日々彩々 2
ヴェクタスの"星"は、惑星全体が完全に彼の私有地である。そして主の許可なくしてはなんぴとも立ち入ることは許されない。 とはいえ、小さな星だとしても広大すぎる領地であり、居住区画以外は手つかずで放置されている。 それらの土地はほぼ完全に、毒性のある菌類や苔類に覆われ、見た目こそ穏やかで美しくとも、人が住むには適していない。しかし、毒の庭の隅、目に付かない場所だろうと、外からやってきた薄汚く醜い生き物が勝手に”巣”を作るのは不快だ。だから対空砲やレーダーなど、必要な防衛施設は適宜配置してある。 ヴェクタスは、その配備の見直しやプログラムの修正をリデアンに依頼した。 ただし、時間はかかってもいいから、絶対にデータパッド直結での情報送受信はしないこと。非効率的で回りくどくて面倒でも、VAの読み上げと、質疑応答で進めること。 何故ならこれは、すること・できることのほとんどないリデアンのための退屈しのぎなのだ。
だから、昼下がりのたった4時間、自分の仕事に集中していた間に完成形を作り上げられても、困るのである。 それから、 「うん、まあ、本当に完全な警備をするならこれくらいやるべきなのだろうとは分かるが」 1ヶ所につき2台の主砲に6台の副砲、これを惑星上に60ヶ所。それらを管理・制御する地下施設、それぞれを互いにつなぐための地下レールラインや配電設備、他人を入れたくないのであれば修理や点検を行うボットやマニュピレーターの設置、惑星各所に建造すべき発電施設、etc、etc……。 これでは要塞である。しかも、極力大気圏外からは確認できない仕様になっている。それは、物々しい軍事施設で美観を損ねたくないだろうとヴェクタスに配慮した結果なのか、それとも、敵は威嚇して追い払うのではなく誘い込んで潰すという意図なのか。
「不備があれば修正します」 「そうだな。まずは方針をはっきりさせよう」 そもそもアウスティア恒星系はヴェクタスの資本が極めて強く入り込んでいるため、星系自体が彼の管理下にあると言っていい。居住可能な主惑星であるアレタヤ。鉱業惑星として開発したホイと、就業者のための居住地として地下都市を建造した衛星ランカ。そしてもちろんコロニー・ユーリシア。居住にも開発にも適さない残り二つの惑星も、監視衛星が回っている。 そのどこだろうと、近くを通ったり立ち寄ったりすれば記録が残るし、その情報は複数設置してある通信ブイによって即座に受信送信される。 そしてそれらの情報を、ヴェクタスは自由に閲覧できる立場にある。なにせ開発や建造、設置、管理、あらゆるものにヴェクタスが金を出しているのだ。 よって、不明機の追跡や発着ポイントを特定するのは極めて容易である。
「その場で撃墜や拿捕はしなくていい。来たことさえ分かれば、ここは私有地なんだ。法的に処置できるし、残されたゴミは業者を雇って撤去させればいい。この惑星上には、ある程度の領域を覆えるレーダー網と、たまたま近くに来たら威嚇射撃ができる程度の設備でいいんだ」 「すみません」 「私がそれを先に言わなかったのも悪い。あと、これはちょっとした"娯楽"だと思ってくれと言っただろう。面白いかどうかはさておき、本を読むよりはやり甲斐があったんじゃないか?」 「それは……そうですね」 「だったらそれでいい。では、改めて注文だ。私が言った、そう、監視網をメインとした防備の作成と効率化が一つ。それから、……どうせなら、完全な要塞化を施すとどうなるのか、少し気になってきた。条件は、この館周辺や、ここから確認できる範囲の景色には影響しないこと。他の場所はどうでも構わないと言えば構わないが……」 大気圏外から視認できるほど大規模な人造物はないほうがいいか、と、それを伝えようとしたとき、 『ヴェクタス様、お荷物が届きました』 とVAの柔らかな音声が割って入った。
他人を入れないと言ったところで、最低限の出入りはある。生活必需品を含めた物資もそうだし、ヴェクタスが星外に行くときのためのパイロットや設備管理エンジニアが駐留するエリアもある。そこまで無人にこだわることこそ悪趣味な執着に思えて、そのあたりはあっさりと妥協したのだ。 とはいえ、雇う者たちの人選はシビアで、全員もれなく腕はいいし、相応の信頼も置いている。 ヴェクタスの私室のすぐ前にまで、荷物を乗せたカートを運んでくる壮年のサラリアンは、元STGエージェントである。彼が敵に追われていたところを、たまたま通りかかったからシャトルに同乗させただけなのを恩に着て、除隊後は余生としてここの警備監督を引き受けてくれた。 彼、ドレン・ヴァドは腕が立つのは言うまでもないが、サラリアンだけあって理工学にも造形が深く、“ティラシヤ"やシャトルのパイロットもこなせるし、必要であればこうして使用人のようなことも厭わず行う、実直で有能な男だ。 特殊部隊にいただけあって、ドレンは余計なことは言わない。だが今回は、 「今度こそ、合うといいですな」 受取サインをもらうと少し心配げな顔で言い、あとはいつもどおり一礼すると踵を返した。
届いたのは、リデアン用の義肢である。 これで4度目の試用だった。 退院前にセンターで用意したものは、一般流通し簡単に手に入る中で最も性能の良いものだった。神経連動がスムーズかつ低負荷で、馴染めば月に一度、メンテナンスのため取り外すだけでいいという代物だ。外観もそれぞれの種族に合わせて遠目では生身と区別できないほど精巧に作られている。無論、庶民が買えるような代物ではない。 が、リデアンには合わなかった。神経接続した途端に誤作動を起こし、リデアンも強いフィードバックを受けて接続部位に激烈な痛みを覚え、強制的に腕をシャットダウンしてしまった。 あまりにも瞬間的すぎてデータを取れなかったのだが、人造の右腕内部、その神経伝達回路が焼ききれていることから、リデアンから送られる神経情報の負荷に耐えきれなかったのだと推定された。
そんなことをこれまでにもう2度、繰り返している。 最初に使ったものが市販の最高級品であるからには、それ以上となると軍用のものになった。が、それはリデアンが受ける神経負荷が大きすぎ、しかもやはりスペックが足りず動きは鈍重でぎこちなく、使い物にならなかった。 直近のものはヴェクタスがお抱えの技術者集団に開発依頼した。使用者本人にリーパー技術が組み込まれている以上、腕もそうしたほうがいいということで、解明された範囲での細密な電子機構を組み込んだらしい。おかげでどうにか腕や足としては機能するようになったが、まっすぐ歩くだけでも慎重にならざるをえず、しかも20分もすればリデアンが耐えられなくなった。なにより、必要な機能をもたせるため、生身の身体よりも目に見えて大きくなってしまったのも、ヴェクタスには気に入らなかった。
これではまだ足りないと言われ、どの点がと返してきた主任に、 「すべてだ」 と答えたとき、彼女の顔は途方に暮れたまましばらく動かなかった。 それでもまた新しいものを送ってきた以上、僅かであろうとも"すべてにおいて"前の試作品を越えるものはできたのだろう。 リデアンが送ってしまう情報に耐え、それを細密に解析し実際の駆動に変えるスペック。 見た目の違和感の解消。 そして、義肢からリデアンへとかかる負荷の低減。
「リデアン」 新しい義肢が届いたと伝えると、リデアンは少しだけ表情を曇らせる。自分の特異性のために上手くいかないのだと分かっているため、心苦しいのだろう。 普通の人型生命体の十倍近い情報伝達量を持っている。処理する容量も能力も相応に巨大だが、銀河レベルの情報は粗雑で荒々しすぎるため、スムーズに受け取ることができない。部分的な強化と拡張でこれだ。リーパーがいかに洗練されて繊細な、それでいて桁外れの規格を持つ機械生命体であったか、その片鱗がうかがえる。 軍の医療記録などを見るかぎり、リデアンもかつてはもっとはるかに人寄りだった。なにせ特異な点は記されておらず、回復力の高さなども、高いとしても人として納得のいく範囲だったのだ。 だが負傷をリーパー機能が自己修復するたびに影響力は強まり、瀕死の、というより死亡した肉体の維持をするに至って、神経系や体組織のほとんどに、細胞レベルで浸透してしまった。 それがプラスに作用することも少なくはない。だがこの義肢の問題に関しては、すべてがマイナスに働いている。
取り出した義肢は前回のものと違い、機械的であることが一目で分かるとはいえ、トゥーリアンの腕・脚として違和感はなかった。 「腕から試そう。少し待っていてくれ」 ヴェクタスは隣の部屋から除菌キットや清潔な布を取ってくる。いずれはリデアンが一人で装着できるようにすべきなのだが、今の段階でそこまで求めると、さしもの天才集団でも発狂するだろう。今は、ヴェクタスが付けてやることを前提にしてあった。 接合部を出すために保護帯をはずし、カバーを取る。露わになったインターフェイスの除菌と電荷除去を済ませたら、完全に除湿してはめ込む。機器が高度になるほど微細なものが強く影響するため、このあたりは一長一短だとヴェクタスは思う。ともあれ、スナップとバンドでしっかりと固定すれば、 「ふむ、大きさに違和感は……多少あるものの、許容範囲か」 生身である左腕に比べると、少しだが明らかに太い。とはいえ、これはリデアンが極端に痩せてしまっているからでもあるし、衣類で隠せる範疇だ。
まずは神経接続せず、そのまま様子を見る。付けているだけでも右半身に重量はかかるし、それは、生身の腕とはまた別らしい。軽金属を使用してはいても、機能を優先すれば妥協のできないものもあり、軽いとは言えないせいもあるだろう。 装着そのものの負荷や不備・不具合の有無を確かめるため、 「で、さっきの続きだが、大気圏外から見えるような巨大施設はやめてくれ」 そのままヴェクタスはしばらく話していることにした。 が、 「それより、これはまた、かなり高価なものになるのではありませんか」 と問われた。
事実を言えば、そうだ。病院に用意させたものでさえ、庶民は到底手が出せない額である。セレブリティ用と言っていい。それを越える性能を、更に越えるものをと要求しているのだから、完全なオーダーメイドであり、研究開発にも金を注ぎ込んでいる。単純に言えば、従事している研究員や技術者、職人たちの給料も、根本まで辿ればヴェクタスが出していることになる。 「腕一本作るのに、諸々の前提から含めれば200万以上かかっている」 ヴェクタスはざっくりと把握している額を言う。リデアンに視力はなくとも、目を見開くという反射はあるらしく、左右の顎殻だけでなく眼筋も動くのが分かった。
一般的な義肢であれば、購入にかかるのは5000~1万クレジットだ。セレブリティ用でも10万行けば相当なものということになる。 研究開発費が乗ったとしても、200万というのは破格だ。相場を知っているなら、リデアンが驚くのは当然だろう。 「そんな……」 「だが」 ヴェクタスは強く遮ってそれ以上を止めた。 「これを作るために生み出された新しい理論や技術、素材、その他すべてが金になる。いいか、リデアン。私は君に途方もない金を使っているが、それ以上に儲ける。私は商人だ。商人でない者との差は、そこだ。彼等はただ使って失う。私は、使って増やす。そのすべを知り、道を持つ者を商人と言うんだ。ーーーだから、金のことは一切気にしなくていい。私はちゃんと、君で儲けている」 酷い言いようだが事実であり、そして、そのほうがリデアンにとっても安心のできるものだというのは、間違っていなかった。
30分が経過しても、リデアンは特に異常や違和感を感じなかった。 いよいよオンラインにし、様子を見る。 と、接続して僅か数分で、リデアンがそっと隠すように息を吐いた。 「リデアン。大切なことだ。平気だと誤魔化さず、事実を言ってくれ」 ヴェクタスが言うと、 「右胸から腹のあたりに、麻痺したような感覚があります。それから少しだけ、本当に少しですが、こまかく刺すような痛みも。ですが、頭痛や目眩はしません」 「ふむ。ということは、今までのものよりは格段に良くなっているということか。さすがだな」 動かせば引き攣れた感覚はあるが、どうにかスムーズに指も曲がった。
そのまま1時間、話をしながら様子を見る。時間経過とともに不快感は首や腰にも広がって強度は増し、冷や汗も出てくる。だがこれまでのものに比べれば反応は緩やかでまだしも耐えやすいようだ。 とはいえ、これに加えて脚までつなぐのは無理に見えた。試そうと言えばリデアンは頷くだろうが、このうえまだ負担をかけることなどヴェクタスにはできない。 その代わり、接続を切る前にリデアン自身に脚の取り付けを行わせ、右腕の実際の使用感を確認した。結果は、到底 実用にたえるものではない、だ。少なくとも不調になってからではほとんど役に立たず、脚の装着もヴェクタスが代行してから、腕の神経接続を切った。
つらそうなリデアンをそのまま寝台の上へ横にならせ、 「……右は、向けないな」 そのことに気付いた。 左の腰部、背中寄りに、神経調整ユニット用の挿入ポートがある。だが義肢が邪魔になって横臥できなかった。 挿入口から斜め上、脊髄へと繋ぐため、ユニットは20cmほどある。左手一本でリデアン自身が挿し込めるように設計されているのだが、今の有り様では使用できない。 ヴェクタスがいれば、体も動かしてやれるし支えられる、代わりに処置してもやれる。だがリデアンが一人のときに倒れたりしたら、自力ではどうにもならない可能性がある。 そのことが分かったのも、成果のうちだ。課題はまだまだある。 だがとりあえず今の段階ではここをゴールとすべきだと、ヴェクタスは判断した。
ヴェクタスはリデアンの義肢をはずしてケースにしまい、ベッドの端に腰掛けて、つらそうな額と首に触れる。少し冷えているように感じるが、 「対処したほうが良さそうな不調はあるか?」 尋ねると、 「このまま、安定すれば収まると思います」 と返ってきた。それでも少し寒そうには見えたので、端によけておいた毛布をかけてやる。 そしてあえてそのまま、研究開発チームの主任へと通信した。
『ア、アヴローン様、またなにか……』 可愛らしい声をしたサラリアンの主任は、明らかに恐れている。しかし、 「後で所感は送るが、正直に言えばまだまだだ。だがそれでも素晴らしいね。君たちは明らかに、銀河の技術を5年は推し進めた。成果だよ」 言った途端、彼女は甲高い悲鳴……歓喜の声を上げた。 『ちょっとみんな聞いて、聞いてぇぇぇぇ!!』 マイクをオフにすることも忘れて彼女が叫び、通信の向こうで今のヴェクタスの言葉が再生される。と、背後から様々な雄叫びが、咆哮が、悲鳴が上がった。 『と、と、いうことは? ということはですよね!?』 「ああ、もちろんだ。ボーナスは弾むし、研究予算も増額する。また好きにやってくれ。ただ、“パーフェクト"には程遠い。分かってるね?」 『はいッ!! もちろんですアヴローン様ッ!! もちのろんろん、ろんのろんですッ!!』 さあみんな打ち上げよ、と叫ぶ彼女の声を、ヴェクタスはそっとオフにした。
「こういう連中だ。私のお気に入りの、天才たちだよ」 「ずいぶん個性的ですね」 「そうか? ああ、そうか。君は軍人としか付き合ったことがないんだな。だが私は、商人だけでなく一般市民、研究者、小売業者、政治家、職人、芸術家、アスリート、一次産業の従事者、傭兵、ホームレス、そしてもちろん軍人、様々な者と付き合ってきた。そして多少なりとも、彼等の特性というものを知っている。そして、それが極まったときどうなるかも」 彼等 研究者は、自分の才能や腕を、知性を、試したくてたまらないのだ。思いついたもの、空想を現実にしたいと望む。だが現実の壁が立ちはだかる。設備、金、人脈、生活、そういったものだ。それをヴェクタスが取り払う。与える。すると彼等はどこまでも飛翔する。 「いや、暴走かもしれないが」 だがそこに新しい可能性が開かれる。 「好きで仕方ないんだよ、彼等は。なにかを考え、新しいものを生み出すことが。ただ、それで金を儲けることができない。生み出したものを上手く活かすことができない。最悪の場合、悪用されて大惨事を引き起こす。だから、その心配がなく好きなことに全力で打ち込めることが、彼等は本当に嬉しいんだ」
だから、とヴェクタスはリデアンに言って聞かせる。 「君はなにも心配しなくていい。ここにいるのは、“蛇の王”、ヴェクタス・アヴローンだ」 「……はい」 そう答えさせることができたのが、ヴェクタスにとって本日、最も大きな収穫となった。