちびこももう七歳で、そろそろ勉強会に連れて行ってやりたかったから、それ用の服や学用品を買うためだ。  勉強会ってのは、庶民が通える教室みたいなものだ。ウルダハの"学校"は金持ちが自分の子供の教育の為、設備にも教師にも莫大な金を払って設立・運営してるものだから、庶民が通うなんて絶対できない。その代わり俺たちには勉強会がある。自治区に納めてる共益費から、歴史なら歴史、魔法学なら魔法学で、れっきとした講師を呼んできて、子供たちに学ぶチャンスをやろうってわけだ。  俺は、生まれたとこじゃそれなりに教育されてきたし、そういう知識が役に立ったこともけっこうある。それに、面白いってだけでも聞く価値はある。楽しい時間が過ごせるってことだからだ。  少し前に護衛してやった考古学者のセンセイの話を、他の奴は無視してたが、俺は分からないなりになんか面白くてあれこれ聞かせてもらった。おかげで道中、毎日面白くて楽しかった。  面白い。楽しい。それで十分だ。だからまずはいろんなものに触れてみたらいい。もしかしたらその中に、ちびこがすごく面白い、やってみたい、もっと知りたいと思うものがあるかもしれない。だから俺は、ちびこにはできるだけたくさん勉強会に行かせてやりたかった。

 大勢の大人も子供も集まる場所に行くのに、よれよれのスモックだのじゃ可哀想すぎる。そんなわけで、余所行きとまでは言わなくても、ちょっと見栄えのいい女の子らしい可愛い服や靴くらい買ってやろうと思った。  冒険者オンリーじゃ安定した稼ぎはできなかったが、どこぞのお節介が口きいていってくれたおかげで、俺はまた採掘業にありつけた。アマジナ社の下請けなんでそこそこブラックだが、その分実入りはいい。キツかったり危険だったりする代わりに、その分の手当てがつくって感じだ。だったら俺みたいに体力自慢の腕自慢には、文句も問題もない。ガンガン働いて掘りまくって、出てきた魔物ぶちのめして落石ぶん投げて、それでちびこに美味いモン食わせてやれるならどんと来いだ。  それで他の奴と違って文句も言わず平気なツラしてがんがん働いてトラブルぶっ飛ばしてたせいか、先月いきなり給料が上がってた。おかげで今日は、「これは高いから駄目だ」なんて、よほどのものでないかぎり言わなくて済む。

 ちびこはめったにない買い物にうきうきしていたが、同時に本当に好きなのを選んでいいのか心配そうでもある。そこは俺の親としての情けないところだ。十歳にもならないのに家計の心配しなきゃならないなんて、貧乏人の子の証だ。だが仕方ない。それが俺たちの暮らしなんだから。  ただ今日は、いつもより桁が一つ大きくてもいいんだから、ちびこが本当に気に入った物を買ってやりたかった。 「これなんてどうだ」  と俺から可愛らしいワンピース(ちびこを養って初めて、ワンピースってのがどういう形状のこと言ってるか知った)を一枚とって合わせてやる。ちびこは自分を見下ろして首を傾げ、……なんでサボテンダー柄なんだよ……くまさんとかイチゴとか花とか、可愛いのいくらでもあるだろ……。あれか、ひょっとしてそれ、シオがいたときあいつ、景品でもらったとか言ってサボテンダーのピアスなんか嬉しそうにつけてたから……。  まあいい。ちびこがそれがいいって言うなら、俺もそれでいいとしか言えなかった。

 服を買ったらちょうど昼時だったから、珍しくちょっとしたカフェで飯にした。  ちびこも大きくなって、口の周りをべたべたにせずソースのかかったものを食えるようになった。服を汚すこともあまりない。我が儘を言ってわめいたりもしないし、本当に手のかからないいい子だ。  あんまりいい子すぎても、無理にいい子でいるんじゃないかと心配になるが、まあ時々悪戯したりわるいこと(ちびこ主観)してるからいいだろう。  なんにしたって、これはダメだぞとわけを話して言い聞かせれば、素直に聞いてできるだけ気を付けようとする、三流父ちゃんにとってちびこは、本当にありがたい可愛いいい子だった。

 だから、まさか思ってもみなかった。  飯を食い終わって外に出て、めったに食べられない「そとのごはん」をつい食べ過ぎたちびこが少し気持ち悪そうだったから、噴水公園のベンチで休ませて、さっぱりした飲み物を買いに行った。  フレッシュジュースの売店はちょっと混んでてて、五分ほど並ばないといけなかったが、たった五分だ。戻ってきたときちびこがいないなんてことは、俺はまったく考えてなかった。

 前にも二度こんなことがあった。そのときは勝手に砂場で遊んでたのと、野良の子猫を追いかけていったからだった。心配するから父ちゃんが戻って来るまでは待ってなきゃ駄目だと言い聞かせた。シオに連れられてデート(シンジマエ)したときも、離れるなとさんざん言い聞かせてあったのに道端の怪しい物売りに引っかかって、後でしこたまあいつに叱られたし、俺にも「メッ」されて、それ以来、一人でふらっとどこかに行くようになことはなかった。もちろん、知らない人に声かけられてもついていっちゃ駄目だぞ、なんてことは言ってある。  ちびこはちゃんと「危ない」「怖い」を知ってる。俺が冒険者としての依頼に連れて行ったからだ。街の中から出たことのない子供が知らないそれらを、ちびこは実感としてちゃんと知っている。だから、「勝手に一人になると危ない」「怖いことが起こる」は、そして「心配になる」も、他の子供よりずっとリアルに想像できた。  だから、なんでもないのに俺の「これは絶対駄目」を破ることはないはずだった。

 俺はまず、トイレかなと思った。それは我慢していられないから仕方ない。だがもしそうなら遠くまで行くわけはない。用が済んだら戻って来る。迷子になるほど込み入った場所でもなければ、ちびこはしっかり鍛えてあるから、迷子になっても近くの大人に声をかけて道を聞くくらいちゃんとできる。そもそも「トイレを探してる」と大人に聞ける子だ。  だから、十分待っても近くを探しても見つからないとなると、いったいどういうことだと俺は生まれて初めて、頭の中が真っ白になったような心地だった。

 次にどうすればいいのかがとっさに出てこない。  どうすれば、と考えてやっと、ここにいた子がどこに行ったか見てないかまず聞けばいいと思いついた。  たぶんこいつは少し前からあそこにいた気がする、と思ったミコッテのカップルは、いちゃいちゃするのに夢中でダメだった。  掃除して回ってるおっさんならここでじゃなくても見かけたかもと聞いてみたが、“黒髪のミッドランダーの女の子"が一人でいるのは見なかったような気がするって返事だ。その公園の清掃係に声をかけたのは正解で、だったら仲間にも聞いてやろうと言って、他のルートを回ってる何人かのところへ向かってくれた。  なにも気にせず通り過ぎていくのが大半だが、なにかあったのかと気にかけて、わざわざ声をかけてくれる親切な老婦人もいたし、いかつい顔のハイランダーの兄ちゃん二人連れが、俺たちも探してやると言ってくれたりもした。  それで気が付けばけっこう多くの善意の人がちびこを探してくれたが、―――ちびこは見つからなかった。

 それこそ真っ白だ。なんでだ。どうしてだ。どと行ったんだ。もう一時間くらいたってるのに、なんでどこにもいない?  俺はちびこに、一人になっちゃダメだと言い聞かせてきたし、ずっとちびこはそれを守ってきた。俺やシオが心配するだろ、ちびこだって父ちゃんがいきなりいなくなってひとりぼっちになったら嫌だろと言えば、何度も頷いて、しっかり守ってきたんだ。 「俺、銅刃団の人呼んでくるよ」  デートそっちのけで協力してくれてたルガディンの夫婦は、母親が小さい子供を抱えてるからだろう。これが自分たちの子だったらと思うのか、他人事に見えないくらい真剣だった。  銅刃団は傭兵上がりの連中も多くて、中にはろくでもないのもいるが、駆けつけてくれたミッドランダーの姉さんは生真面目そうだった。黒髪のせいで、ちびこも大きくなったらこんなふうになるのかもななんて思ったりするが、それどころじゃない。  俺は何度か繰り返して説明してきた事情を話す。言い聞かせていたから大丈夫だと思っていた、なんてのは、もう俺自身が馬鹿かてめえはと言いたくなるようなクソみたいな言い訳だ。だからって目を離すべきじゃなかったんだ。 「なあにいちゃん。仕方ねえよ。子供ってのはほんとに突拍子もねえことするもんだ。自分を責めちゃならねえ。それよりよ、なんか心当たりはねえのか。この近くならここにいきそうだとか、ちっとくらい離れててもいい」  清掃係の中でも年嵩なミコッテの爺さんが、慰め顔で俺を下から見上げて来る。俺は今ほど自分を無力に感じたことはなかった。

 俺は公園の近くの捜索はその人たちに任せて、一度うちに戻った。もしかしたらなにかわけがあって、一人で先に帰ったのかもしれないからだ。だが家にもちびこはいなかった。玄関前の掃除をしてたハイツマンさんの奥さんに聞いても、見かけてないってことだった。  ハイツマンさんは作家だから、いつも家にいる。だから俺はハイツマンさんにわけを話し、ちびこが戻ってきたら掴まえておいてくれと頼んで公園に引き返した。  公園に戻ったら、ちびこはここにいたぞとみんな俺を待ってる……なんてことを期待したが、そんなことはなかった。

 銅刃団の人の数も増えて、通りすがりだったのに手伝ってくれてるらしい人の姿も増えていた。  ここまで探して見つからないとなったら、爺さんの言うとおり本気で突拍子もないことになってるのか、それとも―――浚われたのか。ちびこが自分から移動したんじゃなく、誰かに無理やり?  だがこれだけ人目のある公園で無理に子供を連れ去ろうとしたら、絶対に人目につく。ちびこはそのへんの軟弱で貧弱なちびっこじゃない。俺にくっついて魔物退治にだって来てたんだ。野犬に襲われたのを杖でぶっ叩いて必死に追い払おうとしたことさえある。人さらいなんかに捕まったら、これだけ人がいる公園でだったら、助けてと叫ぶ度胸くらいあるはずだ。  そうしているうちに日はだいぶ傾いてきて、俺は、善意で探してくれてる普通の人たちには、それぞれの生活もあるんだ。後は軍の連中に頼むし、この近くはもう探し尽くしたはずだからと、礼を言って帰ってもらうことにした。  帰り際を見失って、どうしようと思ってたっぽいのもいるが、手伝ってくれただけでありがたい。そんな中で、もう少し探すよ、あんただって一人で心配してるのはしんどいだろうと、残ってくれると言う人たちには涙が出そうになった。特にルガディンの夫婦は、嫁さんは子供を連れて帰らせて、旦那のほうはとことん付き合ってくれる気のようだった。

 先入観のない、冷静な軍の人間の見立てでは、やっぱりちびこは誰かに連れていかれたんじゃないかってことだった。無理に浚われたんじゃなく、声をかけられてついていったってことだ。  自分の意思で少し離れただけならとっくに戻ってきてるか、迷子なら迷子で誰かが気付いているはずだ。これだけの人数で付近を探していれば、どこかで見つかっているか、迷子を連れた誰かに会っている。無理に浚われたなら誰かが見てるだろうし、子供も騒いだかもしれない。  知らない誰かについていくなんてことはない、と思いたいが、客観的には俺にもそれしかないように思える。

 だとしたら……だとしたら次は、犯人捜しってことになる。  金持ちの家の子なら誘拐、身代金なんてルートがまずあるだろう。だがちびこはどう見たってド庶民だ。それを連れて行くとしたら、「◯◯すれば返してやる」はない。最悪、というより十中八九、そのまま使うためかどこかに売るためだ。  だとしたらどうやれば取り戻せる?  犯人がそことにいるならぶちのめすのは簡単だが、どうやって探せばいい?  「黒髪の、六歳前後くらいのミッドランダーの女の子」。見かけてないかってことならもうさんざん聞いた。見かけてた奴も当然多い。だがミッドランダーはどこにでもいる。黒髪も珍しくない。しかも俺は馬鹿でまずいことに、「トイレとかならともかく、一人でどこかに行くはずない。知らない奴についていったりしない」から、そんなちびっこが一人で歩いてるのを見かけなかったかと探してもらってた。だから今までも、見かけたが普通に親子だと思ったとか、一人で歩いてたわけじゃないとか―――。  直後から、大人に連れられてるのも含めて探してもらってたら、ほんとにただの親子連れに声かけたりして迷惑もかけただろうが、もしかしたらその中にいたんじゃないか? だがもうそれは三時間も前のことだった。

 傾いていた日はもう沈んで、公園の明かりは街灯のものになる。 「……お父様は一度、ご自宅に帰られてはいかがですか。これ以上の捜索は軍のかたにお任せして、人を使っていただくよりないかと思います」  物腰の優しい、学者っぽい感じのララフェルの兄さんが言う。いつも俺の足元にいる小さい小さい種族だが、今は俺自身なんかよりよほどしっかりしてて頼もしく見える。  今はもうそうするしかないか。俺にとんでもない捜査能力があるとかならともかく、そうじゃない。腕カや馬力なら数人前でも、その手の力は一人前にも届かないし、いざとなったら人海戦術で、それは軍のような大所帯にしかできない技だった。

 そのとき、けっこう最初から手伝ってくれてた、銀髪のいかついハイランダーの兄ちゃんが、 「聞いた話だけどよ、最近ちょこちょこ人さらいがあるってな本当なのかよ」  ハイランダーの男特有の細い目はともすると剣呑だが、目つきが優しくて、他人の子のことなのに本気で心配してるのが分かる。喋り方は少し荒っぽいが、こいついい奴なんだろうなと思わせるだけのものがある。  その間いかけに、銅刃団のララフェルは 「自分ははっきりとは知りません。ですが、不滅隊のほうでなにか捜査してるのは確かです。人さらい……私が覚える限りですが、たしかに二週間ほど前にも男の子が一人いなくなったと騒ぎがありました。ただ、その子が見つかったのかまだなのか、それとも迷子だっただけなのかまでは、はっきりとは」 「ンだよそれ。あんたら同じ軍の人間なんだろ。なのに不滅隊がなにしてるかは全然知らねえってのかよ」  右手の拳で自分の左手を打って、歯噛みする。 「も、申し訳ありません。自分たち銅刃団は、私設の民警団で……、なので、ウルダハ国軍の不滅隊との連携は、よほどのことがないかぎり、どうしても」 「よほどのって、子供が浚われてんだろ!?」 「兄ちゃん。いい。こんなデカイ街だ。迷子なんて毎日いるし、それですぐ大騒ぎする親もいる。この人らはそういうのに毎日付き合わされてんだ。派手な迷子と人さらい、すぐ見分けがつくわけじゃねえよ」  正義感の強いいい奴だが、たぶんアラミゴあたりの出身で、ウルダハって街、国の仕組みをよく知ってるわけじゃないんだろう。それに少しばかり短気だ。だが他人の子供のために腹立てられるなんてのは、とことんのお人好しに違いなかった。

 俺はむしろ、人さらいが時たま現れるなら、それは光明だと思った。  一件だけじゃ追跡できなくても、繰り返していれば痕跡が増える。そして何人か集めているとしたら、どこにその子供たちを隠しているのかってことになる。  そのへんの野盗が自分のとこで使うために子供を連れ去るってことはまずない。役に立つかどうか分からないからだ。役に立たなかったら食い扶持が増えただけ損になる。それにあいつらは、食うに困って追いつめられて、自分たちのところにしか居場所がないようなのに目をつける。逃げようにも行先がないからだ。だからちびこみたいに、たとえ貧乏人だとしてものほほんとしてる子供なんか狙わない。  人数を集めてて、普通の子を狙うなら、売るためだ。国内で売ろうとしたら足が付くから、大抵はよその国に連れて行く。だとしたら、輸送しやすいどこかに子供を監禁する。子供が泣いたり騒いだりしても周りに聞こえないような場所。陸路なら街道から遠くなくそれでいて人が来ないような廃車場とかだろうし、海路なら港の近くの倉庫。  探すあてができたなら、家に戻ってる暇なんかなかった。

 だったら俺はこのまま、使われてそうな場所を探すだけだ。その手の情報に通じてそうな連中ならいくらか知っている。冒険者や元傭兵には、軍とは違った情報網もある。  こうなったら見つけるまで―――ついでに言えば犯人見つけたらぶっ飛ばすつもり満々で、だが実際のとこ、連れて行かれたちびこが酷いことされてないか、泣いてないか心配で仕方ないのを吹き飛ばすため、気合を入れたときだった。  突然東口のほうが騒がしくなった。  そしてそこから、若いミコッテのねえちゃん(公園の売店でバイトしてる子)が飛び跳ねるように駆けてきた。 「お兄さんお兄さん!! 見つかった!! 見つかったよ女の子!!」  その甲高い声に、俺だけじゃなくその場にいた全員、目を見開いた。

 ミコッテのねえちゃんが人をかき分けるようにして飛び込んでくると、後ろを振り返ってしきりと手招きをする。そっちへ向けた視線の先に、黒髪の女の子、俺のちびこを抱えた、若いやっぱり黒髪の、ミッドランダーの男がいた。  相変わらず俺なら片手で抱えられるちびこだが、そもそも小柄なミッドランダーが抱えるとなると、胴体隠すほどには大きい。だがさして重そうでもなくぐすぐす泣いてるちびこを抱えている顔を、俺は知っていた。 「マサ……!?」  ドマで出会った凄腕の、というか謎の男だ。傭兵としては斥候。だが実際には、ドマの諜報機関に雇われたと言っていたから、本業・不明。  俺の声を聞いたちびこは反射的に俺のほうへと身を乗り出して、マサはとっさにちびこを地面に降ろした。

「お"どぉざ……ッ」  泣きながらちびこが走ってくる。膝をついてキャッチすると抱え上げ、目も鼻も真っ赤なのを間近に見る。間違いない。ちびこだ。俺のちびこだ。 「ちびこ、おまえ……どうしたんだよ。なんでいなくなった。どこいってた。なんで父ちゃん待ってなかった」  問い詰める気なんか毛ほどもなくても、聞きたくて仕方ない。  怪我ないか。ぶたれたりしてないか。くちゃくちゃの泣き顔だが、怪我や痣らしいものはない。 「ごべんなざ……ごべんなざいぃ……っ」 「謝らなくていい。父ちゃん怒ってねえから。ただ心配だっただけだ。死ぬほど心配したんだぞ。なんでここで待ってなかった? 一人でどっかいったのか? それとも、誰かに一緒に来いって言われたのか?」  尋ねるとちびこはこう言った。 「だっで……」  だって、

「おがあざんが、まっでるっで……よんでるがら、おいでっで……」  それは、ちびこが俺の言いつけ破ってついていっても、無理もない言葉だった。

 だが実際に連れていかれたのは誰もいないどこかで、お母さんはと聞いてももう誰も答えてくれなかった。それで嘘だったと気付いても、ちびこにはどうすることもできない。俺がちびこに教えた範囲のことでは、一人でどうにかできることなんてなにもなかった。  嘘だった、お父さんとの約束破った、と泣いていたちびこを助けてくれたのが、マサだった。

「わしはこの人さらいどもを追っておってな」  相変わらず古臭い共用語で、マサが説明してくれた。不滅隊の詰所でだ。事情聴取が必要なのは突然ちびこを連れて戻ったマサだけじゃない。経緯を詳しく知るのに、俺もまだ帰れなかった。(ちなみに協力してくれた人たちは、本当に良かったなと口々に言ってくれて、やっと帰宅してくれた。俺は人の顔覚えるのは得意だから、もしあいつらが困ってたりしたら、そのときは絶対力になってやりたい)  人さらいは東国から来ていた。  「東洋の子供は使いやすい」と聞いたどこぞの金持ちに雇われた連中がいた。最初はドマやアズマでそのまま誘拐していたが、普通の子供には親兄弟や親類がいるし、近所の知り合いも少なくなく、浚いにくいし足もつきやすい。孤児となると栄養状態が悪かったりして、お気に召さきさないらしい。  それでそいつらが目をつけたのが、“戦災孤児で、引き取られた子"だった。その場合まず縁者が少ない。養関係がうまくいってないこともある。実子じゃない、一緒に暮らして短いということもあって、強く追及されないケースもけっこうあったらしい。

 ドマでもアズマでも、かなりの数の子供が行方知れずになっていた。だが本格的に捜査が始まったのは、そういう事情―――死ぬ気で探す親が少ない―――もあってつい一年ほど前だ。  遅ればせながらでも捜査の目と手が東国中に広がると、奴等は狩り場を異国に変えた。 「まず東国語で子供に話しかける。通じたら、元はドマやアズマにいた子供だ」  異国に暮らして、それまでと違う言葉を覚え、違う習慣の中にいた子供にとって、東国語が喋れる大人はそれだけで自分に近い懐かしい人だ。それですぐ警戒心を解いて、聞かれるままに実の親のこと、養い親のことなんかを喋ってしまう。 「奴等……巧みでな。子供に気取られぬよう親の名を引き出しおる。子供は己が名を口にしたことに気付いておらぬゆえ、おまえの母はこれこれだろうと言えば、確かに母の知り合いだと思い込む」  それで最後に、 『お母さんは死んだって聞いたんだろ。だが本当は生きてたんだ。それでずっとおまえを探してて、迎えに来てるんだ。人違いだったら嫌だから、おじさんが確かめに来たんだ』  なんて言えば、死んだと思っていた母親に会えると、子供は一も二も無くついていった。 「かくなる手管よ。子供は心底、おのれを連れて行く相手を親御の知り合いと信じきっておる。それゆえ見かけた者も怪しまぬのだ」

 ちびこは小さすぎて、母親がどうなったか覚えていない。今までに二度ほど、お母さんはと聞かれたことがあるが、まだ会いに来れないとしか言えなかった。だから―――そのお母さんが待ってると言われたら、俺の言いつけなんて消し飛ぶに決まっていた。  分かってみればちびこには1ミリの落ち度もないし、それを助け出してくれたマサには、得体が知れなかろうがなんだろうがいい、感謝しかなかった。  そして俺は、今度のことでは完全に無力で役立たずで、無駄だった。

 マサは東国出の人さらいを追ってエオルゼアに来た。びっくりするのはそれがたった四日前のことだ。何人か仲間がいるみたいだが、たった四日でこのエオルゼア四国の中にある賊のアジトを突き止めた。  やってること、やってる奴(ボス)は明白だったから、調査もクソもなく急襲したときそこにいたのがちびこだった。  他に子供はいなかった。屋内の様子からして、ここでの仕事はちびこが初めてってわけじゃなかったらしいから、前に誘拐された子供ってのはもうどこかへ連れ去られたんだろう。マサはそっちの追跡と現場の"始末"は仲間に任せて、ちびこを俺のところへ連れてきた。顔見知りの誼で、ってやつだった。

 怖くて泣いて疲れてちびこは俺の腹に抱えられて眠ってる。  俺は一所懸命ちびこの父ちゃんをやってきたつもりだが、それでもやっぱり実の母親って切り札には絶対勝てない。それに、その母親のことについてちゃんと本当のことを言えてないせいでこんなことになったんだ。そういうのも含めて、俺は駄目な父ちゃんだなと思えた。  こんなに落ち込んだことは一度もない。こんなに情けない気持ちになったこともない。こんなに無力に思えたこともない。俺がもっとちゃんとしてれば、俺がちゃんと母ちゃんの話できてればとか、そんなことばかりよぎっていく。  だいたい、俺が目を離したから誘拐されたんだ。俺がちびこは知らない奴についていったりしないなんて過信してたから、探すのが後手に回ったんだ。どんな怖い思いして、どんな……。それに、今日は間に合ったから良かった。だがもしこのままどこかへ連れ去られてたら、どんな目に遭わされたのか。もう連れ去られたっていう子供らは、今頃どんな思いしてるのか……。  情けなくて、涙が出た。

「おぬしは、良き父になったようだな」  突然そう言われて、俺ははっとした。  見るとマサは、仮面みたいな無表情でなく少しだけ笑っていた。 「わしはこの捜査で、子のことなど微塵にも心配しておらぬ者を見た。厄介払いに自ら売った親もいた。だがおぬしはその娘のことを心底案じておる。子供らも同じだ。水際で救えたことも幾度かあるが、中には、救われたとて"家"に帰るのを喜ばぬ者もいた。暗い顔をしてな。だがその子は、おぬしを思うて泣いておった」  俺は……―――ちびこ……。 「万全の手立てを施したとて、日照りや嵐は来る。それを己の用意が至らぬせいなどと思うことなはい。こたびのことは、子を持つ親には天災と同じよ。詫びねばならぬとすれば、むしろわしらであろう。外法の賊輩を、おめおめ西に渡らせてしもうた」  マサは元の無表情に戻って淡々とそう言い、俺は少しぞっとした。誘拐犯たちがどうなったのかとか、どうなるのかとかは、聞かないほうがいいらしい。

 俺は一足先に解放されて、ちびこを抱え家路についた。  心配して気にしたら、一瞬だって目を離さないなんていう監視になる。今度のことはマサの言うとおり、普通じゃないことだったと思うのがいいんだろう。普通だったら、ちょっとした人さらいくらいだったら、ちびこはちゃんと怪しんで、ついていかなかったんだ、と。  だがだとしてもちびこに怖い思いさせたのは本当だ。起きたら謝らないといけない。  それから……もう今度こそ、母親がどうなったのか、本当のことを言うしかない。それはちびこにとってつらい話だが、いつかは知って受け止めないといけない現実だ。そのときちびこがどんな反応するのかは分からないが、俺は俺として、精一杯のことをするだけだ。それじゃ足りないとしても、俺にできるだけのことを。  俺は別れ際、マサに言われた言葉を思い出す。  母親のことを言うに言えなかった、そのせいでちびこが連れ去られたのだとしても、言うに言えなかったのは、血のつながりに関わらず父親だからだ。マサはそう言った。 「わしはとある里で育てられたが、捨て子であったこと、拾った男にそこへ売られたこと、どうということでもないように聞かされた。わしがどう感じなにを思おうと構わぬからだ。だがおぬしはそうではない。良き親になり、良き子を育てておる。自信を持て」  さらっと言われたが、そういう過去があっても別に不思議でないような、妙な奴だ。だが今日は間違いなく救われた。ちびこのことも、そして俺も、少しだけ。

 俺はこれからもちびこの父ちゃんとして生きていく。  だから、どんなに大変でも、避けられないことには一つずつ向かい合っていくしかない。  まずはちびこの母ちゃんのこと。もしかすると遠からず、本当の父ちゃんのこともだ。俺もムッタから聞いただけだが、実父はちびこが生まれる前に死んでる。だがそのせいでちびこには父親の記憶がまるきりなく、突然現れた養い親を本物の父親だと思い込んでるふしがある。  時にはちびこ雨が降ることもありそうだが、俺は呪文を唱える。「伊達にこんなデカイ体してるわけじゃない」。だから俺ならどんなものでも背負っていける。困難も、トラブルも、もちろんちびこも、ちびこ自身が下りたいと言うんじゃないかぎり、どこへでも。  そして俺は、幸いなことに一人じゃない。助けてくれる知り合いってのもけっこうもいて、レッド・ポッドのご近所さんたちの中には今でも仲良く付き合ってる奴もいる。今日たまたま通りかかって、たったそれだけで親身になってくれたとびきりのお人好したちもいて、俺はどうにかその人たちにはもう一度会って、ちゃんと礼を言いたいと思ってる。  そしてそういう中でちびこが、つらいことも悲しいことも、嫌なこともあるだろうが、そういうのもちゃんと背負って元気に、あらかた笑って楽しく毎日暮らせること。  俺はまだまだ新米父ちゃんだけど、ちびこもたぶんまだまだ新米ちびこで、だからこれからも仲良くいっぱい一緒に暮らそうな。ぷくぷくしたほっぺたに軽くキスすると、なんとなく伝わったんだろうか。目の周りはまだ泣き腫らしたままに赤かったが、ちびこが少しだけ笑った。