日々彩々 5・後

 話す前に一つだけ、知りたいことがあった。  デイヴィッド・アンダーソンの”現在”である。話そうと決めて今更、そういえば彼は今どうしているのだろうと気にかかった。  戦死している可能性もあると気付いてぞっとしたが、名前を告げるとヴェクタスがすぐに、 「元連合軍提督、ノルマンディーとも関わりのある男のことでいいなら、シタデル評議員になっている。大戦での功績もさることながら、ジョン・シェパードの後見として早い段階から彼を支え、一貫して銀河のために尽力していたことが評価されたようだな」 「ああ……。間違いありません。私の知っているアンダーソンです」  今の今まで思い出しもせずにいたが、無事であり、しかも評議会から信頼されるほどになっていると知ると、安心するとともに嬉しく思った。  相応しい役職であり肩書きだ。プレッシャーも並ならぬものがあるだろうが、アンダーソンであれば大丈夫だろう。彼には助けを申し出てくる者たちも多いはずである。昔からそういう人物だった。

「会ったのは、私が20歳のときです。連合軍との合同演習でした」  演習といっても、参加するのは20代の若い兵士ばかりで、実態は交流会に近い。数年前に戦ったばかりの互いによく知らない相手だが、これからはシタデル域に共存し、共に銀河を守る同朋である。ならば若い世代から理解と親睦を深めようという目的だった。  そのプログラムの一環として、3日間で5度行われた模擬戦において、リデアンとアンダーソンはそれぞれのチームリーダーを務めた。  連合側は最初の2度を別の人物に指揮させている。そこでアンダーソンと交代したが、トゥーリアン側は5度ともリデアンがリーダーに指定された。  4度、完勝した。だが最後の1戦で負けた。

「たかだか20歳の兵卒に指揮されたい軍人はいません。こちらの士気は常に低かった。それでも、そういう状況下でどう動かすかも指揮の内です。そして、敵の動きが破綻したとしても、その隙を逃さず突くのは決して簡単ではありません」  緩んだ一点を崩され突破され、その瞬間からの連合軍の迅速な侵攻を、食い止められなかった。  同じ程度の士気があるならば押し返すこともできたのかもしれない。だが、相手は連敗していると思えないほど士気が高く統率も取れていたのに対して、こちらは抜かれたとなった瞬間から戦闘放棄に等しかった。  ほぼ勝ちが決まっていたところからの、呆気ない逆転負けとなった。

 そんな無様を父が許すはずはなかった。  呼び出され、いつものように無言の時間。自分が何をしたのか、思い返す時間だ。頃合いだと思ったところで容赦なく殴られる。そして立ち去るのを見送る。その間どちらも一言も口などきかない。  もう慣れていた。諦めてもいた。たとえ5戦完勝したところで、褒められることも認められることもない。完璧であることが最低限なのだ。そして、殴られたからといって今更広がるほどの距離も、もう残っていない。  ただ、その場面をたまたまアンダーソンが目撃していた。  軽い脳震盪を起こしかけていたリデアンが、歩こうとして転びそうになるのをとっさに掴まえてくれた。 「深くは聞かずに、名前だけ名乗って、……すごかったと言われ、一瞬、なんのことか分かりませんでしたが」  次またやることがあれば、今度はもう少しくらい食い下がってみせるからなと、明るく笑って去っていった。

 そのときはそれだけだった。  再会したのは6年後の演習だった。後に聞いた話だが、この"若手同士の交流会"に、30歳を過ぎ少尉となっていたアンダーソンがいたのは、参加者ではなく監督官の一人としてだ。だが模擬戦の敵側リーダーがリデアン・トライオスだと知って、因縁の相手アンダーソンが担ぎ出されたのだ。  しかし、 「今度は5戦5勝しました」  6年前と違い、リデアンは実戦での経験を積み功績も上げ、軍曹という階級も得ていた。年下や同世代にとっては、素直に従うのが当たり前、従えば勝てる存在になっていた。  それに、見た目の変化もあった。20歳の頃は周りに比べて小柄で華奢で、頼りなかった。だが第二次成長期で大きく伸びた。まだ体つきは細かったが、アーマーを身につければ分からない。見た目にも頼もしくなったのだ。  侮られることなく、反感や嫉妬に足を引っ張られることもなく、指揮官としての能力を充分に発揮することができた。

 それでもアンダーソンが相手となると、油断はできないと感じた。  6年前の時点で、戦況の展開は想定の範囲内ではあった。だがアンダーソンのチームを相手にしていると、しかし、少しのズレでそれが崩れる気配もしていたのだ。 「ですから、ありえないことはないとして、すべてに備えました」  大丈夫だ不要だと切り捨てるものを作らず、できるかぎりすべてを把握し隙を作らない。それが功を奏し、奇想天外な突破劇をリデアンは逃さず察知して食い止めた。  この二度目の合同演習における模擬戦は、リデアンにとっても手に汗を握るものだった。 「そのときはよく分かりませんでしたが、たぶん、楽しかったんだと思います」  そして、アンダーソンと話をする機会を得た。

 それをきっかけにして、メールをやりとりするようになった。  お互いに軍人であり、しかも種族が違うとなれば、言うべきでないことばかりになる。話題はいつも他愛なく、社交辞令的ではあった。  その中で一度だけ、リデアンの出張先と自分の任務地がほど近いことを知ったアンダーソンから、会って食事でもしないかと誘われた。 「会食に参加したことはあっても、誰かと二人でというのは覚えがなくて、どうしていいか分かりませんでした。貴方は笑うでしょうが、私は真剣に、マナーやルールを調べたんです」 「生真面目だな」 「彼にも言われました」  友人というものはいたことがなく、だからこういう場でどうすればいいのか分からないと、最初に断ったのだ。アンダーソンは大丈夫だと笑って言って、気楽にいこうと先導してくれた。

 そして、GL-128β。運命の星だ。 「私が、リーパーに触れたのがそのときです。アンダーソンとの協働任務でした」 「リーパー、か。話を逸らしてすまないが、実際にはそこで何があったんだ? 差し支えなければ、そのミッションについても教えてくれないか?」  任務内容は原則的にすべて機密扱いだが、15年ほども前のことである。ヴェクタスであれば知ったことを他人に漏らす気遣いはないし、それに、自分はもう軍人ではない。それどころか、この世に生きているのかどうかすらも曖昧な存在だと思うと、守秘義務などない気もした。

「GL-128βは、テロリストの拠点があると疑われている小惑星でした」  遺棄された鉱山と採掘施設が残っているものの、企業はとっくに引き上げてしまっていた。ただ、にも関わらず時折 付近を行き来する船があるのは事実だった。  しかしたったそれだけのことではどの軍も動かなかった。スキリアン・ヴァージなのだ。迂闊に行動してバタリアンと衝突したくなかった。  だが、そこが人身売買に使われている、誘拐された人々が閉じ込められているという証言が出た。  裏付けも取れたが、奇妙だった。仕入れに相当する誘拐事件や行方不明者は多く、運び込んでいるとおぼしき貨物船は確認された。だが売られた人物がほとんど見つからない。見つかったとしても、廃人同然であったり記憶がなかったりと、正常な状態の者は一人もなかった。  人身売買ではなく、違法な実験施設でもあるのではないかということになった。  調査依頼は評議会から連合軍へと出されたが、ヒューマンだけでは手に余ると判断したのだろう。トゥーリアン軍にも支援要請が入った。そして近くにいたリデアンの部隊が命じられたのだ。リデアンが29歳のときである。

 リーパーという存在が明らかになってから振り返れば、あれはああいうことだったのかと分かることも多い。だが当時は完全に未知だった。  ヒューマンの部隊が2チームに分かれ、制圧と救助を担当した。リデアンのチームは施設外部からの情報支援を請け負っていた。  突入部隊の動きは機敏だった。アンダーソンは制圧部隊を率い、警戒しつつも施設中心部を目指し進んでいった。道中の様子や彼等の動きは、無線とマーカーを通してリデアンも常に把握していたが、まったく会敵しないというのは意外だった。  やがて変事が起きたのは、囚われた市民の救助へと向かったチームだった。

 鉱山施設だった頃に居住区として使われていた場所だった。コンパートメントのドアには開いたままのものもあった。にも関わらず、誰も逃げる様子がない。  救助チームが訝って、どうすべきかをアンダーソンへと尋ねている間に、市民たちはそれぞれ外へと出てきた。  リデアンは通信を聞いていただけだが、驚きと戸惑い、そして警戒が、やがて驚愕と混乱に変わる様がまざまざと分かった。  救助対象者が突然凶暴化して襲ってきたのだ。  市民だと思い、様子はおかしいものの銃など向けていなかったところを、いきなり襲われた。無線から聞こえる音声は、悲惨なものだった。  そして、救助チームは応戦しきれず全滅した。  そのときにはそれを、急襲されたとしても妙だと思った。武装した兵士5人である。しかも銃撃しているのだ。何故彼等が市民に後れをとったのかは謎だった。

 異常事態だと判断した。アンダーソンのチームは6人で構成されていたが、謎の多い状況下では危険だった。 「それで私は、部下の半数を連れて応援に向かいました」  先行するアンダーソンたちと合流するまでの間、たしかに一人の敵とも遭遇しなかった。テロリストもいないし、狂気の科学者もいなかった。  だが救助チームに起こった出来事を考えると油断はできない。  合流し人数が増えた後でも、部隊は慎重に、警戒しながら先へと進んだ。  勘の鋭いアンダーソンは、なにかに見られているような気がしてならないと言ったが、ヒューマンとトゥーリアン、双方の情報技官が調べても周辺に生命反応はなく、監視カメラには電気が来ておらず完全に停止していたし、離れたところからスコープ越しに見ている存在というのも検知できなかった。 「君が調べてもか?」 「ヴェクタス。そのタイミングの私はまだ特殊な能力は持っていませんし、使っている装備も軍用のものですよ」 「おっと、そうだったな。続けてくれ」

 そして、不可解で唐突な洗脳が発生した。  連合軍兵士の一人がいきなりリデアンの部下たちを攻撃したのだ。 「彼は、家族を我々との戦争で失っていたそうですが、多くのヒューマン兵と同じで、屈託はあったとしても私怨で任務を阻害するような人物ではありませんでした。それが突然です」  その場にいた誰一人としてまったく予期していなかった。  取り押さえようにも凄まじい膂力だった。リデアンが組み付いても振りほどかれそうになったほどだ。  それでも全員で押さえ込んだ隙に強力な麻酔を打ち込んで鎮静させ拘束したのだが、当分目覚めないはずの彼は拘束を引き千切り、そして、リデアンは至近からショットガンで打たれ、重傷を負った。

 テックアーマーの完全展開は間に合わなかった。それでも、本来ならば腹部が消し飛ぶほどの衝撃を、どうにか内臓や骨の損傷だけにとどめた。  腕のいいヒューマンの衛生兵と、そしてこちら側の元衛生兵が協力し、必死に手当はしてくれた。だが大量失血に複数臓器の損傷、どう控えめに見ても、このままでは数時間ももたない傷だった。  そのうえ、外部に残した兵との通信が途絶えた。無線は通じているのだが、応答がなくなったのだ。それはすなわち、大気圏外の船にある司令部とも連絡が取れないということだった。  情報技官の持っていた高性能な通信装置であれば、ブーストすることで中継なしでも届いただろうが、片方は落下して生死不明、もう片方は死亡。せめて装備が無事ならば使えたのだが、諸共に落下していたし、破損してしまっていた。 「戦場での孤立は、地形や敵勢よりも、情報が一番深刻です。どうすべきかの判断がつかなくなりますから」  そこへ、ハスクや軟体生物、大型の甲虫に、施設の防備や監視を担っていたドローンといった敵からの襲撃も発生した。  欠けた人員もあり、これ以上の探索や調査は無謀でしかなくなった。

 だからリデアンは、足手まといになる自分のことは置いて撤退するように言った。アンダーソンは渋ったが、彼も軍人だ。取捨選択の見極めは間違わなかった。 「そのときですね。私はもう意識がありませんでしたが、リーパーに使われかけたんです」  一時撤退したアンダーソンは、異常に気付いた本部が呼んでいた援軍を待ち、その中から即座に人員を集めて部隊を編成し、各々10人程度の4チームで再突入した。  そのとき彼等は、施設のより深部に位置する場所で、リデアンが立っているのを目撃している。  自力では起き上がることもできない重体で、そもそも生存の見込みさえほとんどなかった。にも関わらずリデアンは置き去りにした場所よりも奥地に移動し、立っていたし、アンダーソンたちのほうへと向かってくる様子も見せた。が、そこで倒れて動かなくなった。  治療が施されていた。  ただしそれは、ヒューマンのものでもトゥーリアンのものでもなく、未知の技術だった。

 後に、リーパーという存在やその目的までが明らかになってから推察するに、リーパーはリデアンを使おうとしたのだと思われる。  リーパーからすれば、有機生命体は粗雑で非効率、低レベルな存在である。しかし、その中にあって他とは能力値の違う特異個体、しかも神経直結型の電子操作をこなすモノなら、手足の先のその末端として使えるかもしれない。そう発想し、試したのではないか。  プロセアン/コレクターのように改造しつくした状態ではなく、元の形を保ったままで動かせれば、リーパーの目、手足としてかなり有用である。 「私の外見に変化がなかったことも、そう考える理由です。サレンは……かつてリーパーに接触し強化を受けた彼は、見た目に変化が出ていましたから」  だが、修復が充分でなかったのか、それともやはりスペックが足りなかったのか、リーパーは操作をやめて消えた。そして、修理した体が残った。

「なるほどな。君はリーパーのおかげで命拾いしたわけか」 「そうですね。私個人にとっては、マイナスの存在とは言えません。もっともそれは、退けえたからこそ言えることですが」  GL-128βでの出来事の後、当然アンダーソンはリデアンの安否を気にした。彼は緊急入院先になった惑星ノアラの病院へ見舞いにも来たし、退院後もこまめにメールを寄越した。  リーパーとの接触による諸々の混乱と変容が一段落ついた後には、何度か会っている。相変わらずたまたま近くにいると分かったときに、といった程度でしかないが、その合間にかわすメールは、それまでよりももう少し親しみのあるものになった。 「私にとっては、そうですね、尊敬できる先達というより、少しだけ……こんな兄がいたらと思ったことがあります」 「そうか。なんというか、良かったと思うよ。君の人生に、そういう人がいて」  ヴェクタスの声は慎重で、しかし少しの笑みが含まれている。 「そう、ですね。彼がいなければ、メールが届いていると知って嬉しく思う、そういうこともなかったでしょうから」

 アンダーソンの話はこれで終わりだ。  今の彼はシタデル評議員だというから、立場が違いすぎる。おそらく二度と関わることはないだろう。それに彼は、と考えてリデアンはこれもまた今更気付いた。 「ヴェクタス。貴方に聞くのもおかしな話ですが、彼は、今の私のことを知っているのでしょうか」 「いや。おそらく世間と同じく、死亡したと思っているはずだ。私が君を検体として持ち去ったことも、知らないと思うね。知っていれば問い合わせがきそうなものだ。……どうする? 知らせるかい?」  ヴェクタスに問われ、 「いいえ。やめておきます」  迷うことはなかった。 「私の生死は、一兵士のそれとは違うでしょう。公になった場合の騒ぎや、湧き出す思惑について考えると、私は二度と表に出ないほうがいいように思います。であれば、余計なことを知らせて、気苦労を増やしたくはありません」  死者として、記憶の片隅で消えていけばいい。銀河の評議員ともなれば、考えなければならないことは山積みなのだ。  自分にとってはただ一人の友人でも、彼にとっては数多いる中の一人でしかない。思い出されることさえ、あるのかどうか。  そう思うと少しばかり寂しい気はしたが、 「君がそれでいいなら、黙っていよう」 「……はい」  ヴェクタスの声を聞き、肩に置かれる手を感じると、それも和らいだ。


 その日は、近場とは言えしばらく外にいたため少し疲れていた。  ヴェクタスはそれを察して労ってくれる。少し早いが休みなさいと言い、夜のこまごまとした介助を終えると、リデアンをベッドに運んで寝具に包んだ。

 ただ一人と言うなら、ヴェクタスもまたただ一人の人物だ。今のリデアンを知り、常に傍らにいる。 (兄でも、父でもない)  そういったものとは違う。  だからと言って友人というわけでもない。  後見人や庇護者、擁護者といった言葉で立場を表すことはできるが、そういうことではない。  彼は自分にとって"何"なのか、リデアンは不思議に思う。  確かなのは、 「おやすみ」  低い声で言われるそんな言葉が、いつの間にか馴染んで当たり前になったということだ。 「おやすみなさい。貴方も、早めに休んでください。今から仕事をするのでしょう」  自分に付き合って日中の時間すべてを費やした以上、そうなる。  だがそれを、すみませんと謝る必要はないと思える。 「分かってる。無理はしないよ」  少し笑った声が心地よい。リデアンは考えるのをやめ、左手で瞼を降ろすと、後の時間は柔らかなベッドに委ねることにした。