ルルナ・ルナと冒険者たち 04

 カルとホワイト・ピジョンは、ナガレ信者である。  ナガレ本人がどう思っているかはともかく、ウルダハの若手冒険者には、そういう”宗派”がある。  それは今日初めて会ったルルナにも一目瞭然だろう。 「やっぱナガレさんて、こう、周りを力づける人なんだよ」  とカルは興奮している。  そのナガレはドマの反乱に際して帰郷し、故国の独立に力を貸していたらしい。コトコは、名前からして東国にゆかりのある人なのだろうとは分かっても、まさか同郷人だとは思わなかったから、フィルからそれを聞いたときにはずいぶんびっくりした。  コトコもナガレという壮年のハイランダーを知ってはいる。フィルとともにいるときに、いくらか話しかけられたこともある。その戦いぶりを目にしたことも。そして、”ウルダハの戦神”とまで呼ばれる、屈強の戦士、Aランク冒険者であることは、周知の事実だった。  だがこうしてルルナから話を聞くと、その人柄がよく分かる。豪放磊落、という言葉がそのまま当てはまり、 (”快男児”っていうのもぴったりかも)  共用語でどう翻訳するのか分からない、国の言葉が脳裏をよぎる。

 カルがそうやってナガレばかり持ち上げたせいだろう。同じ……ではないが、呪術師というところから、エイセルスが対抗してきた。彼は、ザザ信者、らしい。  ”黒天翁”と二つ名される黒魔道士ザザ。黒魔法の破壊力もさることながら、冷静沈着で、博識。ララフェルだとコトコから見るとみんな「可愛い」になってしまうのだが、同種族の女性からすると、彼は抜群にクールでスマートでかっこいいらしい。コトコにも、立ち居振る舞いのかっこよさは分かる。ただしそれでもどうしても可愛いけれど。  ともかく、ナガレの話題になり、対抗するようにザザの名が出れば、あとはもうお決まりの展開だ。  いつの間にか話は、「ウルダハ最強の冒険者は誰か!?」になっていた。今まであちこちで、何度も何度も取り上げられてきたテッパンの話題である。

 純粋に戦闘力だけならば、間違いなく”剣豪”テッセンだと誰もが言う。  アウラ・ゼラの侍テッセンは、Cランク冒険者なら八人でやっとどうにかできるかというドルムキマイラを、たった一人、しかも一刀のもとに仕留めた大剣豪である。Bランクのトップで、どんな相手も一人で片付けて帰ってくる。抜手も見せない一閃は空を裂き、飛ぶ相手も容易く落とす。ウルダハのみならず、エオルゼア、いや世界でも最強の座を争うだろう。  右の顔の鱗だけが剥がれて傷跡になった、いぶし銀のアウラ・ゼラ。  コトコからしたら、東国出身ということでなんとない親近感があるのと、時々フィルと話し込んでいるのを見かけるため、”裏山”相手の一人である。

 もしその戦闘力に対抗できるとしたら、ザザの他にいない。巨大な鉄扉さえ容易に溶かし、絞り込んだファイアが軽々と岩を貫通する。テッセンと直接戦えば、たとえ詠唱なしの最大の一撃でも、それをテッセンが流してしまったらもう勝ち目はない。だがザザは頭脳明晰な策士でもあった。無策で正面からぶつかることなどないだろう。 「ただ強いだけならテッセンさんだろうが、実際戦ったらやっぱりザザさんに決まってる」  エイセルスはそう言って譲らない。  それに噛みつくのはカルとピジョンだ。  そこまで突出した戦闘力はなくても、それを他の能力で補う者なら、場合によっては彼等よりも強い。限界ぎりぎりのの苦境に立てば、テッセンやザザでは、なまじ強いだけに諦めるしかないと思うこともあるかもしれない。だが”戦神”ナガレは違う。彼はどんな危機にあっても膝を折らない。顔を下げない。大胆不敵に笑って、最後の最後まで戦い続けるに決まっている。そしてその姿に勇を奮い起こされる者がいる。絶望に瀕したパーティにおいて、ナガレがそれでも最前線で戦い、自分たちを守ってくれるなら、まだ希望はある、負けるものかと立ち上がることができる。そんな男だ。 「パーティ戦になったらよ、やっぱナガレさんだよ。俺、一度でいいから一緒に戦ってみてぇんだよな」 「ちょっと待ってくれよ。パーティを組んでもいいっていうなら、”金眼”の2人だって」  今この場でも、さっそくわいわいと盛り上がりはじめた。

 コトコは、不満である。  自分の”推し”を持ち出せないから、不満である。 (おじさんだって……おじさんだってすごいもん……)  なにがどうかはともかく、すごいのだ。なにせ社長さんだし。(冒険者に関係ない) 一対一ではどうだとか、パーティでならとか、しまいにはパワーならどうだ、知力ならどうだとか言うなら、さっきルルナが話していたように、誰かを教え導くという強さだって、俎上に乗せていいのではないだろうか。だったら間違いなく(コトコの中では)フィルが一番に決まっている。  しかしさすがにそれは、今この場の話題からズレているのは分かるので、むっくり黙っていた。そして仲間たちも、コトコが誰を推したいのかは知っているので、わざわざ振りもしない。そして、誰を推したいかを知っていて振ってくれないのだから、やはり彼等の中では、フィルは「最強決定戦」のエントリー選手ではないのである。

 話はいつの間にか、グリダニアやリムサ・ロミンサの豪傑にまで広がっている。二つ名のあるような冒険者は、それぞれの国の自慢の種だ。もし今ここに2国の冒険者がいれば、話題はもっと白熱しただろう。  誰が一番強いかというだけでなく、誰が一番好きかという話なら、 「私はさ、憧れるって言ったら、やっぱりイリスさんかな」  エレーヌが言う。幻術の本場、グリダニアで最高と呼ばれる白魔道士だ。エレーヌと同じシェーダー、そしてヒーラー。“夜光花”、あるいは"白婦人"と呼ばれ、蘇生魔法も難なく使いこなす。エレーヌは昇格試験の際、間近で彼女の魔法を見ている。自分では命を振り絞るようにしてもどうにもならなかった瀕死の相手を、イリスは汗一つかかずに癒やしてしまった。 「ヒーラーとして、なんかじゃないよ。憧れたって届くわけないし。ただ、なんていうかすっごく綺麗で、優しくて……ほんと女神様みたいだったんだよね」 「分かる!! イリス様は神々しい!!」 「エ、エイス? あんた……」 「一応俺、元はグリダニアにいたからな。なんかもう、すれ違うとふわっといい匂いしてな」  コトコも、たしかに女神様みたいに綺麗な人だったなと思い出せた。  そして、誰強かではなく、誰推しかの話なら、コトコにも、 「コッコはおじさん一択だよね」  と話が振られてくる。それをルルナの前で言わないでほしかったが、仕方ない。 「だっておじさん……頭いいし、教え上手だし……」  コトコ目線では素敵なところは山ほど挙げられるが、言っても同意はしてもらえないのだ。そう思うと、せっせと話に乗って熱弁する気迫は出てこなかった。

 弱いくせに酒好きなピジョンと、雰囲気ですら酔ってしまうほど弱いらしいジョアンが潰れた。  カルは明日朝一から仕事だからと早めに帰り、エレーヌとエイセルスは次の仕事の打ち合わせ。  コトコは喧騒から解放されて、ほっとお茶を飲む。  そして、残っていたルルナに、 「コトコちゃんは、フィルが好きなのね」  そのものズバリを真っ向からドストレートに言われて、喜劇でしか見ないと思っていたお茶吹きを素で実行した。 「そ、そり、それ、そりは……っ」 「おばちゃんに恋の隠しごとできると思っちゃダメよ? この間会ったときからピンときてたもの」 「で、でも、だって、おじさん優しいし、物知りだし……、あっ、でもそんな、彼女とかそういうのは、私そんな……!!」 「うんうん、おちけつ、おちけつ」  おしぼりでテーブルを軽く吹きながら、ルルナはわざとらしくしかつめらしい顔でこっくりこっくり頭を縦に振る。それには、 「……はい……好きです……」  と自白しないといけないようななにかがあった。

 だからどう、という話になったら、コトコはいたたまれなかっただろう。ルルナには、それくらいのことは分かっていたに違いない。彼女が言い出したのは、 「だったら今の話、聞いててすっごい不満だったよね」  で、コトコは素直に大きく頷いたし、 「実は、あたしも」  そう言われて、途端にルルナに極大の親近感を覚えた。  ルルナは小さな溜め息とともに、テーブルにちょこんと頬杖をつく。 「分かるわよ。テッセンさんはほんとに強いし、ナガレがやる気になったらみんなを引っ張っていっちゃうのもほんとだし。ザザさんは……あんまり関わったことないからなんとも言えないけど、でも呪術師ギルドのあるウルダハで、黒魔法の第一人者って認められてるくらいだもの」  しかしそこまで言うと、コトコに目線を寄越して、 「でもみんな、分かってない」  にっと悪戯げに笑った。  どうしたのかとコトコが少し首を傾げる。するとルルナは、 「だって―――ねえ。テッセンさんは最強の刃よね。ザザさんは最強の魔法。ナガレは最強の盾……斧だとして、ウルダハの人じゃないけど、イリスさんはたぶん、最強の癒やし手よね」  ルルナが挙げた4つの名前、そのうちの3つは、たまたまだろう。だがその3つが並んだ途端、コトコは急にある日の光景を思い出した。

 あの日、Dランクへの昇格試験のとき。  苦戦し、苦労したけれど、皆でがんばって達成できた喜びを、一瞬にして絶望に変えた三つ首の化物。  幸いにも、たまたま帰途にあったAランクの冒険者パーティに行きあえて、彼等があっさりと倒してしまった。  そのときそこにいたのが、戦士のナガレ、黒魔導師のザザ、そして白魔道士のイリスと―――軍学者のフィルだ。  あれは凄まじい経験だった。畏敬を集めるようなAランクの冒険者がどれほどの存在なのか、はからずも間近で体感した。  ナガレの放つ戦気は、離れた場所にいた、敵ではないコトコさえ一瞬で圧し、怖くて動けなくするほどのものだった。そんな恐ろしさをぶつけられれば、どんな敵もナガレを最も危険な相手だと感じ、他のことなど眼中になくなってしまう。それに、無造作で無謀にも見える猛攻だったが、彼は手傷の一つも負わなかった。  ザザの黒魔法は、練り込み絞り込めば、ファイアがファイガの威力を越える。であれば大岩ほどもある火球、大魔法は、魔法耐性があるはずの相手を焼き尽くした。  イリスはその魔法と医術で、瀕死の者さえ助けてしまった。莫大なエーテルを分け与え、それを相手の負担にならないよう活性化させ、適切に行き渡らせる。それだけのことをすれば並みの術者は昏倒寸前になるだろうに、彼女は少しも変わらず平然としていた。  彼等のそういった圧倒的な”強さ”に比べると、同行していたフィルは、いつ、なにをしたのかさえ分からない。幻術とは異なるヒーラーである学者は、数が少ないため直接見ることがほとんどなく、共に戦ったこともないが、空を覆った雷撃を防いだのがたぶん彼の力なのだろう。

 だとすれば、最強と呼ばれる者たちとともにいるフィルは、ともすると自分たちが感じるよりずっと強いのではないだろうか。ともすると、いつもの最強談話に名前が出てもいいほどに?  コトコはそう思った。  だがルルナの答えは違っていた。合ってはいたが、違っていた。  彼女はくすくすと面白そうに笑い、こう言った。 「みんなすっごい人たち。でも……、ねぇ? ―――フィルが一言、”手を貸してくれ”って言ったら、そんな皆が喜んですっ飛んで来るのよ? いったい誰が勝てるの、そんな人に?」

 ギルドの片隅で、テッセンとともに無口に飲んでいる。  ナガレと軽口を叩きながら、楽しそうに笑っている。  あのクールなザザが、当然のように膝に飛び乗って腰掛ける。  だが同じように見かけるだろうか? テッセンとザザ、ナガレもウルダハをホームとして長く活動しているしそれぞれに戦友だろうが、時間を忘れたように長く語らっている姿を見たことがあるだろうか。なんでもないのに隣にいて時間を過ごすようなことがあるだろうか。  皆、「フィルといる」のだ。  そしてルルナも。  手を貸してほしいと言われて彼女は、喜んでとセールを行った。危険な戦いに行くと聞いたら、たとえ頼まれずとも、用意できる最高の武具を持って駆けつけてくるのだろう。  海賊という言葉をそのまま形にしたような巨漢が、会えて嬉しくてたまらないといった様子で肩を組んでいたこともある。隻眼のエレゼン紳士が、抱きつかんばかりに腕を広げて迎える姿を見たこともある。コトコが知らない人も含め、そんな人たちがあちこちに、たくさんいるのだとしたら……。 「フィル自身がどれくらい強いのかなんて、へっぽこな私にはよく分からない。でもそれをゼロにしたって、ウルダハ最強は、絶対フィルよ」  最強の刃を持ち斧を手に、盾を構え弓を掲げ、様々な魔法を備える。たしかにそれは、どんな誰にも勝てない、まさしく最強の存在だった。

 だが同時にそれは、最強候補に名前を挙げては、最もアンフェアな最強でもあった。自分以外の手をどれだけ借りてもいいとなったら、強い知人友人が多いほうが有利になって、めちゃくちゃになってしまう。(だったら国軍を動かせる人間が一番強いに決まってる)  それになにより、フィルの力は争う力ではないのだ。他愛もない一番選手権だろうと、争うためその力があるわけではない。 (おじさんがこんな話聞いたら……)  自分の名前が出てこなくても、少しも気にしないのだろう。事実最強はテッセンやザザ、ナガレだろうと思って、……友達がそんなふうに誰かから憧れられるのを、嬉しそうに見ているに違いない。もしコトコが無理に名前を持ちだしても、 「おいおい、よしてくれ」  そう言うだけのような気がする。

「でもこれは、あたしたちだけの秘密」  ルルナもそう思っているのだろう。  コトコも、ルルナと秘密を共有して満足することにした。