ルルナ・ルナと冒険者たち 02

 ギルドに入ったときから、コトコはカウンターにフィルがいることに気づいていた。  大柄なローエンガルデは目立つというのももちろんあるが、それだけでもない。理由を言うのは野暮だろう。  だが彼がなにか考え深げな様子だったので、声をかけるのは遠慮した。  ともかく仕事だ。  少し前までのような、依頼は溢れているのに冒険者が少ない、ということはなくなったものの、まだまだ以前どおりとはいかないらしく忙しい。

 アラミゴやドマの反乱に参加した冒険者が多い中で、コトコたちはエオルゼアにとどまった。リーダーのカル、アラミゴ出身のカルスタンがアラミゴに行きたがらなかったし、コトコも、いざ反乱が起こったとなると駆けつけたい気持ちはあったが―――やはり簡単に戻るとはいえない事情があったので、カルの気持ちはよく分かる。  パーティの中にアラミゴ出身でアラミゴに行きたくない者、ドマ出身でドマに行きたくない者がいる、という変わった状況だったが、ジョアンもホワイト・ピジョンも、 「そういうこともあるさ」 「人んちに居座るより家に帰るのがキマリ悪ィってのは俺も分かるしなぁ」  と笑って受け入れてくれた。

 冒険者の数が少なくなった分張り切って働いていたので、忙しくて疲れはしたがお金は溜まった。だから、ピジョンは骨休めと言って少し遊びに出かけている。カルは……たぶんコトコよりも、故郷に戻れないことについてはいろいろあるのかもしれない。精一杯普段どおりにしているが、今ひとついつもの明るさがなくて、たぶん人に会いたくないのだろう。少し休むと言ってアパートに籠もっている。ジョアンも一服したいらしい。  しかしコトコはまだまだ元気だった。冒険者の絶対数が足りなくなったせいで、気の合う”固定パ”でやっていては放置される依頼も増えて、個別に動くようにしたことで久しぶりにいろんな人と組んだ。面白いことばかりでなく、不愉快なこともあったし、嫌な人もいた。だがそれも、考えようによっては「私はこんなふうにしないでおこう」という勉強だ。いろんな考えの人がいて、必ずしも「この」やり方が正しいのでないこともよく分かったし、親切にアドバイスをくれる人もいた。(それはちょっと違うのでは?ということもあったが)  誰かの役に立って、お金がもらえて、しかもそこで身につけた知識や技術は、これから先もいろいろと役に立つ。そう思うと、じっとしているのが勿体無い。もちろん遊びたい気持ちもあるのだが、今はエレーヌと歩調が合わないのもあって、遊びより仕事、という気分だった。

 エレーヌとランクが分かれてからしばらくは、当たり障りなく、一応は何事もなく接していた。しかしどうしてもエレーヌは以前のように戻ってくれない。コトコが「気にしないで」と言っても駄目だ。そしてある人に―――今そこのカウンターにいる人に―――聞いてもらうと、 「自分のことだと思って考えてみろ。気になって仕方ないことがあったとき、気にするなって言われても無理だろ? それに、おまえさんが思うのとは違うことで悩んでるのかもしれん」  そう言われて、あれこれ口をだすのはやめにした。ただそうすると、このまま疎遠になってしまうんじゃないかと不安なのだが、 「人の縁ってのは、そんなもんだ。仲の良い友達を手放したくないってのは、分かる。ずっと仲良しでいたいよな。だが、それで無理に続けて、内心では不満や我慢ばかりなんてのは、もう友達じゃない。それきりになったらそれまで、そこまでの縁だったってことだ。だが、それまでの時間そいつといて楽しかったことや、面白かったことまでなくなるわけじゃない。『ここまでのご縁だが、今まで本当にありがとう』。そう言える間に別れたほうが、後になってひょっこり復縁する可能性は高い。こじれにこじれた後だと、もう顔を見るのも嫌だ! なんてことになるからな。……ま、俺個人の経験から思うことだけどな」  たしかにそうだと思った。もしエレーヌとこれきり疎遠になってしまったら、残念で寂しいことは限りないが、それでも、あんなことあったな、こんなこともあったなと、いろんなことを楽しい思い出として振り返るとができる。そして、「私に声かけてくれてありがとうね、一緒にいてくれてほんと楽しかったよ」と心から言える。  けれどもし……もし、無理に続けようとしたせいで、お互いが嫌になって喧嘩別れでもしたらどうだろう。 (……うん。私はそれでも、なんでだろ、私のなにが駄目だったんだろって思いそうだけど、エレーヌは……)  名前を聞くのも顔を見るのも嫌。そうなる気がする。そして自分も、振り返った思い出は宝物じゃなく、取り返しのつかない悲しいものになりそうだ。

 なるようになる。なるようにしかならない。ずっと友達でいたいと思うのは、自分の我が儘だ。そう思ってもなかなか割り切ることはできない分も、仕事に精を出す。  それに、前向きな(?)理由もある。少しでも腕を上げて実績を立てないと、”おじさん”には遠すぎる。ランクだけでも、こっちはまだDランク。一応一人前ではあるが、Cランクのベテラン、それを越えないと対等になれない。対等などというのは望まなくても、せめて見上げたら見えるところにいたいと思うと、まだまだ遠いのだ。  今でもメンターとしてならついてきてもらえるが、できれば同じパーティとして一緒に仕事をしてみたい。そういうささやかな、ひそかな、こっそりと持った目標を思うと、 (まだまだこれから!!)  とがんばる気持ちがいくらでもわいてくるのだ。

 そんなことをつらつらと思っていたせいか、ちっとも仕事が決まらなかった。それでずいぶんぼーっと掲示板の前にいたせいだろう。 「コトコ」  後ろから低い声で呼ばれて、 「ひゃいいぃっ!?」  珍妙な返事になった。真っ赤になって振り返ると、苦笑する”おじさん”がいて、ますます顔に血がのぼる。 「どうした、いい仕事がないのか」  くすくす、という笑い声を隠したような声音で、耳が熱い。 「ど、どれにしようかな~って……!」  まさか、おじさんのことを考えてました、とは言えなかった。  そんな恥ずかしさと引き換えに、話ができたのだからラッキーだと思い直す。本当は、なに考えていたんですか、とでも聞きたかったが、そんなことは余計な詮索だろう。なので仕事の話題になったのを幸いに、ここのところの仕事で気になったことを尋ねることにした。これだから「真面目だ」と言われるのだろうが、その半分が「好きな人に近づきたいから」だと知れたら……生真面目な奴だな、という一概に良い意味とはいえない評判は、和らぐのではないだろうか?

 おじさん―――フィルはメンターという特殊な肩書があるだけに、冒険者として質問してくる者を無下にはしない。  それでカウンターに並んで腰掛け、あれこれ質問し、かれこれ教えてもらっていると、 「フィルっ、久しぶり!!」  柔らかく可愛らしい声がして、酒場の入り口からたたっと駆けてきたのはクリーム色の髪のララフェルだった。  それが彼等種族特有の思いがけない跳躍力で飛び上がったのを、慌ててフィルが受け止める。すると彼女はなんの衒いもなく両手を広げ、フィルの首に抱きついた。

(はぅあっ……!?)  コトコのハートにはちょっとした痛恨の一撃である。 「ナガレは? まだ帰ってきてないの?」 「ああ。一段落はついたとしても、まだ向こうでやることがあるんだろ」 「もう。またいらないお節介して、うるさいおっさんだと思われてなければいいけど」  フィルの膝にちょこんと座り、面白そうに笑う。  ザザも―――あのクールな、フィルと同年代の、つまりいいおっさんのはずの黒魔導士も―――たまにそうして膝に座っていて、もちろんそれを見てもコトコは羨ましくてならないわけだが、座っているのが女性となると、明らかに与ダメージアップのバフがつく。 (うううう……どういう関係なのかなぁ……私もララフェルに生まれてたら……っ。カワイイは正義、カワイイは正義いぃぃぃぃっ)  という心情を懸命に押し殺して、 「ごめんなさいね、お話してるのは分かってたんだけど、半年ぶりくらいだったから」  にっこり笑って見上げてくるのに会釈を返した。

 彼女はルルナ・ルナ。 「ルナクル商店のオーナーだ」  そう言われてコトコは目を剥いた。  ルナクル商店はギルドと提携した武具店で、ウルダハに6店舗ほどある。ギルド登録している冒険者であれば、購入にも修理にもランクに応じた割引が適用される仕組みだ。低いランクほど割引率が大きくなるため、駈け出しで、毎日の生活費を稼ぐので精一杯といった冒険者が、裝備を整えつつなんとかやっていけるのもそのおかげである。  コトコもウルダハに来て以来さんざんお世話になっている。 (つまり……社長さん同士……)  役職はいろいろあるのだろうが、ダイヒョウトリシマリヤクとかソウスイとかカイチョウとかシャチョウとかオーナーとか、違いはよく分からない。だがともかく、一つの事業を運営しているトップっぽい人には違いない。 (ううう…勝ち目……ゼロぉぉぉぉ)  なんの勝ち目かはさておき、コトコのHPはもう1よ、状態だった。

「ルルナは仕事の相談で呼び出したんだが、暇なら聞いていくか? 別にコトコになら知られて困る話でもない」  おまえなら、と見込んでもらえるのは嬉しいが、”そっち”の仕事の話なら、コトコが聞いてもどうしようもない。しかし、それはそれで未知の世界だし、フィルがどんなことを考えているか少しでも知りたいのもあって、 「お、お邪魔でないならっ」  と頷いた。ルルナはコトコに 「ふふふっ」  と小さく笑って―――勝利の笑みか!?―――フィルの膝の上から耳を傾けた。

 フィルからルルナへの相談というのは、冒険者たちの裝備のことだった。  アラミゴとドマ、それぞれの反乱に参加した冒険者たちは、大義のために戦ったという満足感や誇りは手に入れても、金はただ失った。おかげでぼろぼろになった裝備を新調することも修繕することもままならず、そのまま危険な仕事に行く者もいる。 「モモディは、酒場の雰囲気が悪いことも気にしてるしな」  そう言われるとコトコにも思い当たることはいくらでもある。  今までなら、依頼の取得は早い者勝ちのルールに則って、取りそこねた人たちも文句を言うことはほとんどなかった。しかしここのところ、依頼の取り合いが前よりも激しい。コトコも、横からぶつかられて落とした依頼用紙をひったくられたこともある。コトコはそんなふうに切羽詰まっていないせいで、単なる事故だとしか思わなかったが……。 「たしかに、うちの店でも中堅どころの若い子を見かけなくなったわ」  ルルナは小さな溜め息をついた。 「お金がない。いい仕事がほしい。少し無理してでも。ちゃんと修理もしないで難しい依頼受けて、ますます装備傷めて、成功すればまだいいけど、失敗したら……。たしかに、なんとかしなきゃだわね」 「頼めるか?」  言われるなり、ルルナは頼もしい満面の笑顔になった。

「もちろん! お父さんが賛成してくれるかどうかによるけど、OKがもらえたら……ううん、きっとOKしてくれるから、そうしたらすぐ始めるわ」 「すまんな。だがおそらく、相当忙しくなるぞ。売上は数で補えるとしても、こなす職人たちにとってはシャレにならん忙しさだろう。冒険者だけに限るわけにはいかんし、そうなれば普段の倍で済むかどうか」 「たしかにそうだけど、うちが始めれば他も真似すると思うから、忙しいのは最初だけね。大丈夫。うちの人たちはその程度、喜んで乗り切ってくれるもの。もちろん、ボーナスだって出すしね!」 「だったら、そのボーナスは俺に出させてくれ。な?」 「もう。そんなのいいのに。うちだってしっかり儲かるんだし……。でも、分かったわ。それでフィルの気が済むなら、遠慮なく貰っちゃう。さっ、あとはルルナにお任せよ。“お疲れ様大セール”、さっそく準備しなきゃだわ!」  にっこり笑って、胸を叩いた手で可愛らしいガッツポーズ。 (「コトコにお任せっ★」。………………)  コトコはやっぱり (私……全負けぇぇぇぇっ)  心のなかでこっそり泣くのだった。