Two of us 3.1

     【迦陵頻伽・夜】

「どうしたんですか、ヴェクタス、今日は……っ」  戸惑う声さえ、今は濡れて甘い。  言葉を途切れさせた悲鳴は押し殺されて、代わりに快楽に突き上げられた体が跳ねる。  小さく零れる"イヤ"と"ダメ"は、恥ずかしいからイヤ、気持ちよすぎてダメ、我慢できないからダメ、乱れてしまうからイヤーーーどれもこれも、甘く愛しい拒絶の言葉だ。

 石のように無感覚で、当人も相手も楽しみたくても楽しめない、それをもし不具・不出来とするなら、リデアンはその点においても完璧だった。  高まった体温によってほのかに香り立つ体臭、快楽にかすれた声、滑らかな外殻に弾力のある肌、そして、愛しい恋人を受け入れるその部分、すべてがヴェクタスにたまらない悦びをもたらし、リデアン自身にも返っていく。  残酷なのかグロテスクなのかは分からないが、身体の欠損、損傷によって排泄行為を外部の機械処理に委ねることになったリデアンのそこは、今ではヴェクタスを受け入れるためにしか使われない、受容の器官になっている。そのうえ、繰り返される行為によって、身体が"役割"を誤認したのかそれとも更新したのか、明確な感覚神経を持って快楽を覚え、甘く濡れるようになっていた。

 敏感すぎると思ったから、できるだけヴェクタスはセーブしてきた。  ゆるやかで穏やかな営みでよく、リデアンが安心できることが大事だった。  だが今日は少しだけ、我が儘をしたかった。

 大きな快楽の波に何度も揺すり上げられて、リデアンの口からいつになく高く詰まった声が漏れる。  声を聞かれまいとするのは、プライドではなく羞恥だろう。気持ちは分からないでもない。愛らしく小柄な女性ならともかく、大柄な、しかもそこそこいい年をした男が、という思いは、たぶんリデアンにもある。  だが、これまでに抱いてきたどんな相手を思い出したところで、今腕の中にいる恋人よりも可愛いことはない。

 だから、 「リデアン。我慢せず、聞かせてくれないか。君の声が、聞きたいんだよ」  体奥の、感覚器が集まったらしい場所をゆっくりと押し上げる。 「ひっ……イ、イヤ……あ、やめ……っ、だめ、だめです、ヴェ……っ」  がくがくと腰が震えて、中が強く収縮し、リデアンが軽くのけぞる。 「ほら。気持ちいいなら、そのまま声にして。私のーーー」 (私の、”カラヴィンカ”)

 仕事柄、付き合う相手の文化や習俗については学べるだけ学んだ。理解などと綺麗事は言わない。相手を把握するためだ。知識は武器になる。  大抵のことはただのデータだが、中には妙に心を打つものもあった。  “カラヴィンカ”。  ヒューマンたちの宗教の一つ、その挿話、あるいは寓話に出てくる鳥だ。人頭鳥身で美しい声を持つという。神獣というより、“神の言葉"そのものの形容として描かれた存在としてヴェクタスは解釈した。

 森に放った鳥たちの声は本当に美しかった。  だが、あれらはカラヴィンカではない。  もしそんな存在があるのなら、たった一羽のはずだからだ。  だとしたらそれはヴェクタスにとって、ここにいるリデアンの他にありえなかった。

 普段の淡々と抑えた声も、少し笑った柔らかな声も、怒ったときの突き放すような硬い声も。  ログで聞いただけだが、張り詰めた命令の声音も、端的にしかし真摯に語られる士気高揚の言葉も、戦いの最中零れる鋭い刃のような呼気も。  そして、快楽に逆らえず自制が切れて、すすり泣くような甘く艶やかな喘ぎ声も。  あの鳥の声を聞き飽きることがあったとしても、この声だけは永遠だろう。

(……しかしまあ、ご機嫌を損ねると口を聞いてくれなくなるからな)  やりすぎは厳禁だ。  怒ったリデアンに許してもらうため、あの手この手を考えるのもまた楽しいが、 (私は本当に、どうかしてる)  見えない目から落ちる雫をそっと拭って、その手でそのまま頬を撫でる。 「すまないね。君が可愛すぎて、我慢できなかった。少しやりすぎだったかな」  ここからはもう無理はさせず、リデアンのペースに合わせて眠りに落ちるまで、ゆっくりと時間をかけて、穏やかに過ごすことにした。

 体を重ね深くつながったままではあるが、ヴェクタスは動くのはやめしっかりと抱きしめる。肩にかかる左の腕が答えで、浅く荒れた呼吸に混じる、小さく鳴くような声がたまらなく愛しい。 「大丈夫か? 痛いところは? 苦しくないか?」  首が横に振られ、 「でも、もう少しだけ、ゆっくり……」 「ああ。分かってるよ」 「あの、でも、ヴェクタス」 「ん?」 「……まだ、離れないで、このまま……」  少し恥ずかしそうに告げるのは、千万億土の鳥にも勝る、天上の声。


【カラヴィンカ】

カラヴィンカ カラヴィンカ 天上の鳥 天帝の規 其の啼く聲に 星は廻りて 宙は撓む

畏み 畏み 天籟の調 奏づるは 天元の主

カラヴィンカ カラヴィンカ 浴する此の身に 求むるは 唯 御聲の下に 在らんことのみ

御聲の下に 其の下に

永劫永久に 在らんことのみ


 ほんの余興だった。  貴方の声は魅力的だから、ここで一つ歌か詩でも。  そう求められたヴェクタス・アヴローンが、巧みに断るかと思えば少し考えて引き受けて、壇上で披露した即興詩だ。  この詩吟を会場でたまたま聞いた者は、甘く低い声でゆっくりと、優しく歌うように綴られる言葉にただただうっとりと聞き惚れた。

 この音声ログが流れ出し広まると、瞬く間に銀河中に拡散された。  美しい詩吟として耳を傾ける者が大半であったが、一部ヒューマンの宗教家からは強く支持された。異星人であるにも関わらず、仏の教えに真摯な理解と敬意を寄せていると、激賞したのだ。  詩としてはどうのと難癖をつける者は後を絶たなかったが、“専門家"のつまらない意見は多くの素朴な市民に無視された。

『カラヴィンカ、カラヴィンカ』  音声ログは、今日もまたどこかでそっと再生されている。  優しく語りかけるような、それでいて深い尊崇を捧げるような。  それの入り交じる不可思議なところも、この吟の魅力なのかもしれない。


「……それを、君が聞く必要はないぞ」 「何故ですか。素敵ですよ」 「そう言ってもらえれば、嬉しいのは嬉しいが……」 「それにしても、貴方に詩作の才能まであったとは思いませんでした」 「思いついた言葉の"形"を、己の中にある語彙を用いてその場で整えるのは、ある種の技能だろうね。しかしそれで言えば、ヘボ詩だという批評が一番正しい」 「そんなことを言う口は黙らせておけばいいんです」  そのためにさらっと危険な手段を取りそうな恋人だが、「これは君のことだよ」と教えたら、枕を投げつけられる程度で済むだろうか?  とりあえず、何も言わないことにするヴェクタス・アヴローンだった。