スカラ迷宮 2

 オールド・シャーレアンを経って航路で3日、陸路で4日。僕は25年ぶりにアラミゴという国の上に立った。  直前になって葛藤か抵抗を感じるかもしれないと思っていたが現実は拍子抜けで、僕が寝ている間に国境である防壁を超えてしまっていた。  そうして眺めるアラミゴには、特になんの感慨もなかった。変わったなとか変わらないなと思えるほど覚えてもいない。あまりにも何でもなさすぎて、それが逆に少し引っ掛かったような心地なのは、たぶん寂しいとか、そういうものなんだろうと思う。

 あれこれ考え続ければ思考の泥沼に落ち込んだかもしれないが、アラミゴの空を見てぼんやりしたのは束の間で済んだ。出発の準備に取り掛からなければならなかったからだ。  調査団のリーダーを務めるラスティング・ドーンさんと直属の一団は、エーテライトを使って一週間前にアラミゴ入りしている。僕たち後発組は良く言えば実働部隊、悪く言えば労働係で、彼等の先行調査に基づいて実際にスカラを探索することになると聞いている。そのためには入り口であるグリダニアとの国境で、冒険者たちと合流しなければならなかった。  国の復興に関わる調査なら、普通は軍の支援があってしかるべきだろう。だが近年のアラミゴにあったのは反乱軍や解放軍で、国の命令で国のために動く国軍じゃない。いずれ再編はされるとしても、たった数週間で出来上がるものでもない。  市民から希望者を募ることも考えたようだが、臨時政府(みたいなもの)が考えたのは、彼等にどこまで信用が置けるかだった。

 テオドリックや帝国軍に家族を殺された者は多く、破壊や略奪が目的で"支配者の拠点"に入りたがる者もいる。あれだけのことをされたのだから、これくらいしてもいいだろう。そんな勝手な理屈で動く人間は少なくないし、そういう人間のほうがバイタリティがあって、思ったことを行動に移しがちでもある。  私怨や私欲で王宮に入ろうとする輩を調査に加えたくはないが、見分けがつかない。  同盟軍を使うとなると将来的に国家間の力関係に影響するかもしれず、それで、エオルゼア諸国のギルドから傭兵や冒険者を斡旋してもらったほうがいいということになった。  王宮都市であるアラミガンクォーターを合流地点にしなかったことにも理由がある。いくら各国ギルドの推薦によるとはいえ、彼等に遺跡調査の同行者として相応しい節度と能力があるか、それをシャーレアンは信用していない。そもそも冒険者という山師集団を信用していない。公益や未来のためでなく自分自身のため、今の欲求のために動く連中。それがシャーレアンから見た冒険者だ。いくらギルドのお墨付きと言っても、そのギルドに正しい判断力があるかどうかを疑っている。  そのため僕たちはここからアラミガンクォーターまでの2日の旅程で、自分に同行する冒険者や傭兵について観察し、その結果によってそれぞれのチームの役割を決定することになっていた。

 ラスティング・ドーンさんの意向だ。彼はライブラリアンとかいう派閥に属していて、考え方もものの見方もひどく偏っている。有り体に言えばシャーレアン至上主義。他国の人間は野卑で低能だと見下している。考古学者としては相当に秀でた人だとしても、僕は好きになれない。僕自身が見下される側なのだから好きなわけがないが、この調査においては彼が上司なのだから従うしかなかった。  とはいえ、ラスティング・ドーンさんの言うことも分かる。いっぱしの冒険者として認められるということは、それなりに高い戦闘力を持つということと同義だ。野蛮と言われても仕方はない。そして武力を頼りに危険を切り抜け生きてきた者たちは、自分の経験と勘を重んじ、自分で経験していない、すなわち他人の言葉や知識を信用しない、耳を貸さない傾向にある。  僕がラザハンで知り合った冒険者も、一人以外は皆いい人たちだったが、思慮深いとか博学だとは言えなかったし、独りよがりなところは多分にあった。そんな彼等が貴重な遺物をぞんざいに扱ったり、ともすると戦闘に巻き込んだりして台無しにする可能性は、確かにあるのだ。

 僕に同行するのはどんな人たちなんだろうか。そもそも僕は人と付き合うのが大好きとかいう社交家ではないし、だから新しい出会いにわくわくするよりは不安のほうが大きい。それに今回はどうしても"アタリ"を引きたかった。そうしなければ遺構に入れないからだ。せめてハズレでなければチャンスはある。余計なことをせず、こちらの指示をきちんと守ってくれるのであればまだ……。  そんな懸念は、しかし間もなく消え去った。僕自身が持っていた偏見と共に。

 チームごとに待機場所が決められ、そこで待つ僕のところへやってきたのは、ルガディン族にしてもかなり大柄な壮年のローエンガルデと、僕より10歳は若そうなミッドランダーの女性だった。 「トロイ=マカヴァン先生ですか」  低いが響きのいい声でローエンガルデが言う。朱色のフェイスペイントの入った顔はいかにも戦闘民族のようだが不思議と威圧感はなく、気さくに右手を差し出してきた。 「先生はよしてください。トロイで結構です」  ルガディン族特有のグローブのような手を取りながら言うと、隣でミッドランダーのお嬢さんが「ぺこりと」と表現したくなるくらい大きく頭を下げる。前腿に手を添えるような仕草は和国独特のものだ。 「ウルダハギルドから来ました。フィル=ファイアウォードです。よろしくお願いします」 「お、お同じく、コトコ=クノガミですっ。よろしくお願いしますっ」  こういうことにも慣れきっているようなローエンガルデに対して、お嬢さんのほうは緊張でがちがちだ。だが一目見て僕は、この二人は好人物のようだと安心した。

 冒険者たちを乗せてきたキャリッジは、ここからはそれぞれのチームを乗せて移動する。アラミガンクォーターまではキャリッジなら2日の距離だ。それは喧嘩するにも親しくなるのにも、観察するのにもそれなりに十分な時間と言える。  調査団メンバーの多くはラスティング・ドーンさんの部下であったり彼の学生なので、冒険者や傭兵ごときとは口もききたくないというタイプが多い。だが僕はシャーレアン人ではないし、自分で言うのもなんだが、政治家気質だ。なにより優先するのは目的の達成。そのためには好悪や感情ではなく、打算と自制が必要になる。同行者と親しくなっておいて損はない。人はほとんどの場合、好意を持つ相手には甘くなるものだからだ。僕の指示を抵抗なく受け入れてもらうためにも、好意と信頼を得ておくに越したことはない。  僕はそういう打算で同乗した二人と親交を深めることにした。

 警戒する相手に隙を作るようなテクニックは一つも要らなかった。視たとおり二人ともオープンで、言葉は率直そのものだ。  そして驚いたのは、フィルと名乗ったローエンガルデについてだった。  まず一つ目に、彼がAランクの冒険者だということだ。ラザハンにもシャーレアンにも冒険者という職業はないため、僕が知っているのはあくまでも聞いた内容だが、依頼する側の常識でいくと、Dランクなら仕事を任せても大丈夫だと思え、Cランクと聞けば安心できる。Bランクが出るとしたらそれは相当な重大事で、AランクはそのBランク冒険者を従えるリーダーになる。戦闘能力は当然として、依頼、すなわち問題を解決するための総合力が高くないと認定されず、彼等はいわばギルドの最高戦力だ。そんな人がたかだか遺跡調査の雑用ごときに参加するとは驚きだった。  フィルさんの旅装は身軽だが、荷物には鎧櫃がある。ということはタンクだろう。ルガディン族のタンクは、体力、耐久力に優れた壁そのもので、他のどの種族が受け持つよりも頼りになる。それがAランクならまさに鉄壁と言っていい。明らかに過剰戦力だが、頼りになるのは間違いない。  しかしそれ以上に驚いたのは、彼の知性についてだった。   「トロイさん。もしかして、北ラザハンの出身ですか」  言い当てられてぎょっとした。義父は確かに北ラザハンの出身で、僕も長いことそこに暮らしていたわけだが、何故分かったのだろうか。マカヴァンという姓で近東とまでは分かったとしても、北ラザハンにまで限定したのは何故だろうか。 「どうして分かりました」  驚くままに言うと、フィルさんは少し困ったような照れたような顔をして太い指でこめかみを掻き、 「いや、ラザハンの古典小説に、たしか同じ名前の英雄がいたなと」  と言った。

「フィルさん。もしかして、『百景花(バイジンファ)』ですか? あれを……まさか読んだんですか?」  まさか。何故。信じられない。『百景花』はそのへんの本屋に積まれている娯楽小説や絵本じゃない。ラザハンの人間でさえタイトルは知っていても読んだことなどない人のほうが多い。英雄譚ではあるがとにかく長く複雑で、登場人物も多く、主人公はいつの間にか別人に切り替わり、しかも同姓同名の人物も多いうえに時代が錯綜する。英雄譚らしい華々しい活躍や大戦争の場面もいくつかあるが、そのためにはそれぞれ2000ページくらいの地味な会話や日常描写、何度も繰り返される煩悶と葛藤、回顧と懊悩に付き合わなければならない。  J・ラダイ・マカヴァンはその中に出てくる英雄の一人で、“北ラザハンの守護者"として知られる将軍だが、10000ページを越える長編の中で、出てくるのはほんの3ページ程度。しかも「現在」のパートではなく、その時点での主人公の回想の中、彼が憧れ屈託する古い英雄としてだ。  有名な古典ではあるが、読みとおすのは教養ではなく修行、と言われる『百景花』を読んで、しかも僅かしか登場しない過去の英雄の名前を覚えているのは、―――僕自身が覚えているのは少し脇に置いといて、普通じゃなかった。

「読んだは読みましたが、正直、内容はさっぱりですよ。いったい今なんのために誰が何をしてるんだか。でも小ラビがJ・マカヴァンを思い出すところは妙に印象に残りました。英雄に憧れる自分が悔しい、みたいな気持ちが、当時の自分に丁度重なったのもある。そういう分かるところを探し探し、どうにか読み通しました。ま、いい金額出して買ったんで、読まずに捨てるのは勿体無いってのが何よりでしたがね」  若い頃、本屋に騙されて買ったことも含め、彼は気取りも屈託もなく話して笑う。大半はよく分からないものの、ところどころ気に入ったシーンはあって、そこだけを暇なときに読み返すだけだというのも『百景花』を本当に読んだ人間なら、心底同意できることだった。

 もしかして僕は大アタリを引いたのじゃないだろうか。そう思った。  話せば話すほど、彼が武だけに頼った冒険者でないことが分かる。それでいてどんな知識も経験も自慢するでなく、変に謙遜するでもない。  このスカラ遺構の調査についても、単純に興味があるから参加したと言う。これまでにもこういう調査依頼に加わったことはあるのかと尋ねると、チャンスがあればと答えられた。今のリムサ・ロミンサ内陸部あたりにあったというニーム。グリダニアの東部に位置していたマハ。一度だけラザハンに来たこともあった。ヤルダヤ遺石群はしかし、到着してさあ向かおうと出発した翌日、土砂崩れに巻き込まれ破壊されてしまった。  僕は冒険者に対する偏見を改めた。これだけの知見があって何故冒険者をしているのかは不思議だが、中にはこういう人もいるようだ。

 ところで若いお嬢さんのほうは―――彼女もごく素直に、自分には知識も経験もないけれど、だからこそ一度参加してみたい、この目で見てみたいのだと言う。それで、フィルさんに同行志願したのだそうだ。  それは決して嘘ではない。嘘ではないが……。  僕のこの目は、「気が視える」と言って人が想像するよりも多くのものを視ることができる。気、エーテルは、生命の構成要素そのものだからだ。意識して巡らせ動かす力の流れや、生命力の循環や濃淡だけでなく、無意識に広がり向かう意識の先も、見えてしまう。  コトコさんの気がずっと隣の巨漢に向いているのも、僕の目には一目瞭然だった。

 なるほどつまり、そういうことなわけだ。  それだけが目的でついて来たなら呆れた話だが、彼女がこの仕事に対してしっかりと集中し、僕の話を聞いてくれるのもちゃんと視えている。それなら何も問題はない。  僕たちは移動の2日間ですっかり仲良くなった。打算でスタートした僕だから、有用かどうかを考えるのはやめられないが、僕のチームに来たのがこの二人で良かったと思ったのは、心からだ。これならきっと有意義な調査ができる。  父や祖父について分かることが何もなかったとしても、少なくとも僕をここに送り込んでくれた教授に、こんなことがありましたよと土産話ができるのは嬉しいし、それがなんらかの成果なら言うことはない。  僕は、そう思っていた。

 遺跡の調査に必要な武と知。両方が揃っているのだから、これなら間違いなく遺構に入ることができる、と。  だがラスティング・ドーンさんにとっては、そもそも僕が遺跡調査のメンバーとして相応しくなかった。  だから僕の報告に対して下された決定は、 「フィル=ファイアウォード。貴方はリッツェンくんのチームに入ってください」  だった。  有能な人材を報告させ、自分の部下のもとへ引き抜いてチームを再編する。残った有象無象の連中は、王宮郊外の調査という名の放置待機。最初からそう決まっていた。

 完全に僕の考え違いだった。少し考えれば分かることなのに、どうしてこんな単純なことに気付かなかったのか。僕がスカラ遺構に入れるかどうかは、チームメンバーによるわけじゃない。僕自身がラスティング・ドーンさんにどう扱われるかだ。  たとえ教授の、魔法大学学長の権威でも、可能だったのは、調査団に僕をねじ込むことまでで、現場の采配はすべてラスティング・ドーンさん次第。それに気付かずその気になっていた僕が馬鹿だ。そして、異を唱えたところでどうにもならないのも明白極まりない。  僕は分かりきった話を聞いた顔をして軽く肩を竦め、最初からアテになんかしていなかったふりをした。僕のことを嫌いな相手に、わざわざ優越感をプレゼントする義理はない。

 それに、落胆したのは僕だけじゃない。フィルさんと一緒に行動できると思っていたコトコさんも、「えっ!?」からぽかーん、しょぼーんを経てがっかりしている。  仕方がない。目当てのスカラには入れないとしても、周辺調査にまるで意味がないわけではない。もしなんの発見もないとしても、それなら観光と割りきって休暇を楽しめばいい。 「残念でしたね。僕もフィルさんとご一緒できるかと楽しみにしていたのですが」 「でも……、仕方ないです。うん、仕方ないですよね。私はおじさんと違ってまだまだだし。あの、おじ……っ、フィルさんと比べたら全然頼りにならないと思いますけど、精一杯やりますから!」  自分に言い聞かせて活を入れた様子で、気持ちもうまく切り替えたのか僕を見上げて大きく頷く。  そう、まだまだこれは最悪手じゃない。このお嬢さんとの観光なら、楽しく気楽にできそうだ。不機嫌に黙りこくり、今にも毒を吐き出しそうなあの女性のような同行者じゃないのだから、僕はまだ恵まれている。

 言い訳がましい気もするけれど、嘘ではない。  だったら僕もさっさと気分を切り替えて、じゃあ行こうかとコトコさんを促し、ミーティングから去ろうとしたときだ。 「選抜してもらって悪いが、俺はこの兄さんと一緒に行くよ」  ―――どう言っていいのだろう。一番近いのは、ぞっとした、という感覚だ。恐怖や悪寒が首筋を這い登るようなあの感覚。だが違う。感覚は似ているが、おぞましさや忌まわしさはない。ただそういう恐怖のような、本能的に感じて、感じてしまえば逆らえない……凄み、と言えばいいだろうか。  口調は穏やかでも、ラスティング・ドーンさんさえひるませ黙らせるような何かがそこにあり、 「さ。行こう」  フィルさんが僕の背中を軽く押して促すと、僕たちの背に声をかける人間は一人もいなかった。

 姿も見えず声も聞こえなくなった背後で、ラスティング・ドーンさんが悪態をつき、「だから冒険者は」と言い出すのは明らかだ。 「フィルさん。彼を敵に回さないほうがいい」  身勝手な冒険者として、ギルドに苦情が入るかもしれない。僕がそう言うと、 「心配するな。伊達に30年、冒険者やってきたわけじゃない。俺がどういう人間かは、良くも悪くもみんな知ってる。外野のさえずりに振り回されやしないさ」  悪戯げに、しかし僅かに不敵に口の端を上げる。そして、 「それよりトロイ。あっさり引き下がっていたが、おまえさんにはスカラに入りたいわけがあるんじゃないのか?」  ああ……。僕はまだまだだ。賢いつもりでいても、いろいろ分かっている気になってみても、僕の理解や知見の範疇を越えたものはたくさんある。何故分かったのかと聞くより僕は、この聡明な巨漢に本当のことを話すことにした。