とある晩餐会の裏側で
【リュドヴィク・ロシュフォー公爵の晩餐会】
この十年、エオルゼア三国とイシュガルドは国交がなかったわけではない。と言ってもイシュガルドが他国の人間を迎え入れることは稀で、たとえ入れたにしても長期滞在を許される例は少なかった。また、三国側の人間も、余程の利益か事情がないかぎりにはイシュガルドにとどまろうとする者はいなかった。 それが、千年におよぶ竜詩戦争の終結とともに穏やかに解消されて半年。イシュガルドのエオルゼア同盟復帰を一つの契機として、国と国との付き合いも正常化しはじめた。 首脳会談にイシュガルド代表のアイメリク子爵が姿を見せるようになったのをはじめとし、国家の行事には国賓として四国で招き合う。ガレマール帝国とアシエンという共通の敵を持ち、予断を許さない厳しい状況にあればこそではあったが、四国が手を取り合う仲に戻ったというのは、間違いなく大きな慶事だった。
そんなある日、イシュガルドの大貴族から各国の最上層に晩餐会への招待状が届いた。 「ロシュフォー公爵、とは……どのような者だ」 ウルダハ王宮の一室で、恭しく掲げられた金細工の盆から手紙を取り、ゆっくりと目を通したナナモ・ウル・ナモは首を傾げる。それに答えたのは、王家に仕えて長く、ナナモ陛下の目付役を自認するパパシャン元近衛隊長である。 「ロシュフォー公爵家は、イシュガルド開国時からあると言われる最古の名家でございます。現当主はたしかディディエ殿とおっしゃられましたか。この手紙の送り主であるリュドヴィク殿は、ご先代にて」 「なるほど。となると少しばかり異なことではあるな。なぜ当主からではなく、引退した先代からこのような手紙が参るのじゃ」 「それは、リュドヴィク・ロシュフォー公爵が稀代の食道楽であられるからでしょう」
パパシャンの話によると、御年100歳(ヒューランならば85歳くらいか)にはなるというリュドヴィク・ロシュフォー公爵は若い時分から食に目がなかった。莫大な財産にあかせて世界各地から美味珍味を取り寄せ、腕の良い料理人を招き、美食という美食を堪能していた。 彼が若い頃は、たまたま数十年ドラゴン族に動きがなく、そういった贅沢も特に咎められはしなかった。 だが一度戦争状態になれば、いくら大貴族であっても国家存亡の危機に贅沢三昧は許されない。有り余る財産を困窮する民のために使うという頭のない貴族社会にあってさえ、戦争の最中に道楽に耽ればさすがに白眼視される。 「ロシュフォー公爵も我慢を強いられたわけですな」 リュドヴィクという人は、戦時であるのに己の趣味を存分に楽しめないことを嘆くほど脳天気ではあっても、それを不服にして楯突くほどの身勝手ではなかった。料理人1人に数万ギルもの報酬を出して呼び集めるくらいならば、その金を戦費として供したらどうだという世間の言い分に、なるほどと思う程度の思慮分別はあった。 「口さがのない者は、毒にも薬にもならぬなどと言うそうですが、国の毒になるよりはマシでございましょう」 パパシャンの口ぶりに、ナナモはすぐ身近にいる有用だが危険な老人の顔を思い出し苦笑する。どちらがマシかと言われると、答えようがない。だがそんな心労や懸念がまるきり必要のない、いてもいなくても変わらない存在というのが、リュドヴィク・ロシュフォーのようだ。
リュドヴィクはそんなふうに、無能で無知だが善良な男だった。 だが周囲に群がる者たちまでがそうではない。 リュドヴィク・ロシュフォーが自身の道楽として呼び寄せる一流の料理人は、もちろんただ彼のためだけに料理をするわけではなく、最低でも家族や親族、時には客を招いての晩餐会で腕を振るった。その享楽を知っている者たちが、戦時下だろうとなんとかこの美味なる道楽を続けさせることはできないかと考えた。 「その結果が、これでございます」 パパシャンはナナモの手にある手紙を見やる。 国事にすれば良い。取り巻きたちはそう考えたのだ。 リュドヴィク個人の趣味、道楽、楽しみでしかない美食は、戦時中には贅沢であると咎められるだろう。だが、主だった貴族をすべて招いたり、時には教皇猊下、あるいは他国から賓客を招いた"国のための社交"にすれば、“国にとって必要な行事"になる。 そうして"ロシュフォー公爵の晩餐会"は、国から正式に委託された催しになり、それが今でも続いていた。
日時や会場の選定から人の手配、客の招待などなど、すべてがロシュフォー公爵に一任され、国事として執り行われる。 「つまり……ロシュフォー公爵から届く晩餐への招待とは、すなわち、イシュガルド皇国からの招待ということか」 「さようで」 「じい」 「はっ」 「話が長い」 「ナナモ様には、背景からご説明し、ご理解いただく必要がございますのでな。ただ食道楽な貴族の食事会に招かれたのとは、わけが違いますぞ」 「まあ、たしかに……」 ウルダハという王政国家の頂点に立つナナモにとれば、たとえ大貴族であろうとしょせん貴族である。皇帝、あるいは教皇といった、王に並ぶ最高権力者ではなく、自分よりは"下"の者だ。だがロシュフォー公爵の晩餐会は、イシュガルドが国事として開催するものである。それを"下"に見て扱うとすれば、それはイシュガルドという国をウルダハよりも下に扱うのと同義だ。 「分かった。そのつもりで行くとしよう」 「はい」 年若くても、王家の人間として生まれ育ってきたナナモである。他のくだくだした忠告は不要と知るパパシャンは、にっこり笑って頷いた。
【料理人たちの輪舞曲】
“ロシュフォー公爵の大晩餐会”。その話は市井にも広まっていた。 国交回復を祝い、四国から賓客を招くというのはいかにも景気がいいし友好の証にもなる。これまで三国で立ち向かっていた敵に、イシュガルドもともに向き合ってくれるのだと思えば、霊災以来募っていた不満よりも、心強さが先に来る。参加など到底ありえない市民たちも、訳知りが集まると晩餐会のことを口にした。 そして無論のことながら、最も慌ただしくなったのは調理師の世界である。
「さすが『ビスマルク』には招待状が届いたってよ」 「リングサス料理長が行くのか?」 「代理で済ませられるわけねえだろ。二度目三度目ならともかく、この一発目にそんなことすりゃ、おまえらの国なんぞ二番手以下で十分だって言ってるのと大差ねえ」 「うっ。そりゃそうか。で、……うちの大将は?」 「……招待状が来てりゃ、静かなわけねえだろ」
「なんでうちになんの声もかからねえで、隣のクソ雑魚レストランなんぞが呼ばれてんだよ、ああ!?」 「そ、そりゃ、一度に全員呼ぶわけにはいかないわけですから……。う、うちも、ひょっとすると次くらいには」 「ひょっとするとってななんだひょっとするとってのは!!」 (こんな人だから呼ばれないんだろ。つーか、隣とうちと、どっちが上か、なんで分かんねえかな。俺もうやめよっかなここ)
「オーナー! オーナー!! しっかりしてください!!」 「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ……」 「ちょっと水!! 早く!!」 「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ……」 「なにを騒いでいるのです」 「あっ、シュラウル料理長。オーナーが、例の招待のこと聞いて……」 「やれやれ。行くのは私ですよ。オーナーがパニックになる必要がどこにありますか」 (ひょー。うちの料理長、さすがクールぅ) (いや、昨日招待状届いたとき、卒倒しかけてたから)
そんな悲喜こもごもの中、 「なんだと!? まだ全員決まったわけじゃないのか!? 推薦枠がある!?」 推薦枠という話が野心のある料理人たちの耳を釘付けにした。 今回の大晩餐会は、イシュガルド国内だけでなくエオルゼア四国から客と料理人を招くものである。だがこの十年、国交がほぼ途絶えていたイシュガルドには、最新の情報というものがない。蛇の道は蛇というように、それでもロシュフォー公爵は各国で評判の店を知っていたが、絶対的に数が足りなかった。 なにせイシュガルドのこの数百年の歴史の中で、最大規模になる大晩餐会である。街一つ入りかねない広大な公爵邸を解き放ち、楽団や芸人たちも招いた園遊会からそのまま雪崩れ込む。客も、ナナモのような国賓だけではない。 「せっかくだ。これまでで一番盛大で賑やかにしよう」 と子供のようなリュドヴィク公爵の一存で、普段ならば招かれないような下級貴族や、各国のギルドマスターたちまで来訪の打診を受けている。全員に同じ料理が出るわけではなく、当然そこには"格"分けが生じ、選ばれる料理人にも多少の幅があり、人数が必要だった。 その結果、それぞれの国の食通たちや権力者に、これぞという料理人がいればぜひ推薦してほしい、という依頼書も届いていたのである。
たとえ園遊会の屋台だとしても、そのへんの祭りの屋台とはレベルが、格が、次元が違う。「ロシュフォー公爵の晩餐会で料理を振る舞った」となれば、圧倒的な箔がつく。 我こそはと思い、そしてコネのある料理人たちは、莫大な紹介料と引き換えだろうと、推薦状に名を書かれたがった。 そこにもまた様々な悲劇喜劇があり、ここでも1人、東アルデナード商会の送る推薦状に名を載せてもらった男が、音沙汰のないまま「選定終了」の噂を聞いて膝から崩れ落ちたところだ。 「なんで……」 信じられない、と男は厨房の床についた手を握りしめる。 『ジャルダン・ヴェール』はウルダハで五指に入ると言われる高級レストランだ。男は二十数年前のオープン以来、オーナー兼料理長として務めてきた。雑誌で「ウルダハの名店」という企画があれば100%、いや、一度だけどういうわけか記載されなかったことがあったが、それでも98%くらいは必ず名前が挙げられてきた。 にも関わらず招待状が来なかった。
愕然としたが、すぐに考えなおした。名を連ねるのが当たり前だからこそ、かえって「あの店のことなら自分が言わなくてもとっくに誰かが伝えただろう」と、紹介に漏れたのかもしれない。だったら、当店をお忘れではないですかと、推薦状という形でもいいから思い出してもらわなければならない。そこで、接待で店を使う東アルデナード商会の営業部長に話を持ちかけた。彼は心底驚き、それはおかしい、うちの会長のところにも招待状と推薦状が届いているというから、ぜひ話を通しておこう、と請け合ってくれた。 東アルデナード商会の会長ロロリトは食通として知られている。粗探しをして店と人を潰すのが目的だ、などと嫌われているが、その味覚は残念ながら本物で、その点は誰もが仕方なしに認めている。そのロロリトからの推薦状に名が載れば、招かれないわけがない。 ―――と、思っていたのだ。 だが、配送の間違いやミスではないかとあちこち調べて探しても、どこにも、ひとかけらも、一片たりとも、『ジャルダン・ヴェール』の料理長、ブラック・デーンの名前は出てこなかったのだった。
彼は知らない。 彼の目論見は、そもそもロロリトにすら届いていなかった、と。 営業部長から橋渡しを頼まれた秘書官は、言下にこう切り捨てた。 「君が贔屓にしている店だろうと、会長が一度でも足を運んだかね?」 それは、行くに値しない、ということだった。無論、推薦するにも値しない。 そんな報告をするわけにもいかず営業部長は、「間違いなく頼んだ」とブラック・デーンに伝えた。そう、頼みはした。秘書官にすら聞き入れられなかったが、頼みはした。嘘ではない。 そしてそこから『ジャルダン・ヴェール』は見る間に評判を落とし、半年もたたずに閉店した。 呼ばれなかった料理人は大勢いる。それらの店は大なり小なり落胆したり、あるいは 「そもそもうちにゃ関係ねえやなww」 と脳天気にスルーしたりしつつもこれまでどおり続いたにも関わらず、だ。 ともあれ、『ジャルダン・ヴェール』がなくなったところで、ウルダハっこは誰も困りはしない。今日もウルダハは賑やかで騒がしく活気に満ちて、そして、『ジャルダン・ヴェール』の跡地にできた可愛らしいケーキ屋さんには、流行りに敏感なウルダハの娘たちが長い列をなしていた。
【“老人"と"孫”】
それは世間で"ロシュフォー公爵の大晩餐会"が話題になる半月ほど前のことである。 リュドヴィク・ロシュフォーが隠居所として使っている都内の邸宅に、壮年の……には見えない長身の騎士が訪れた。 実際のところ歳は50をとうに過ぎている。と言っても、他種族より少しばかり長命なエレゼンであるから、ヒューランであれば40半ばか後半といったところだ。だとしても歳相応には見えず、まだ30前後のように若々しい。 以前は単に若見えするだけだと思われていたが、昨今では、竜の血が濃いからだと言われている。イシュガルドが千年に渡って秘し隠してきた真実、それが明るみに出、竜が敵ではなく同胞になった今、 「あのかたはデュランデルの直系の中でも、特別濃く竜の血を受け継いだのだろう」 と。
「お待ちいたしておりました。レコルス伯爵閣下」 門前で恭しく頭を下げる執事に対し、鷹揚に頷く所作はやはり若造のそれではない。彼を伴う執事の背が、心なしか恐れを抱いているようなのは、彼がイシュガルドで並ぶ者のない"竜殺し"の英雄だからだろう。身奇麗にしていても、まとう気配は歴戦の騎士、軍人、殺戮者のそれである。彼が踏み越え掻き分け、そして築き上げてきた膨大な血肉と死に対し、恐れを抱くのは無理からぬことだった。 それでも公爵家で訓練されつくした執事は、一切の粗相なく彼を邸宅の中、主の待つ書斎にまで案内した。 重厚なレッドオークのドアを開け、脇に下がる。途端に中から、 「おお、よう来てくれた」 と、どこか間延びしたような、聞きようによってはおっとりと愛嬌のある主の声がした。 「リュドヴィク公爵閣下におかれましては、ご健勝のようでお喜び申し上げます」 優雅だが剛健で隙のない一礼をし、彼は室内に入る。執事はまた恭しくドアを閉め、ついほっと溜め息をついた。
さて、室内。 一秒、二秒、三秒。 執事はもう立ち去っただろう。そして、躾のいい使用人たちは、呼ばれるまでは決してやって来ることはない。 途端に、今の今まで毅然と、ともすると玲瓏と佇んでいた青年騎士の様子が、からっと崩れた。 「じいちゃん、久しぶり」 右肩だけ覆うケープをふわりと背中に跳ね除けると、臙脂色の巨大なソファーに座った小柄な老人の傍に行く。そしてなんのてらいもなく隣に腰を下ろした。 長い間戦い続けてきた男の、大きく傷の目立つ手を、肉付きはいいが小柄な老人の手がそっと押さえる。 「またあちこち戦いに出歩いて。そなたはわしを心配ばかりさせよる」 「大丈夫だって。ただの雑魚狩りだ。理性もなにもない獣。これまでまともに戦ってきた竜たちに比べたら、雑魚としか言えねえようなのばっかだよ」 とても貴族とは思えない口をきくが、そのことをリュドヴィク公爵は僅かも気にした様子はない。どころか、 「あまりこのおじじを心配させんでおくれ」 目にうっすらと涙を浮かべて、頬傷のある顔をじっと見上げた。
リュドヴィク・ド・ロシュフォー公爵とリュシアン・レコルス・デュランデル伯爵の間に血縁はない。貴族の家系図は厳密に綿密に記され保管されているので、二人に一切の繋がりがないのは完全に明白であり事実である。 だが彼等はこの40年、ずっとこんな調子だった。 始まりは、まだほんの少年、どころか幼児だったリュシアン・デュランデルが、家族とともに晩餐会に招かれたところに遡る。 たとえ幼児といえど生粋の貴族、社交界での立ち居振る舞いは、立つこともできない時分から管理され教え込まれる。にも関わらず彼は、爵位でいえばはるかに上、教皇に次ぐほど高い家柄のロシュフォー公爵に、「おじちゃま」となついてしまったのだ。 そしてリュドヴィク・ロシュフォーは、家族はいても家族らしいことのない血縁に、寂しさを感じる人間だった。
大した功績も実績もなく、ただ長い歴史だけを持つロシュフォー公爵家にとっては、手持ちの平凡なカードを使って、なんとか家名と権力を存続していくことがすべてだった。家族ですら誰が何に利用できるか、どれくらい役に立つか、それだけで判断された。 リュドヴィクは無能だった。ただびとであれば、野心がなく無欲で、篤実な人柄というのは美点だっただろう。だが権謀術数が渦巻く貴族社会においては、温厚で優しいだけの人柄などなんの役にも立たない。 ただ、我を張らずおとなしい性状の彼は、“表に出す顔"として操るには丁度良かった。毒にも薬にもならず、ただ素直に駒となって、ロシュフォー公爵家の名を確かに存続させていた。 そんなリュドヴィクのたったひとつの才能が、道楽でもある美食だった。 彼はおそらく芸術家だったのだ。美食とそれにまつわることについて、彼の目利きは正確だった。豪壮な晩餐会を開催するのに、料理だけでなく、場所、人、アート、調度、食器、彼の選ぶものはいつも完璧に正しかった。 彼はそれを愛し、楽しみ、そして自分自身のたったひとつの価値として誇りに思いたかったが、それも家にとっては利用できる道具でしかなかった。
愛する物事ごと、黙って言いなりになる駒として使われるだけだった。少しばかり才気のある息子ディディエからも、父上は私の言うとおりにしていればいいと言われ、その息子、すなわち孫も、ほんの幼児であるのに父を真似て同じ態度をとる。そしてそれを誰も咎めない。 だから、当たり前のことだったのだ。「おじちゃま」と慕って見上げてきた坊やを、心から可愛い、愛しいと思うのは。 その日リュドヴィクは、恐縮する両親に構わないと言い置いて、赤毛の子供を自らの膝に乗せてあやしながら晩餐会を終えた。 以来40年以上、可愛らしい幼児が凛々しい少年になり、立派な青年になっても、二人の繋がりは続いている。公の場では立場に相応しい態度を取らざるをえないとしても。
土産話はいつも戦場のことになる、とリュシアンは自分の近況を話さない。それをリュドヴィクは寂しく、そしてつらいと思う。若い頃はもっと、遊びに出掛けた下町のこと、友人と悪ふざけして忍び込んだ武器庫のこと、可愛い巻き毛の弟のこと、いろいろあった。それがいつからか、歳相応にというよりは彼らしくなく、語らないことが増えてしまった。語れないことばかりになったのだと思うと、そんな人生が悲しくなる。 今も、彼がしているのは汚れ仕事だ。ニーズヘッグの怨念に染められたまま、自我をなくし暴れるだけの竜を狩っている。彼等は正気ではない。元に戻ることもない。同族すら襲う。殺すしかない。そんなことは分かっていても、それが自らの愛する伴侶や子供であったら、大切な友人であったら、なにも感じずに許せるだろうか。彼等をその手にかけて殺してゆく者を。 仕方のないことだとしても、最早竜殺しは国の疵、共存の障りになりかねない。だから、既に大量の竜を殺してきた自分がやると言い、彼は邪竜狩りの任についた。だから、語れることがないのだ。どこそこにいってこんな竜を殺したなどと、人と竜の生きる国で、平和な老人にする話ではない。
だからリュドヴィクは、語れることのない彼の代わりに、今進めている晩餐会の話をした。 たとえ道具として使われるだけだとしても、たったひとつ自分が誇れること。 「今回は、なんと言ったかな、平民たちの……ああ、そう、自警団の、彼等の長も呼ぶことにしたのだよ」 「そりゃいい。けど、いきなり公爵家の晩餐会か。それじゃ味もなにも分からねえな」 「だから彼等は、日暮れの園遊会までということにしようかと思っておる。ただ、それを差別と言われそうでな」 「こっちとしちゃ気遣いでも、あっちには"平民ごときはここまで"か。難しいとこだな。なあじいちゃん。それ、俺も出ていいんだろ?」 「おや。すぐ領地に戻るのではないのかね」 「なんだよ。じいちゃんは俺に出席されたくないって?」 「な、なな、なにを言うかね。なぜわしがそんな」 「冗談だって。招待したいけど、呼んでいいか、俺が頷くかどうか分からなかった。だろ? めでたい席に侍るには、俺は少し血生臭すぎる。けど、少し顔を出すくらいならいいだろ。な。俺も行くよ」 「本当かね。来てくれるかね」 「ああ。で、俺が適当に音頭取れば、とやかく言われねえだろ。来たい奴は来い、ただしここから先は最上級のマナーが試される、とかな。それで、嫌ならこっちで気楽にやろうとでも言や、安心して楽なほうに残って飲み食いできる」 「しかし、それではそなたも外に残ることになるではないか」 「じいちゃん。俺はいつでもこうやって、じいちゃんの横で相伴にあずかれるだろ」 そう言われてリュドヴィクは納得し、さっそく招待客のリストに可愛い"外孫"の名前を書き加えることにした。
テーブルの上には、書きかけの手紙やいくらかの紙片が乗せてある。それを何枚かめくって該当の書類を見つけ、リュドヴィクは美しい筆記体でリュシアン・レコルス・デュランデルの名を書き記す。 そのリュシアンは、無造作に出してある紙片の中の一枚に目を止め、 「じいちゃん。これが今回呼ぶ料理人のリストか?」 ざっと上から下まで目を通した。 その眉間に僅かな皺が寄る。リュドヴィクはそれに気付かず、諸国の友人知人を頼って集めた、近年の白眉たちなのだと嬉しそうに語った。 リュシアンの眉間はますます寄り、さすがにリュドヴィクも彼の不機嫌に気付く。 「どうかしたかね。なにか……不都合な名前でも、あったかな」 今更誰に失望されようと構いはしないが、この可愛い孫にだけは嫌われたくない。自然とリュドヴィクの声が弱々しくなる。リュシアンはそんな老爺に極めて率直そのままに、 「こいつ。こいつは、できたら外してほしい」 と言った。 そこには”『ジャルダン・ヴェール』 ブラック・デーン"と書かれていた。
今からもう20年ほど前になる。 リュシアンはその頃、“気の病"で戦場から離れ、療養を兼ねた留学としてウルダハに滞在していた。 そのとき世話になった友人には、小さな娘がいた。 「俺のダチってのが傭兵でさ。ドマに行ったときに拾ってきた、戦争孤児だ」 だから種族も違っていたが、友人はその子をこれでもかというほど可愛がり、大事にし、精一杯育てようとしていた。 ほんの5歳か6歳で、やんちゃで元気いっぱいで我が儘でも素直でちょっと嘘つきで―――ともかく、屈託のない可愛い女の子だった。 「誕生日が近かったんだ。って言ったって、孤児だし、本物のそれを知ってる誰かもいなかった。だから、ウルダハでダチと暮らし始めたその日が、“新生ちびこの誕生日"ってな」 その前の年はかなり厳しい暮らしで、しっかりしたお祝いができなかった。リュシアンは、自分がいるときに誕生日が来たのは絶対にラッキーだと言って、去年の分も合わせた誕生会をしてやることにした。
「それで、誕生会やらせてもらえるちょっといい店ないか、食べ歩いて探してたんだよ」 『ジャルダン・ヴェール』は、そのときに行った店の一つだった。 リュシアンは、貴族らしくする必要がないときには平民、どころか「チンピラと大差ない」と言われるほどくだけた態度をとる。市井に混じって一般市民として暮らしているなら尚更で、貴族らしい格好や振る舞いなどしようとも思わない。だからそのときも、ウルダハ市民がよく身に着けている、シンプルな麻のシャツとパンツ、といった格好だった。 だが、外見がそうでも、中身は千年続く貴族の家柄に生まれ育った、生粋の貴種である。デュランデル家専属の料理人ともなれば、当然一流以上の腕だ。無論、ロシュフォー公爵の晩餐会だけでなく様々なパーティに出席し、一流の品に囲まれてきた。自分たちのテーブルに出された料理が、隣のテーブル、昼日中から着飾って出掛けられるほど豊かな暮らしをしている富裕層の夫婦に出されたものに比べ、明らかな手抜きであることは一目瞭然だった。 あたためてないスープ皿、洗って間もない食器、雑に描かれたソース、よく見れば形の崩れたケーキ。 すべてがそんな具合だったなら、その店はそのレベルだということで、どうでもいい。だが隣のテーブルに届いたものはもっと気が行き届き、店員の愛想も違う。 たとえ手抜きだろうと料理はそれなりに美味かったが、リュシアンはその店を却下した。友人の大事な娘。そして、居候して一緒に暮らし、自分にとっても小さな小さな友達になった少女のせっかくの誕生日を、そんな店で祝いたくない、と。
「あれから20年たってる。今はもう違うかもしれねえ。だから、絶対やめてくれとか言わねえけど、じいちゃん、この店の本当の評判、一回ちゃんと確かめてくれねえか」 可愛い愛孫の頼みだった。 そして、無能かもしれないが心優しく、善良な老人だった。ゆえに彼もまた、客を選り好みするような料理人を呼びたいとは思わなかった。 とは言え、リュシアン自身が言ったように、その出来事から20年もの時が流れている。それだけの期間店を維持してきたということは、心を入れ替え誠実な料理をするようになったのかもしれない。もしそうであれば、過去の落ち度を理由に今のチャンスを潰すようなリュシアンではなかったし、リュドヴィクでもなかった。 リュドヴィク・ロシュフォー公爵は、提案のとおり今現在の、忌憚のない評判を調べさせた。 その結果は、もう既に書いたとおりである。
(教訓:ちびこの誕生日は大切に)