銀蛇と軍神 1

     【VELNA】

 最近リデアンは、工作に夢中だ。  と言っても彼が作っているのはドローンで、半年ほど前にヴェクタスが頼まれて外注し、先月届いたそれをいじり続けているのである。  門外漢のヴェクタスには、それがどんなドローンなのかはよく分からない。リデアンに頼まれて渡されたデータを技研に送っただけだ。ただ、ヴェクタスの無茶振りには慣れているはずの彼女から届いたメールは、「本気ですか」というより「正気ですか」というニュアンスのものだった。  私は頼まれただけなのでそれがどういうものかは分からない、なにか問題があるのかと尋ねると、 『ゲスを作れと言われているようなものです。しかも、彼等群体と同性能で、極めて小型の』  と返ってきた。ヴェクタスは、「とにかくできるだけのことをして試作機を作ってくれ、サイズはこの際妥協してもいい」と伝え、それ以上深く考えないことにした。

 先月の終わりに届いた荷物は、大型キャリーケース程のサイズだった。  とはいえ、複数体のゲスが情報共有したとき並の処理性能を、たった半年でこのサイズにまで落とし込んで製作したのだから、驚異的ではある。開発と製作には、いつもの研究・開発チームのメンバー以外に、クォリアンの工学師やゲスたちまで巻き込んでおり、請求額は想定よりも一桁大きかった。  額面を見て一瞬驚きはしたが、難なく支払える範囲なのでそれはどうでもいい。  問題は、届いたそれをリデアンが、受け取って以来ずっとあれこれといじり倒している、ということだ。放っておくと休憩を取らないので、ヴェクタスは見かけるたびに休めと言うことになるし、おちおち出かけてもいられない。  自分の体を労ることがヴェクタスの望みでもあると分からないリデアンでもあるまいに、この件についてだけはやけに頑固だった。

 自分が結婚した相手はとんでもない存在だったのではないかと思い始めたのは、10日ほどしてからだ。  試作機はシンプルな金属ボックスのようなものにおさまっているのだが、それが今や大きめの旅行鞄サイズなのである。  時折通信する声もするので、技研の連中とも相談し、助力は得ているのだろうが、質問し答えをもらっているのではなく、対等に議論している。 (彼にできないことはないのか)  と改めて思う。

「いい加減休みなさい。もう4時間も続けているぞ」  少し厳しく叱りつける。これまではそうすれば仕方なく諦めて、30分程度の休みは取ってくれたのだが、今日は、 「時間がないんです。もう少しでいったん完成しますから、あと1時間だけ続けさせてください」  と言ってきた。 「時間がない?」  今まで言われたことのない言葉だ。  期日、期限があるとは初めて知った。そしてヴェクタスは今になってやっと、 「そもそもそれは、なんなんだ?」  と尋ねた。

 リデアンいわく、 「私の代理ドローンです」  仮称は"中枢指令判断モジュール"。リデアンが行う確認、分析、思考、判断を、委託するためのものだと言う。 「完成すれば私はこれに、“走査実行"を命じるだけで良くなります。あとは、出てきた結論を私が精査し、修正したうえで送信して、今度は"命令実行"をコマンドする。それで私の代わりにこのドローンが他のドローンの制御や、電子機器への干渉を行ってくれます」 「それはつまり……君の分身、のような?」 「そうですね。とはいえ、これは私のコマンドなしには起動しません。最終決定権も原則的には私にあります。命令違反した場合に備えてセーフティも組み込み、万一暴走したとしても、これに搭載する機能は私が使える火器やテック技能の半分程度に制限してあるので……」 「い、いや、いい。分かった、もう分かった。つまり安全だということだな。万一暴れ出しても、君が始末できる、と」 「ええ。それから貴方にも制御キーをお渡しする予定です」 「なに?」  そこまで話してリデアンは、急にヴェクタスの手を取った。

「もう二度と見たくないんです。貴方が傷つくところは」  取った手を、自分の頬に当てる。 「リディ」 「でも貴方は本来であれば銀河中を飛び回って仕事をする人ですし、出かけていく先も要人のもとが多い。またいつあんなことが起こるかは分かりません。そして私は、そこにいられるわけじゃない」  だから、代わりのこのドローンを。  ペットのように、あるいは小さな護衛のように連れていければ、いつでも近くで守ることができる。  そしてまた、戦えば立てなくなるほど消耗し磨耗するリデアン自身を守ることにもなる。 「来月の半ばに、また大きなパーティに出席するでしょう。不安なんです。今この銀河は、貴方たちのような資本家に支えられて復興を続けている。にも関わらずそれを金利主義だと、世界のことなど考えていないと嫌悪する人も少なからずいる。ネット上で文句を言っているだけならともかく、行動に移す連中も後を絶たない。もしまた貴方になにかあったらと……。だからせめてそれまでに、これを作っておきたいんです」 (私のためか)  そう知ると、ヴェクタスは胸が詰まるようだった。

 優しく頭を抱き寄せて胸に押さえ、溜め息をつく。 「だからって、そのために君が倒れたりしたら、私が心配する。そんなところは見たくないというのは、私も同じだ」 「ヴィ」 「期日から逆算して、そんなに急がないと完成しないものなのか?」 「だから急いでいます。この状態では大きすぎるし、自走もさせにくい。それに、攻撃力があると分かっているドローンを個人に持ち込ませる会場なんてありません。偽装も必要になる」 「冷静になりなさい。そんなものを偽って持ち込んで、たとえ自衛のためだろうと使ったら、私の立場もまずくなる」 「……でも、何かあって、取り返しがつかなくなるくらいなら……」 「リディ」  そこまで思い詰めていたとは思わなかったと、ヴェクタスは宥めるようにリデアンの肩を叩いた。

 そうしてふと。 「……本体を二つに分けるのは無理なのか?」  と思った。  全部を一つにまとめようとするから、大きくなる。であれば、積載量を取る部分、おそらくメインの頭脳や攻防のための機器だろうが、それらは別の形で近くに置いてはならないのだろうか。  そして連れ込むドローンは、あくまでもそれらにアクセスするための送受信装置にとどめる。  もちろん会場には様々な理由で通信制限がかけられ、本体へのアクセスが阻まれる可能性は高いのだが、それはいざとなったらクラックすればいい。  その程度の限られた機能だけを持たせたドローンであれば、かなり小さくできるのではないだろうか。  というのは、素人考えなのだろうか? 「それなら使った場合でもはるかに簡単に言い抜けられる。加えて動物の形にでも作れば、護身用のロボットペットとして持ち込める。その程度の隙間ならあるからな」

 しまった、と思ったヴェクタスだが、自分が言いだしたことであるだけに、止められなかった。  2機のドローンがリデアンの目となり手指の代わりとなって、ちかちか動きつつ箱を分解していく。 「リディ。目処はついたんだから、程々にして休みなさい。1時間してもまだやっていたら、無理やりでもそこから引き剥がすからな」 「20分で終わります。そうしたら、続きは明日に。約束します」  そう言うなら、そうするだろう。やれやれと呆れながら、ヴェクタスは夕飯の準備をすることにした。


 美しい、マゼンタカラーの金属翼を持つ鳥が生まれた。  金色の嘴、エメラルドの瞳、目の周りを彩る透き通るようなスカイブルー。  実在の小鳥よりは大きく、隼のような外見をしているが、あの鳥が交配を重ね大きく、そして肉食に寄ったならこんな姿だろうかと思わせる。  姿勢制御は四足歩行の動物にするよりも困難なのだが、自在に飛び回る必要はないのだ。圧縮空気の吸い込み、排出と揚力で浮かび、ホバリング、追従できる程度でいい。  鳥型ドローン自体が持つ機能は、通信と防衛、そして電子干渉のみに限った。持ち込む際にはあくまでも護身用のロボットペットとして、電子機器への干渉能力だけ伏せておけばいい。

 リデアンはこれ(の本体)に、徹底して自分の思考パターンを学習させた。  ヴェクタスが思うに、銀河のAIをやや越えるリーパー由来の情報処理による、超スパルタである。何百何千何万という回数のシミュレーションを繰り返し、リデアンの出す答えと"それ"が出す答えの差をなくしていく。  決定的なエラーにはブレーキがかかるよう、そのパターンも何通りも検出した。  リデアンがコントロールしている間は、出した答えは必ず彼によって確認され認可されるが、不在の場合、この"鳥"が独自の判断だけでヴェクタスを守るのだ。まかり間違っても守るべき相手を傷つけることなどないよう、徹底的に"調教"したのである。  それはヴェクタスから見ればリデアンも"鳥"も、無言でただじっとしているだけの時間だが、 (がんばれ……)  と言いたくなった。もちろん、“鳥"に、だ。

 そうして出来上がったのが、CC-DM/1A。  リデアンがその記号を淡々と口にするのを聞いたヴェクタスは、せっかく鳥の姿なのだし、ロボットペットとして連れて行くのだから名前を付けようと提案した。  リデアンは一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに、そういう"遊び"のなさが自分の欠点であり、ヴェクタスが好む"余剰"なのだと察したようだ。 「では……VELNAはどうでしょう。Versatile Executive for Logic and Networked Autonomyです」 「うん、いいね。いいと思う。しかし、どうしてわざわざ装置の名前を作って、それを略称にするんだ。普通にメンティスとでもティレンとでも名付ければ……」 「機能に関連していたほうが、覚えやすいでしょう?」 「その呪文みたいなフルネームと即座に結びつくのは、理工学に詳しい者だけだよ、リディ。私にはただヴェルナでいい」

 最近、うちの妻が優秀かつ可愛すぎるのはいいがちょっとどころかだいぶ変わっているのではないか? と思うようになったヴェクタス・アヴローンであった。