ブラトロ 俺の黄玉

 そいつは久しぶりに出くわした、ムカつく野郎だった。  言葉の端々に漂う傲慢、上っ面だけの愛想笑い、内心 見下しバカにしてる。  “本物"ならそんなモンは絶対に見せねえもんだ。それをわざわざ俺に匂わせるのは、自分の優位(と思い込んでるもの)を見せつけたいからか。  10年前の俺だったら、キレこそしないものの脅すなりなんなりして黙らせて、いいように利用してやった。だが今の俺はそんなことをするのも面倒で、予定していた結果だけ手に入ればいいと聞き流している。昔っからの手下どもが言う「丸くなった」ってのは、こういうとこなんだろう。が、本当に俺をよく知ってる奴が言うのは、「年取りましたね」だ。丸くなったんじゃなく、動くのが億劫になった、ジジイになったってことだ、と。

「いかがですか? 大切なかたへの贈り物にぴったりですよ」  俺が取引したいのは、研磨用の石だ。それでも硬度の高い"宝石"ではあって、宝石商が装飾用と工業用、両方を扱っているのはいい。で、こいつは俺に、商談とは関係のない、ゴテゴテと飾り立てられた宝飾品を買わせようとする。  俺は出されたブローチと薄ら笑いを見て、これじゃ"あいつ"でなくても本音が透けて見えると、白けた気分だった。

 こいつは俺に宝石の知識がないと思い込んでる。そう思うように多少仕向けはしたが、本当にそうか疑いもしないのが底の浅さだ。俺を"海賊上がりの貿易商"とだけ聞いて、鵜呑みにしてるんだろう。  それでこんなデカいだけのクズ石を、馬鹿げた値段を俺だけの特別価格だと言って売りつけようとする。  俺は、世の中にとっての価値なんかどうでもいい。浜辺で拾った真っ青なガラス玉、酒瓶が海で研磨されて生まれたそれを、きれいだと思って長いこと取っておいたこともある。だから宝石としては無価値でも、いいと思えたならそれでいいが……。  それは質の悪さをカットで誤魔化し、派手な装飾できらびやかに見せかけただけの、こいつそのものみたいなクズ石で、微塵もほしいとは思えなかった。

 だいたい、色が悪い。  少しオレンジがかった、黄色い石。  天然のトパーズだと言うが俺の見立てじゃ人造品だし、そもそも俺は、もっといい色をしたのを手元に置いている。  クズ石と比べて思い返すに、それは暗いが明るく、輝きはしないが深く吸い込むような、複雑で精妙な色合いをしている。押し殺されたものと諦めたもの、抱え込んで、飲み込んだもの。恵まれて生まれ育った自分と自分よりも恵まれてない奴とを比較して、そいつらが背負わない重荷のことは棚に上げ、我が儘を言うなんていうこれ以上の贅沢は許されないんだと、苦しくても悲しくてもおとなしく口を噤む、俺の黄玉―――。

「ブランスウェルドさん? 聞いていらっしゃいますか?」  熱弁を無視された不愉快を、「これだから礼儀のなってない海賊上がりは」といったあたりの侮蔑に変えた薄っぺらい愛想だ。 「2000万」  と、俺は言った。  なんとかセルとかいう名前だったそいつが止まった隙に続ける。 「俺が2000万出してもいいと思える石を持ってきたら買ってやる。それでも俺が持ってる石の、100分の1の価値もねえがな。そいつを用意できねえなら、クズ石の押し売りなんぞしてねえで、とっとと仕事の話を進めようじゃねえか」  こいつとツラ突き合わせてるなんてもううんざりだ。とっとと帰って俺の可愛い珠玉を眺めていてえ。  海賊上がり? 俺は今でも海賊だ。海賊相手に舐めたクチ叩きやがったその結末を、そろそろ教えてやってもいいだろう。


 すっかり暮れた夜道を歩きながら、 「久しぶりに見ましたね。ボスが恫喝するところなんて」  テルが言う。 「久しぶりに見たというなら、あれだけの馬鹿も久しぶりに見たな」 「たしかに」  と笑うこいつも、俺にとっては無二の黄玉だ。あいつと違う明るいカナリーイエローは、あいつと違う率直な明るさの奥に、硬く冷たい気配を秘めている。 「ま、あの色はまずかったですね」 「あん?」 「トロイの眼と比べたでしょう?」  付き合いの長いテルに下手な隠し立てはできねえし、する気もねえ。 「ああ」

 俺が手に入れた至極の黄玉。  最初はほんの気まぐれだった。  真っ当な世界の親切であたたかい奴の傍で、だからこそそれに相応しい人間でいなきゃいけないと、ぶっ壊れる寸前だったお人形さんだ。だからちゃんとしたまともな世界からかっさらってきた。でたらめで自分勝手で好き放題な、俺の世界へ。  それが気が付けばいつの間にか、気まぐれじゃ済まねえほど気に入って執着してた。  今は、俺の傍から放すなんて選択肢、なにがあっても取る気はねえ。

 だからあの、上っ面の色味が似ただけのクズ石は癪に障った。  こんなものに1ギルだろうと価値を付けたら、その分あいつの価値が汚されるような気がして。  だいたい俺は、20億積まれたってあいつを売る気はねえ。たかだか20億、俺がその気になれば世界中から奪い取れる。だがあいつは、そんなふうに簡単に手に入るものでも、手放せるものでもねえ。  我ながら、いい年してとんだ執着をしたもんだと思うが、それが今の俺の"思うがまま"だ。

「で、どうします?」  さっきから、俺たちの後ろをこそこそと尾けてきてる連中か。  あのなんとかいう宝石商が短期間でのし上がった背景に、裏社会とのコネがあることくらい調べてある。そこから借りた人足だろうが、さてそいつらは、自分らが襲おうとしてるのが"赤鰐"だと知ったらどうするか。  それでも遮二無二噛みついてくるクソ度胸、損得をきっちり天秤にかけられる合理主義者、相手が何だろうと引き受けた仕事は果たす努力をする忠義者、そういう奴なら、この仕事にケリがついたらこっちに引き込むのも手だ。  だがまあそのへんは、 「おまえに任せる」 「それじゃ」  テルの白い頭が、俺の視界から薄れるように消えた。 「なあテルよ。おまえも、たかだか20億じゃ売り買いできねえ俺の財産(たから)だぜ」  暗がりの中へと言うと、離れた空から小さな含み笑いが聞こえた気がした。

(おじまい★)