Two of us 3.7
【迦陵頻伽・友】
『カラヴィンカ、カラヴィンカ』 そう語りかける甘い低音で始まる詩吟は、シタデル評議員アンダーソンのもとにも巡り巡ってやってきた。 意外にミーハーなテヴォス評議員から 「今、市民の間で非常に流行っているものです。貴方も一度は聞くべきですよ」 と渡されたのだ。 即興詩であり、現場でたまたま録っていた音源が元ということで録音状態はあまりよくないらしいが、それでも丁寧にノイズキャンセリングされたそれは、肉声ではない、というレベルにまでクリアになっていた。
『天上の鳥 天帝の規』 正直なところ、アンダーソンにはよく意味が分からない。 地球の宗教がモチーフになっていると言われても、アンダーソンはゆるいクリスチャンであって、ブッディストではないのである。千年も前から銀河を舞台に生きて、「国」という概念すら朧になった種族とは違うのだ。未だ地球には国境があり人種の隔たりがあり様々な宗教がある。 そのうえアンダーソンは、軍人として一途に生きてきたため、芸術方面にはとんと疎い。
銀河の翻訳は高精度で、トゥーリアン語も自然な英語に直されているが、どう聞いても古風な言い回しだ。 『天籟の調 奏づるは 天元の主』 意味が分からない。テンライ? テンゲン? そもそもカラヴィンカとはなんなのか。人の名前か? それとも神の名か? ただそれでも、 『求むるは 唯 御聲の下に 在らんことのみ』 “望むのはただ、貴方の傍にいることだけ”、そこは分かった。
(ヴェクタス・アヴローンと言えば) 馴染みのない名だが記憶はしている。 あの日会った実業家だ。 リデアン・トライオスを死の淵から呼び戻し、そしてーーー 『私の、パートナーです』 あの"鋼の軍神"に、そう言わせた男でもあった。
であればこれは、どう聞いたところで、 (ラブレターだな) こまごまとした意味はまったく不明でも、それだけは間違いないと思う。 しかも困ったことに、ほとんど肉声と変わりないほどクリアな再現再生なので、大言壮語を楽しむ男の声ではないとも、分かってしまう。作品として飾り、語って聞かせる作り事ではあるとしても、彼は本気で言っている。 繰り返される"天"、それから星、宙、そして永遠。人の手には余る大きなものを、唯一それらに敵う心を、この男は本気で捧げているのだ。
(次に会うのが怖くなってきた) ヴェクタス・アヴローンにか、それともリデアン・トライオスにか。 だがなんにせよ、とアンダーソンは冒頭からの再生を選ぶ。 『カラヴィンカ、カラヴィンカ』 『天上の鳥 天帝の規』 『其の啼く聲に 星は……』 優しく甘く語られる声と調子から、意味を越えて心は分かる。 (愛されてるんだな。……良かった。本当に、良かった) 我知らず、涙が溢れた。
孤独に佇む姿を知っている。 冷たい視線に囲まれていたり、実の父に酷く殴り倒されていたり。 憧れや尊敬を得ても、だからこそ距離があったり、恐れられてもいたり。 戦うために立ち上がり、人であることをかなぐり捨てた背は、多くの者に追われてはいても、孤高だった。 そして自分は、友ではあったけれどそれでも彼に、本当に手を差し伸べられたことは、なかったように思う。
だが今彼の傍には、大層な愛を本気で語る男がいる。
取り出したハンカチで目と頬と顎、テーブルを拭う。 鼻を啜り上げ、大きく息をつく。 湿ったハンカチを丁寧に折りたたんで元のポケットに入れ、テーブルを離れると、アンダーソンは大きな窓の前に立った。 シタデルの白く美しい中庭が眼下に広がり、見上げれば人造の青い空。このずっと先のどこかに、彼等は暮らしている。 「幸せにな、リデアン」 届かないと知っていても、そう言わずにはいられなかった。