その影に 4
「少し、理解しかねています」 別荘ではなく宇宙港へと戻るシャトルの中でリデアンが言う。 ヴェクタスはまだ少し気が鎮まらなかったが、 「何をだね」 と問いかけた。 「貴方の目的です」 気が乗らないまでも、ちょっとした楽しみを思いついて向かった会場だ。行くからにはヴェクタスは仕事をするつもりだった。だが訪れて30分もしないうちに、それを放棄し今この帰途についている。 リデアンにはそれが分からないらしい。
ヴェクタスはクーラーボックスの中から冷えた酒を取り出すと、それをいったんリデアンに差し向けた。が、彼はいつもどおり断る。飲みなさいと言えば飲むが、選択肢を与えれば断るのが常だ。 そして、返答を焦らしているように匂わせつつ、 (自覚はあるのか?) と思う。 もともと整然とした思考をし、端的に正確に物事を聞き、話す青年だった。 だがあるときから急に、人らしい柔軟性をなくした。曖昧さや幅、遊びの部分をそのまま受け入れるのではなく、“論理的に理解ができない"として、引っかかるようになった。 今もそうだ。 大抵の者なら、侮辱的なことを言われてヴェクタスが腹を立てたということを、そのまま受け取る。そして、「嬉しかった」「驚いた」「もしかしてここまで計算済みなのか」等と思う。 それだけのことなのに、リデアンの反応は、感情を伴わない。あくまでも、疑問の提示だ。
これもリーパーに接触し、その技術の一部を受けたために生まれたものなのだろうか。 ヴェクタスは実のところ、それがいつだったかまで知っている。 四度目の”取引”だ。リデアンが求めたのは、自分専用のテック装備の開発だった。 ドローンを活用し索敵、妨害、時に攻撃や防御もする彼は、もともとトゥーリアン軍の正規開発品であるVEX-03と呼ばれるものを使用していた。それですら神経系直結で操作する、極めて難易度が高く危険なものだったのだが、それを上回るものを作ってほしいと言ってきたのだ。VEX-03は今の自分には使えない、と。 同じことができてより簡単に扱えるものを、ならば分かるがそうではない。もっと高性能なものでなければ自分の能力に追いつかないから、だ。 ヴェクタスのほぼ私設技術研究所と言える場所に依頼したが、当時の主任は要求スペックと仕様を見て、「こんなモンつないだらその瞬間に頭吹っ飛びますよ!?」と言った。 しかしリデアンは、”脳破壊装備”と言われたそれを受け取り、そして使うようになった。 それが10年ほど前、DSRユニットの開発経緯だ。
その人知を越えた能力の代償が、情動の減退なのだろうか。 (いや。情動が減退したというより、思考や反応が機械的になった、か) 今頼まれて用意しているものも、最初に聞いて考えた以上に異様なものになりつつある。 神経直結型の装備を使う者には、体内に蓄積する電荷を逃がして調整することや、酷使される神経回路を補修するといった措置はたしかに必要だ。だが、ヴェクタスが聞いて分かる範囲においても、リデアンの求めるものは、人のための処置ではなかった。
人でない力を得て、人を越えた戦いをし、ますます人らしさを捨てていく。 「ヴェクタス。どうしました」 反応なし。再入力。 まるでそんな問いかけに聞こえてしまう。 ヴェクタスはボトルを傾けて口に含み、パイロットに速度を上げるよう言いつけた。 高度を上げ、高速レーンに入る。 ヴェクタスが何も答えないのを、リデアンは答えとして受け取ったようだ。視線を前に戻し、それから目を閉じた。
リデアンの問いに対する答えは、単純だ。 腹が立った。 あの場で得られる利益よりも、あの場の空気を吸わないことを選んだ。 ただそれだけだ。 (私はなにも、変わっていないと思うが……) 変わったのかもしれない。 少し前なら、不愉快だとは思っても、利用することにしただろう。無礼の代償を払わせることもできただろうし、印象操作の役にも立った。場の空気を支配する口火にできた。 そうしなかったのだから、変わったのだ。
何故変わったのか。 それはきっと、彼と戯れるのはこれが最後になるかもしれないからだ。 リーパーについて、ヴェクタスは存在を確信しているし、情報も持っている。だからこそ、間もなく始まる戦いがいかに無謀か、不利か、危険かも見えている。 そんな中で最前線に出るなら、当然命がかかる。 リデアンはそこへ行く。銀河のために、多くの命のために。 そしてそうするとき彼は、これまでと同じだ。自らを顧みない。
手元にいないことは、構わない。 だがこの世にいないことは別だ。 彼がどこにいようと、世界のどこかで生きているなら、その自由を愛でることができる。 だが過酷な戦いに飛び込み、傷つき倒れ、消えてしまうならーーー。 思い出だけを愛でるのは、虚しい。
ヴェクタスはほとんど中身の残っていないボトルに気付き、少しぬるくなったそれをダストシュートに放り込んだ。 疾駆する姿こそが美しい獣を、檻に閉じ込め飼い殺す趣味はない。 だから今回も、彼のほしいものを用意して、別れる。 だがその前に、まだ少しの時間、高価過ぎる買い物の"支払い"が残っている。 ヴェクタスは自分の口元が、自分でも嫌な奴だと思うような、残酷な形に笑うのが分かった。
星に帰るまではとても待てなかったから、星間移動用の船”ティラシヤ”に着くなり寝台に連れ込んだ。 飲みなさいと言えば飲む酒を飲ませたのは、それがかなり強いものだったのは、悪意かもしれない。 代謝も恐ろしく早くなったようだが、神経伝達を阻害する薬物には弱いという読みは当たった。 酩酊というより軽い混濁状態になったリデアンは、さすがに一度はヴェクタスを非難の目で見たが、その後はされるままになっている。 めったに上げない声が、低く硬質な、耳障りのいい声が空気を震わせる。 理性を離れた反射の言葉が、嫌だ、やめてくださいとこぼれてくる。 一番最初のあのとき、最大限に労ってはやったものの、それでも苦痛だったあのときでさえ黙って耐えていたのに。 本当はそんな言葉が溢れるのを、ただ口を閉ざして消していただけか。
体格差の分、つながったままリデアンに口づけようとすると、どうしても体を乗り上げないとならない。そのことで深く奥にまで体を押し付けることになり、リデアンの中が一瞬収縮する。 「っ……、ヴェクタス、お願いです、もう……」 「やめてくれ、は聞かないよ。我慢できないからいかせてほしい、なら聞いてあげてもいいが。うん?」 混濁した意識でもヴェクタスをヴェクタスであると認識し、呼ぶというだけでたまらなくなる。リデアンの中には消し難く自分がいるという、昏い悦びだ。 「ほら、また言わないと駄目なのか?」 敷布を握る腕を軽く叩いて促すと、リデアンの手がヴェクタスの背に回る。こうして向かい合っているときは背を抱き返してくれと、ほとんど毎回言っている気がする。 言えばこうしてしっかりと、まるで恋人にでもするかのように応えるのなら、最初から恋人ごっことしてすべて込みで付き合ってくれてもいいだろうにと思うが、そういう融通の利かなさも、たぶん気に入っているのだ。
奥まで入ったまま揺すり上げ、押し付けるように中を刺激する。互いの腰部の外殻が当たって、軽い音がする。 そのたびに短く切れ切れの、いつもより少し高い声がリデアンの口から零れる。彼の中がひくついて、ヴェクタスを心地よく刺激する。 「やっと半金を払い終えたかどうかだ。ほら。しっかりしなさい。息を吸って。ちゃんと奥まで感じてくれ」 「ヴェ……タス……っ」 支払いはまだ残っている。 勘定は誤魔化さないが、それでもまだ残っている。 その「まだ」がなくなるまでは、 (私のものだ) その「まだ」が、なくなるまではーーー。