スカラ迷宮 after04

 最近、ウルダハのデザート探訪にハマっている。  トロイが俺の思った以上に甘いもの好きで、美味しい店はないかと言われたのがきっかけだ。  いくつか紹介しいくつか連れて行き、それでネタが尽きると、俺は行ったことはないが評判の店、ということになった。  そういうとき俺たち男はちょっと足踏みする。店員も客も全員女、内装も明らかに可愛らしい系となると敷居が高いってことだ。  だが一人なら高い敷居でも二人ならというわけで、いい年したおっさんと、お兄さんとは呼んでもらえないことがだんだん出てくるおっさん予備軍とでスイーツ巡りを始めた。  すると案外これが楽しくてやめられなくなった。

 美味い店を探すのも楽しいし、そこで今まで知らなかったスイーツの話を聞くのも面白い。  だが、一緒にどうだと誘ったおっさんたちはことごとく「NO」だった。甘いものが苦手だというザザは仕方ないとして、ナガレはごにょごにょと要するには恥ずかしいらしいし、テッセンも似たような反応。若い奴等ならタダで食えるならとついてくるかと思ったが、食いついてきたのはやはり女の子だけだ。これはこれで、いい年したおっさんが若い女の子たちを連れ回してるなんて人聞きのいいものじゃなく、そう何度もできることじゃない。  それで結局この"趣味"は、同好の士になったトロイと二人で堪能するものになった。

 その日は、何年か前にザナラーン・タイムスで取り上げられたことのあるウルダハの伝統菓子店に向かっていた。  話題になったときに俺も行ってみようかとは思ったのだが、店の所在地の三本手前の路地まで客が並んでいるのを見、ぞっとして諦めた。あんなに混んでいるのは今だけだろう、もう少し落ち着いたらと思って、一ヶ月くらいしてから見に行ってもまだ行列。こりゃ当分駄目そうだと思い、そのまま忘れてしまった店だ。  調べてみても今どうしているかは分からず、身近に知っている誰かもいなかった。ということは潰れたのかもしれないが、それならどこかそのへんで、たまたま目についた店に入ってもいい。それくらいのつもりで、店の番地も名前もうろ覚えなまま俺たちは探索に来ていた。

 店の名前は『オー』なんとか。元宮廷料理人だかが開いた店で、だからこそウル王朝の初期から作られていた古い菓子の製法を知っているという触れ込みだったのは確かだ。  しかもこのあたりは去年の夏頃に区画整理が行われたらしく、空き地や倉庫らしき建物だった場所に新しい家が建ち、道の付き方も変わっていた。  こうなると俺のうろ覚えではますます探しづらい。だが他愛もない話をしながらうろうろと、ちょっとした散歩として店を探し歩く、それも楽しいものだ。  だが無駄足にも限度がある。そろそろ諦めるか、それとも最新の情報を仕入れ直すかしたほうが良さそうだ。  区画整理に合わせて引っ越した、ということもあるよなと、最期の足掻きにきょろきょろしていると、少し先の民家から、俺と同じくらいの年に見える婦人が出てきた。ちょうどいい。聞いてみようか。こういうとき声をかけるなら、俺よりトロイのほうがと横を見て、俺は言いかけた言葉を止めた。

「おい、大丈夫か?」  つい数分前に話していたときにはなんともなかった。それが急に、血の気が引いたみたいに青ざめている。 「すみません。急に……」  言いながらジャケットの内ポケットから小さなピルケースを出し、ショルダーバッグに入れていたスキットルを出す。ただし中身は水だ。路地脇に寄って何粒かの薬を飲むが、立っているのもつらそうだ。 「すまん。無駄に連れ回したな」 「いえ……なんともないときには、本当になんともないんです。体調が悪いなら、ちゃんとキャンセルしましたし」  事実だろう。そこでおかしな無理をして、かえって迷惑をかける。そういうことをしでかす奴じゃない。よっぽどのことがないかぎりには。そしてこれは、少しもよっぽどのことじゃない。 「もういい。喋るな。帰ろう。まだ歩けるか?」  トロイは頷いたが、一歩出したところで体が傾いた。

 肩を貸してやるからがんばって歩け、と言うつもりはない。そんな見栄や体裁より命が大事だ。  支えたついでに抱え上げ、俺は驚いた。思ったよりはるかに細かったし、軽かったからだ。見た目に少し細くなったとは分かっていたが、どうやら俺が思った以上に痩せたらしい。もともとは鍛えに鍛えたモンクの体だ。スカラで持ち上げたときのあれでたぶん、100キロかそれより少し軽いくらいか。たぶん今は、90キロは決してない。80あるかどうかくらいじゃないだろうか。身長200cm前後のハイランダーの男としては軽すぎだ。  これは"保護者"が過保護にもなるし、連れ歩く俺を睨むわけだ。それでも禁止にしなかったのだから、一流の医者の診察で、ちょっとした仕事や食べ歩きくらいはいいと判断されてはいたのだろうが……。 「家はどこだ。町名と番地を言ってくれりゃ、こっちは心配するな。今間違いなくある番地なら、すぐ連れて帰ってやる」  言うと、落ちる寸前にぎりぎりどうにか、ラズライトの名前と三つの数字が聞き取れた。

 学者や医者の家が多い区画だ。と言っても高級住宅街ではない。開業医になれるほどの金はなく、どこかの医院に勤める。著作の一冊くらいはあるがほとんど誰も知らない。だが業界では無駄だとは思われていない。それくらいの階級の人間が集まっている。最底辺に近い冒険者たちから見れば上のクラスでも、ウルダハ全体としては中流のやや下だろう。  トロイは保護者、というか専属医師ミスティ氏と同居しているはずだが、シャーレアン屈指の外科医が住むにしては控えめだ。それとも、頭脳がすべてのあの国では、金の価値は低いのかもしれない。  ともあれ俺はできるだけ急いでラズライトコートを目指した。

 魔法結界のある街中では、フェアリーを呼び出すことができないし、俺自身の回復魔法も大きく阻害される。“結界に対する結界"を張る許可があるのは、認可を受けた療養所や医療機関だけだ。“見えない武器"である魔法による加害を防ぐためには必要な措置だとしても、そのせいで命をなくす人間もいて、日常の安全性のためとはいえ代償が大きすぎると思うこともある。  ともあれ、応急措置として手近な医者のところに運びこむという選択肢はあった。だがほとんどの町医者は、残念だが俺より腕が悪い。もちろん病気だなんだ、診察、診断は別だ。ただ、こと回復魔法という点では、生死のかかった現場で必死になって回復魔法を使ってきた連中のほうが上であることがほとんどだ。エーテル欠乏だと分かっているトロイに必要なのは、今更の診察ではなくエーテル分与、つまりは回復魔法で、となると、“対結界"のある場所だけ使わせてもらえるのが理想だが……そんな面目丸つぶれなことを、二つ返事でOKされたことは一度もない。自分はれっきとした医者で、冒険者ごときとは違うというプライドのためだろう。  道中で個人医院らしい建物は一軒だけ見つけたが、人柄も腕前も分からない医者に賭けるよりは、急いだほうがマシだった。

 こういうとき俺は、自分がルガディンに生まれていて良かったと思う。大型種族だろうと簡単に運べる。さすがに同族の男を抱えるのは、体重だけじゃなく俺の腕の長さと相手の体格もあって無理でも、ハイランダーやアウラ族なら問題ない。ましてやこうも軽くなってるとなると……。  幸いラズライトコートはそれほど遠くなく、20分も歩いた頃には辿り着いていた。  小さいがきちんと整った家が多い。少しよそよそしいものの、居心地の悪さを覚えるほどでもない。プレートを見て番地を確認すると、目的の家はすぐに見つかった。両隣とよく似たデザインの平屋で、東側に小さな庭がある。空っぽの花壇だが雑草の駆除はしっかりされているのか、寂しいものの荒れた様子はない。  東国みたいに表札を出す風習はないため、一軒二軒隣と間違っている可能性はあるが、そのときは謝って改めて訪ねればいいだけのことだ。一応、 「トロイ。ここでいいのか」  問いかけてみたものの反応はない。ここまで運んでくる間一度も目を覚まさないのだから、呼びかけたくらいでは起きないだろう。

 片手でトロイの体を抱えて鍵を探す。ジャケットやパンツのポケットにはなかった。バッグの中となると、どうしてもこの体勢では難しい。かと言って下ろす場所なんか、と思っていると、ドアのほうから開いた。  もちろん顔を出したのはミスティ氏だった。平日の昼間なのだからてっきり仕事中、つまり留守だと思っていた俺は驚いたが、それならノックすれば良かった。  それはともかく、彼は目を見開き、一瞬俺を見、いつもどおり眉間に皺の寄る厳しい顔つきになり、 「早く中へ」  それだけ言って戸口から下がった。  小さな家で、玄関を一歩入れば目の前がリビングだ。だから玄関先でごそごそと何かしている気配や音が分かったのだろう。  ミスティ氏はそこで両手を出しかけたが、思いとどまった。 「運んでください。私では落とす可能性がある」  そうかもしれない。ルガディン族は体格と筋力に恵まれているが、他種族の倍以上ある筋肉の大半は、自分の体を支えるためにどうしても必要なだけだ。鍛えていない限り、外部に発揮できる筋力は他の大型種族と大差ない。軽くなったとはいえ80キロ前後もあれば、“重い"と感じて持て余すのが普通だ。ましてや彼は外科医で、体力はあるだろうし繊細な仕事は得意でも、腕力には無縁だ。むしろ無理をして腕を傷めるようなことがあれば、大きな損失になる。

 その点俺は体力と腕力を頼りに生きてきたような冒険者だ。  案内されるままリビングを抜け、開けられたドアの先は寝室で、そこに鎮座する大きなベッドの上にトロイを降ろしてやった。 「申し訳ない。もう少し早く、様子に気付いていれば良かった」 「……いえ。急変するので……。無理はありません」  だからふらふら出歩くなと言っているし、ほいほい連れ回さないでほしいと言っている、とでも本当は言いたいに違いない。だが反面、いざとなればこうして抱えてでも連れて戻れる俺が同伴者だから、ミスティ氏も許容してきたのかもしれない。  それでも実際にこんなことがあると、次からはどうか分からないが。

「何か手伝えることは?」  それじゃあと言ってさっさと帰るのも心苦しいので申し出ると、少し考えて、水と薬を持ってきてほしいと言われた。指示は端的、的確。なるほど、頭がいい。どの棚か、その中のどこにあるか、「分からないもの」を基準にしない。リビングの観葉植物の隣にあるキャビネット。右側一番上の引き出し。銀色のスチールケースをまるごと。初めてこの家に入る俺でも、まぎらわしいものが一つとしてない。観葉植物は一鉢きりだし、隣にあるキャビネットも一つ。ケースの中には薬が何種類か入っているようだが、そのどれとは言わずまるごと。右だ左だ、どっちの棚なんだ、どんな薬だと不確定あるいは不鮮明な情報で迷う要素が何もなく、俺はすぐ目的のものを持って寝室に戻った。  頭のいい人だ。シャーレアンでも屈指の、というより最高の外科医だというから、当然でもあるだろう。ただ―――ただ、頭の良さにはいくつも種類があって、特にこういう一分野に優れた天才型には、妙に抜けたところがあったりもする。  悪いが……どうやらミスティ氏も、そのタイプなんだろう。

 気が動転していた、というのもあるだろうか。  それはまあ確かに、まあそれならまあ……医者らしく冷静に淡々と、必要なことをすべて考えあわせたうえで最適な指示を、とはいかなくて、動揺するのも無理はない、むしろ当然だが、まあ……。  やっぱりこれはそういうことなんだろうなと、俺はやたらとデカいベッドを見てしまう。  どう見てもトロイには大きすぎる。そもそもこれはルガディン族の夫婦用として売られる類のものだ。男は200キロ近く、女も100キロ越え。つまり300キロもの体重がかかり、そのうえで多少暴れても平気な、他の種族では絶対に必要のない大きさと頑丈さ……。

 ただ単にトロイが広々としたベッドが好きなだけ、ということはないと思う。そもそもこの家の外観と間取りからすると、リビング、キッチン、そしてこの寝室の他に、たぶんラズライトの物件なら風呂場つきで、それもルガディン族が使用するとなるとどうしても一定の大きさは必要。となると残るスペースはけっこう小さい。そっちがミスティ氏の部屋というのはありそうにない。それにそもそもなんというか、枕の数とか? それはまあ、一人で2つ3つの枕を使うのが好きな人もいるだろうが?  百歩譲って(?)これはミスティ氏のベッドで、こっちのほうが広いからとここへ運ばせただけだとしても、だ。その枕元に、この間トロイが嬉しそうに買っていた、まるっこいハリネズミのぬいぐるみがあるのはどういうことか、という話になる。  これも、そしてそこかしこに置かれている他の可愛らしい小物も、トロイだけでなくミスティ氏も好きなので、プレゼントのために買ったと考えられなくはない。が、こうもいくつものことが一点を示していると、“そう"でない理由を考えるのはただのこじつけになっていく。

 それになにより、“そう"考えればミスティ氏の過保護も分かるし、俺が何故か彼に睨まれることもよーく理解できた。  そりゃそうだ。自分の恋人をほいほい連れだして連れ歩いてる相手なんて、気に障るに決まってる。  俺にもトロイにもそんなつもりがないと分かってるから、せっかくの気晴らし、楽しみをやめさせたくないと許容しているのだろうが、不愉快なのは間違いない。  それに、疑惑がなかろうと関係ない。自分ではない誰かと楽しい時間を過ごしている、というだけで嫌なものなのだ。俺も若い頃、“彼女"が親友の、女の子と遊びに行くのでさえつまらなく感じたことがある。ましてやそれが、ただの友達や先輩だとしても、男となると尚更だった。

 なんにせよ、いくら動転していたとしてもこんな場所に他人を上げるなんてのは、よろしくない。  黙って気付かなかったふり、知らん顔をしているのがいいような気もするが、……迷ったとき俺は、言うことに決めている。大して迷わずに言う言わないを決められるならば別だが、どっちがいいのか答えが出なかったときには、俺は"言う"一択だ。  よく人は、「言わなければ良かった」とか「言えば良かった」と言うが、それは、「逆の選択肢をとっていればうまくいっていたはずだ」という思い込みでしかない。「逆の選択肢をとっていたら、もっと悪いことになっていた」可能性だってある。  どっちの選択肢が良かったかなんて分からないのだから、俺は、こっちがいいと決められなかったときには、“言う"と決め打ちにしている。必要なのは、言い方や言葉を選ぶことと、言う目的を間違わないこと。そして、結果を受け止める用意だけだ。

「ミスティさん」  俺が呼んでも、後にしてくれと言わんばかりに顔も向けず、首筋に触れて脈だか熱だかを確かめたり、衣服のきついところを緩めたりと甲斐甲斐しい。 「余計なことかもしれんが、この部屋に他人は入れるべきじゃない。もしまた、いや、あってほしくはないが、もし同じようなことが起こったら、多少窮屈でもリビングのソファにしたほうがいい」 「? 何をおっしゃっているんですかこんなときに」 「つまりな、この部屋もそのベッドも、どう見ても " 二 人 で " 寝るためのものだよなってことだ。違うか?」  ずばりと言ってやっと、ミスティ氏が自分の失策に気付き絶句した。

 言ったほうが良かったのか、言わないほうが良かったのか?  言わなかった場合の結果を見られないのだから俺には分からないが、俺に分かる範囲だけで話せば、言った結果は、良かったのだろうと思う。俺にバレたと知って、ミスティ氏からは軽く憑物が落ちたような感じになった。  同性での付き合いを嫌悪する人も世の中にはいるが、俺には気持ち悪いと感じる感覚のほうが分からない。俺にとっては、どっちも「へえ、そうか」くらいだ。仲良くうまくいってるならいいなだし、そうか嫌いなんだなくらいのもので、それ以上じゃない。  俺はそんなものだが、世間的には否定や好奇の風潮が強い。そう大っぴらにできないことだから、隠すのに協力できることもあるだろう。逆に、隠していたのでは話せない内容で、なにか相談に乗れることもあるかもしれない。しかしともかく今は患者の処置と安静が第一だろうから、もし改めて話しておきたいことや気になるから聞いておきたいことがあれば、折を見てまた話そうと言って、俺は二人の家を後にした。

(そりゃ過保護にもなるよなぁ)  等、俺はあれこれ思い返し、一人でつくづく納得しながら帰途につく。  体の弱い恋人。そりゃ過保護にもなる。咳一つでも寝ていろと言いたくなり、気分がいいからと出歩こうとすれば、つい駄目だと言いたくなるのをせいぜい我慢して、俺も一緒に行くと言って呆れられる。呆れて笑っているのが、限度を越えて本当に呆れられるのが怖いから、時にはあっさり「ああそうか」なんて言ってみるが、内心穏やかじゃない。  出掛けた先でなんともないといいがと、そんな気持ちで仕事に出掛けて、酷いミスをしたこともあった。消沈して帰ってみれば義父母が来ていて、まさかと思えばそのとおり。言い渋る二人から外で倒れたのだと聞き出して、なんで俺はそこにいなかったのかと掻きむしりたいような後悔もした。  そして、ここまで運んでくれたのだという相手が、礼をしに訪ねてみたら裕福そうな家と身なりで、本当に人のいい優しそうな紳士で、それに比べて俺はまともな稼ぎもない冒険者で、悔しくて惨めで情けなくなったりもした。  俺の場合、病気で動けなくなったのは嫁さんだった。まったく同じじゃなくともミスティ氏の気持ちは分かると思う。いや、彼は腕のいい医者で稼ぎもある。だから若い俺みたいな、僻みから来る嫉妬や悔しさなんてものとは無縁だろう。それでも風にも当てたくないような思いとか、重なる部分はあるはずだ。

(とりあえずは、もう少し誘う頻度は下げたほうがいいかな)  俺だって、自分の伴侶や恋人が楽しそうに他の男とほいほい出掛けていたら気分が悪い。冴えない相手だろうと、友達でしかなかろうと、そんなことは関係ない。俺が仕事をしているときに二人で仲良くデートじゃないが食べ歩きとか……。 (そうだな。間違いなく俺が悪い)  知らなかったのだから仕方ないが、知った以上は節度は守るべきだ。  ミスティ氏には本当に悪いことをした。次に会ったら謝らなきゃならんなと、俺は深く反省したのだった。

(けっこう不用心なみーちゃん)