小さなえいゆう

 会議は白熱していた。  ガレマール帝国に救援を送るか否か。  賛否は半々だった。  近隣諸国を手前勝手な理念で侵略し、何百という兵士を殺し何万という諸国の民を苦しめた。助けたくなどないというのも人情だった。  だが、帝国民すべてが戦争に賛成していたわけではないだろう、侵略をやめさせるためにもここは恩を売るべきだという考えにも一理あった。  意見を戦わせるほとんど者には、両方の感情があった。怒りや憎しみの割合が大きいか、それとも博愛や政略の割合が大きいかだけの差だ。少なくともその場にいた不滅隊の幹部たちの中には、片方しか持たない者など一人もいなかった。

 人としての情けで手をさしのべようとする者がいれば、人としての怒りで背を向けようとする者もいた。 「帝国に肉親や大切な誰かを殺された者にとれば、許せるわけがありません。いいですか。敵を助ける者は敵です。その気持ちは、我々への不信や反感にもつながります。アラミゴへの支援についてすら否定的な者たちがいるんですよ。善悪ではなくこのウルダハの安寧と安定のため、派兵すべきではありません」  と誰かが熱弁を振るえば、 「今ガレマール帝国に迫る危難はやがて我々にも及ぶものだ。同情や許しはこの際どうでもいい。イシュガルドの危難に際しグリダニアは、かの国が落ちれば次は我が国だという観点から積極的に支援した。目前に迫ってから闘い始めるのでは遅いのです。前線は、できるだけ遠くに設定するべきです」  そう訴える者がいた。  話し合いは平行線のまま加熱していった。

 だがそのとき、引退間近の年寄りの将校が突然、こう言った。 「昔、こんなことがありました」  そして唐突に、思い出話を始めた。  だがそれは不思議と、今はそんな話をする場合ではないと、咎めることのできないものだった。

 彼が語ったのは今から20年ほど前の出来事だった。  彼は当時 中闘尉で、その日は非番だった。独身で、恋人もいなかった彼は、休みの日の楽しみにしている書物あさりに出かけた。  大した収穫もなかったその帰り道、通り抜けようとした公園で、突然、甲高い女児の声がした。 「ねえおじさん!!」  “おじさん"と呼ばれる自覚のある者なら、つい見てしまうような大きな声だった。  彼も反射的に声の方向へ顔を向けると、そこにはハイランダーの父子連れと思われる男と少年と、声の主らしい少女がいた。

「おじさんどこ行くの!? コトコも一緒に行っていい!?」  張り上げるような大きな声だった。うるさい、とその瞬間思ったほどだ。 「おじさん、ロイくんのおじさんでしょ!? だってお父さんじゃないもんね!? お父さんもっとちっさいもんね!?」  だがその少女は辺りをまったくはばからない大声で喋り続けた。 「どこ行くの!? 一緒に行っていい!?」

 父親ではない? 父親はもっと小さい? てっきり親子かと思ったが、あの子はミッドランダーなのか。  なにより男の様子は、突然寄ってきたよその子供、親戚の子の友達に困惑するというより、もっと強い動揺と焦燥があり、そして邪険だった。  彼は近付いて声をかけた。自分は不滅隊の者だが、少し話を聞かせてもらったもいいか、と。  すると男は言い訳も半ばに、子供を置いて逃げてしまった。

 それを見やると少女はへなへなとその場に座り込んで泣き出した。 「駄目なんのよ。知らない人と一緒に行ったら、絶対駄目なのよ」  と。  少年はなにか言いかけ、そのまま逃げるように去った。  彼は少女に大丈夫かと声をかけた。そして気が付いた。この子は数カ月前に事情聴取した、あのときの、誘拐されかけていた子供だと。

「その子が、友達の父親ではない怪しい大人を見て、なんとか周りの人間に気付いてもらおうとしたのは明白でした。もしかしたら本当に親戚や知人かもしれないと思ったんでしょうね。だから、変な人がいるとは言えなかったんだと思います。私はよく気がついたと言って、友達を助けてあげるなんて立派だと褒めてあげた。そのとき、その子が言ったんです。友達なんかじゃないって」

 嫌いだよと言った。だっていつもコトコのこといじめるもんと。大っ嫌いと。  驚いた。驚いて、それなのに助けてあげたのかと尋ねると、 「だってヤなのよ。すっごく怖いのよ? お父さんにもう会えないって、おうち帰れないって思うの、すっごく怖かったもん。ロイくん嫌いだけど、でもヤだもん。それに、いなくなっちゃったら、お父さんとお母さんは絶対ヤなのよ。そんなのヤだもん」  震えていた。泣いていた。連れ去られそうになった恐ろしさを覚えていて、思い出して、怖かったのだ。だがその子はそれでも、自分をいじめる大嫌いな子を助けた。

「私はその子に、勇気と、正義と、強さを学びました。たとえ嫌いでも、自分をいじめる相手でも、不幸になればいいとは願わない。―――ウルダハは、強く気高くあるべきです。たとえ怒りや憎しみがあったとしても、それを理由に命を見捨てるのは弱者のすることです。派兵しましょう」

 そして不滅隊は、一軍を編成してイルサバードへと向かった。