Two of us 2.2
【My colleagues】
『なあ、ドレンさん』 なんだか懐かれてしまったようだと、ドレン・ヴァドはモニターに映る青い肌のドレルを見る。 通話の相手はツァレク・ハーリ。ドレンの雇い主が抱えるSPの一人だ。優れたバイオティックの持ち主で、インプラントなしでかなりの強度を発揮する。幼い頃からアサリのジャスティカーに育てられ、自然な形で素質を引き出し開花させられたのだろう。 常に呼吸用のマスクをつけており、顔の下半分は見えない。だが鮮やかなオレンジ色の瞳ははっきりと見える。彼はハナーとの会話フィルター、彼等の発光会話を見るための紫外線視認フィルターを入れていないのだ。つまり、ハナーと関わらない人生を送ってきた証である。 また、ケプラル症候群を患ったドレルの声はかすれるものだが、それも一切ない。 そういったことから、おおよそ彼の半生が読み取れる。エージェントの悪癖だ。人が知られたくないと思うような部分まで、つい見て考えてしまう。
だが今ツァレク、そしてクリストフに一目置かれ慕われるのは、その経歴があればこそだった。 力によって生きる者は、力を持つ者に敬意を払う。彼等は、自分が持たないタイプの力を持ち、それによって自分たちにできないことをするドレンを、「のんびりしたじいさんパイロット」への親愛だけではなく、敬意をもって接するべき仲間として見るようになった。 それでも一線を引いて礼儀正しくするのではなく、懐っこく寄ってくるのが二人の性格である。
ドレンは長い間スパイとしてあまり人と関わらない生き方をしてきたし、今は一人でのんびり静かに暮らしていて苦痛ではないが、人付き合いが嫌いなわけではない。 少しばかり静けさの勝る日常に、明るい通信の声が混じるのは歓迎だった。 今日のツァレクの話は、どうにかして見れないものか、という相談だった。 なにをかと言えば、『軍神リデアン・トライオスと暴獣アードノット・レックスの一騎打ち』映像である。 『ほんとにあったことなんだろ? 知ってること教えてくれよ』 そう言われ、ドレンは自分が知るだけの情報を思い出す。
噂と、ある程度確かな情報としてドレンが知っているのは、だいたいこのようなことだ。 時期は大戦中期。クローガンにとって、そして銀河にとっても格別に大きな出来事の一つである、ジェノファージ治療薬の散布が行われた。トゥチャンカ地表上だけのことではあったが、そこにいた多くのクローガンが、ジェノファージによる不妊遺伝子を修正されたのだ。 クローガンの救済という歴史的な瞬間である。 「そのすぐ後の、トゥチャンカでのことだというのは確かだな」 『なぁるほどなぁ。自分らのでっけぇ問題にカタぁついたってのが、節目っつーか、きっかけみてえなもんか』 横から割って入ってきたクリフが言う。 「そこはどうだろうかな。クローガンにとっての決闘は、試合ではないことは知っているだろう?」 『そういや、ぶっちゃけ殺し合いだっけか』 『だったら変じゃないか? なんでだよ? せっかくお祝いムードなのに殺し合うって』 「アードノット・レックスの心理は分からんよ」 答えながらドレンは、エクストラネットの検索を終えた。
引っかかってきたのは、些末な情報片だ。 だがそれを辿っていくと、『びっくり箱』と題された動画に行き着いた。それにはかなり高度に暗号化されたセキュリティがかけられており、挑戦者たちの断念の声もまとわりついている。 「ふむ、これかな」 『おっ、なんか見つけたのかよ!?』 「気になるもの、というところだが。少し試してみるか」 と、ドレンは久しぶりに頭脳のライトを灯した。
プログラミングは苦手だった。だがハッキングは得意だった。 創作のセンスはないがそれを解読するセンスはあると言われた。誰かは、怪盗にはなれないが探偵にはなれると言った。別の誰かは、小説家ではなく批評家だと言った。 なるほどと思う。こんな高度なセキュリティを組み上げることはできない。だが、その癖やパターンを把握し、行き止まりと罠を見つけ出し、解法を求めていくことならばできる。 しかもこれは、 (クイズだ) 解かれることを待っている。楽しんでいる。ちゃんとヒントがある。出題者は、美味しいおやつをご褒美にして、辿り着いてみろよと挑戦してきている。素敵なパーティで門前払いするためではなく、そこをくぐり抜けた者とともに楽しむために。 そういう遊び心を感じた。 途端にドレンの脳裏には、正解に至る道筋が見えた。
「うむ」 最後のエンターキーを押す。 と、そこには30半ばくらいの、ヒューマンの男の顔が映し出された。 “ジョーカー"だ。連合軍SSVノルマンディSR-2のパイロットであり、ジョン・シェパードの最も信頼するクルーの一人である。 ドレンはすぐさまそれをツァレクたちへと共有した。 『あー、誰か見てんのかなこれ? EDI、ちょっと難しくしすぎてないか? いやまあいいや。よし、ここに辿り着いた誰かさん。あんたが求めてるのは、怪獣vs怪獣の一大バトルだよな? そうじゃないなら回れ右だ』 と、彼は喋りはじめた。 調子は軽妙でふざけているようでもあったが、同時に、どことない切実さも感じた。 『今から見せるのは、マジかよこれっていうとんでも映像だ。ぶっ飛んでる。けど、見て損はない。これが、銀河を守った力の一つだ。よーく見ておけよ』 ウインクとともに暗転し、そして、小さなノイズの後、携行型の端末で撮影されたらしい映像に切り替わった。
『マジかよ。これ、合成とかじゃねえんだよな』 クリフの声が混じる。 映し出されているのは、距離をとって向かい合う赤褐色のクローガンと、それを越える背丈を持つ堂々たるトゥーリアン。遠距離から拾った音声のためかなり粗いが、 『丁度いいハンディだろう。私も若くはないが、貴方はもう年寄りで、しかもこれまでの戦いの中で臓器もいくつか失っている。全盛期には程遠い老戦士に、全力を出す必要などない』 喋る主の声が明瞭だからだろう。ノイズが混じっていてもはっきりと聞き取れた。 アードノット・レックスを相手に、見下すような挑発だ。これには思わずドレンもモニターを注視した。『やばいって』と聞こえるのはツァレクの声だ。 そして激突ーーー。
いったいどこの誰が、クローガンの一流の戦士相手に真っ向から戦おうと思うだろう。他に得意な戦い方があれば尚更だ。 だがそのトゥーリアンは、かつてのリデアン・トライオスは、銃すら使わなかった。体術と、そして、両腕に出した伸長圧縮のオムニブレードが武器だ。 互いに、相手の動く先を呼んだ攻防。しかしそれにすら対処する反応。ドレンもつい、息を忘れてモニターに見入る。レックスが自身の頑健さを武器に受け止め押し通るなら、リデアンは避ける。 そして最後には真っ向から組み合い、リデアンはこともあろうにクローガンを力任せに押し沈めた。 『うわっ、嘘だろ!?』 『マジかよおい』 「おそらく、電気刺激による筋力ブースト、同時に、相手をアースにすることで電流による攻撃もしているだろうが、それにしても、なんともはや……」 今の痩せたリデアンと比べれば、倍ほどにも見える堂々たる体躯。それが一瞬とはいえ更に一回りほど膨れ上がって見えると、かつて同僚が彼を「化け物」と言ったのも無理はないと思えた。
映像の持ち主は、おそらくタリ・ゾラだ。彼女が携帯端末で撮影したようだ。参考にしようとしたのか、記念なのか。なんにせよ、世間に流すためではない。ノルマンディの中でだけ共有されたのだ。 しかしそれを”ジョーカー”ことジェフ・モローは、こうして、極力人目につかないように電子の海へと設置した。 『どうだった? ありえないだろ。俺は上にいてモニターで見てた。降りて生で見なかったことを後悔してる。まさに軍神。普通ならなんだその呼び方って笑うとこだけど、笑えないよな、こうなると』 そのとおりだ。大袈裟な通り名は、冷静な頭には白けて聞こえる。だがかつてのリデアン・トライオスは、それを過剰だと言わせないだけのものがあった。 しかし、 『けど、この人はもういない』 ジョーカーの声が少しだけ沈んだ。
『だからこれは、ささやかな嫌がらせってわけ』 と少しおどけてジョーカーは言う。英雄として喧伝されることを嫌うだろう軍神の、ほとんど誰も知らない決闘。これもまた伝説の一つになるに足る出来事だ。 しかしジョーカーは、そしてこの動画をデータの奥深くに沈めて隠した共犯者は、拡散させるつもりはなかった。その証拠に、 『本当に死んじまったんなら、どうしようもないけど……。でももし生きてるんだったら、いつか教えてくれよ。俺たちみんな、あんたにお礼一つ言えてないんだ。この動画に文句があるんだったら、俺は、いつでも受けて立つからな』 そんな言葉とともに動画は終わり、同時に、完全に消失した。
もう一回再生してくれとクリフに言われたが、データはもうドレンのデスクにも、元あった場所にも存在していなかった。 『録っときゃ良かったぁぁぁ』 と雄叫びを上げられたが、おそらく無理だ。再生に伴ってウイルス感染し、こちらの端末にもそういったロックがかけられていただろうと思う。そしてそのウイルスも、動画が終わると同時に消滅した。その形跡だけはドレンにも探り出せたが、再生中にはまったく気配もなかったことに感心する。 EDIというのは、高度なVIを搭載した戦闘アシスタントだと言うが、実のところサーベラス製のAIであるというのは事実だろう。であれば、電子機器への介入はお手の物ということだ。
そしてこれは、軍神の伝説を探す物好きな誰かのためというよりも、当の軍神に見つけられることを期待したものなのだと、ドレンは考える。 最後のメッセージが彼に向けられたものだから、というだけではない。これほど高度に隠されたものであっても、彼であれば容易く見つけ、開くこともできるだろうからだ。 もし生きているのであれば、いつかどこかでこれを見つけて、自分たちにはそのことを教えてほしい。礼を言いたい。 (いや。きっと、「また会いたい」。そう言いたいのだろうな、本当は)
『なあ、ドレンさん』 ツァレクに呼びかけられて物思いから現実へと立ち返る。 『これ、見たってこと、人には言わないほうがいいやつか?』 問われて、ドレンは少し首を傾げる。 リデアン・トライオスが隠遁を望み、自身の伝説や英雄譚の拡散を厭うのであれば、現場映像など出回らないほうがいいだろう。しかしこれは、そもそも見るためにかなり高度なセキュリティ突破能力が必要であり、見たとしても拡散はできない。再生され、消えるものだ。それを阻むのは見つける以上の難題だ。 だとすれば、リデアン・トライオスは生きていると吹聴することに比べれば、ネット上の都市伝説として騒がれるだけで済むだろう。 それにそもそも、 「二人とも、これを見たということを、本人から隠せる自信はあるのかな?」 尋ねると、そろってぎくりとした。
「それなら正直に、気になったから探して三人で見たと、私から伝えておこう。そのうえで、口外しないほうがいいか尋ねるのがよかろうさ」 『ありがてぇぇ』 『でもそれだとドレンさんが矢面に立たないか? 俺たちにねだられたからにしたって、断れって言われたら……』 「構わないよ。私自身も見たかったのだ。それに、おおかたこの話をすれば、誰よりも一番見たがる人がいるじゃないかね」 『……? あっ、ボスか!』 『あー! そりゃそうか』 「彼を巻き込んでおけば、逃げ道は作れるということだ。うまいことやっておくよ。どうなるか分かるまでは、とりあえず他言無用ということで、いいかな?」 『ラジャビッ!!』 『お口チャック、了解、チーフ』 軍式の敬礼をするクリフと、いつの間にかつけられた肩書を言うツァレクに苦笑しながら、ドレンは賑やかな午後のおしゃべりを終えた。
二人はあれこれ懸念したが、ドレンとしてはリデアンには伝えたいと思っている。 彼を慕い、せめて生きているということだけでも知りたいと思う者たちの思いを、いつまでも電子の海の奥底に沈めておきたくはない。 ただ、本人がこの動画、このメッセージを既に見てしまっている可能性もある。 (だとすれば、そのうえで放置していることになるな) その場合は、誰かが見て話題にすることを、彼は許しているということになる。 (なんにせよ、今度出かけるときにでも、聞いてみるとするか) 雇われパイロット、そして今はSPの一人ということになったが、そんな立場でも、ドレンはドレンなりに、雇用主とそのパートナーに親愛を覚えているのだ。
仕事の具体的な内容がなんであれ、誰かの道のりをサポートすること。 やっている仕事は昔と変わらないが、今のほうがずっと、人に誇れると思う。 そしてふと、死ぬ前にはもう一度だけ、妹に連絡を取ろうと決めた。許してはくれなくてもいい。ただ、今の自分はスパイなどではない、第二の人生は素敵なものになっていると、それを伝えるために。 いつの間にか笑ってしまう顔を、今は無理に無表情に戻さなくてもいい。 ドレンは小さく鼻歌を歌いながら、惑星警備のモニターチェックに取り掛かった。