日々彩々 3
一ヶ月に一度、リデアンには定期検診が義務付けられている。コロニー・ユーリシアの医療センターでの、3日間の検査入院だ。 個人宅での療養では行き届かないこともあるし、その過程で不備や不具合が生じている可能性もある。それらが身体に悪影響をもたらさないように、専門家の目で確認する作業だ。 入院に際して滞在するのは、以前にも使用していた特別室である。だが今やそこは、どこの高級ホテルのスイート・ルームだという有り様になっている。 「ここには他に3室、特別室があるしな。この部屋は当分の間、君専用でいいかと思って」 電子ノイズ遮断シールドを設置し、壁紙やカーペットもヴェクタス邸と同じく高価かつ機能性のあるものだ。贅沢な内装について文句を言われても、 「この病院は私の私有物なのだが?」 という一言で完全封殺が可能だった。
ともあれ、検査だけでなくカエラとの面談を通しても、現状の共有と今後について打ち合わせていく。 たとえば、義肢の装着については日常生活においては控えている、といったことだ。ただ取り付けておくだけでは邪魔にしかならないし、接続すると負担が生じる。リデアンとしては、ヴェクタスの手間を省くために適宜使用したいのだが、負担がほぼゼロでないかぎり不要だというのがヴェクタスの主張だ。 「申し訳ないと思うのは分かるし、介助の内容によっては羞恥もあるだろうが、そこは割り切ってくれ」 現在も、より高性能な義肢の開発は続いている。期限は設けていないし急がせてもいないが、どうせ彼等は隙あらばあれは無理かこれはできないかと考えている。自分たちのしたい研究をするためにもヴェクタスの我が儘を叶えることは大事で、そこを履き違えるほどの愚か者はいない。だから、半年もしないうちに次の試作品が来るとヴェクタスは読んでいる。
それから、未だに軽度のフラッシュバックが起こることはある。頻度は低く、混乱には至らない。しかし心的な負担は小さくはない。緊張や恐怖が自律神経を乱す。軽い過呼吸や体温の乱高下といった症状は発生する。 内容は今までのところ100%、父親からの暴力に由来するものだ。ヴェクタスの行為については、 「私が選んだことです」 というリデアンの意識もあり、それもまた一面の真実で、自分を傷つけるものではなくなったように見受けられた。 「父君との間に起こった実際の出来事については、アヴローンさんに話せていますか?」 そのカエラの問いにも、リデアンは頷いた。子供の自分の口で語ってしまうこともあるが、思い出したことを今のリデアンの意識で話すこともできる。 開かない窓、出ることを許されなかった家。母の死とやがて現れた義母と異母弟。弟がどう扱われたかは知らない。ただ、リデアンへの暴力がやむことはなかった。 話していると耐え難いような悪寒を感じ現実を見失いそうになることもあるが、そういうときはすぐにヴェクタスが止めてくれる。
何もしていない、考えていない時間に記憶が浮かんでくるのをできるだけ防ぐため、脳に負担がかからないような他愛のないことをして過ごしている。 内容に興味はなくても本を読む(VAの読み上げを聞く)、音楽を聞く。ニュースは不意に軍事速報なども混じるのでできるかぎり避け、意味はよく分からないもののバラエティ放送のような娯楽番組。それから、ヴェクタスが利用するような専門的経済チャンネル。 「それは少し、面白いと思います。内容は理解できても、同じ発想は出ない。思考回路そのものが違うのだなと」 「そうですね。私はコマンドーであった過去もあるため複雑ですが、生粋の医師であれば、怪我人を見ればまず助けようと考えるでしょう。ですが軍人であれば、その怪我の原因になったものがないか警戒する。そして商人は、助けたらいくらの謝礼がもらえるのかを考えるのですか? アヴローンさん」 「さすがにそれは酷いな、カエラ。応急手当て程度の心得しかないが、まず様子を見るよ。ただまあ……どういう人物かを観察して、恩を売れるか、これきりかくらいは考えるかな」 「だそうですよ」
そういった時間の一環として、ヴェクタス自身の話をすることもあった。リデアンが興味を持ったのであれば、特別隠しておきたいようなことはない。 アヴローン家の第二子として生まれた。兄は少年のうちに養子へ出され、ヴェクタスが家督を継いだ。そういったことから始まり、アヴローン系企業の躍進、銀河進出、 「これから丁度、山場に差し掛かるところだね。セリオ圏をいかに掌握したか。私の人生のハイライトがあるなら、間違いなくここだ」 「それは私も聞いてみたいですね」 「いいとも。貴方の時間さえ取れるなら、2、3日中に招待しよう。都合がつくなら、ぜひ泊りがけで来てくれ」 ヴェクタスはつまらない社交辞令は口にしない。“星"に立ち入ることを許した友人にそう言う以上、本気である。そして、それを素直に信じられるからこその友人と言える。 カエラは嬉しそうに、後でスケジュールを確認すると約束した。
他愛もない話だが、聞いていて疲労することがなく、不調をきたすこともないというのが、リデアンの回復を示してもいる。以前であれば座った姿勢では1時間もいられなかったのだ。 だが今は2時間程度は起きていても平気であるし、なにより、一日の大半を眠っているなどということもない。 とはいえ、定期的に横にならなければならないのも事実だ。起きていると息苦しくなるし、気が遠くなる。呼吸補助器は必須で、ほとんどベッドから降りることもない。 しかし検査の結果を見るかぎり、それも少しずつ改善されていくとカエラは断言した。 そして、それに合わせて人工臓器や、義肢への接続インターフェイスなどを取り替える手術もしていく必要がある、と。 ヴェクタスは、そういったものの開発も進めさせていた。これは医学会にとっても非常に大きな貢献となることであるから、協力者は多く、開発は順調に進んでいる。 聞いていなかったリデアンはヴェクタスのいる側へと顔を向けたが、「義肢だけだと思ったのか?」と言いたげに軽くリデアンの手を叩いたのが答えだった。
開発しているのはそれだけではない。ECSC(Electro-Conductive Support Chair)、 「軽度の電位調整にも使えるメディチェアです」 「そんなものを必要とする患者が他にいるとは思えない以上、また私専用ですか、ヴェクタス」 「電位調整という部分はな。だが、サイズや快適性を維持しつつ、なんらかの追加機能を搭載するスペースを設けることには汎用性がある。君の場合はそれが特殊なだけだ」 ECSCが完成すれば、今は処置室の調整台に寝ているしかないのが、日常生活の中で椅子に座った状態で、いつでも可能になる。 なにより、これができれば邸内の移動も可能になるし、 「いずれは外出もできます。必要なものなのですよ」 現状のように、起きているだけで疲れてしまううちは無理だが、1日を起きて過ごせるようになったときに移動手段がなければ、それでも居場所がベッド上に限られてしまう。それでは猫さえ殺すという退屈の餌食のままだ。 「義肢の使用リスクが大きい以上、優先度は高いんだよ」
示されるのは回復の道筋だ。その過程で再び体にメスを入れ、その都度 後退もするが、その後には大きく前進できる。患者にとっては、苦難は続いても再起への希望だろう。 だがリデアンが戸惑い気味になることは、ヴェクタスにもカエラにも充分予想できることだった。 彼は未だに、自分が生きる意味、価値、理由というものを持てずにいる。 だが否定や拒絶はしていないし、痛みばかりの過去に襲われたとしても、それに耐える強さも持っている。……良かれ悪しかれ、そんな強さは、彼に深く根付いているのだ。 「まあ、一歩ずつだ。とりあえずは、カエラのお泊り会を計画しよう」 そんなイベントを悪くないと感じて応じてくれる。それだけでも大きな進歩であるし、充分な成果、希望の兆しだった。