08 ホームパーティ

     【Let’s Party!!】

 企画したトライオス家のホームパーティは、思った以上に快く受け止められた。  それぞれの小部隊のリーダー、サブリーダーとしてよく集まっている5人は二つ返事でOKし、ティラン・レクトルスも最初は驚いたようだが、面白そうじゃないかと応じてくれた。  日程の調整は、レクトルスが動いてくれるのならばヴァレスが無理やり実行するよりもはるかに簡単である。名目上はレクリエーション・テストということにし、レクトルスが管轄する連隊の中から、テストに向いた小隊を選出することにした。そして、主催はそれぞれの小隊で複数人の適正者によって分担することにした。そうすれば特別扱いにならず、角が立つまいというレクトルスの名采配である。

 ヴェクタス・アヴローンは、単純に楽しいパーティが好きだった。仕方なく参加した仕事上の付き合いも少なくないものの、本当に興味のあるパーティや祝祭には喜んで顔を出していたし、自分が主催することもあったのだ。  ただし今はヴァレス・トライオスとして、極端なホストぶりやサービス精神は封印しておかないとならない。  ともあれ、レクトルスが絡んだおかげで、うまい具合に連休をとることができ、ヴァレスは前日から、妻子と協力し準備に勤しんだ。  ただ、小さなリデアンと一緒にクッキーを作るのは最高に楽しかったが、生地のついた手ではカメラに触りづらく、いちいち手を拭いていてはシャッターチャンスを逃してしまう、ということに事前に気づけなかったのが痛恨なくらいである。 (ヴァレスメモ:音声制御の家庭用サポートドローン。高機能なものは現在、5万クレジットからの高額商品のため、フリーハンドでリデアンの写真を撮るため、という理由で購入するのはさすがに問題がある。安全性を許容できる範囲で低価格のものを探すか、エドナが納得できるような他の用途を見つけること)

 そうして迎えた当日、やや緊張した様子ながらトライオス家を訪れた五人の部下たちと、さすがに物慣れた風情のレクトルスを、ヴァレスとエドナは自宅のリビングに招き入れた。  トライオス家は名門軍閥として相応の資産もある。父からそのまま引き継いだ家は古いものの広く、手入れをすれば十分以上に快適だった。そしてヴァレス=ヴェクタスは絶対に生活のクオリティに妥協しない男である。  ささやかな、小さなリフォームを繰り返し、採光や風通しも計算したリビングは、ちょっとしたパーティ会場として十分な広さと明るさになっている。  狭い宿舎で暮らしている部下にとっては、自分もいつか出世すればと、夢を感じる場所だろう。

 エドナは、途中でも料理をしたり飲み物を作ったりするということで普段着だが、清潔で自然体のスタイルは下手なオシャレよりも魅力的である。なにより、部下たちが気負わず接することができるというのも大事だ。 「おっ、リーくん! ちゃーっス!」 「ちゃー!」  そして我等が小さなアイドルは、さっそくティアに抱き上げられ、マリウスにぐりぐり撫でられてご満悦な様子。 「まあまずは、私たち家族で用意したランチでも食べてくれ」  商談などの目的があるわけでもない彼等には、こうして改まって顔を合わせても、どんな話をどう切り出せばいいのかも分からないだろう。ヴァレスが提供したのは料理と、そして”私たち家族で作った”という手頃な話題だった。

 話が弾みはじめれば、あとは思い思いに過ごせばいい。スナックや飲み物はエドナとヴァレスが様子を見て追加するし、場合によってはヴァレスが間を取り持ってやる。  最初は行儀よく礼儀正しく、と必要以上にぴしっとしていたリヴィアもくつろいだ様子だし、マリウスも気取らなくていいと察したようだ。物怖じしないティアと、案外社交家なヴァリアンはエドナにもよく話しかけている。ザスは仲間たちが失礼なことをしないようにと気負っていたようだが、今では彼等の一人としてソファで寛ぎ、美味そうにロールケーキを頬張っている。  ヴァレスはレクトルスとつい仕事の話もするが、それも彼等にとってはちょっとした話題、軽い会話だ。レクトルスは立場上、厄介な社交の場に出ることも多いのだろう。慣れた調子で、手持ち無沙汰のマリウスに声をかけたり、つい場をわきまえないほどはしゃぎそうになるティアをやんわりと抑えたりと、さりげなく気を使ってくれている。

「面白い企画だが、人選はなかなか厄介かもしれんな」  とレクトルスが言うのは、自分たち以外にもこれと同じ”レクリエーション・テスト”をさせることについてだ。  断ってもいい実験的な試みということにはしたが、生真面目な連中はこれを軍務、参加は義務だと受け取ってしまった。辞退すればマイナス評価につながるのではないかと懸念したようである。  その結果、こういった集まりには本人も乗り気ではなく、かつ不向きな者までが参加の意思を表明している。 「カスクール中佐あたりはあのとおりだから、安心してホストもサポーターも任せられるが……」  馬鹿馬鹿しいと思っているのに参加して、その不機嫌を隠そうともせず振る舞う者というのも、何人か思い浮かぶのである。

「でしたら、却下していただいても良かったのですが」  そもそもこれは、ヴァレスのちょっとした思いつきなのだ。面倒が増えるからホームパーティはやめておけと理由を挙げて説かれれば、ヴァレスも無理を言うつもりはなかったのである。  だがレクトルスは、 「気に食わんから不機嫌にしていてもいい、という我が儘を野放しにするのもどうかと思ってな」  と笑って見せた。 「だから、誰とは言わんが、そういう者にはあえてホストを割り振って、ミケリス准将あたりをお目付け役にしようかと思っている。彼女は相当乗り気でね。しかし、楽しみなのはパーティーなのか、それとも小生意気な小僧どもを困らせてやることなのか……」 「それはなんというか、胃に悪そうだ。気の毒ですよ」  ”怪(もののけ)”とあだ名される癖のある老准将は、ヴァレス……ヴェクタスにとっては”アリばば様”であり、魅力的で楽しい人物だが、狷介であることを真面目と勘違いしているような者には、さぞ付き合いづらいことだろう。 「あとは、ホストに向いてはいても自宅を使えない者もいるからな。会場を別に探してやるか、会場にできるような自宅を持つ者と組み合わせるか。面白くはあるが、あれこれと悩ましいところだ」

 幸いこの場にはそういう厄介者はおらず、少しのアルコールも入って部下たちの素も出てきたようだ。  こうして見ていると、軍内では見せない彼等の側面もうかがえる。リヴィアも名門出のお嬢様だが、良い意味でしっかりと躾けられて育ったようで、気遣いもこまやかだ。率先してエドナを手伝いに行く。いつもどおり、凛々しいしっかり者という印象だが、家庭的な面も強いのかもしれない。  ティアのようにほとんど変わらない者もいる。しかし、リデアンと同じレベルで遊べる一方で、危ないことをしそうになるとすぐさま注意するあたり、本人が思っているよりもずっと彼女は繊細で気が利く。  ザス、マリウス、ヴァリアンの三人は、軍務中だと対立したような態度を取ることも多いし、少し前までは実際にいがみ合っているときもあった。だが、ラス・オクトンの危地を一丸となって切り抜けたとき、彼等はそれぞれの優れた部分を感じ、認めたようだ。その気の置けなさが、こうしていても垣間見えた。

 思っていた以上に和気あいあいと、楽しい時間が過ぎた。エドナも見事なホステスぶりを披露し、リヴィアとティアには”姉さん”として懐かれてしまった。エドナもそれが嬉しいらしく、すっかり打ち解けている。  そんな最中のことだった。 「そうだ。中尉。これ、みんなで遊びませんか?」  ヴァリアンがそう言って取り出したのは、自分のデータパッドと一枚のゲームカードだった。 「おま……。こんなとこにまで持ってくんなよ」  マリウスが派手な溜め息をつく。彼は気持ちの悪い虫でも見るような顔になっていた。 「それは?」  ヴァレスが差し出した手に、ヴァリアンがカードを乗せる。そこに表示されているタイトルを見て、ヴァレスは自分の眼筋が痙攣するのを感じた。

 『ケペシュ・ヤクシ』―――。 (これは……。たしかに、40年前からありはしたが、よりにもよってこれか)  アサリが考案した、艦戦シミュレーションゲームだ。  似たようなゲームはどの種族にもあるが、『ケペシュ・ヤクシ』はその複雑さで群を抜いている。しかし、難しいからこそやりがいがあり面白いと、40年先の時代ではコアなファン層をがっちりと掴んでいたし、そのチャンピオンともなれば銀河中のマニアックなゲーマーからの尊敬も受けていたほどだ。 (たしかスタンダード版の発売が……。そうか。私が遊んだのは"第一版"だったな)  そして今ヴァレス=ヴェクタスには、思い出したことが一つあった。

 ルールが分からない、と言ってヴァレスは時間を稼いだ。  そして、初めて見るエドナとレクトルス大佐、ティアたちにも合わせて説明するヴァリアンの声を聞きながら、“過去"の記憶を辿った。  “今"から40年以上も昔。あるいは、“今"から2年ほどした後。  ヴェクタス・アヴローンが17歳だったときのことだ。  ”友人”に誘われて戦術シミュレーションゲームを遊んだ。ヴェクタスはいいように負かされたし、相手もそれが楽しくて連戦したのだろうと思う。ただ、そのゲーム体験がヴェクタスをはっきりと、商売の道へ行こうと決意させた。

 つまらなかったのだ。心底、くだらないと思った。 (勝てなかったからじゃない)  本気でやれば勝てた。ただ、プレイすることそのものがつまらなく、勝ちたいと思えない。そして勝ったとしてもなにも面白くない。それをつくづくと思い知ったのが、『ケペシュ・ヤクシ』をプレイしていたときだった。

 決して、このゲームそのものがつまらないというわけではない。根っこにあるのは、ヴェクタスの個人的な経験と背景だ。  ヴェクタスは15歳からの準備兵役中、情報官の見習いとして訓練した。貴族に類するアヴローン家の御曹司として、前線の兵士ではなく後方の指揮官、士官候補として扱われ、そしてそのときいくつかの作戦立案もしている。  だがすべて却下された。何故と尋ねても説明もなかった。  採用されないのはいい。間違っているなら認める。ただ、採用されないならそれが何故なのか、理由を知りたかった。理由が分からなくては学ぶこともできない。だが教えてほしいと言い募ったら、私の決定に楯突くのか、反抗的だと言われ、罰則を課された。  誤りがあるから駄目なのか。奇策だから駄目なのか。若輩だから駄目なのか。お偉いさんが認めるものしか許されないのか。それを知ることすらできないのか。  これが軍の中で生きるということなのか。この先ずっと続くのか。

 だから嫌いになったのだ。軍というものが。  しかもその結果やっているのは命の奪い合い、あらゆるものの消耗と消費。  くだらない。  こんなくだらないものに時間と労力を費やすのは馬鹿げている。  それくらいなら、家業の商売をしたほうが何倍も、何十倍もいい。  必要に応えること。豊かにすること。楽しませること。手間を省くこと。快適にすること。不便をなくすこと。  誰かのニーズを満たせば、それが金という結果になる。  どう考えてもそっちのほうが面白い。  ヴェクタスはそう思った。

 それが我慢ならないほど強くなったのが、”友人”は熱中していても自分には少しも面白いと思えない、軍事まがいのゲーム中だった。  こんなつまらない、しかもたかがゲームに費やす時間はたとえ一分だろうと無駄だ。つまらない奴の優越感を満たす道具になってやるのも、もううんざりだ。  だから、馬鹿らしいゲームにたった一度だけ本気になって、いい気になっていた"友人"もどきを徹底的に叩き伏せ、縁を切ると同時に、馬鹿げたことに時間を使うのはやめたのだ。  その、ささやかだが決定的な瞬間が訪れたとき目の前にあったのが、『ケペシュ・ヤクシ・第一版』だったのである。  以来ヴェクタスは自分の目的のために生きてきた。人の暮らしと世の中を豊かに、もっと楽しく面白く、便利なものにする。その結果を示す指標として金という数値を得、のぼれるかぎり上へとのぼり詰める。そのために時代を読み人を読み、時勢と流れを把握しコントロールし、取り引き、駆け引き、時に騙し合い、奪い合い―――そして今、ここにいる。

 ”今、ここ”がなにやら捻れた状況なのはさておき、今ここで『ケペシュ・ヤクシ』に出くわすとは思ってもいなかった。  ヴァリアンの話によると、これはどうやら第一版ではなく、あえて言うならば『オリジン』だ。  アサリたちが遊んでいた本来のスタイルのもので、盤面のサイズも駒の数も普通のシミュレーターやボードゲームとは比にならない。だがルールは緩い。アサリたちはこのゲームを、短くても数日かけて遊ぶという。 「長ければ一週間とかです。その代わり、すごくのんびりやるんですよ」  飲んだり食べたりおしゃべりをしたり、打ち手と呼ばれるメインプレイヤーが交代したり、隣から誰かが指示をしたり、時にはその場だけのルールが追加されたり、削除されたり。  時間がなくなれば中断し、続きはまた後日、ときには来年ということも当たり前らしい。 「なるほど、アサリらしい。勝敗を決めるゲームというよりも、コミュニケーションツールだな」  レクトルスが言うと、ヴァリアンは何度も頷いた。 「僕の相方……友達っていうのが、ネットで知り合ったアサリのゲーマーなんです。彼女に教えてもらって、すっかりハマっちゃいまして。今日のこと話したら、『ケペシ』持っていってみんなでやったらって。僕らが遊んでいた続きからやれば、まっさらから始めるよりもやりやすいですし。どうですか?」

「へー。うちみたいなのが茶々入れてもいいんスか?」 「それは打ち手次第だよ。ティアの意見をいいと思ったら取り入れるし、やめておきたいと思ったら却下する。でも、よく分からないなら何も言うな、なんてルールはない」 「アサリにとってはおそらく、若いメイデンを育てる意味合いもあるんだろうな。駄目だと却下するなら、何故駄目なのかを教える。あるいは実際に動かして失敗するところを見せる。それとも、たまたま上手くいってしまって驚くことも楽しむ。そうやって遊ぶものなのだろう?」 「そのとおりです、大佐」 「面白そうだな。私はやってみたいのだが、どうかね、トライオス中尉」 「横から見ているのでいいなら……」 「なに言ってるんですか! 中尉以外の誰がやるんです!?」  マリウスが横から猛烈な勢いで突撃してくる。 「僕としては、大佐ともお手合わせできればと思いますけど、やっぱり中尉とやってみたいですよ。お願いできませんか?」  ヴァリアンは、冗談めかしてはいるが真剣だった。

 さてどうすべきかとヴァレスは考える。  たぶん自分も、スイッチの切り替えさえできれば、かつてのように戦術シミュレーションに頭を働かせることができるだろう。だがそのスイッチそのものが40年間オフなのである。錆びついて動きそうにない。  軍事は戦闘も軍略も苦手だと公言しているのだから、負けることは構わない。負けていい。だが、あまりにもだらしのない負け方をするのはまずい。それでは、ラス・オクトンの危難を退けたあの戦略がどこから来たものなのかと疑われかねない。  と、考えあぐねていると、 「パパ。こえ やいたい。リーがやう」(訳:これやりたい。リーがやる)  と、リデアンが無邪気におねだりしてきた。

(……!! リディ、ナイス!!)  内心ではガッツポーズしている心境になったのを、ヴァレスは押し隠す。そして、 「これは、リディにはちょっと難しすぎると思うぞ?」  止めるふりをすると、リデアンは、 「ぅぅ……あめ(駄目)?」  泣きそうなしょんぼりした顔になった。  リーサル・ウェポンである。  駄目だと言える鬼や悪魔は、この場に一人もいなかった。

 そんなわけで、データパッドを挟んでヴァリアンと向かい合わせに座ったのは、ヴァレス&膝の上リデアン。  仲間が口を出しても構わないゲームということで、一応のチーム分けをした。と言っても厳密な敵味方ではなく、両方でそれぞれに思いついたことを言っても構わない。 「でも、わざと負けるようなガイドをするのはルール違反だからな」 「撹乱はNGということですか?」  リヴィアは興味津々である。 「やってもいいんだけど、それなら、誰が敵か味方かを根っこまで、裏でしっかり決めておかないと、成り立たないだろ? それに、ここにはいないけど、両方で変なことしてゲームそのものを台無しにすることを楽しむなんて奴もいるんだよ」  ヴァリアンの口ぶりは忌々しげで、彼はそういう悪質なプレイヤーに遭遇したこともあるようだ。 「なるほど。“味方だと思わせておいて、実は敵として撹乱していたスパイ"として一貫していなければゲームになりませんし、ゲームそのものを壊すような真似はたしかに論外ですね。私、ヴァリアンのサポートに徹してみたいんですけど、構いません?」 「リヴィアがついてくれるなら心強いね」 「エドナ。君は私の味方だよな?」 「えっ、私? 私、こんなのさっぱり分からないわよ?」 「いいんだよ。なんとなくでも、思ったことを言ってくれたらそれが楽しみになるじゃないか」 「うちもヴァーリの味方しよっかな。あんまなんも言えなそうだけど」 「俺は中尉につくぜ!」 「じゃあ俺も。大佐はどうなさいますか? 途中でヴァリアンか中尉と交代されるのもいいかなと思うんですけど」 「私は、そうだな。ならば、まずはじっくりと、双方のお手並み拝見といこうか」 「なんか、いっちゃん強そうな人をいっちゃん有利にさせた気がするんスけどw」  わいわいと、ゲームはスタートした。

 若い頃に軍事関連の脳を停止させたヴァレス=ヴェクタスには、互いに500を越える駒が動く盤面など、どう見てもさっぱり意味不明だった。  ヴァリアンも、理解しているのはこの"戦況"の一部だけではないだろうか。  実際、このボードは物理的にも巨大だ。部屋の半分以上を占めている。ホログラムなので邪魔にはならないが、ヴァリアンとヴァレスは部屋の端と端くらいに離れている。 「えーっと……このライトが手番を示すんだったな。つまり、私のターンからか。で……行動回数がこれか。動かせる今の駒が……。ここで作戦指示と……」  おおまかなルールはいつでも手元のガイドで見ることができる。だがそれにしても、この艦は機動力がどれだけで、今の残燃料がこれで、移動コストが……と情報が多すぎる。各艦に設定された基礎ステータスは決まっていても、消耗度や進行ルート、配置された場所などに合わせて変化するから、一つとして同じ動きをする駒がない。  一部をVIによって自動で動かすオートパイロットに設定できるものの、どの駒をそうするかの選択も重要になるだろう。今のところ、落とされても問題のない”安い”駒がそうなっているようだと、ヴァレスは自軍の情報を俯瞰する。だがそれが正しいのだろうか。ほとんど動く必要のない母艦などをオートにし、その管理に費やす頭を前線に向けるのもいい気がする。 (いや、だがこのデカいのが万一想定外の動きをしては、大惨事にもなりうるな。VIの制御がどんなものかによっては、博打すぎるか)  なによりこちら側は、ヴァリアンの友人だというアサリがここまでプレイしていたのだ。基礎はしっかりとできていると見て、迂闊にいじらないほうがいい。

「中尉。これでここまでの履歴見れるんですよ。こっちのは”裏”も全部出ます。あっちのは”表”だけですね」 「裏?」 「ステルス艦とか、敵に見えないヤツのことです。自軍での投資とかも、バレなきゃ”裏”に入ります」 「おまえそういえば、あいつに付き合わされたことあるんだっけ」 「ああ。さっぱり分かんねえのに、無理やりな。この”面”、ちょっと前に俺もやってんだよな」  マリウスの示したキーに触れると、目の前に膨大なログが出現した。  読むことはできる。だがやはりいつもどおり、言葉の意味以上のものがまったく入ってこない。 「このへん、俺が動かしたときのです。案外悪くなかったみてえで、クーシェ……ヴァーリの言ってたアサリのダチなんですけど、助かったって言われました」 「ほう。……ここでせめて、『たしかになかなかだな』と言えれば格好もつくんだろうが、私にはさっぱりだな」 「クーシェのお世辞かもしれねえですけどね」  しかし、とヴァレスは膝の上の息子を見る。リデアンは、じっとログを見上げている。たまに手をホロに突っ込んでいるのは、赤や青の文字がキラキラしているのがきれい、くらいの”演出”だろう。だが真実は、 (君の場合、これを見てあれこれ分かるんだろうな)  ヴァレスは、なにげなく全体を眺めるふりをして、ログをゆっくりとスクロールさせた。

 40年先の最新版はもっと洗練されていた。ゲームセンターに置かれている簡易版ならば30分程度で遊べるようになっていたし、マスタールールと呼ばれるタイプでも数時間の対戦だった。だからこそ銀河に熱心なファンを獲得できたのだ。  一方で、 (第一版は、多少難しいだけで、ありきたりだったか)  せっかちな他種族でも遊べるようにと簡略にしたものの、そのせいで独特の魅力も失ってしまっていた。  本来の『ケペシュ・ヤクシ』を異星人向けに翻訳しただけ、という『オリジン』の規模と複雑さは並外れている。だがたしかに、これがある程度分かるなら、ハマるのも理解できる。能力のある者には、シンプルで奥深いゲームと同様に、読みきれないほど難解で、全体が把握できないほど壮大なゲームもまた面白いのだ。そのことに分野は関係ない。

 ヴァリアンも、ティアたちにあれこれ説明するだけで時間を費やしている。だがそろそろ動かさなければ、見ているだけで一時間が経過しそうだ。 (このへんがアサリとの違いだな)  彼女たちならば、”一時間もたつ”とは感じない。たかが一時間程度で、そろそろ動かさなければまずいかな、とは思わないだろう。  ともあれ、進めようと決めて分かるだけの情報を比較する限り、現状で動かすのはC2-Rというシリーズの、左翼にいる戦闘艦隊がいいような気がするが、 「中尉。この、C4隊っての進めるの、どうですか」  ザスがさっそく提案してきた。

 燃料は心もとないが、移動選択先に大きな障害になりそうなものはなく、5歩(注:「歩」=その艦のその時点の移動力で一度に動ける距離。手数を1消費する)程度先に供給ポイントもある。C4の燃料補給を済ませ、小競り合いの起きている宙域に向かわせるのも悪くはなさそうだ。 「けど、こっちもヤバくねえか?」  マリウスはC4の進行ルートとは逆にあって、敵の小規模部隊が近づいてきそうな通信基地を気にしている。  情報を制限されることは、戦争だろうとなんだろうと不利につながる。防衛にある程度の戦力を回してもいいかもしれない。  そう考えていると、待たせすぎないかと気になったヴァレスだが、ヴァリアンはスナックとドリンクを手に、サポートについたリヴィアとティアと楽しそうに喋っている。 (彼は慣れているのもあるし、女性陣はなにか話題があればおしゃべりしているだけでも楽しめる、というところか。そう考えると、これはいい玩具だな)  しかも、そう簡単に勝ちも負けも決まりそうにないのである。それなら、多少の悪手も「いや、実はその先に考えていたことがあって」と誤魔化すことができそうだ。あまり気負わず気楽に動かせばいいかと、ヴァレスもほっとした。

 三人で相談し、まずは通信基地の防衛を優先することにした。今動かせる手数内だと左翼が薄くなるが、すぐに攻め込まれることはなさそうである。  が……。  閲覧モードを抜けて操作モードに切り替え、指示パネルに光が灯った途端、 「こえ!」 「あっ、リーくん!?」  ぺんっとリデアンの手がパネルの一つを叩いた。

 ボード上のほとんどすべての白い艦影がズズズっと前に出る。  ―――全軍進撃だった。

「ちょ、リディ!?」  防衛も燃料問題もなにもかも捨て、次ターンの行動不可リスクも無視、リソースも大幅に消費、更に特殊コストも使い果たしての一斉進軍。この大きな動きにはさすがにヴァリアンもぎょっとしたのか、椅子から腰を浮かせ気味になっている。 「すまん。リディが……」 「い、いえ、いいんですけど……。どうしますか? ホームルールなんで、取り消しももちろんアリですよ」 「うんうん。うちらが動かしたのにやっぱ今のナシは卑怯だろうけど、リーくんなら仕方ないっスよ」  と、ティアが言ったときだった。

『A-2-1_3、遊撃隊、撃破』 『A-3-1_2、斥候隊、撃破』 『B-1-1,3_5、通信衛星、破壊』 『B-1ネットワーク、全域通信不能』 『ステラ・エコー基地、通信遮断』 『ステラ・モクス基地、通信遮断』 『ステラ・ノイン基地、通信遮断』 『ステラ・クイン基地、通信遮断』  ボード上に一斉にレッドアラートが出現し、一隅が完全に"落ちた”。

 前回のプレイでヴァリアンが仕込んでいた隠密作戦中の艦隊が軒並み壊滅したらしい。同時に、ボードの一区画が周囲から切り離され完全に孤立、無防備になったその目前に、ヴァレス軍本隊がずらりと並んだ有り様。  オートパイロットに指定されている周辺の小規模艦隊が迎撃や防衛のために飛来するも、圧倒的な戦力を前にあっけなく散らされていく。こちらの軍もほぼ体力を使い切った有り様なのだが、躯体が違いすぎるのである。  その結果、膠着していたはずの盤面 東南東に、明確な勝敗が生まれていた。

 こうなれば、ヴァレス=ヴェクタスでも説明なしで分かる。  ヴァリアンが制圧された宙域を取り返そうと動くとしても、充分な戦力配備にはおそらく数ターンかかる。こちらはその前に、今の動きに連動して孤立した基地を各個奪取。弱体化した拠点はどれも、低い兵力でも制圧可能な数値になっているから問題ない。  なくした宙域を諦めたとして、では次にどんな手が打てるのかと言えば、こまごまとした他のエリアへの侵攻や、あまり旨味のない、しかしないよりはマシなフリー拠点の制圧、あるいは失った艦に代わるものの建造といったものだろう。これでは今の損失を取り戻すには至らない。  ヴァリアン軍もまた、同じような大戦力で正面からの激突を試みるという手もないわけではないが、その場合も、潰せるのはヴァレス軍の鼻先のみになり、消耗戦に突入するだけだ。そして真っ向からの噛み合いとなったら、すぐ背後や近隣に補給点を持つヴァレス軍に比べ、遠征してきたヴァリアン軍が明らかに不利になる。  敵がどう動くにせよ、それで前線が多少消耗するにせよ、こちらは本隊の分厚さを盾にして耐え、その間に燃料供給基地、資源採掘場、通信中継基地、輸送拠点を確保、防備を築いて兵站線をつなぐ。そうすれば本営からの物資輸送にかかるコストや危険性が低下し、消耗した軍の立て直しがスムーズに進むようになる。  それが完了すれば、強固な防衛ラインの完成だ。

「やりなおそうか? リディの悪戯でこれはちょっと……」 「う……」  と唸ったヴァリアンは、しかし、 「うぉっ、燃えてきたっ! いえ、中尉、そのままで! ここからどう崩すかが面白いんじゃないですか!」  むしろやる気になって、真剣にボードを睨みつけた。その意気に飲まれたのか、リヴィアとティアも真剣にあれはどうだ、これはどうだとアイディアを出している様子だ。  一方ヴァレス側のマリウスは、 「やっべ。神の一手かよ」  たった一手でこのターンのすべての操作権限を使いきって暗転した操作ボードを、なにが面白いのか順番にぺんぺんしているリデアンを驚嘆の目で見下ろしている。  ザスは、 「無欲の勝利だよなこれ」  と苦笑い。  ヴァレスは、 「すまん、リディが変なことして」  と謝りながら、 (変に絶妙な”良手”を打つよりは大胆なほうがバレないだろうが、これはやりすぎだぞ!?)  リデアンをボードから離すため抱え直し、むにむにと頬殻を揉むことで意思を伝えた。

 アサリの壮大なボードゲームだろうと。  リーパーによる補助機能がなかろうと。  “軍神"リデアン・トライオスにとっては、ひよっこ相手の、しかもたかが盤面の遊戯ごとき、他愛もない遊びにすぎない可能性が極大である。  ただし、大人の思考力を使うと眠くなってしまうのは相変わらずで、おなかはいっぱい、パパにだっこされてぽかぽか、うとうとするのも待ったなしだった。

 『ケペシュ・ヤクシ・オリジン』は、リデアンの無垢な(嘘)一手によって想定外に白熱し、盛り上がった。  最早ヴァレスまでがヴァリアン側に、ああしたらどうか、こうするのはどうだと提案する始末。  それでも最初の一手が覆せず、毎ターン、オートパイロットだけでも侵攻が進んでいくという有り様に、皆ただただ叫ぶしかなかった。  打ち手として味方の進軍を妨げるわけにもいかず、ヴァレスはヴァレスなりに、手数の分だけ駒を動かし、また、建設を進める。侵攻しないというのは手加減にあたるのだろうが、勝ちに行く代わりに決して負けないようにするというのも戦略の一つではある。そして、領内を安定させ運営し、万全な防衛網を構築するということなら、ヴァレス=ヴェクタスにとっても苦手ではない項目だ。  ましてや、コストやリソースという要素のために経済までが組み込まれているとなると、その方面にはやたらと強い。一見は損益に見合わない無駄な投資が、10ターン先にはまとまった金を生み出しているし、ログを見れば、”表”に出ないヴァリアン側の金の動きさえ透けて見えた。(そして、さすがにそれを妨害するのはやめておいた。)

 なんにせよ、”軍神”の示した必勝の一手と、”セリオの王”の(わざと損を出したりかなり手加減した)経営術によって、ヴァレスの支配域は繁栄し、安定していた。 (軍事にリデアン、経済に私……。すまん、ヴァリアン。相手が悪すぎるなこれは)  銀河最強レベルのタッグを相手にしてしまったことなど知らず、ヴァリアンたちは必死である。だがそれで楽しく盛り上がっているので、結果オーライだろう。  それにしても、生まれた金の注ぎ込み先が軍事しかないのがこのゲームの残念なところである。だから仕方なく軍備の増強に手数と資金を回し、新たな軍港を築き、基地を整備し、軍備の拡張に努める。それによってターンごとの手数は増えるし、新造艦はよりグレードアップされていく。そうなればますます守りは強固になり、火力も充実し……。 「もしかして僕、どうあがいても負けるしかないのかな、これ」  ヴァリアンがそう言ったのは、おそらく間違いない。

 レクトルスもこれを傍観しているのはつまらなくなったと見えて、ヴァリアン側についた。そして、さすがに老練な軍人らしく、危険な箇所を的確に押さえて封じ、圧倒的劣勢の中で見事な采配を振るっている。  何故ヴァレスに”的確な采配”であることが分かるのかと言えば、レクタルスがそうする理由を若者たちに教えているからだ。その分析や観察、判断は、門外漢のヴァレス=ヴェクタスが聞いてもなるほどと思える。 「正直なところ、ここまで戦力差が開く前に、停戦交渉に移るのが現実だ。おそらくそれもこの”ゲーム”に用意された決着の一つだろう」 「つまり……打ち手同士で、ここまでにしようって決めて、途中でやめるってことですか?」 「やめるんじゃない。ゲームは続ける。ただしボード上ではなく現実の、交渉という形でだ。たとえば、これ以上の被害を出さないため負けを認め、ここで停戦する代わりにランチを奢るがどうか? といったようにな」 「考えたことなかったです、そんな決着」 「ゲーム本来の目的は本拠地を落とすことだからな。だがこれが現実の戦争なら、この状況でまだ戦うなどという恐ろしいことは到底できない。まともな為政者であれば敗北を認めて停戦を呼びかけ、どれだけ条件を緩和できるかの交渉を最後の戦いとするだろう。とはいえこれはゲームだ。だからこそ、限界までどう粘るか、それを試みるのも有意義だな。実際、敵が和平に応じてくれるとは限らんのだ。そうなれば、限界の苦境だろうと戦わねばならんことはある」  そのとおりだ。  そして実際の戦争なら、毎ターン何十、何百という兵士が死んでいる。だがこれは、ただのゲームにすぎない。だからこそリデアンも、少なくない犠牲も出るが、それと引き換えに勝ちを確定させる一手を打ったに違いない。

 お昼寝から目覚めたリデアンもレクトルスの講義を聞いていた。こくこくと頷いているのは、”分かっているふり”のふりをした同意に違いない。  やがて、 「みー」  エドナが不足した軽食を作りに行き、他の全員がヴァリアン側で熱中しているからだろう。リデアンが「みー」と言うならそれは「ヴィ」。ヴェクタスへの呼びかけだ。 「やいすぎました」  こそっと囁く。ヴァレスはいつもどおり、最愛の息子にキスするふりをして、 「まったくだ。まさか一手でああなるとは」  こそこそっと囁き返す。 「あって、かてたのえ」(訳:だって、勝てたので) 「……勝てた?」 「よんてえ(4手で)、かてました。わたしがおしたぱねう、あのとおいにおせば」 「あのぺちぺち叩いてたの、そういう意味……。いいか? 私を助けようとしてくれたのは分かるし、感謝している。おかげで、あれこれとない知恵を絞らなくても良かったし、絞るふりすらしなくて済んだ。だがそれがよりにもよって一撃必殺というのはやめてくれ。君は私に、金勘定するときには桁を落とせと言うが、君も同じだぞ」 「あい。えも、とめあえ(止められ)なくて……。はんせいしてます」  リデアンもちゃんと、圧勝してはならない、というところまで考えたのだ。だがそこで幼児性に引っ張られ、見えてしまった勝ち筋、”すごく面白そうなもの”を取らずにいられなくなったということか。  それにしても、複雑怪奇で数日から一週間もかけて遊ぶゲーム。ヴァリアンたちが既にある程度遊んでいたとしても、それをまさか4ターンどころか4手で決着させるルートがあるとは、熟練のアサリたちも気がつくまい。


 お土産に渡したのは、昨日リデアンとエドナと共に作ったクッキーだ。  リデアンが一所懸命こねて作った不格好なクッキーは、エドナの手で可愛くラッピングされている。  最後の最後でテンションがぶち上がった部下たちは、大事そうにバッグに仕舞ったりポケットに入れたり胸に抱えたりしている。  皆、この休日を楽しんでくれたようで良かったとヴァレスは思う。  次の一手は、しっかりと手綱を引き締めることだ。こうして親睦を深めたことで馴れ合ってはいけない。だがそれは明日でいい。今日はこのまま、 「また明日からは大いに働いてもらうからな」  その程度の忠告で楽しく解散するのが上策だ。

「大佐。今後のこともそうですが、本日もなにかとお力添えいただき、ありがとうございました」  ヴァレスがレクトルスに敬礼すると、彼は少し笑って首を振る。 「なに、軍にとって有益なことなら、すべて試してみたいというだけだ。私は私の考える公益のために動いている。それがちょっとした楽しみになるなら、断る理由もない。こんなに可愛いお土産ももらったしな」  大佐という肩書を持つ立派な軍人にはやや可愛らしすぎるラッピングだが、それをレクトルスは顔の高さまで掲げて見せた。  やがて彼は、痩せた背中を迎えの車へと滑り込ませる。白いシックなタクシーが飛び去るのを見送って、ヴァレスは一日はりきって働いてくれたエドナの肩を抱いた。


     【後日談】

 ヴァレスは『ケペシュ・ヤクシ・オリジン』を買った。 「ゲームを遊んで、少しでも戦術が学べるなら面白いかとね。ただ、あいつらには内緒だぞ。知られれば対戦してくれとか言い出すに決まってる」  投影するためのデータパッドも、ゲームマシンとして特化したものを新調した。  そして休みの日にはリデアンと一緒に遊んでいる。  見ていてもエドナにはやはりよく分からない。ただ、二人が楽しそうなのでそれでいいと思っている。ただ、エドナが見ても分かるほどはっきりと負けていることが多く、特にリデアンがぺちぺちしているのを見ると、対戦相手に申し訳ないのではと考えてしまう。  ヴァレス曰く、リデアンが遊んでいるのはあくまでもVIモード、つまりソロプレイで、敵はVIだということだった。  なるほど。それで、自軍の操作パネルが光った瞬間になにか押す、といったリデアンのでたらめプレイでも、”相手”は決して怒らず付き合ってくれるのだ。  もちろんエドナは知らない。  そういうときには、実はボード表示が逆転している、ということを。相手側にヴァレス&リデアンのデータが投影されているのである。それを時間差処理しているため、エドナが見ると「リデアンが適当に叩いたパネルに応じて自軍が動く、そして当然負ける」ように見えるだけだ。    そしてネット上には並外れた凄腕プレイヤーが現れていた。  なにせ異常に強い。これだけ複雑で大規模なゲームなのに、10手も動かせばもう勝ち筋を掴んでいる。ハンディ10でやっとまともにやり合えるが、それでも勝てるかどうかは分からない。  フォワード・ルールでは一気呵成に本拠地を落としにかかってくるし、グランド・ルールでは準備ターンが過ぎて戦闘ターンが開始され、さあ戦おうとなった時点で既に戦力差が甚大になっているのだからどうしようもない。  だが、強すぎるから戦いたくない、ではなく、強すぎるからせめて一矢でいい報いたい、というのが筋金入りのゲーマーたちだった。必死に足掻くことを楽しむのだ。  それに彼(あるいは彼女、等)は、対戦後にすべてのログを公開してくれる。見てもほぼ分からない。何手も後に効果を発揮する仕込みを、何故そこでやろうと思ったのか、その根拠が分からないのである。だが詳細に調べれば、「このあたりのデータを元にしているのでは?」とはうかがえる。それはゲーマ―たちにとって貴重な知的財産だった。

 なにより、ブレイカーとして嫌われているプレイヤーを、グランド・ルールの戦闘開始から僅か5ターンで沈めたことでヒーローとなった。  チートコードで優遇データを作成している、という噂の戦力を、正規の手段で数倍上回る大戦力。本来使用できないトラップや索敵方法を駆使する相手を、力任せで突破するのではなくすべてかいくぐったフリゲート艦の単独突撃。負けを認めずゲームそのものをブレイクしようとするのさえ、システムを抑え込んで決着させた。ハッキングされたシステム上に表示されたのは謎の文言。文字を4つ並べただけのそれは、ブレイカーの所在地を示していたという噂だ。

 とんでもないプレイヤーで誰も勝てないが、ブレイカーのようなチーターではない。その気になればハッキングできるとしても、公開ログから分かるように彼は決して不正をしない。  それにめったに現れないし、30分ほどで去ってしまう。必要最低限のテキストチャットしかせず、次はいつ来ると予告することもない。  噂では、病床にいる天才ゲーマーだから30分しか起きていられないんだとか、多忙なCEOとか軍部高官なんじゃないかと言われている。正体を探ろうにも追跡ができないことから、きわめて高度な情報管理能力を持っていることは間違いなく、アサリ特殊部隊やSTG、パラヴェン本営などもスカウトあるいは抹殺のために動いているとかいないとか……。


「……試しに、と思ったが、やりすぎたな」 「やいすぎましたね」  セリオの王ヴェクタス・アヴローン+軍神リデアン・トライオスのフルスペック。それをちょっと試してみたくなったのだ。  悪気はない。目立つつもりもなかった。ただ―――少しだけ(?)やりすぎた。

 それに、ヴァリアンと彼の友人だというクーシェがブレイカーに出くわして、ベースデータを荒らされたという事件もあった。ベースデータというのは彼等の戦術アーカイブでありVIの知能でもある。それは彼等が『ケペシ』のプレイを通じて育ててきたものだ。  たかがゲームではある。だが、友人と楽しみながら蓄積し作り上げたものを壊されて、ヴァリアンは酷く落ち込んでいた。  もちろん、通常は敵がそこに干渉することはできない。ハッキングされたのだ。クーシェが不正に勘付いて警告したのが癪に障ったのだろうとヴァリアンは言っていた。

 ヴェクタス・アヴローンは容赦のない遣り手ではあったが、誠実な商売には誠実に応じた。戦うとしても、真っ当な範囲での工作や駆け引きを好んだ。  だが悪辣な相手は、それを上回る邪智で応じてでも叩き潰す主義だった。  邪道な相手にかける情けはない。正攻法で真正面から叩き伏せ、格の違いというものを思い知らせた。最後に表示したのは、ブレイカーの所在地だと言われているがそうではない。”彼等四人”のイニシャルだ。  彼等のPCにはメッセージを送った。あのイニシャルが、使っていたPCだけでなく持っているすべての端末で何日も表示され続ける気分はどんなものだっただろうか。

 リデアンは、さすがに脅し過ぎではないかと渋ったが、ヴァレス=ヴェクタスにはそこまでしたい理由があった。  ヴァリアンの話しぶりを聞くかぎり、彼はクーシェに気があるのだ。だがそう告げることはできず、ゲームを通して友達付き合いするのがせいぜいだった。  それでも続けていけば進展する可能性は大いにある。うまくいかないとしても、それもまた彼等が選ぶ自分の人生だ。  だがこの一件のせいで二人とも酷く落胆し、ゲームをする気にもなれなくなった。クーシェは自分が余計なことを言ったせいだと塞ぎ込んで、ヴァリアンが励まそうとしてもうまくいかず、むしろ怒らせてしまったみたいだとも、彼は自嘲していた。  これがもし、普通のプレイの中で発生した友人同士の行き違いや仲違いなら、ヴァレスは口を出そうと思わない。だがブレイカーが不正な手段でもって、二人のささやかな繋がりを壊したことが不快だった。

 幸い、ただのゲームだ。  データは消えたとしても、ヴァリアンもクーシェも死んだわけではない。  ブレイカーが無惨な返り討ちに遭い、そして二度と『ケペシ』に現れないとなったら、少しくらいは修復の後押しになるかもしれないし、せめて二人に「ざまあみろ」とくらいは思わせてやりたかった。  そんな話をしたときリデアンは、 「すっかい みんなのパパえすね」  と言った。ヴァレス=ヴェクタスはそれを否定できなかった。 「肉体年齢では10と少ししか違わないんだがな」  精神年齢は60オーバー。20代の”子供たち”を見ていると、つい手を貸してやりたくなってしまう。ヴェクタス・アヴローンであったときは気ままな独身貴族(後にリデアンと結婚したが)だったものが、今はリデアンの父として振る舞っているせいもあるだろう。

 ともあれ、そんな騒動の結果もあって生まれてしまった伝説の『ケペシ』プレイヤー、”VR”。  特になにも考えず、ヴェクタス&リデアンということで作った名前だが、 (あれ? ヴァレス&リデアンもこの頭文字だな。……まあ、まさか私がこの凄腕プレイヤーだなんて誰も思わないか)  バーチャル、という単語の略でもあるため、実はAIではないかといった噂も囁かれている。なにも問題はないはずだ。  問題は、ないはず、である。……たぶん。