スカラ迷宮 6

 翌日目が覚めたのは昼過ぎだった。  昨夜は眠れないと思っていたが、フィルさんが帰って間もなく、様子を見に来た看護官が薬をくれた。それを飲んだおかげで、夢も見ないくらいよく眠れた。少し効能に寄りすぎていて副作用が強いが、さすがは錬金術士ギルドのあるウルダハの不滅隊だと思う。  僕の担当にされているらしいママルモさんが食事を持ってきてくれた。彼にフィルさんたちはもう出掛けたのかと尋ねると、一瞬口を開きかけたが、慌ててそれを閉じ、 「お体に障るようなことは言えませんっ」  と逃げてしまった。それが答えになってしまっていることに、彼は気付くだろうか。  僕は、あの人ならきっと大丈夫だろうと、彼を信じることにする。Aランクの冒険者。しかもかなり熟達したナイトであり軍学者。それほど優れた人は、エオルゼアに百人もいるかどうかじゃないだろうか。普通それほどの強さを身につけるような人は、戦うこと、自分の強さを高め、確かめること以外にはあまり興味がないものだ。そんな人が一人、この調査団に加わっていたのは僥倖だった。

 けれどその強さのせいで、嫌な役目を負ってしまった。ただの怪物退治ならともかく、あれが僕の祖父だと知っていては、“怪物をぶっ殺す"ようにはいかない。優しい人だから、痛みを感じてしまうだろう。申し訳ないと思う。  だが今から追いかけて行ってももう間に合わないはずだ。危険地帯に踏み込むなら、できるだけ朝の早い時間にするものだ。帰還までの刻限を考えると当然そうなる。トラブルがあることも想定して、それでも日のある内に戻れるように設定する。僕がラザハンで冒険者たちについていったときもそうだった。早朝に発ち、何事もなければ昼にはもう戻る。想定外の何かがあっても、日暮れまでには十分対応できる。  きっと彼は朗報を持って帰ってくると信じたい。ただ、昨夜言っていたように、同行者に不安があるのが、僕にとっても不安の種だった。

 信じて待つしかないのはつらい。  時間が過ぎれば過ぎるほど、信頼は揺らぎ、不安にとって替わられる。  何かあったんじゃないだろうかと、僕は陰り始めた窓を見る。患者に心的な負担を与えないのは医者として当然で、僕のところには誰も来ないが、残念なことに、それもまた一つの知らせになっていた。朗報があれば教えに来てくれるはずだからだ。  それがとうとう日が落ちても何もなく、僕は抜け出すことに決めた。

 巡回診察をそしらぬ顔で受け、神妙におとなしくしているふりをする。フィルさんについて尋ねないのも不自然なので、どうなりましたかと尋ねると、自分は兵舎勤務なのでなにも聞いていないと答えた。実際にそういうこともあるだろうが、気の流れに急な緩急が視えたので、これは嘘だ。彼の足音が遠ざかり、かなり早い時間だが消灯されたのを確かめて、ベッドから足を下ろした。  起き上がっただけでひどい眩暈がする。体が合わせてぐらぐら揺れるくらいだ。本当なら、食事など必要なとき以外は座っているのも勧められない。それを無視するなんて、僕が患者でなく医者だったら許さないだろう。  目を閉じ、それをゆっくりと落ち着けてから、テントから持ってきておいてもらった服に着替えた。探索用の携行品を入れたバッグはベッドの下の籠に、洗われてはいても血の痕の残る、破れた衣類とともに入れてあった。  左腕の動きはかなり鈍い。指は曲がりきらないし、それだけの動きでも肘や上腕に痛みが走る。頭が少しぼんやりとして重く感じるが、呼吸を整え、気を一巡りさせるとすべてだいぶ薄れた。  大丈夫だ。動ける。それを確かめて窓を開け、そこから外に出た。

 行き先は、冒険者や傭兵たちが酒場代わりに立てた大型テントだ。情報交換の場であり、憩いと鬱憤を晴らす場でもある。  入ると悪臭と言いたいようなひどい匂いがしたが、まだ十人かそこらの冒険者・傭兵たちが酒を飲んでいた。  カウンターにあたるらしい、調理係のすぐ前のテーブルにつき、僕は酒を飲まないので、アルコールの入っていないものがあればそれをと頼む。 「あんた、調査団の人?」  灰色の肌のミコッテが、明らかに敵対的な視線を寄越す。飲ませるものはない、と言われかねない様子だったが、彼はにこりともせず、乱暴にただの水を僕の前に置いた。

 冒険者や傭兵をいいように使うだけの調査団が嫌われるのは分かる。僕がその一員として来ている以上、同じ目で見られるのは仕方ない。だが今はその括りに入れられたくなかった。そこで僕は、後ろにいる何人かの人たちにも聞こえるように、 「僕の護衛をしてくれているフィルさんというかたが、スカラに入ったと聞いているんです。彼が無事なのかどうか、ご存知ありませんか」  灰色のミコッテに尋ねると、少しだけ彼の目から険しさが消えた。僕が他の調査団メンバーと違い、彼等を野蛮人と見下しているわけではないと、話せば少しは感じるだろう。  そして思ったとおり、情報は、短慮ではあるものの率直な人たちによって、あっさりと集まった。

 早朝に出掛けたが、まだ戻らないこと。  今も、もし次があるなら誰が行くことになるのか話していたこと。  フィルさん自身はそうそう死ぬような人ではなく、かなり遅くはなっているものの、あまり心配はしていない。ただ、同行した斧術士が"出荷組"で、彼女を見捨てないだろうフィルさんが、そのせいで危険にさらされることはあるということ。 「出荷、ですか?」  それは、同行したメンバーの力でランクアップを果たしただけの冒険者を皮肉る言葉だった。

 ランクアップのための試験依頼は四人で受ける。そのため、同行した三人が優秀な場合、まったく役に立たない一人がいても依頼は達成可能になる。まともな冒険者なら、上のランクに行っても自分では足手まといだ、死ぬだけだと思えば、昇格を辞退することもあるし、昇格は受け入れたとしてもおとなしくしている。あるいは、実力不足ですぐ降格される。  けれど今日フィルさんに同行した人は、二人の腕利きとずっと行動し続けていて、それを自分の実力だと思い込んでいるようだった。

 忌々しそうに、ウルダハに属しているというララフェルの男性が舌打ちをする。 「イカれてんだよ、リムサの連中はよ」  同意したのは、どことなく厭世的な雰囲気のあるエレゼン女性で、グリダニアの人らしい。 「あいつらもうマトモじゃないね」 「まともじゃないというのは、どういうことですか?」  僕が聞くと、今ここにリムサ・ロミンサの冒険者たちは一人もいないようで、他のテーブルからも寄ってきた人たちが口々に、起こった出来事、リムサ・ロミンサの冒険者ギルドが抱える膿について教えてくれた。

「うちは相変わらず偏見がひどいけどさ、それでも建前ってのがあるし、なにより仕事は仕事だからね」  エレゼン女性が言う。たとえ気に入らない相手だろうと、組めばちゃんと仲間として連携し、危機にあれば助ける。当たり前のことだ。だがリムサ・ロミンサではそうではないと言う。気に入ったからタダにしてやる、気に食わないから途中で放棄する。気に入ったから助けてやる、ムカつくから見捨てる。そんな具合だ。  出荷組と言われる斧術士は嫌われていた。確かにアタッカーとして破壊力はあるのだが、とにかく周りを見ない。状況を考えない。Eランクまでならともかく、Dランクでは迷惑でしかないにも関わらず、自分をCランク間近だと勘違いし、傲慢だった。  気に食わない彼女を、リムサ・ロミンサの冒険者たちはこの討伐に推薦した。彼女が名乗りを上げたとき、そいつなら間違いないと後押ししたのだ。 「うちらもさ、よその人らについてまで知ってるわけじゃないし」  どこかあどけないようにも見える褐色のミコッテお嬢さんが唇を尖らせる。だから彼等は、自信満々でかつ同国ギルドから太鼓判を押された彼女を、Dランクであっても実力は確かなのだろうと思った。ましてや彼女が行動を共にしていた二人は、第一陣に選ばれるほどだったのだから。

 だがそれから間もなく、リムサ・ロミンサの冒険者たちが薄ら笑いで、「くたばっちまえってんだ」と話しているところに行き会った。  どういうことだと問い詰めて、彼女には破壊力しかないことを聞き、気に入らないからこそ危険な討伐に向かわせたのだと知った。 「そんな……」  僕はあまりの馬鹿さ加減に絶句する。 「それじゃ、同行している人たちまで危険じゃありませんか」 「そーだよ! けどあいつらそんなこと考えないし、どうでもいいんだよ」  同行者まで危険にさらされ、ともすると命を落とす。それを自分たちには関係ないからどうでもいいと言う。気に入らない奴に痛い目を見せられるなら、それだけでいい。  それで彼等はその場で乱闘になり、今この酒場にもリムサ・ロミンサの冒険者は一人もいないのだった。

「ギルドに報告はしましたよ。でも、無駄でしょうね。今のリムサは、まともな人が一握りになってる。それじゃ大勢の馬鹿は相手にできない」  僕は全身がぞっと冷えたような心地になった。たった一人、たとえ一所懸命にやっていたとしても足手まといがいれば、連携が崩れて瓦解するのがパーティ戦闘だ。そんな中に、人の言うことを聞かないどころか、実力もまるで足りずその自覚もない誰かがいてはまともに戦えるわけがない。 「俺らもさ、それじゃヤバいってんで、追加で追っかけようとしたんだよ。けどあのクソルガ、大人数でドタバタ走り回られて、遺跡を荒らされたくないとか言いやがって」  ラスティング・ドーンさん……。優秀な人なのにシャーレアン人独特の選民意識が強く、異常なくらい妬み深くて、執念深い。フィルさんに大勢の前で軽く扱われたことを根に持っているのは間違いないし、たぶん、フィルさんが僕の肩を持ったのも気に入らないんだろう。だから、それこそリムサ・ロミンサの冒険者たちと同じく、助けてやる必要なんかない、死んだとしてもそれだけの奴だったんだろう、と平気で笑う気でいる。むしろそうなれと仕向けている。

 自分たちはここで管を巻きながら、無事を祈り帰ってくると信じるしかないんだと彼等は言った。  彼等はフィルさんを気の毒に思い、第一陣、第二陣で殺された仲間を思うからこそ、“怪物"を憎み罵る言葉もいくつとなく吐き出した。「俺にもっと力があればぶっ殺してやるのに」。「人喰いの化け物なんか冗談じゃない」。それを聞いているのも居たたまれなく、僕はいろいろ教えてくれたお礼にと、ここまでの飲み代と、これからまだ少し飲めるだけの代金を支払って外に出た。  いくつもの要素が組み合わさって、僕は決めていた。  決めたことに従ってラスティング・ドーンさんをリンクパールで呼び出す。通信相手が僕だと分かると途端に冷淡で居丈高になり、なんの用かと聞いてくる言葉でさえ鼻から出ているようだ。それでも僕は彼に、第三陣を援護する追加のパーティを送るべきではないのかと言った。たかが僕ごとにいきなり意見されて、彼の不機嫌は倍増する。言葉遣いこそ丁寧だが、何故おまえのような取るに足りないゴミの言うことを自分が聞かなければならないのか、というのが返答だ。だがそれでいい。この返答は分かりきっている。これはただの手続きだ。一度は彼に解決策の提案をした、という。  僕は話しながら既にある場所に向かっていた。夜分に失礼を、とまで言ったところで一方的に切られたときには、小さなテントの前に辿り着いていた。

「コトコさん。まだ起きてますか」  外から呼ぶと、慌てた声で返事が来る。それきり反応がないので少し戸惑ったが、今は時間がない。 「出てきていただくか、それとも、少し中にお邪魔してもいいでしょうか」  言うと、やがてするりと垂れ幕から這い出してきた。 「もう大丈夫なんですか。当分動けないだろうって、おじっ……フィルさんが言ってたんですけど」  そうかもしれないが、今は一刻を争う。 「フィルさんの置かれた状況については聞いているかと思います。コトコさん。すみませんが僕と来てください。助けに行きましょう」  言うと、 「えっ、でも……」  戸惑うのは当たり前だ。賢者としての僕はフィルさんに比べればひよっこにも程があり、頼りなさすぎる。けれど、 「考えがあります。信じてください」  そう言うと、「シャーレアンから来た=とても頭のいい人」としては何か方法を考えてあるのだと納得したようで、すぐにきっとなって頷いた。

 彼女は一度中に戻ると、手早く装備を整えた。不安げになると頼りなく見えるが、決意すると途端に凛々しくなる。 「私、何すればいいですか」  僕が向かっているのは、王宮の南西だ。チョコボを引き出すとすぐ見つかるので、少し遠いが徒歩で行くしかない。 「フィルさんから、貴方はドマのシノビだと聞きました。僕が動けないときに、“あれ"を誘導して引き離してくれたと」 「はい。逃げるとか隠れるとか……そういうのなら、得意なので」  言いながらコトコさんは少し恥ずかしそうだ。確かに、敵から逃げる、隠れる、それは名誉あることではないだろう。けれど、勇ましい英雄の力も略奪や殺戮に使われるならただの暴力になるように、敵から逃れる力も使い方次第で素晴らしい結果をもたらす。 「敵を引きつけて、道を作ってほしいんです。僕は戦えないので、そのままフィルさんのところに、……“番人"がいる場所まで辿り着きたいんです。できますか?」 「やります」  一瞬の躊躇いもなくコトコさんは答えた。

 ともすると僕を置き去りにしそうなほどの早足になるのを、コトコさんは時々どうにか遅らせて、僕に合わせてくれた。  正直なところ、歩くのでさえつらい。早足なら尚更だ。だがそれでも、まだ配分はできている。  辿り着いたのは防壁を抜ける裏門だ。王族の脱出路でもある。僕が知るかぎりでは、ここが一番監獄エリアに近い"裏口"だった。  その裏口は、あいにく既に発見されていた。だが立っていた警備の解放軍兵士を、 「ちょっと待っててくださいね」  と言って、コトコさんはいったいどうやったのか、いつの間にか僕の視界からいなくなる。どこに行ったのかと思っているうちに、少し離れた茂みがガサリと、思わず驚くほど大きな音を立てた。警備兵が駆け出していく。がら空きになった戸口からコトコさんが顔を出し、せわしない仕草で僕を手招いた。

 素晴らしい力だった。かなり離れた場所を歩く警備兵の存在を察知し、彼等の隙をついて自分が進むのみならず、僕が進めるチャンスまで見極めてくれる。 「すごいですね。これがシノビの技ですか」  僕が言うと彼女は落ち着かなく照れて、 「しっ、師匠がすごい人だったんです。おかげでいろいろ教えてもらえました。私なんかまだまだです」  内心得意気になっている表面的な謙遜、ではなく彼女は本当にそう思っているようだ。

 その能力は、地底生物が徘徊するスカラ遺構に入ってからも遺憾なく発揮される。まだ見えない位置にいる敵に気付き、僕に先に進むように言って自分はそれを誘導し引き離す。そして息も乱さず戻ってくると、また進む。あいにく宝物庫までのルートを覚えてはいなかったようだが、それは僕が記憶していた。  道中にいた大型の魔獣も、彼女は少しも恐れず気を引いて自分を追わせた。僕はコトコさんが作ってくれた安全な道をただ歩くだけでいい。  そうして奥へと進んだ先で、僕はフィルさんと弓術士を見つけた。僕が負傷したときもそうしたのだろう。フィルさんは鎧をはずし、フェアリーを出し、横たわったエレゼンの女性を手当していた。

「おまえたち……なんでここに」  僕たちに気付くと険しい顔になる。 「すみません。コトコさんに無理を言って、ここまで道を作ってもらいました」 「トロイ」  思わず逃げたくなるような眼光だが、ひるんではいられない。 「どうなりましたか。もう一人の、斧術士だというかたは」  フィルさんは首を横に振る。具体的にどうかはともかく、無謀な突撃の果てに命を落としたのだろうとくらいは推測できる。それでどうにか弓術士だけは助けてここまで撤退し、治療を施していたようだ。 「この子の傷が重くてな」  ここまでは無理にでも担いできたが、これ以上は治療なしで動かすのは危険で、手当していたようだ。本当に僕のときと同じのようだ。

 遺跡に入ってから経過した時間から推測して、戦闘があったのは昼前。一度仕切り直して二度目の戦闘があったとしても、昼過ぎには終わったはずだ。その負傷を未だに治療中だとしたら、回復魔法の威力に任せて治癒させるわけにはいかない理由がある。外科的な処置なしで治しては、障害が残るようなケースだ。フィルさんは今まで、外科処置と治癒回復、両方を一人で同時に行っていたのだろう。 「見せてください」  僕は医者だ。左手が今一つ自由にならないものの、幸い利き手じゃないし、外科処置はたぶん彼よりもできる。何種類かの薬や医療器具も携帯している。この目の力で、治療が必要な決定的な場所も見つけられる。  意識のない女性に、少し失礼して麻酔薬を含ませ、肺に食い込んだ骨片を取り除き縫合する。骨折してずれた骨を何ヶ所が戻してから、他に治療の必要な箇所がないか確認した。いくつか気になるところはあるものの、あとは回復魔法と身体の治癒能力によって修復される範囲だ。十分な器具も設備もない場所で手術する必要はない。  一通りの処置が終わってフィルさんの回復魔法を受けると、すぐに呼吸も深く落ち着いて、これならもう大丈夫だった。

 そして僕は改めて怒られる。この子の治療がスムーズに進んだのはありがたいが、だとしてもろくに治ってもいない怪我人が何故ここに来た、と。  一番まともで合理的には、フィルさんが一人では進退窮まっているなら、撤退の手助けをするため、だろう。だが彼はさすがに一級のナイトであり軍学者だ。長時間の治療行為に力を費やしてさえ、これからまだ戦えそうなほどの余力がある。同行者がまともだったら、討伐も叶っていたのかもしれない。  コトコさんは、フィルさんの無事の確認と撤退補助のために来た、あるいは、僕が何か素晴らしく頭のいい討伐作戦でも考えついていて、それをもとにフィルさんを手助けし、自分たちで戦うのだと思っていただろう。  だが違う。僕がここに来たのは、そうじゃない。 「僕がやります」  そのためだった。