Prototype

「やれやれ……。お嬢さんがた。証拠の一つもないのにボスを犯人と決めつけてここまで来たんですか?」  少し目尻の下がったハイランダーの男が、いかにも呆れた様子で肩を竦めた。 「さっき言ったろうがよ。そいつが空き家から出てくんのを見たって奴が」  ピジョンが言い募ると、男はやれやれという言葉が聞こえるほど大袈裟に首を横に振った。そしていきなり、まるで子供がするように元気よく手を挙げこう言った。 「はーい! 俺、見ましたー! この二人がその空き家から出てくるのをー!! この目でばっちりー! しっかりー! はっきりー! 間違いなくぅー!!」

「えっ……」  コトコとピジョンが面食らったとともに、後ろにいた三人の野盗たちが一斉に真似をして、俺も見た、あたしも見たよと言いながら手を挙げ、けたけたくすくす笑い出した。うっすら笑ってそれを眺めているのは、顔の右半分を緑色のペイントで塗りつぶしたローエンガルデだ。 「おんやぁ? こんなにいっぱい目撃者がいますねぇ? ということは、お嬢さんたちが犯人ですか? あっ、分かりましたよ。だから逆にあれですね。あたしたち犯人じゃありませぇんってアピールするのに、犯人を探す側に入ったってことですね?」 「そっ、そんなわけねえだろうが!! なんだよそのでたらめはよ!!」  唾を飛ばして怒鳴るピジョンに、男は軽く腕を広げ首を傾げた。 「そう。でたらめです。ですが目撃証言というのはそういうものです。見間違い、勘違い、嘘、偽り、でたらめ、適当、思い込み。見たと言ってるだけのなんでもありです。ですから証言というものはあくまでも参考資料、事実を調べるための取っ掛かりや、事実の隙間を埋める補強材料でしかないんですよ。お分かりですか?」  そう言われると、一言も言い返せなかった。

「ねえお嬢さんがた。少しは考えたらどうです? 不滅隊の皆々様は大層お真面目です。銅刃団なら買収されることもあるでしょうが、彼等が殺人事件をほったらかすわけがありません。証拠が見つからないから、被疑者連行に動かなかっただけです。それを無視して冒険者に殴りこみをかけさせるなんて、依頼人のほうがまともじゃありません。しかもこんなお嬢さんがたたった二人で。“グリーンスマイルズ"もナメられたものですねと言いたいところですが、おおかたでたらめ吹きこまれたんでしょうね。確かに僕たちはたった五人、腕の立つ冒険者なら二人で押さえられないこともない人数ですが、ヒナさん。ヒナさんたしか、元Bランクの冒険者でしたよね?」 「え……」  コトコとピジョンが絶句すると、大きな目を妖艶に細めてサンシーカーの女が笑った。

「そぉよぉ。これでもねぇ、ほーんの六年ほど前はぁ、最年少でBランク入りした期待の星だったのよぉ」 「ボスは不滅隊の中闘佐でしたし、トリストルさん、あなたは……」 「俺にそんな立派な肩書はねえよ。ただまあ、やり合うとなりゃそうそう遅れをとるつもりはないがね」  ウルダハには少ないエレゼン族の男。 「そんじゃあわしも自己紹介しようかの。わしゃ若い衆みたいに荒事は苦手だが、錬金術にはちょいと自信があってのう。眠り薬から爆薬まで、言われりゃ大概のものは作るぞい」 「死体を骨まで、跡形もなく溶かすほどの液体も、ですね。僕は荒事が得意じゃないので自己紹介は省きますが、見たところD……せいぜいでCランクになりたてくらいの冒険者たった二人で、うちのボスと手練れ二人、相手にできるわけがありません。だからてっきり、後続が待機してるんだと思ったのですが……」 「ふん。様子を見る限り、そんなもなァいやアしねえな」  ようやくローエンガルデの男が口をきいた。

 ゆっくりと木箱から片足を下ろすと、膝に肘をつき、手を組み合わせる。そこに顎を乗せ、じっと見据えられるとその視線は、たかが悪党には到底見えなかった。 「おまえたちゃァ騙されてんだ」  と錆びた声が言う。 「だま……されてるって……」  ピジョンにはもう先ほどまでの威勢はない。 「トロイ」 「はいはい。つまりこういうことです。僕の見立てでは……ああ、あとボスの見立てでも、犯人はまず間違いなく依頼人か、その家族ですよ」 「ぇ」 「ンな……っ」

 虐待かなにかは知らないが、息子が死んだ。死体は明らかに撲殺されており、事故や自死には到底見えないものだった。 「この死を隠せない、死体を始末させるのに信用のできる相手もいないとなると、どこかよそに犯人がいてくれなきゃ困ります。それで、強盗に殺されたということにして、自分は目撃者になった。ところが不滅隊も馬鹿じゃない。そんな証言だけで犯人探しなんかするわけがないんです。でしょう、ボス?」 「ああ。俺なら……、……めんどくせえ。トロイ。おまえが喋れ」 「じゃあ違っていたら訂正してください。まず、証言なんてものより大事なのはまず事実です。強盗に殺されたというなら、まずは現場検証です。強盗の出入りや動きを調べるでしょう。どこから入って、どう被害者に出くわし、どう殺して、どう逃げたかと。ところがお偉いかたがたというのは屋敷を荒らされるのを嫌いますし? ましてや自分が殺しているなら調べさせるわけがありません。金の壁ってヤツですね。となると、仕方がないので街に出て、その時刻、そういう風体の誰かを見かけたか尋ねたり、人ひとり殺しいてるなら返り血だってあるはずだと、その痕跡がないかを調べたりもする。それで、です。もし、ですよ。もし証言が真実なら、それを裏付ける事実や他の証言も見つかるはずです。これが思うように見つからないとなると、不滅隊も動くに動けませんし、当然、怪しみもしますよね」 「……ああ」 「ところが立ちはだかるは金の壁、ドーン! でもその壁も、決定的な証拠が上がればさすがに崩壊しますし、とんだ熱血漢が壁をぶち破ってこないとも限らない。だから早々に、この事件にケリをつけてもらわないと困る。そこで考えました。お人好しで頭の悪い冒険者を使おう、って」

 自分たちの言うことを疑わず真に受けて、同情し、共感し、ろくに調べもせず正義感だけで突撃するような若い冒険者がいい。 「ベテラン冒険者なら不滅隊と同じことをするでしょう。それじゃ意味がありません。規則だ上司だに縛られてない分、壁なんか平気で乗り越えてくるのもいます。だから、“そこそこ"のランクに依頼を出した。若いヒナチョコちゃんたちが、きゃっきゃしてるあたりですね。まあこれは完全に僕の想像なのですが、報酬、安めだったんじゃありませんか?」  言われてコトコはぎくりとした。それをすかさず見て取った男は、聞こえるほどあからさまに溜め息をつく。 「えー。なんで分かっちゃったのぉ~? なーんて言ってみたりしてぇ」 「はいはい。じゃあご説明しますよ。けっこうな資産家が、自分の息子を殺されて、思うように調べてもらえないのが不満で出した依頼なら、普通は少しでも腕の良い相手を雇いたいし、莫大な報酬がついていそうなものです。それが思ったより安かったら? ほとんどの人間は避けます。金持ちへの反感か、怪しいと思うからかはともかく、ね。じゃあ避けないのはどんな人種でしょう? まず、金より情で動くお人好し。かつ、安い依頼を胡散臭いと思わない純真無垢な誰かさんです。つまり安い報酬は、疑り深くてシビアで賢い連中を避けて、操りやすいお人形さんをおびき寄せるための、なかなかよく出来たエサなんですね」 「うわぁ~。さすがトロイちゃん、かしこぉい。おいでぇ。なでなでしてあげるぅ」  一連のやりとりは馬鹿馬鹿しいが、「おまえたちはただのお人好し、“普通"のこともろくに分かっていない馬鹿だ」と、そう言いたいのは胃が潰れそうになるくらいよく分かった。

「ま、茶番はこれくらいにして、です。それでお嬢さんがたはのこのこやってきた。どうせ依頼人から、“グリーンスマイルズ"は少人数の、木っ端悪党の集まりでしかないとか言われたたんでしょう。そしてそれも疑わなかったし、事実かどうか調べもしなかった。まあ、僕たちをよく知らないのは、依頼人様もです。だから勘違いした。ここに乗り込ませれば、ぴよぴよの冒険者二人、すぐ殺されるだろうと」 「なっ……なんで、そんな……」 「それが依頼人の狙いってやつですよ? 悪党の巣に果敢に乗り込んだ冒険者二人、それきり行方不明。となれば当然、ギルドが調査に動きます。不滅隊にしても、今まさに強盗の疑いがかかってる連中に不穏なことがあったとなれば、事情聴取くらいはしますよね。そうすると都合のいいことに今回は、ここに入っていくのを見たという目撃者はたまたま複数いて? 僕たちが死体担ぎ出すところまでたまたま目撃できれば完璧です。更にたまたま死体を処分した場所まで分かれば、それこそ動かぬ証拠というヤツです。元の事件はさておき、こちには叩けば埃の出る身です。覚えのない罪だろうと、一つ二つオマケして裁いてしまえばいい。それでとりあえず"解決”。不滅隊も捜査をやめ、手を引く口実になる。そして真実は、闇の中。これにて、幕、というわけです」  舞台挨拶のように大袈裟な礼をして、トロイはコトコとピジョンに向けてウィンクまでつけた。

 コトコとピジョンは、“グリーンスマイルズ"のヒナとトリストルに挟まれて帰途についた。  二人は護衛だった。 「いきなり入ってきてああだこうだ言い出したのを、叩き殺さずにおいたのは、最初は待機してる本隊がいるんだろうなと思ったからです。そんな連中はいないと察しても生かしておいたのは、茶番の駒になる気はないから。ですからヒナさん、トリストルさん。念のためですが、このお嬢さん二人、表通りまで連れていってあげてください。“ここで殺された"ことにされては迷惑ですからね。無事おうちへ帰りましたという目撃者、しっかり作っておかなきゃいけません」  悔しくて情けなくて恥ずかしくてみっともなくて腹立たしいが、何一つ言い返せなかった。  Dランクになってそれなりに仕事もこなして、コトコたちのパーティは"最近注目の若手"だと見做されてもいた。「そろそろ名前考えなきゃ駄目じゃねえか」とカルも言い出した。自分たちのパーティの名が世間の人の口にのぼる、それが夢ではなくなりそうだった。  調子に乗っていたと言われたら、それもやはり返す言葉がない。人助けをすることに酔っていたのかもしれないとも思う。本当に誰かを助けたくてやっていたのか、それとも、人助けする自分たちが頼もしくてかっこ良くて、快感だったのか。

「まぁさぁ、あんまし落ち込まなくてもいいと思うよぉ? それにぃ、むしろラッキーだよねぇ、うちに来たなんてぇ」  コケティッシュというには癇に障る間延びした甘い声で、ミコッテの女が喋る。 「だってさぁ、他のとこだったら、ほんっとにころころされてるかぁ、それともくるくるされちゃってぇ、今頃二人とも生きてないよねぇ」  そう言われるとぞっとした。  あのトロイという男と、元不滅隊員だというボスの頭が良かったから、変な話だと気付かれたのだ。そこまで頭の回らない連中だったなら、依頼人の目論見どおり、今頃生きてはいなかったのだろう。依頼人の目論見……それが彼等の言うとおりなのかどうかは分からないが、少なくとも"馬鹿なお嬢さん"な自分たちには、反論できるものが一つもない。 「おら。ここまで来りゃ人目も山程ある。とっとと帰んな」  エレゼンの男に軽く突き飛ばされて、ピジョンは振り返り睨みつけたが、なにか言うことはなかった。


【よだん】

 最初に考えたトロイはこんな感じのめちゃくちゃ胡散臭い奴だったのだw 「ボス」の横でニヤニヤ薄笑いしてるような。実は口調も「俺」「~~じゃねぇ」みたいなのだったりもしたけど、そこは今のトロイに合わせて丁寧なものに変えた。  ちなみに後になって街角でトロイに会い、真犯人を押さえるチャンスがあるがやる気はあるか、と問われ、ピジョンは勇み立つが、こっこちゃんは断る。それが嘘か本当か見分けがつかない、と。  手痛い失敗、苦い思いから目をそらさず、噛みしめて糧にした分だけ、強く賢くなっていくのだ。

 ちなみにこういう捜査・調査系も、現行版の白トロは得意である。  Dランクに上がったらこっこちゃんのパーティに時々おじゃまさせようと思ってたりする。  ピジョンは、罪滅ぼしのため人の命を救う医者になりたかったけど、「オレは頭悪いから」無理だと諦めた子なので、実際に医者であるトロイには憧れのような、生まれ育ちの圧倒的な違いに対する悔しさのような、複雑な思いを抱くことになるだろうなぁとか、つまみ食いのようにあちこちぽつぽつ考えたり思いついたりしているのであった。そのうちどれだけがおはなしになるかは分からんがのう。