ルルナ・ルナと冒険者たち 03
商店がセールをやるのは特別なことではない。彼等はそれで普段よりも客を呼び込んで儲け、評判をとってリピーターを増やす。ルナクル商店は、全店舗で「お疲れ様大セール」を打ち出した。冒険者に限らずすべての顧客に、お一人様それぞれ新規購入であれば1点、修理であれば2点までという制限はあるものの、大幅値引きの大セールである。 冒険者だけでなく軍関係者でもいいし、傭兵でもいい。とにかく武器・防具を買い求める、あるいは修理してほしいと思う人すべてに対してのセールなのだから、フィルが個人的に冒険者だけを救うよりずっといい。 事情を知ってしまったコトコは、自分たちのように戦争に行かなかった者が便乗するのはどうなんだろうと思ったが、そんな考えはすっかりフィルに見抜かれていて、別れ際、 「戦えない人のために、誰かが危険を承知で戦ってくれてる。そんな誰かのためのセールなんだ。一所懸命働いてたみんなのためのセールなんだから、しっかり利用するんだぞ」 と言われてしまった。
ここぞとばかりに殺到した客のため、最初の数日間、職人たちは寝る間もないような有り様だったらしい。だがルルナが言っていたとおり、三日もしないうちに他の武具店もセールを開催した。なにもしなければ大量の客が流れてしまうのだから、やるしかないのである。 おかげで多くの冒険者たちが、いつ使い物にならなくなっても不思議でないような装備から解放された。 その大賑わいのセール期間が終わった後で、フィルはルルナが抱える雇用人すべてに、約束どおりボーナスを出したらしい。表立っては援助できない自分の代わりに、彼等が苦労してくれたのだ。それをそっと裏で労うというのは、いかにもフィルらしいとコトコは思った。
けれどそういった事情はどこかからどうしても漏れるものらしく、ルナクル商店のセールが、根本的には暮らしの立たない冒険者のためのものだった、ということはやがて噂になった。 酒場や食堂では、やっぱりギルド提携店ってのは違う、俺たちのことを考えてくれるんだと、好意的な会話がかわされている。コトコはそれに、 (そりゃルルナさんがやってくれたことだけど、みんなのこと心配して、お願いしてくれたのはおじさんなんだからねっ!!) と言いたいのを我慢しながら、勝手に少し膨らむ頬に気づいていない。フィルがそんな宣伝を望むようには思えないからこそ黙っているが、みんながルナクル商店のことばかり褒めそやして、フィルのことには一言も触れない、なにも知らないのがどうしても不満だった。
「なにぶー顔してんだよ」 日暮れの酒場で、今日は久しぶりにエレーヌも出てきてくれて、カルスタン、ジョアン、ホワイト・ピジョンと、エレーヌ、そしてエレーヌが今組んでいるパーティから、ウルダハには珍しいエレゼン族、フォレスターの呪術師エイセルスも来て、食事会になっていた。 こんなところでまでクソ真面目に立ち回りがどうのとかやめてくれ、とピジョンが言うし、彼女の言うことはもっともなので、話題はせいぜい、あの仕事でこんな目に遭った、この仕事は思いがけず報酬が良かった、といった他愛もない話題だ。 それに、言葉遣いはまるっきり男ようでもピジョンも女なので、コトコ、エレーヌとともに服やバッグ、靴の話にも花が咲く。男連中は男連中で、どこそこの店の女の子が可愛かっただとか、彼女はどうしてるんだとか、やはり他愛もない。 コトコのおじさんLOVEはもうとっくにバレてしまっているので、それをいじられることもある。 「そりゃいい男だけどよぉ、オレがそう言うのと、ミッドランダーのコトコがそう言うのとは、なんか違う気がすんだよな」 ルガディン族であるホワイト・ピジョンにとっては、同種族の男はすべてああいう幅の広い巨体で、それが普通に「かっこいい」。だがエレゼン族であるエレーヌからすると、ルガディン族の男はどうしても太って見えるし、足も短いし、到底スタイルがいいとは言えず「かっこよくない」。ミッドランダーであるコトコはエレゼン寄りのはずなのだが、 「でもかっこいいんだもん」 としか言えないのだ。 「あれだ。愛さえあればってやつだよな」 カルが茶化すと、 「だとしても、年齢、種族、それに地位、経験、所持金、ハードル高いよね、コトコ?」 ジョアンに追い打ちされて、コトコは大げさにテーブルへと突っ伏した。
そうして 「もういいもん」 分かってくれなくてもいいもん、と顔を上げたとき、たまたま正面、入り口に、つい最近見知った人の姿を見つけた。 しかもばっちりその瞬間に目まで合ってしまった。空色の大きな目、クリーム色の髪をしたララフェル―――ルルナ・ルナだった。 彼女はどうしたことかとことことコトコのほうにやってくると、 「こんにちわ、コトコちゃん。なんだか楽しそうね」 (勝手に)ライバル心を燃やしていても、ついきゅんとしてしまうチャーミングな笑顔で見上げてくる。その外見のせいで何歳になっても幼児のように見えるララフェルだが、やはり歳相応の落ち着きは感じられるし、よくよく見れば目尻や口元には優しい皺も寄っている。しかしそれはそれで、フィルと年が近いということで……有利だということで……。 「コッコ、この人、誰?」 エレーヌに問われて我に返ると、どう紹介しようか迷った。なにせルルナは、自分たちが全員漏れなく土下座レベルに頭が上がらないほど世話になっている、ルナクル商店の女主。 どうしよう、と思っていると、 「うふふ。あたしはルルナ・ルナ。コトコちゃんとはついこの間知り合ったのよ」 ルルナのほうからそう名乗り、 「ルル……って……! まさか、ルナクルの……!!」 驚いたカルがつい椅子から立ちかけると、 「そのルルナ・ルナ。冒険者たちみーんな元気そうで、それがあたしにはなによりだわ」 にっこり。その破壊力は、全員を一瞬で撃沈させた。仲間内にララフェルがいないと、ララ免疫がなくて大変なことになる、と言われているのは、これである。
ルルナはごく自然にテーブルの一員に加わった。人懐っこくて明るくて優しい雰囲気で、なんとなくほんわかふんわりしてしまう。ララフェルの中にも険しい性格の者はいるので、これはなにも種族特性ではない。 彼女のような人がどうして一人で冒険者の酒場に来たのか。それを尋ねると、 「うん。この間のセールで、久しぶりに”若い冒険者”っていうの、身近に感じてね。超久しぶりに、その中に混ざってみたくなったの」 汎用サイズなのでララフェルには大きいコップを両手に包んで、しみじみと言う。 その口ぶりは、昔はこの中によく混ざっていたと言っているようで、 「ルルナさんて……昔、冒険者だったって、ほんとなんスか?」 カルがそう聞いたのも無理はない。 ウルダハで冒険者として過ごして長いカルは、そういった情報も人より多く持っている。ルナクル商店がギルド提携しているのも、そこの偉い人が昔冒険者だったからだとか、あるいは冒険者に恩があるからだとか、定番の噂だ。 ルルナはカルの問に、こっくりと頷いた。コトコはつい、 「じゃあ、おじさんと知り合いなのも……?」 と言わずにいられなかった。事業主というだけでなく、昔の冒険者仲間とまでなったら太刀打ちが―――というのはともかく。そういう昔からの知り合いということなのだろうか。 そしてルルナは、それにも一つ頷いた。
「やっぱさ、だからだよな……で、ですなね? ぅえ……」 海賊生まれ海賊育ち山賊出、冒険者。そんなピジョンに丁寧な言葉使いは無理である。ルルナは少しも気にした様子もなく、 「いいのよ、言葉遣いなんて。だから、なぁに?」 ひょいと小首を傾げてピジョンを見上げる。 「お、おう。じゃあ、えっと、だ、だから、自分が冒険者だったから、テーケー? そういうの思いついたんじゃねえかなって」 「うん、そうね。でも……うん。あたし一人で思いついたことじゃ、ないかな」 そうしてルルナは、 「昔の冒険者ギルドとか、その頃のあたしとか、フィルとか、それにナガレね。そういうのに興味あったら、せっかくこんな若い子に囲まれてるんだもの。思い出話、しちゃおうかな」 どう? と聞かれて、ナガレ信者と言ってもいいカルとピジョンは頭がはずれて落ちるくらいの勢いで頷き、コトコはもう少し控えめに、しかし全身耳ダンボ状態で「ぜひ!!」オーラを放出。ジョアン、エレーヌ、エイセルスは、せっかくだから聞かせてほしいという真っ当な態度で、揃って耳を傾けた。
「あたしもね、たしかに元は冒険者だけど、でも、へっぽこもへっぽこ、ちょ~へっぽこで、どんなにがんばったって、Eランクに上がるのが精一杯だったの。どんなに教えてもらっても全然うまく戦えなくて。それに、たとえラットだって、なにかを殺すっていうのがどうしても怖くて、気持ち悪くてね」 ルルナは今でこそ大きな武具店の女主人で、夫がいて子供もいるし、大勢の従業員に囲まれてもいるが、その当時はひとりぼっちだった。そのわけを彼女は語らなかったが、ともかくなにかわけがあって、親も兄弟姉妹も友人もなく、着の身着のまま、所持金はほんの一握りでウルダハの冒険者ギルドに転がり込んだのである。 毎日毎日、おつかいのような簡単な仕事に朝から晩まで駆け回った。その大変さは、今の冒険者、コトコたちの比ではない。仕事にあぶれれば食べるものもままならず、バラック同然の共同アパートも家賃が払えなければ追い出される。互助の仕組みはあったものの今と比べれば質も量も半分以下で、しかも穴だらけ。Fランクの暮らしというのは本当にぎりぎり、まともな人の倍つらい思いをして、なんとか食いつないでいけるといったものだった。 他の皆は少しずつ力をつけて、普通の人では手に負えない仕事、つまり戦うことが必要になりそうな仕事を手がけられるようにと鍛錬して、上のランクへと上がっていく。だがルルナにはそれができなかった。 「あたしはほんとにどうしようもないへっぽこだったの」 パーティを組めば、一人ではできない仕事もこなせる。だが、剣術、格闘術、呪術と、ウルダハで加入できるすべてのギルドに入門してみても、どれも彼女にはうまくできないことばかりで、次第に誰も彼女を伴ってくれなくなった。ランクアップを目指す冒険者にとって、連れて行くとただ足手まといになるルルナはお呼びでなかったのだ。
できて間もない冒険者ギルドは、理念こそ立派だったが不備も多く荒っぽく、メンターはもちろんオフィサーもいないし、事務員すらろくな人数揃っていなかった。行き届かない部分があればそこはグレーゾーンになり、付け入る者、逃げ込んで利用する者が出る。冒険者の半数近くは、準犯罪者と言っても差し支えないような有り様だった。 当然ギルドの信用もなく、世間から信用される冒険者になるためには、とにかく実績を重ねて顔を売り、名を上げるしかなかった。 「だからみんな、必死に這い上がろうとしてたの。それなのに、連れて行っても役に立たないメンバーなんて、嫌よね」 「え、いや、それは……」 「ううん。上っ面で考えちゃダメ。ちゃんと考えてみて。いい? あなたたちは今、誰にも信用されないFランク冒険者よ。それで―――そうね。月に12000ギルは稼がないと、暮らしていけなかったら?」 「え? 12000……?」 「そう。12000ギル」 「それは……いや、ないですよね。だって、Fランクで、……あんなお小遣い稼ぎみたいな仕事で、月に12000なんて」 ジョアンが言うと、ルルナは一つ頷いた。
今のFランク冒険者なら、毎月2000ギルの互助金を納めることで、格安家賃の簡易アパートに入居でき、ギルドと提携する飲食店ならばたった20ギルでそれなりの食事ができる。装備の修理も格安で済むから、毎月5000ギルくらい稼げば、たとえ慎ましくても人間らしい暮らしが営める。 だがルルナが冒険者だった20数年前は、バラックのような小屋でもけっこうな額の家賃はとられるし、食事や修繕費などすべて自分持ち。キャリッジの割引などもない。ギルドの依頼管理も杜撰なため、依頼人が言いがかりをつけてきたせいで成功したはずの仕事が失敗扱いになり、違約金まで取られるといったこともざらにあった。 そんな中では、どう安くても月に12000ギルは稼がないと、それなりにすら暮らせなかったのだ。 「うわ……」 「そういう厳しい暮らし。だからお金がほしい。ランクを上げて少しでも稼ぎを増やしたい。そんな思いは、こういう言い方いかにもおばさんくさくてあれだけど、今の冒険者たちの比じゃなかったの。そこに役立たずがいて、そのせいで余計な苦労させられたのに報酬は分けないといけないのよ? 嫌でしょ?」 そう言われると、そんなことはないとは誰も言えなかった。 連れて行くと足を引っ張るだけのルルナは、今の冒険者たちには考えられないほど邪魔者扱いされるみそっかすだったのだ。
ルルナはあるとき、なんとかEランクになったのに、いきなりFランクに逆戻りした。ランクの判定、昇格降格、ランク維持の仕組みもまだまだ形成途上だったので、そういったことは実は珍しくなかったが、調べてほしいと頼んでも、結果はいつまでたっても届かなかった。 「そんな……」 エレーヌの声が少しばかりかすれ、震えている。そんな彼女にルルナは優しい目を向ける。 「でも、仕方ないのよ。……うん。あの頃でさえそう思ったわ。だって、ギルドも生まれたての赤ちゃんだったから」 これでいいはずだと、考え抜いて設立したには違いないが、発起人は熟練の傭兵ではあっても経営者や政治家ではなかった。考えたつもりでも、動き始めたら不備不足だらけ。発起人らがいるリムサ・ロミンサは、彼等の言葉が鶴の一声としてトラブルを解決したりもしたが、そういったリーダーのいないウルダハとグリダニアは、年長の子供すらおらず幼児だけで路頭にに放り出されたも同然だった。 大人に―――軍や職人ギルドのような、完成された組織に―――頼って、どうすればいいか教えてもらえば良かったのだろう。だがやはり冒険者ギルドはほんの子供だった。自分たちを顧みない連中に頼りたくないとか、自分たちだけでなんとかするとか、おかしな意地で自主独立を貫こうとした。 そして必死に、なんとか立ち上がろうともがいていた。ギルドに所属している冒険者であれば信用できる、そう思ってもらえるように。そして、後ろ盾のない者たちも、真面目に働く気があれば真っ当に生きていけるように、その足場になれるようにと、試行錯誤、苦闘の真っ只中にいたのだ。 ルルナを見舞ったリセットトラブルも、ポイント制の見直しなどに付随するものだったと思われる。待っても待っても連絡が来ないのも、目の前の大きなトラブルが優先で、後回しにされていたか、書類がどこかへ紛失してもう誰も覚えていなかったか。
なんにせよルルナは、他の被害者のように、なんとかしろとねじ込むようなことはしなかった。 「だって、ねえ。あたしみたいな役立たずじゃ、ギルドの信頼を築く助けになんかならないんだから。みんなみたいに、どうにかしろなんて言う権利もない。だからあたし、どうせあたしみたいなのは一生Fランクだから仕方ないやって、諦めることにした」 その寂しさが、今、なんとなくテーブルに漂っている。 「ルルナさん」 「でも、相手も大変なんだって分かってたって、悲しいのは悲しいわよね。ほんと惨めで情けなくて、悲しくって……。あたしこのままずーっと、一生こんなふうに、コマネズミみたいに走り回ってしか生きていけないのかなって、お先真っ暗だった。もしあのとき、こっちに来ればもう少しマシだぞって言われたら、相手が悪人だって分かっててもついていったわ。誰でもいい、あたしに優しくしてくれて、毎日ごはんが食べられるなら、って」 だが、ルルナに声をかけてきたのは、ナガレとフィルだった。
彼等は20歳そこそこの新米冒険者の中ではそれなりに目立つ存在だった。 ルルナも2人のことは知っていた。熱心な駆け出し冒険者は毎日ギルドに通うから、行けば見かけることがあるのは当然だったし、 「あの2人って、明らかに浮きまくってたから。みんなカリカリガツガツしてるのに、なんていうか……、うん、明るくってね」 2人連れ立って楽しそうに飯を食い酒を飲み仕事を探し、失敗の反省会や成功のお祝いをする。仕事、金、食い物、そして最低限の名誉……尊厳のために必死に稼ぐ連中が生み出す尖った空気の中で、同じ苦境にあるとは思えないほど明るく楽しそうだったのだ。 目立てば目をつけられもして、そのせいで絡まれることもあったようだが、それも彼等の調子を変えることはできなかった。 そんなふうに強くも明るくもなれないルルナには、年も立場もほとんど変わらないのにはるか遠くにあって、更に遠くまで走っていく、大きいけれど遠い遠い背中だった。 そんな有望な2人から、ルルナのようなみそっかすが声をかけられることなど、あるはずもなかった。 だが彼等は何故かある日、ルルナの暮らす部屋を訪ねてきたのだ。
「詳しくは聞いてないんだけど、―――なんて言うのかな。なんて言うか……」 とルルナは言葉を探して考える。やがて、 「可哀想だから手伝ってやるっていうんじゃなかったと思うの。あれからずっと付き合いがあるから分かるけど、たとえあたしが冒険者としては最低でも、ひとりぼっちは寂しいだろうから、友達になろうって、それだけだったんだと思うわ」 ラットすらまともに殺せないルルナを、ナガレは強引にケイブバット狩りに連れだした。逆らうことができず泣きたいような思いでついていったルルナは、また馬鹿にされ呆れられ、見捨てられるのだろうと思っていたが、ルルナが本当に戦えない、ファイアをきちんと扱うこともできないのだとその目で見ると、ナガレは 「よし! だったら、ヒーラーはどうだ!?」 と言ってきた。嘲るのでも呆れるのでもない、 「名案閃いたぜっていう顔でね」 面食らったルルナは、我に返ると必死に首を横に振った。仲間の命の鍵を握るのは、敵の注意を引き付けるタンクと、傷を癒やすヒーラーだ。その力が不十分だったり的確でなかったりすれば、あっさりとパーティが全滅する。そんな重責を背負うなんてことは到底できないし、ウルダハには回復魔法を教えてくれる幻術士ギルドの支部がなかった。 「そう。あの頃はなかったの。だから、本格的にヒーラーを目指したかったら、グリダニアに行くしかなかった」 けれどルルナにはグリダニアに戻りたくない理由があって、自分には絶対に無理だ、教えてくれる場所もないの一点張りで逃げようとした。 そのとき、 「だったら、俺が教えてやろうか。簡単なことしか無理だけどな」 それまではずっとナガレのするに任せていたフィルが、のんびりと割って入ってきた。
「ヒーラーがミスしたらそれきりみたいな、危険な仕事に行かなきゃいい。そうしたら、少しずつ練習できるだろ」 ルルナは、ナガレの強引さに怯えていた気持ち、今までの誰とも違う反応に面食らい戸惑っていた動揺が、ふっと解けるような心地がした。 「この人は、あたしがどんなへっぽこでも怒らずに教えてくれるんじゃないかって、そんな気がしたの」 言われてコトコはキツツキなみに頷きたいのを堪えた。 「それに、初めて言ってもらえた。生き物を殺すのが嫌なんだろって。そっちのほうが普通でまともなんだから、なにかを殺す技に長けてなくたって、別にいいじゃないかって」 ルルナはその日からようやく、冒険者として前に進めるようになった。助けてくれた、大きな二人と一緒に。 「フィルはあの頃から先生の素質あったわね。あたしがどうして、なにができないのか、あたしよりちゃんと見つけて、どうすればいいか一歩ずつ、ううん、それでも分からなかったら半歩ずつでも教えてくれるの。おかげであたしもなんとか2人の役に立てるようになった。それにナガレもね。ちょっと……ていうかめちゃくちゃかな、うん、とにかく強引なところはあるけど、あたしができなくて落ち込んでると、がんばれって、ほんと下手な慰めと応援だったけど、きっとできるって励ましてくれてね。あたしがほんの小さなことでもちゃんとできると、大喜びしてくれる。それが全然わざとらしくも嫌味でもなくって、あたし、もっとがんばろう、少しでも2人の役に立とうって思えて、うん、自分にできるかぎりがんばった。もちろんそれでも、まともなヒーラーにはなれなかったけどね」 最後の言葉は自虐だが、それをルルナは屈託もなく笑って言った。
フィルとナガレは自分に付き合って3年を無駄にした、と、ルルナは思っている。 あの2人が本気で上を目指せば、その3年で大きく高く飛べたはずだ。だが彼等はルルナとともにいることを選んだ。住処があって飯が食え、それなりに人に頼られて、生きていけるなら別にいいじゃないか。本気でそんなふうにのんびりと、彼等にとっては造作もない仕事に3年ばかりを費やした。 それでもやがてEランクからDランクへと彼等がステップアップしようとすると、ルルナでは絶対についていけなくなった。 だが、彼等とともに小さな仕事を真面目にがんばってきたことは、ルルナにとっても無駄ではなかった。 「護衛してあげたとある商人のおじさんが、あたしを雇ってくれたの。冒険者はやめてうちに来ないかってね。あたしびっくりして……。だって、あたしのこの名前、本名じゃないわ。家族もいないし、どこで生まれてなにをしてきたかも自己申告。それでもね、あたしが真面目な冒険者で、普通の人と少しも変わらないって、信じてくれる人ができたの」
ルルナは半信半疑だったが、少し我が儘だけど面白い、楽しい素敵なおじさんだなと感じたその人の申し出に、思い切って乗ることにした。 そして、何年も後になって知った。 「2人がお父さん……ケイマンさんにあたしを売り込んでくれてたのよ」 あの子は戦うのは下手だが、やりくり上手で、俺たちの装備の新調や修理に走り回ってくれている。俺たちが目先の得だけ見て飛びつこうとしても、ちょっと待ってと止めてくれる。男所帯だと大変でしょと掃除に来てくれたり、こまかいことにもよく気がついて、雑な俺たちを世話してくれる。 彼等は世間話のように話したが、老練なケイマン氏はそれを、拙いながらも一所懸命なアピールだと、簡単に見抜いていた。 ケイマン氏の養女になった後で、ルルナは懐かしい思い出としてそれを聞かされた。 「あの2人が心底気のいいお人好しで、おまえが優しいいい子だってのは、見ていればちゃんと分かったしな」 そしてルルナを雇ってくれたのだ。 商売人の補佐、商店や事務の手足としてルルナは抜群の才能を持っていた。小さな仕事でも丁寧に、けれど素早くこなす。自分の仕事のためになにかをするだけでなく、人が働きやすいようにと考える。誰かの苦手なところをフォローする。人を思いやり気遣い、元気づける。彼女の才能はそこにあったのだ。 そして、ケイマン氏の養女として職人の一人と結婚し、自分たちの店を持たせてもらった。それが今のルナクル武具店の始まりだった。
ルルナは雇い人の過去を気にしなかった。もちろんまともに働いてくれそうか調べはするし、働きが不誠実であれば解雇もある。けれど、真面目に一所懸命に働きたい、生きていきたいと望むなら、元が犯罪者だろうと構わなかった。 居場所がないこと、信じてもらえないこと、認めてもらえないこと、ひとりぼっちで寂しいことがどれほどつらいかを知っていたから、喜んで彼等の世話をし、相談に乗った。 彼等はルルナの信頼と思いやりに応えるために熱心に働き、同じように困窮している、しかし信用のできる仲間を連れて来ることもあった。 やがてそれがルルナの悩みの種になった。 雇ってあげたい。だが今の店ではこれ以上の人件費はかけられない。人を多く雇うにはもっと多く儲ける必要があり、そのためにはもっと多くの顧客を得なければならない。そのため戦争に加担する商会もあるが、ルルナは絶対にそれは嫌だった。
ルルナが冒険者ギルドとの提携を思いついたのは、そのときだった。 ぼろぼろの装備を買い換えるか、直すか、それともこのまま仕事に行くか。ナガレとフィルもよく悩んでいた。ルルナはせめて自分にできることはと、うまく戦えない分走り回って少しでも安い店や良い店を探し、セールの話を聞き漏らすまいとしていた。 そんな冒険者の装備を、通常の武具店に出すよりも安く修理してあげることができれば、彼等は助かるし、自分たちには小口ではあるが大量の顧客ができることになる。儲かれば、その分多くの人を雇うこともできる。 このアイディアにケイマン氏がゴーサインを出した。 狙いは大当たりした。 ルナクル武具店は、母体であるケイマン商会の後押しで急遽経営拡張することになった。更に一年もしないうちに2店舗目の話が出た。もちろん雇用も拡大し、三年目には3店舗目。 雇ってほしいと志願してくる中には、怪我などで引退し職人になっていた元冒険者も多く、彼等の実体験に基づく意見は、店にとっても客にとっても大いに役立った。 そして今のルナクル武具店があるのである。
「だから―――ね。分かるでしょ? 冒険者ギルドとの提携を思いついたのはたしかにあたしよ。でも、あの2人がいなかったら、そもそも今のあたしがいない。それにもしなにか他の事情で冒険者から抜けだして、こんなふうになれたとしても、思いつかなかったと思う。……うん。だってあの2人がいなかったら、あたしにとって冒険者は、怖くて冷たくて勝手な人の集まりだもの。装備のことで困っているところを思い出すなんてなかったし、たとえ思い出したって、助けてあげたいなんて絶対思わなかった」
ルルナの話は終わった。 真剣に聞き入っていたコトコは、いろんな思いに胸が満たされていた。 若い頃から素敵だったおじさん(それが第一番)、今でこそ大きな武具店のオーナーでも、悲しくてつらくて寂しい思いをしていた若いルルナへの同情、今とは比べ物にならないほど大変な中から、今のギルドを作り上げてれたのは、そういう先輩たちなのだということ。 「オレら、すっげぇ恵まれてたんだな。それなのに、あーだこーだ我が儘言ったりしてよ」 ピジョンがぽつりと言う。するとルルナは首を横に振り、 「そんなふうに考えてほしくて苦労話をしたんじゃないわ。あたしはただ、……うん、そうね。そりゃ大変だったけど、その中であの2人に出会えたことは、大変も苦労も全部帳消しにしてお釣りがくるくらい最高のことだもの。でもほら、それがどんなに最高で素敵だったかは、苦労の部分がわからないとピンと来ないでしょ? あたしは、―――うふふ。自慢話かな、これ」 (クッ……言われてみたら、ほんそれ……!!) まさかルルナも、そんなところで心底同意されているとは思ってもいまい……。