老人と犬、そして鰐 04
「あの、おじさん。赤鰐さんとは、お友達なんですか?」 コトコが問うと、フィルは軽く目を見開いた。何故か驚いたようだ。それはどうやら、 「友達、なぁ」 その言葉で表現されるとは思ってもみなかったし、そういう関係性ではまったくないからなのだろう。 詮索好きな奴だと厄介がられたくはないが、知れることなら知りたい。「話す筋合いのないことなら話してくれなくてもいいけれど」という遠慮混じりに見上げていると、 「まあ、どうして俺がリムサの海……元海賊か。そいつと知り合いなのか、気にはなるよな」 そのとおりだ。フィルは冒険者という少しばかり山師的な仕事もしているが、本業は事業主だし、なにより海賊だの山賊だのといった悪党と仲良くするような人間には思えない。
ウルダハを出る前に、「リムサで困ったことがあったらまずバルクの名前を、それでも埒が明きそうにないなら赤鰐の名前を出せ」と言われたが、あのときには「なんだかすごい人なのだろう」くらいにしか思わなかった。 しかしこの一件が起きて知った。赤鰐は、今から20年以上、30年近く前のことにはなるが、リムサ・ロミンサで海賊たちにすら恐れられた海賊だった。一般市民からならばともかく、海賊から恐れられたと言われるのだからよほどに凶悪、そして強いのだろう。実際、鬱陶しいハエを追うくらいの無造作さで、彼等は病犬一家を皆殺しにした。 蹂躙し、駆逐する。そういう戦い方だ。至近距離から銃で頭を吹き飛ばし、建物ごと大砲で破壊した上に火をかけ、逃げ出してきた火だるまの影を叩き斬る。そこにはどんな躊躇も容赦もなかった。
そんな物騒な相手と、何故フィルは親しいのだろうか。 フィルはそれについて、懐かしそうに、ゆっくりと話し始めた。 「俺が生まれ故郷を出てきたとき、たしかまだ16かそこらだな。俺の故郷ってのはかなり特殊な、辺境のド田舎もいいところで、そこで生まれ育った俺はとんだ世間知らずだった。トロくさそうな田舎者が、善良な市民より海賊のほうが多いなんて言われるリムサ・ロミンサにのこのこ出てきたんだ」 あっという間に目をつけられ騙され、労働力、つまりは奴隷として売られそうになった。だがその人買い船を、たまたまブランのいた海賊が襲ったのである。
「当時のキャプテンは親父さんだ」 赤鯱(シャチ)と呼ばれる連中だった。彼等は比較的まっとうな海賊で、抵抗しない者を殺したり女を浚って犯したりといったことはせず、船員や乗客を身ぐるみ剥ぐということもない。だが決して義賊などではないし、出会ってもマシな海賊というわけでもない。抵抗すれば一切の情け容赦なく、10かそこらの子供だろうと海に放り投げる残酷さも持ち合わせていた。 襲った船がただの商船ではなく奴隷船となると、当然戦いになる。総出で抵抗してくる船員や用心棒を皆殺しにした後で、赤鯱は積荷が"人"だと知って頭を抱えた。人間は戦利品には向かない。かさばるうえに買い手も限られ、しかも飲み食いするからである。 赤鯱は、自分なりの節度、ルールはあったとしても、どこまでも海賊だった。使える奴は自分の手下にして船に乗せてやってもいいが、それ以外は置き去りにする気でいた。
海賊にとって有用なのは、戦える者と船の仕事ができる者だ。 「そんな話を目の前でされてな。捕まってた連中、俺も含めてぞっとしたよ」 真っ先に船員として働いたことがある者が二人、自分は操舵士だった、弱小とはいえ海賊の一員だったと食いついた。それを皮切りに、多少でも船の経験がある者は前に出、戦える者は腕を売ろうとし、そしてどちらでもない者は絶望した。 船に詳しい者がある程度の人数いなくては、この規模の船は動かせない。陸地の見えない場所に置き去りにされては、漂流するうちに餓死するだけだ。他の船が通りかかればいいが、奴隷を乗せた船がまともな航路を使ったとは限らない。 フィルは故郷で鍛えられていたせいで、実戦経験は乏しくてもそれなりにくらいは戦えた。だが、死にたくないからといって海賊の手下になっていいのかということと、“役立たず"たちの絶望に当てられて戸惑い、名乗りを上げられなかった。なにせまだ16の小僧だったのだ。 「そのときだ。俺と変わらないくらいの年の奴が赤鯱の後ろから、船乗りなんかこれ以上いらんと言った。それがあいつだ」
同い年か少し上くらいに見えるその少年、こき使われる立場に違いのない若造が、ふてぶてしくも堂々と、海賊の頭目に向かって意見した。むしろ今ほしいのは戦える奴と医者、コック、それから掃除や修繕をやらせられる雑用係だ、と。 赤鯱の目は、生意気な小僧に腹を立てる、という程度ではないほど憎々しげに少年を睨んでいたが、当の本人はそんなものをまるきり感じている様子もなかった。 少年の案はこうだ。『船を動かせる者をこっちの船に残して手近な港に向かわせる。人手が足りないなら自分たちの船から船員をつけてもいい。そうして無事に陸に返してやる代わりに、いつか俺たちが必要としたら、そのときに借りを返せ』。 赤鯱は、どう思ったかは知らないが、不機嫌にその提案を採用した。 そして、腕力体力に優れた若いルガディンの男であるフィルは、雑用係として海賊船に乗せられ、とりあえず奴隷として売られることも、漂流の果てに死ぬことも免れたのだった。
「お優しいなんて勘違いするなよ。あいつの取捨選択には拒否権なしだ。一人でも拒んだら、船を動かせる奴はこの場で殺し、全員置き去りにすると来た」 つまり、おまえは来い、おまえは残れと言われたら、その通りにするか、それとも全滅かだ。 それに、後になって知った。天才的な頭脳を持つその少年は、数十人いた奴隷たちの顔と、目録から分かる名前、出自などを一つ残らず覚えており、あの日からであれば五年ほどした後になって、「あのときの借りを返せ」と実際に何人かに要求したのだ。その取り立ては容赦なく、拒めば略奪あるいは死だった。 だが律儀に資金を用立てたり、あるいは求められた手伝いをした者は、それで貸し借りなしだと解放されてもいる。 血も涙もないと思えるほどの冷酷と、合理的で現実的だからこその猶予を併せ持つ、 「ブランスウェルドってのは、そういう奴だよ」
ブランスウェルドは赤鯱の実の息子だったが、その父親に睨まれている、むしろ憎まれているように見えることについては、手下になって間もなく、フィルにも理解できた。 ブランスウェルドは抜群に頭がいいのだ。そのせいで父親よりはるかに効率のいい道を見つけ出す。船と海について詳しいにはもちろん、通じる程度ではあるが10ヶ国以上の言葉を話し、天文、地理、歴史、数学魔法学生物学、学べるもので学ぶ機会のあったものはすべて学んだだけ学んだ分以上身につけていた。 そして、その気になれば実の父親を腕ずくで捻じ伏せて、船を乗っ取ることもできるのだ。 その自信があるから、文句があるなら力ずくでやりあうか? と言わんばかりに堂々と正面から意見するのである。もちろん普段はわざわざ逆らったりしないものの、赤鯱の内心は忸怩たるものだっただろう。
ともあれフィルはそんな形でブランスウェルドと知り合い、1年半ばかりのことだが海賊船に乗っていた。年が近かったせいか、ブランスウェルドはフィルによく構ってきて、雑用を押し付けるために拾っておきながら、自分もその雑用を一緒にやりながら無駄話をする、ということもよくあった。 田舎というより辺境出で世間知らずだったフィルは、そんな雑談を通して世の中というものを垣間見た。 一年半でフィルが海賊から足を洗えたのは、赤鯱とブランスウェルドとの確執が大きくなったからだ。その結果ブランスウェルドは父親と縁を切り、赤鯱一家を抜けて船を降りた。そのときおよそ3分の1ほどの数、赤鯱の海賊たちを引き連れて行った。フィルも巻き込まれる形でその中にいた。 「それであいつは、俺みたいに海賊になりたくてなったわけじゃない連中を全員解放した」 同じ人買い船から雑用係やコックにされた者もいたし、それ以前以後になんらかの事情で無理やり引き込まれた者たちもいた。 「古い海賊である親父さんは、足抜けの代償として必ず命を狙ってくる。そんなものに選んで海賊になったわけじゃないヘタレどもを突き合わせる気はない、てな」 助けてやった分の貸しは船での働きで返したろうし、おまえたちはもうこれで自由だと言って、そしてその僅か半月後、 「半月したかどうかの内だと、後になって聞いたんだがな。親子喧嘩の前に、赤鯱は殺された」
ブランスウェルドとともに大勢の手下が消えて弱体化した赤鯱一家を、3つの海賊団が結託し、狡猾な罠に陥れた。狙いは赤鯱が隠し持っているという古代の秘宝と、それを隠したと噂される島そのもので、赤鯱は凄惨な拷問の末に殺された。手下たちの大半は薄情にもさっさと逃げたか殺されたが、二人だけ、命からがら逃げてきてブランスウェルドにそれを伝えたのだ。 愛情の通った親子とは言えずとも、ブランスウェルドはやり口を聞いてその汚さに激怒した。そして、僅かとしか言いようのない手勢だけで、父親の仇である海賊たちを皆殺しにした。 ブランスウェルドの名がリムサ・ロミンサに広まるのは一瞬だった。 10倍はあったとされる人数的な不利。まともな船もなく大砲の一つもない。にも関わらず帰ってこなかったのは、仇と狙われた者たちだった。誰一人だ。ただ、潮の関係である日、小さな湾に船の残骸と大量の死体が流れ着いた。それが彼等の末路だった。 父親は、鮫を自称する海賊たちとさほど変わらず、鯱なんて名乗るのはただの虚仮威しだとよく笑われた。だがブランスウェルドは、獰猛で残虐極まりない"鰐(モンスター)“として恐れられた。
今でも赤鰐はそのイメージとともに語られ、恐れられている。 だがフィルは言う。 「あいつの一番ヤバいところは、頭の良さだ」 だから彼は今、表向きには海賊ではなく、リムサ・ロミンサ屈指の貿易会社のCEOを務めている。
リムサ・ロミンサは20年ほど前、蛮神リヴァイアサンの脅威に晒されていた。そして、シルバーサンドという大きな海賊団がその波に飲まれて荒れた。 カリスマのあるキャプテンがテンパードにされ、その娘に命を奪われたのだ。元に戻す方法はなく、愛する父親にこれ以上の汚名を着せないための苦渋の決断だっただろう。 強いトップを失った商売仇を他の海賊が黙って見過ごすわけがない。小娘というほど若くはなくとも、30にはまだ遠い娘が跡目を継いだのだ。財産、船、人力、何もかもを削ぎ取り奪うチャンスだった。 それを硬い結束でしのぎきり、キャプテンとしての力を示した女のことは、リムサ・ロミンサの住民の間でよく知られている。エオルゼアにおいても、その事件のことは知らなくとも、メルウィブ・ブルーフィスウィンという名前ならば誰もが知っているだろう。
ブランスウェルドが海賊をやめたのは、そんな出来事のすぐ後だ。 「潮目が変わる、と言ったそうだ」 そしてあっさりと船を降りた。手下に止めようはない。赤鰐に逆らえば食い殺される。不満があるなら彼に勝つか、さもなければ出て行くことだ。 ブランスウェルドは今まで奪い溜めた財宝や貴金属をすべて換金すると、全資産の半分を自分の取り分とし、残り半分を手下たちに分配し海賊団を解散した。そして彼は、潤沢な資金を元に貿易会社を興した。そのときには既に、有力な取引先や商品の目星はすべてついていて、事業は呆気無く軌道に乗った。 それは、すさまじいと言っていい先見の明だった。
「海賊たちの頭目がそれぞれどんな人柄か、普段どんなことを口にしているか、手下をどう扱っているか、ブランは全部知っていた。それで、父親に代わってシルバーサンドを継いだ"お嬢"がこの先なにを目指しどう動くか、実際に動き出すより5年も前にもう見抜いてたんだ」 いつまでも海賊国家ではいられない。時代は、他国との協調、協力なしに繁栄はありえない方へと流れている。ブランスウェルドはまずそのことに気付き、海賊をやめる準備をしはじめた。 しかし、誰かが立ち上がらなければ、惰性の渦からは抜け出せない。そしてブランスウェルドは、その誰かがシルバーサンドの娘と、父親の代から彼等と親交のある"霧髭"だと見極めた。 それを確信したと同時に彼は海賊をやめ、財宝をすべて現金化した。おかげでブランスウェルドは"莫大な"資金を得、かつ、たったの1ギルも国に"奪われ"ずに済んだのである。
「え? どういう、ことですか?」 「海賊稼業で集めた財宝なんてものは、他国や善良な市民から奪った不正な財産だ。もし近隣諸国の国宝なんてものがあれば、国交回復のために返還する必要もあるよな」 リムサ・ロミンサは、海賊たちの"不正な"財産をしかるべき相手に返還して謝意と誠意を表し、あるいは国のものとして没収し、“不正ではない資産"に応じた税金を国の港を利用するすべての者たち、これまでは見ないふりをしていた海賊たちからも徴収すると決めた。 それを抜き打ちで実行すれば、どんな海賊も黙っていないのは明白である。そのため数年の期限を設けた。 希少な宝物を、自らの意思と手で正式な持ち主へ返還すれば、その分は当然資産額から引かれる。すなわちかけられる税金が安くなるし、国交の回復、諸国との平和的な共存に貢献してくれたとして、それなりの褒章が与えられる。 だがほとんどの海賊はこう考えた。目立つもの、有名なものはこの際返すしかない。こまかいものは諦めて申告しよう。その代わり、上の下、あるいは中の上といったものは、見つからないように隠してしまえば、“持っていない"のと同じだ、と。 また、ウルダハの国宝だろうとアラグの遺物だろうと、国にどうこうされる前に好事家に売り払って現金化してしまえば、物自体よりずっと誤魔化しがきく。なにせ金は金、混ぜてしまえば見分けはつかない。 ―――等々、その数年のリムサ・ロミンサは財産隠しや処分のため、嵐のようだった。
だが、新提督は彼女自身が生粋の海賊だったのだ。その程度の小細工はすべて見越していた。数年間もうけた執行猶予が過ぎた後で、メルウィブは隠し財宝をいくつも摘発しはじめた。 そうなって海賊たちは、罠にかけられたことに気付いたが、もう遅かった。資産はすべて申告したという建前上、そうやって発見された財宝は"持ち主のいないもの”、すなわちすべてたまたま発見された宝物として国のものされたのだ。
また、その数年の間、大勢が一度に財宝や貴金属を現金化しようと売却を試みたものだから、一日で半値になるような大暴落も頻繁に起こった。 だがブランスウェルドは、その10年近くも前に、不正な財産はすべて現金化し、それを元手にしたクリーンな商売を始めていた。財宝を処分して手に入れたグレーな金は、まっとうな貿易業の中でいくつもの外貨を経て循環させ、誰にもどんな文句もつけられない真っ白な、れっきとした会社の、自己の資産としてしまったのだ。 「そうだな。もし当時、ブランが5000万相当の財宝の現金化に成功したとして、10年後では同じだけの財宝が50万ギルにしかならなかったって感じだ」 それが"莫大な"資産であり、“不正な財産として、あるいは誰のものでもないものとして摘発され国に奪われた"ものは一切なかったという種明かしである。
「ひ、ぇ……」 「そもそもで言えば、親父さんと袂を分かったときからもう、遠からず海賊の時代は終わると見越してたんだろうな。だから奪うよりコネと貸しを作った。物騒な方法で取り立てた相手もいるにはいるが、大半はちょっとした弱みや恩として、まともな会社をやるときの足がかりになったはずだ」 自分には1年先のこともよく分からないのに、10年先を見るなんて到底想像もできないとコトコは感心する。 だがそんな桁外れの人間だからこそ、法治国家となったリムサ・ロミンサで、依然として赤鰐の名をもって恐れられ、法を踏み越えることを黙認させる力があるのだろう。