銀蛇と軍神 2
【貴方の隣に】
(まるでヴィだな) ラジオから流れる歌を聞いて、リデアンはつい笑った。
彼のいない日中、なにもすることのない時間。 目を使わず、椅子に座ったままできることは限られている。そんなリデアンに、この小さなラジオは良き友だった。 掌に乗って余るほど小さなものだが、性能はいい。おそらくリデアンのためだけに特注したものだ。音声認識や広範囲の受信は市販品にあるとしても、微細な電子ノイズをカットする必要はないからである。
よく聞くのは音楽番組だ。様々なものが流れてくる。 いくつもの歌を聞いていると、種族ごとの特徴も次第に分かってくる。ハナーの不思議な浮遊感、エルコーの詩吟めいた歌、アサリたちのハーモニー、楽曲もそうだが、乗せられる歌詞、そこにある心情にも種族的な差異は刻まれている。 面白いのはヒューマンだった。 ドラマチックな歌を好むのはアサリ、トゥーリアン、クォリアンもそうだが、彼等は皆、共同体、その代表として歌うのだ。愛はすべての愛であり、怒りはすべての怒り。世界の声の代弁者となる。 だがヒューマンは極めて個人的な歌を歌う。怒り、愛、喜び、悲しみ、声援、信念、世界観。歌い手は世界の代表ではなくあくまでも個人で、自分の中には存在しないだろうものさえ、良い歌手は真実味をもって歌い上げる。
その歌は複数の男性ボーカルと、一人の女性ボーカルによるものだった。 『I wanna call the stars down from the sky』 空から星を呼び寄せる、というのは強い思いのたとえなのだろうが、ヒューマンが歌うと本気のように聞こえる。 『I wanna live a day that never dies』 死ぬことのない日を生きたいというのは不思議な言い回しで、こういう強調表現もヒューマンらしい。 『I wanna change the world only for you』 そしてそのフレーズを聞いたとき、リデアンは思ったのだ。まるでヴェクタスだな、と。
一人のために、星を買うくらいは余裕で、世界さえ変える。 ヴェクタスにはたとえではなく実行可能で、しかも時折実現させている。 彼は、車椅子での移動に不便すぎると知って、都市一つまるごと、よりハイレベルなバリアフリーを推し進めた。 この小さなラジオもそうだ。日常生活には必要ない過剰性能である。だが、超高度な電子干渉キャンセリングは、精密機器を扱う現場で役に立つ。リーパー技術の研究も、極めて高度な医療も、目的はたった一人のためであっても、結果的にそれが世界を変えていく。 『All the impossible I wanna do』 不可能なすべてのことをやりたいというのは、世間が言う"不可能"なんて知ったことかということか。 世の中の"不可能"は実際、ヴェクタスにはほとんど意味がない。
雨の下、つまり寒さに凍える中でなら抱きしめていたいと語り、笑顔にキスしてその下の痛みを感じたいと言う。 このパートを歌うのは女性だったが、やはりヴェクタスの思いそのもののように感じた。 二言目には美しいと言ってくれる彼の言葉に、その後の部分も重なるようだったし、彼が生きる権謀術数の世界の中では、愛しさだけで完結するものはたしかに真実だろう。
金と欲の渦巻く世界で銀蛇と呼ばれる男に、ヒーローの肩書は似合わない。 だが、 『Everytime you touch me, I become a hero, I’ll make you safe』 リデアンにとっては、他のどこにもなかった安らぎをくれた救い主だ。 たった一人に固執してそのために世界さえ滅ぼしかねない、ヴィランにしか思えない男だが、 『I’m shining like a candle in the dark』 悲しい心を照らすあたたかな明かりとなったのは、彼だった。
そして歌が2コーラス目に入ったとき、これは1コーラス目とは別の誰かの歌だと思った。 最初の人物の違う側面だと思うには、あまりにも自分に似すぎていたからだ。 孤高の、無欠の存在として立ち続けてきた。他人にはそうだっただろう。自分でもそれが自分だと思ってきた。 だが本当は違った。 中にあるのはボロボロで歪みきって壊れかけの、小さな子供のままの核だった。
一人で立っていたのは、一人だったからだ。誰も支えても守っても助けてもくれないから、一人で立つ以外にできなかった。ただそれだけだ。 『Show you the loneliness and what it does』 本当はつらかった。寂しかった。悲しかった。助けてほしかった。だが伸ばした手は嫌悪と怒りで叩き払われるか、距離を取ってそのままにされた。それもまた悲しいことだったから、手を伸ばすことをやめた。悲しいと思うからつらいのだと、何も思わず考えず感じないことを選んだ。 それらすべてを、ヴェクタスは聞いてくれた。 『You walked into my life to stop my tears. Everything’s easy now I have you here』 本当にそうだ。すべての痛みや悲しみは終わって、今はずっと、はるかにずっと良くなった。何もかも。
続くサビはまったく同じだが、 (これが私なら) とリデアンは思う。 かつては勝手に背負わされただけの"英雄"に、彼のためならばなれる。 そして守りたい。二度と傷つかないように、彼を取り巻く悪意と敵意から。 『I’m shining like a candle in the dark』 闇を切り裂く、炎となって。
彼のためだとか綺麗事は言わない。 『In a world without you, I would always hunger』 ただ自分がほしい。なくしたくない。彼がいない人生なんてもう考えたくもない。だから、 『All I need is your love to make me stronger』 失った数多のものがあってさえ、過去よりもなお強く、今なら立つことができるだろう。
「な、なんだと!?」 一緒に行くと言ったとき、ヴェクタスは正気を疑うような反応をした。 「しかし……いいか? 今、君が表に出るということは」 「分かっています。一部の人にとはいえ、私は貴方の伴侶として知られた。かつての"軍神"が今や豪商の"妻"。面白いネタです。世間に広まる。でも、構いません」
(自分用の注記:それを嫌うならリデアンは今後永遠に、人前には出られないことにもなる。人の記憶からすっかり消えて興味も関心も薄れるまでは。それはヴェクタスも懸念したため、婚姻届を出す前に意思確認している。そのときリデアンは、「それで構わない」と答えている。このことは、婚姻届を出すことが明らかになる話の中に入れること)
いったいなにがあったと言うヴェクタスに、リデアンは自分が語るより伝わるはずだと、昼間聞いた歌を聞かせた。 リデアンのすることならと黙ってラジオに、その録音に耳を傾けたヴェクタスの手が、聞きながらやがてリデアンの手を取り、肩を抱く。 聞き終わると彼はもう何も言わなかった。分かったという代わりに、顎に軽く手を添えて引き寄せ、距離をなくす。 そして、 「さて、ではまた一つ、世界を変える無茶振りでもするとしようか」 資金上限なし、その代わり期限はたった10日。 市販品の改良程度ではなく、最低負荷を実現させた義肢をオーダーした。
I wanna call the stars Down from the sky I wanna live a day That never dies I wanna change the world Only for you All the impossible I wanna do
星がほしいなら手に入れてあげるよ このまま変わらない日々を生きていきたい 君のためなら世界だって変えるさ どんなことだろうと、私には不可能じゃない
I wanna hold you close Under the rain I wanna kiss your smile And feel the pain I know what’s beautiful Looking at you In a world of lies You are the truth
寒さに震えるような日には、ずっと抱きしめていてあげる 無理に笑わなくていい、君の悲しみを分けてほしい 君は本当に美しい この偽りだらけの世の中で、たった一つの真実だ
And baby Everytime you touch me I become a hero I’ll make you safe No matter where you are And bring you Everything you ask for Nothing is above me I’m shining like a candle in the dark When you tell me that you love me
君が触れるときいつでも、私はヒーローになれる どこにいても何があっても、安心していい、大丈夫だよ ほしいものがあるならなんだって言ってくれ 君より大切なものなんてない 君が愛していると言ってくれるとき、私は闇を照らす灯になる
I wanna make you see Just what I was Show you the loneliness And what it does You walked into my life To stop my tears Everything’s easy now I have you here
私は本当はどんな人間だったのか 孤独が私にどんな仕打ちをしてきたのか 貴方には見せられる。知ってほしいと思う そんな人生に貴方が訪れて、涙を止めてくれた おかげで今は何もかもがずっと良くなった 貴方がいてくれるから
And baby Everytime you touch me I become a hero I’ll make you safe No matter where you are And bring you Everything you ask for Nothing is above me I’m shining like a candle in the dark When you tell me that you love me
貴方が私に触れるなら、私は再び英雄となろう いつでもそこがどこであっても、私が必ず守る 貴方が望むすべてに応えたい 貴方より大切なものはない 貴方が愛していると言ってくれるとき、私は闇を切り裂く炎となる
In a world without you I would always hunger All I need is your love to make me stronger
君 / 貴方のいない世界になんて耐えられない 私が求めるのは、君 / 貴方の愛だけ それさえあれば、私はどれだけでも強くあれる