カルたちとの出会い 01

「うわっ、こりゃ駄目だね」  ギルドのドアを開けた途端、コトコはついそう口走った。8時まであと5分というフロアには、既に大勢の冒険者が集まっている。これではいい仕事にありつけそうもなかった。  昨日のうちに届いた依頼が貼りだされる時刻、それが8時だ。緊急性の高いものは深夜だろうと受理次第即時だが、一般的な依頼の開示は8時がスタートラインで、少しでも割のいい仕事、面白みのある仕事、やり甲斐のある仕事がほしいと思う冒険者は、朝イチの更新を逃さない。今すぐにでも出かけられるような身支度をした"若い"冒険者がギルドに詰め掛けている。  とっくに食事も済ませ、彼等は貼りだしを待って掲示板を半円形に囲んでいる。今更そこにコトコたちの入る隙間はない。 「だから今更慌てたって仕方ないって言ったでしょ? 先にごはん食べるわよ」  まだ眠たげな目でエレーヌが呟く。やれやれと、コトコは小さく笑った。

 そんな台詞は何度聞いただろう。だがまあいいかとコトコは思う。早く上に行きたいとか、楽な暮らしがしたいという強い思いはない。なにせエオルゼアは、コトコが20年といくらか過ごしてきたドマに比べれば、毎日が明るく平穏である。たとえ経済的にはやや厳しめでも、ドマでのあの精神的な窮屈さに比べればはるかに気楽だった。  金銭に関しても、確かに楽ではないし、贅沢をする余地はない。だが、ランクに応じて徴収される納入金は、ギルドの維持運営だけでなく登録冒険者の暮らしを支えるためにも使われていて、住居は冒険者用の集合宿舎があって普通の賃貸より安いし、食事はギルドの酒場で日替わりのセットが30ギルから50ギルで食べられる。契約店であれば格安で武具を修繕してもらえ、購入も割引がきくため、普段着はともかく装備品についてはしっかりと仕事をしていれば心配はない。  理不尽に奪われたり壊されたりすることがない、というだけでも今のコトコには十分だった。

 壁際の落ち着けそうな場所は埋まっていたため、掲示板傍のテーブルについた。途端に背後がどっと騒がしくなる。8時になったのだ。  「依頼用紙を取った者に引き受ける権利と責任がある」というシステムのため、相棒や仲間ととろとろ相談している暇はない。その点はソロの冒険者が素早いが、1人で引き受けるリスクや限界はある。複数人からなるパーテイは仲間内での相談が必要で、どうしても個人には遅れるものの、その分選択肢は広い。  さっと離れていくのはソロ、あるいはせいぜいでペアの冒険者か、パーティを代表して1人で仕事を取りに来た者だ。掲示板の前にとどまって声を上げているのは、3人以上で構成されたパーティがほとんどである。時々飛び交うのはウルダハ冒険者独特の符号で、「ヤチョキミ、ナナケリ」、「ミマタタ、サンカンダン」など、知らない人間にはさっぱり意味が分からない。(そもそもこれで正しく聞き取れているかも謎)  ちなみにコトコとエレーヌにも意味不明だ。

 聞いた話では、ベテラン冒険者が若い頃、自分の故郷の言葉が「一語に多くの情報がある」ものだったため、仲間内で造語を作って使うようにしたのが始まりらしい。  「推奨人数3人からで、期日は3日後。自分たちなら余裕の相手」だとか、「最低2人は必要、当日中の解決希望で大型の敵との戦闘有り」など、こういう長い文を、単語で3つか4つ、音数なら15音程度にしてしまう。そうすれば、他の冒険者がああでこうでと言っている間にさっと伝達ができ、その分会話が短く速くなり、相談の結論が出るまでも時短できた。  最初は彼等だけが使っていたものを、やがて他の冒険者も真似するようになり、言葉を共用語に直して広まっていった。

 もちろん誰もが使えるわけではない。だから普通に分かる会話もある。 「カルム台地にジャイアントディアだって。どうする? 報酬は微妙だけど、こいつの毛皮、けっこう高かったよな」 「けどちょっとヤバくねえか。この間やっぱ三人で無理だったって聞いたぜ」 「それたしか一人はFのはずよ。あたしらなら行けるって。ねえやろうよ。倒せたらさ、サッチの防具、もう少しいいの作れるじゃん」 「馬っ鹿。売っておまえの弓買い直すほうが先だろ。この間ヤバいとこで弦切れたじゃねえか。もう直してどうなるってもんじゃねえって」  そんな話をしているのは、ミッドランダーの男二人にミコッテの女一人のパーティだ。こんなふうに話していると、隣からさっと依頼を取られてしまうことも日常茶飯事である。だが幸い彼等の見つけた仕事は、他の者にとっては丁度いいものではなかったらしい。やろうと決まるとミコッテが素早く依頼書をはがし、三人揃って窓口へ向かった。

 そこかしこで言い争うような声もする。だが不思議と、ここでは喧嘩は起こらない。  リムサ・ロミンサでは、貼りだされる前から用紙を奪い取るような者も珍しくなかった。皆が皆 掲示板には密着せんばかりで待機していて、事務員が通る道をあけるために一苦労するほどだ。その事務員から直接用紙を掴み取る悪質なのもいた。  もちろんルール違反には罰則がある。が、リムサ・ロミンサは良く言えば実力主義で、腕の立つ冒険者やパーティにはそうする権利があるという暗黙の了解があった。反面、しくじったときの風当たりは強い。そのため浮き沈みが激しい印象だ。

 街の風土の違いなんだとコトコは納得している。  リムサ・ロミンサは海賊の街だった。彼等が海賊行為をやめ、一般商船からの強奪を違法として暮らすようになったのはこの20年ばかりことだという。そのためまだまだ「ほしければ奪え」という気風が強い。ちょっとした怒鳴り合いや殴り合いは当たり前で特別なことでなく、だからコトコは朝一のギルドで仕事を探したことはなかった。  対してウルダハは商業の街である。暴力を使わない代わりに交渉力が必要になる。なあなあで曖昧に済ませるとそこに付け込まれるから、ドマ育ちのコトコからすると、金銭についてはっきりと物を言う人ばかりで、それが時に不躾にも強欲にも思える。それに、リムサ・ロミンサであれば「これくらい別にいいさ」で済みそうな助力に対価を求められることもあった。

 丁々発止の駆け引きとは無縁に過ごしてきたコトコ、そしてエレーヌが、ウルダハで良い仕事を取るためにできることは、少しでも早くギルドに行って、少しでも前で掲示板を見ることだけだ。(7時半より前に並ぶのはルール違反だが) だがエレーヌの寝坊で、今日は残り物の中から探すしかない。  そのためにもまずは、どんなに安い食堂でも50ギルはするだろうモーニングセットでおなかを満たす。今日はパンとサラダ、スクランブルエッグにソーセージ。飲み物は好きなものを一杯選べる。スープにして水を飲んでおけば少しだけお得だ。  食後のコーヒーを飲んでも重そうな瞼をしたエレーヌは、油断するとこっくりやりかねない。これが、ひとたびはっきりと目が覚めれば打って変わってしゃきしゃき動き出すから面白い。 「仕事見てくるね」  それまでは一人で動こうと、コトコはトレーを返却口に戻し、掲示板に向かった。

 大きな掲示板を半分以上埋めていた依頼用紙は、たった15分ほどの間に2/3くらいまで減っている。残っている中に"美味しい"依頼は1つもないと思ったほうがいい。ただ、これが昼ならともかくまだ朝ならば、妥当な依頼はまだまだ残っていた。  コトコも目を皿のようにして端から順に依頼を見ていく。 (ビラ配りはちょっとなぁ。でも地上げ屋との交渉なんて無理だし……。ネズミ退治ってこれ、ほんとにただのネズミ? だったらこの報酬でもいいかなって感じだけど、でもこれ、普通ならFにありそうだよねぇ……)  半ばほどまで見たときだ。 「よう、コトちゃん」  後ろから低く張りのある声が聞こえた。  振り返ったところには、コトコより少しばかり年上のハイランダーの青年が、彼等独特の細い目に、親しげな笑みをたたえていた。

「カルさん!」  カルスタインとはひとつきほど前に知り合った。コトコがうっかり間違って取ってしまった、手に負えない依頼の人員募集に来てくれたのだ。  早い者勝ちの依頼剥ぎ取りレースは、エオルゼア共用語を母国語としないコトコには不利だった。だがそれを言い訳にはできない。毎日勉強し、できるだけ早く正確に聞き取り、話し、読み書けるようにと努力している。それでもどうしても、慌てていると見落としや間違いはある。  あのときコトコが取ったのはウェイストウルフ15頭の討伐で、期限は四日。エレーヌと二人でやるには少しハードだが、ウェイストウルフの討伐は以前にも受けたことがあって、苦戦するような相手ではないと知っていた。場所もウルダハからそう遠くなく、キャリッジを使えば朝出ても昼前には近くの町につく。それならまるまる3日は討伐に当てられる計算で、時間的にもゆとりがある。それでいて報酬額は、Eランクの依頼としてはかなりの高額だった。  だが―――。

 あのときのことは今でもはっきりと覚えているし、思い出すと恥ずかしい。  だが同時に、良かったとも思う。何故なら、コトコにとっての"初めての募集"、エレーヌにとっては"ウルダハでの初めての募集"は、黒歴史と言ってもいいような恥と、それをちゃんと教えてくれた頼もしい先輩冒険者との出会いをもたらしたからだ。  それがこのカルスタンと、 「あ、コトコちゃんじゃん。おはー」  ウルダハには珍しいエレゼン族の弓術士、ジョアンだった。

「おはようございます。お二人も、今日はゆっくりなんですね」 「今日はね。昨日までけっこうヘビーな仕事してたから、今日はなんかいいのがあったら、小遣い稼ぎしようかなって」 「体力ナシオだもんな」 「ほらー。こいつすーぐ筋肉ダルマの自分基準にすんだよ。てか、そういうコトコちゃんも、まだ仕事取ってないっぽいよね」 「ちょっと遅くなっちゃったんです。それにしても今日は、いい仕事、ほんとに残ってないですね」 「んー……僕らが一緒に行ってもいいなら、これとか丁度良さそうだけど……」  ジョアンが示したのは、Eランクの冒険者にはやや難易度が高めでも、Dランクであるカルたちからすれば簡単な討伐依頼だった。

 軽めの依頼をこなして小遣いを稼ぎたいジョアンにとっては、1つ格下になるEランクの依頼は都合がいい。逆にコトコからすると、エレーヌと二人では手に負えない内容でも、カルたちが来てくれるなら間違いなく達成できる。報酬は、手伝う形になる二人に少し多く渡したとしても、本日分の収入としては納得のできる額になる。  ただし、ランクポイントがもらえない。ジョアンが言い澱んだのはその部分だ。  ギルドのルールとして、引き受けられる依頼は「自分のランクの前後1つまで」となっている。Eランクであるコトコ・エレーヌと、Dランクであるカルスタン・ジョアンが組んで、EかDランクの依頼を受けることに問題はない。しかし、それでEランクの依頼に行くと、ランク上げに必要なポイントは誰ももらえないのだ。  Dランクであるカルたちにとっては簡単な仕事だし、Eランクのコトコたちにとっては強い仲間のサポートありきで、自分の実力で達成したとは言えない。冒険者の「強さ」を示すランクだから、簡単にこなせる依頼で上げることはできないようになっているのだ。 

「私はランクって、そんなに急いで上げようと思ってませんし、お二人さえいいなら、一緒に……」 「駄目だって、それは」  言いかけると、カルスタンがきっぱりと割って入ってきた。 「いいかよ、コトちゃん。Eランクって確かに気楽だけど、冒険者としては半人前、ここで抜ける奴も多いし、だから依頼人だってろくに信用しちゃいない。Cは別に目指さなくてもいいけど、Dにはできるだけ早く上がれよ。コトちゃんの腕なら経験さえ積めばDなんてすぐそこだろ?」  熱心なカルスタンに気圧されて、少しだけのけぞり気味になる。と、 「はいはい。そういうの暑苦しいから。だからモテないんだよ、おまえは。な、コトコちゃん」  ジョアンが緩衝材になってくれたのは助かった。が、同意を求められてもとコトコは半笑いになった。

 そこでカルスタンたちは知り合いから声をかけられ、結局コトコは、これといった依頼は見つからないままテーブルに戻った。  エレーヌはコーヒーも飲み終えてようやくしゃんとして来たようで、 「お疲れ」  とねぎらわれる。 「なんか聞こえてたけど、別にねえ。Dにだって、なるかどうかなんて人それぞれなのにさ」 「まあね」  不機嫌な様子のエレーヌは、やはりカルスタンが苦手というか、あまり関わりたくないようだ。  仕方ないかなとコトコは思う。“あの一件"をのほほんと受け止めていられるのは、自分のようなお気楽なタイプだけなんだろう。エレーヌはたぶん、「言ってることは分かるけど、なんかムカつく」と、あのとき言っていたままの気持ちに違いない。

 だったらやっぱり今日は二人で行ける仕事を探そう。コトコはそう決めて、 「ほら、シャキンとしたなら、依頼探そうよ」  自分にはいまいちにしか見えない依頼も、エレーヌが見ればピンと来るかもしれない。 (それに、カルさんには悪いけど、今日はお休みでもいいよね)  明日、明後日、明々後日と、食べるものや眠る場所の心配はしなくていい。余計なものを買うお金こそなくても、暮らしの心配はないのだ。のんきだと言われればそれまでだが、ドマでの窮屈な暮らしを思い出すと、しばらくはこののんきさを楽しむことも、エオルゼアに来た自分の特権に思える。  母と兄は、コトコをドマの束縛と理不尽、恐怖から逃れさせたくて、外へと送り出した。だから、存分に楽しんで謳歌しないと、それそこ家族の気持ちを裏切ることになる。  そしてできるなら―――逃がしてもらうしかない無力な女の子でなく、一緒に苦難に立ち向かえるような力と心と経験を、ここで身につけたい。

(……うん)  これという依頼があれば、二人で行こう。けれどもしエレーヌが今日1人でのんびりするなら、私はこの"ネズミ退治"を引き受けて、本当にただのネズミなのか、それとも"ラット"のことなのに誤魔化しているのか、それによっては交渉の練習をさせてもらうおと、コトコは決めた。