調理師ちびこっこ 02

 お父さんのかっこいいところなんて、いくらでも挙げられる。  その中でもしあたしが一つ、お父さんかっこいいって思ったことを選べって言われたら、そりゃもう迷う。  山ほどあるのに一つだけって嫌がらせ? てくらい思うけど、それを言ったのはヴォルくんで―――ヴォルくんは、“お父さん"の思い出がない人。だからうちのお父さんを、「いいなぁ」っていつも言ってくれる。そんなヴォルくんが聞きたいことだから、あたしは一所懸命考えて、思い出した。

 あれはね、あたしが7歳か、8歳だったときだと思う。  “教室"の親子学習で、採掘の仕事を見に行くことになったの。お父さんの仕事場で、あたしのテンション爆上がり。お父さんのかっこいいとこみんなに教えるんだって、思ってた。  でもその見学の途中で、とんでもない事故が起こったんだ。

 行っちゃいけないって言われていた場所に、勝手に行った子たちがいた。  あたしも小さかったから詳しいことなんてよく分からない。ただ、その子たちが勝手に探検に入ったその洞窟が、崩れて埋まったってことは間違いない。  後になって聞いたんだけど、そこは有毒ガスは出るし地盤も緩くなってるしで、だから廃坑にされた場所だったみたい。  そんな中に子供が四人、閉じ込められたのよ。

 落ちてきた大きな岩のせいで入り口は完全に埋まってた。  崩れるかもしれないっていうだけでも怖いのに、定期的に毒ガスが噴出するっていうんだから、そりゃもう大騒ぎになるのも当然だよね。岩をどかす、あるいは崩すのに重機がいるんじゃないかとか、そんなの持ってくるまで待っていられないから人力で掘ろうとか、ケンケンガクガクだったみたい。

 でもお父さんが、その大岩を持ち上げてどかしちゃったんだ。

 ううん。あたしは探検行かなかったから、それ見てたよ。だからあたしを助けるためじゃないの。  ルガディンでも腕が回らないほどの大きな岩だよ。転がすとかはできなかったんだと思う。地面にめり込んでて。だから持ち上げてどかしたんだ。  うん、すごいよね。ルガディンなら誰でもできるってことじゃないでしょ。だってそこには他にもルガディンの人たちいたし、お父さんの同僚だから採掘師でその人たちだって力はあるはずだけど、それにしたってみんなびっくりしてたもん。  でも違うんだ。  あたしが本当にかっこいいって思ったのは。

 えっと、たしか、中に入らなかった子が一人か二人、大変だって駆け戻ってきてね。それでみんな走っていったの。あたしもお父さんも一緒に行った。  そうやって駆けつけてきた中には、当然、閉じ込められた子のお父さんやお母さんたちもいた。  それで、その人はララフェルだった。  たぶんそこで、岩をどければとか、もたもたしてる暇ないとか、毒ガスが出るとか話してたんじゃないかな。駆けつけたときにはみんな、確かに慌ててたけどそれほどヤバいって感じじゃなかったはず。  それが、そう、あたしがびっくりして飛び上がるくらい一回、うわってものすごい……なんていうか、ヤバい!!の最高潮みたいな感じ? になったの。それがたぶん、毒ガスが出る、だからもたもたしてられないって分かったときだと思う。  でね、そのときだった。

 覚えてるよ。なんかよく分からない叫び声を上げてね、ララフェルのおじさんが目の前の岩にしがみついたんだ。  わーだかにゃーだかひーだかきぇーだか、ものすごい変な声出して、その岩をどかそうとした。  もちろんびくともしないよ。ああ、そう。思い出した。なんかもうね、鼻血は出てるし涙もぼろぼろで、怖かったんだ。すっごいこう、変な怖い顔になってて。今ならそれ、鬼の形相、とか言えるけど。あたしは怖かったし、なんとなくだけど、みんないわゆるドン引きしてたような気がする。

 でもさ、無理だよね。うん。どれだけがんばったって、無理なものは無理だよ。こーんなおっきな岩、よりにもよってララフェルのおじさんなんて。  で、俺がやるって言って、持ち上げてどかしたのは、あたしのお父さんだった。

 でもね。  すごいすごいってみんなに騒がれる中で、お父さん、言ったんだ。 「すげぇのはこの人だろ。普通できねぇぞ、こんなこと。なあ、おめえの父ちゃん、すっげえなぁ!!」  って。

 あたしはよく覚えてないよ。お父さんがなんて言ってたかなんて。  でもそのおじさんが覚えてた。それで、ずっと後になって教えてくれた。  お父さんね、こんなこと言ったんだって。  俺はルガディンだから、こんな岩でも動かせて不思議じゃない。でもおまえの父ちゃんは、おまえを助けたい一心で山みたいな岩に飛びついた。普通なこんなことできないぞ。  って。

 その人ね、ずっと自分の子供とか奥さんに軽蔑されてたんだって。小さな店の下っ端の事務員で、上の人に怒られてペコペコしてて、奥さんに馬鹿にされても一言言い返すこともできなくて、実際に自分には何一ついいところも取り柄もないって思ってたんだって。  でも、あれからすぐにじゃなかったけどある日、奥さんになにか言われてたとき、息子くんが「父ちゃんだって精一杯やってる」って庇ってくれたんだって。  岩は1ミリも動かなかったけど、息子の心は動いてくれたみたいだって、そういえばおじさんうまいこと言ってたね。それで、取り柄の一つもない自分だけど、家族のために精一杯がんばることだってかっこいいんだって自分で思えるようになったって、そうやって胸を張れるようになったのは、うちのお父さんのおかげだって、なんでかあたしまですごい感謝されちゃった事件なのよ。

 あたしね、お父さんのそういうとこ、かっこいいなぁって思うの。  なんていうか……うん、誰かを助けてあげられるところ。  なんだかんだ、そういうお父さんのおかげで救われたって人、けっこういてね、それがあたしの一番の自慢、「うちのお父さんかっこいいでしょ!!」かな。

 ……ん? なに? 今、なに言おうとした? え? なんでもない? ほんと? ほんとに??  えー、絶対なにか言いかけたよね? まあいいけどさ、言いたくないなら。  あ、でもあれはヤだよ。あたしのお父さん自慢、聞いててちょっと寂しくなったとか、そういうのはちゃんと言ってね? そうじゃない? だったらいいんだけど……。  うん、そうだね。じゃ、約束。次はヴォルくんのお母さんの話聞かせてよね! 絶対だよ!