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僕はまるきり善人じゃないが、それでも法と義に照らして許せないことはある。それが"子供"だった。 大人なら、弱肉強食、それでいい。 弱いままでいるほうが悪い。足掻かないほうが悪い。頭のわるい奴が悪い。そんなものはすべて自分の人生の結果だ。 だが子供は違う。まだどんな力もない。自分の人生を育てきってもいない。そんな子供を利用したり食い物にしたりする奴だけは大嫌いだし許したくない。 そもそも僕が、人の数倍は恵まれた人生からドロップアウトしたのもそれが理由だった。
僕はアラミゴの名家に生まれた。先祖代々、家長はほぼ必ず高級官僚になるような家柄で、地位も名声も金もあったし、最高級の環境で最高級の教育も受けた。 ただ僕は、そういうエリート一族の中では突然変異に等しいくらい、そういったご立派な諸々が好きじゃなかった。自己犠牲的に国民に尽くすなんて馬鹿らしい。高潔であれとかなんとか、どうしてそんな奇妙なエゴのために人の何倍も苦労しなきゃならないのか。 確かに僕は恵まれていた。困窮していたり虐待されていたり、あるいは孤児だとかなんだとか、そういった不幸な生い立ちの子供に比べれば、何十倍もだ。だが今思い返してみてもろくな少年期じゃない。毎日毎日勉強漬けで、それを面倒だと思えば性根がどうのと言われ"お山"送り。つまりは星導山に放り込まれて、汗臭いモンクたちに朝から晩まで監視されしごき倒された。 逃げ出す隙はないし、嫌だと言えば体罰が待ち受けていて、しかも他の奴らと違って僕には、わざわざ家から家庭教師がやってきて、僅かな自由時間までやれ経済学だなんだと搾られる。うんざりだった。 そう思ってはいても僕もしょせん口ばかりの小僧で、その環境から何がなんでも抜けだそうという気概はなかった。嫌だ嫌だと言いながら逆らえず、何もかも捨てて生きていくなんていう覚悟は到底持てず、渋々従って過ごしていた。
そのまま行けば、なんだかんだ言ったところで僕も、歴代で最もやる気がなく能力の乏しい三流官僚くらいにはなっただろう。 だがあの冬の日にすべて変わった。
アラミゴでは時折公開処刑が実施される。二級以上の重罪のみがそれに該当し、具体的には放火、強盗殺人、親族殺し、そして政治犯などだ。そしてその一部、放火と政治犯は連座制だった。何十人、下手をすれば何百人という人の命を奪い都市を麻痺させかねないない放火と、国に対する反逆。この二つに限っては、首謀者や実行犯はもちろん、共犯者、逃亡幇助や身柄を匿うなどの事後従犯、そして二親等以内の親族すべてが処刑対象になる。 この厳罰は基本的には抑止のため設定されたものだ。実際アラミゴでは身内や知人まで巻き込んで重罪を犯そうという人間はめったにいなかった。 めったに。 だが極稀には存在した。 その日処刑されるのは、妻と不倫した相手の男の家に火をつけた男と、その祖父母、曽祖母、弟、そして、娘だった。
もし少しでもまともな想像力があるなら想像してほしい。たった5歳くらいの小さな子供が、わけが分からないなりに不安そうな顔をして、ゆらゆら揺れる輪のついたロープを見上げながら、そこへ向かい歩いて行く。これから自分に起こることさえ理解していない。何故そうなるのかもだ。 見せしめのための、再犯防止のための、抑止のための公開処刑だから、近隣の市民には招集命令さえかかって、気の弱い者以外は基本的に参集義務がある。大勢の人間が見ている前で、小さな女の子が自分の首を括るロープの真下にまでやって来る。それを皆、口元を多い身を竦ませ眉をしかめながら、なすすべもなくただ見つめていた。
やめさせろと言った僕がおかしいのか。 僕は今すぐにこんな馬鹿げた法を廃止しろと言った。今すぐこの場で、あの子を助けるために。ここにいる市民全員が憐れだと思い惨いと眉をひそめているのに、何故こんなくだらない法を執行しようとするのか。理解できない。高潔だ品性だ正義だ王道だと言うなら、こんな無意味な死こそ何がなんでも排除すべきじゃないのか。 ましてや―――それを見物に来ていた中に、王族が混じっていた。僕と変わらない年の、17歳かそこらに見えるそいつは次期国王とされる第一王太子で、いかめしい衛兵に守られながら、神妙な顔だけしてるそいつのエーテルは歓喜に踊っていた。
今すぐこんな法は変えるべきだ。さもないと人の死を見て喜ぶような奴が、この法に上に君臨する日が来る。 イカれた王がいずれ誕生する未来。だがそんな未来が予見できるのは僕が特殊な目を持っているからで、それを明かして訴えたところで信じてもらえるのかどうか。そして僕にも、こんな特異な目を持って生まれたことが人に知れたらどうなるか、そのせいで自分が被る不幸と不安、面倒を避けたいという気持ちはあった。 間違っているとしか言えない僕の訴えは黙殺された。どれほど厳しかろうとこれが法であり、それを承知で罪をおかしたのであれば正しく罰されなければならない。父が言った。
何が「正しい」か。こんなものが正しいわけがないとカッとなって、僕は処刑台に乱入し、親子を逃がそうとして失敗した。いい加減に修行したようなしないような僕ごときが、日々律儀に真面目に訓練していた王立軍の軍人たちに敵うわけもなかった。 処刑は遂行された。取り押さえられた僕の目の前で、小さな子供の体がぶら下がり、絞首の醜い死に様を公衆に晒して、その子はわけも分からないまま死んでしまった。
厳粛たるべき処刑の場を乱した僕の処遇は、今まで誰もそんな馬鹿なことをした人間がいなかったせいで、未知だった。未知だったが、祖父や父が嘆願したことで厳罰は免れた。五年間の労役と、父の地位との引き換えだった。 僕にはふざけるなとしか思えなかった。どうしてその嘆願を、あの子のためにしなかったのか。こんな嘆願が通るなら何故あの子のための命乞いをしなかったのか。生まれの差か。出自の差か。将来の有用性とやらの差か。命に差なんてあるのか。 牢から出された帰り道で、僕は苦虫千匹噛み潰したような父の目を盗み、そのまま逃げ出した。
1ギルも持っていなかったし、身に着けているのもあの日の衣類そのままで、破れた箇所を繕ってもいない。世の中に対する知識は膨大にあってもろくな経験はなく、この先の人生がどうなるかはまるで分からなかったけれど、それでも僕はでたらめな「正しさ」の中に生きたくはなかった。そんな側に生きるなんてのは御免だった。 どうすれば金を稼げるか、食っていけるかを観察し、考えて、僕は家を出、国を出てからそう間もないうちに、食わせてくれる相手に取り入って生きる方法を身に着けていた。金が余ってるご婦人や、賞賛と承認を求めるごろつきの親玉あたりが手っ取り早い。政治家になるべく教えられた弁論術や交渉術は大いに役立ってくれた。 ただし僕は、一種の正しさアレルギーになっていた。正義とか善とかいったものが胡散臭くて気持ち悪かった。同じエゴなら欲望のままに生きる人間のほうがマシで、綺麗事ばかり口にするご立派な人間のところは避けて通った。 気がつけば表通りを外れた世間で、ヒモ、詐欺師、口先の上手い雇われ軍師。そのどれかを転々とするようになっていた。
どれだけ上手くやったところで、こんな生き方は必ずどこかからほつれ壊れていく。僕は身の危険を感じるたびに居場所を移った。 アラミゴから出て最初に辿り着いたのはグリダニアだが、清廉潔白を気取った精霊信仰が気色悪くてすぐウルダハに行った。そこでは大概いい目も見たものの海千山千の商人といざこざを起こし、とても太刀打ちできず南端の小さな漁港経由でラザハンに逃げた。ラザハンとアズマには数年暮らしたが、どちらも最後には首を切られそうになって逃げ出し、久しぶりにエオルゼアに戻った先は、リムサ・ロミンサ。 そこで最初は小粒な海賊気取りをおだてて食いついてみたが、これがほんの3歳の幼児を相手にしようとかいうキ●ガイで、うっかり殺して追われていたところを助けてくれたのが、通称「赤鰐」、海賊を食う海賊として恐れられるブランスウェルドだった。