11 経済モンスター

     【パパはかなしきモンスター】

「………………」  ここのところ、ヴァレスの元気がない。  仕事上でなにか悩みでもあるのか、と、普通のトゥーリアンならば思うだろう。  妻エドナもそう思い、声をかけようか、それとも余計なことかしらと悩んでいた。  息子リデアンも、父の溜め息をじっと見つめている。 「パパ、早く元気なるといいわね」 「ん」  心配げな母の言葉に頷くリデアン。  しかし内心では、こう思っていた。 (アダマンチウム製メンタルの持ち主が、そんなことで悩むとは思えないのですが)  と……。

 そんなわけで、リデアンをお風呂に入れたエドナがのんびりと長めの入浴を楽しむこの時間、リデアンは「そっとしておいてあげましょう」と言われたのとは逆に、ヴァレスの部屋を訪れた。  ドアを叩けば間もなく開き、 「すまないな。どうもね」  なんの用件で来たのかを、ヴァレスは分かっているようだった。  ひょいと抱え上げられ、大きな椅子の、更に膝の上。 「わあし(私)はともかく、ママがしんぱいしてます」 「いやでも……だって……」  ほこほこのリデアンをぎゅっと抱えてヴァレスが言ったのは。 「だって、仕事したくて……!!」  だった。

 察したリデアンだが、あえて言う。 「しごと、まいにち してうえしょ」 「そうじゃない、そうじゃないよ、商売がしたいんだよ……!」  そしてやっぱりかと、小さな小さな溜め息をついた。

 外見こそ36歳のヴァレス・トライオスでも、中身は63歳の"ヴェクタス・アヴローン"である。成人してからの40年ばかりを、「面白いから」という理由で仕事に専念し邁進し夢中になっていた、生粋の商売人だ。商売ができないというのは彼にとって、最も楽しい遊び、娯楽、楽しみ、趣味、それを取り上げられたも同然だった。 「けーむ(経務)への はいぞくてんかんを ねあったあ(狙ったら)どうえすか」 「最低でも店長、できれば社長、最悪でも店員をやりたいのに、経理事務のしかも下っ端になったって仕方ない」  憮然と、ヴァレス。 「えも(でも)、えいなす(ジェイナス)さんと いっしょに はたらけうのは、おもしよい(面白い)のえは?」 「……君、軍を崩壊させる気か?」 「いまのていあんは といやめ(取りやめ)ます」  “厄怪者"として知られるジェイナス・ミケリス中佐に、型破りの暴走モンスターを組み合わせては、たしかに、うっかりと限度を越えかねないし、越えたときに何が起こるか見当もつかなかった。

 ヴァレスはデスク上のスタンドモニターに触れる。画面の右下に独立して表示されたフォルダを開くと、中にはずらりとカラフルなアイコンが並んでいた。 「もしかして、こえ、ゲームえすか」 「そう。仕方ないからせめて、ゲームでだけでもと思っていろいろ試してみたんだよ」  リデアンはヴァレスの膝から伸び上がってキーボードに触れる。そうしてフォルダ内のゲームのレビュー一覧を取り出した。新旧・種族も様々で、どれも評判のいいものばかりだ。ヴァレスもこれらのレビューを見て選んだのだろう。それにしても多岐に渡り、リアリティ重視のものもあれば、世界観重視のものもある。簡単だと言われているものも、難しすぎると言われているものもだ。  だがしかし、かつてセリオ圏、四つの星系を含む星域の、実質上の支配者だったヴァクタス・アヴローンにとっては、どれ一つとして面白くなかったようだ。おそらく、リアリティを売りにしたものはリアリティが乏しく、規模重視になると中身が薄っぺらく、世界観重視では現実味がなくて求めているものとは違ったに違いない。

 リデアンは少し考えて、 「ケペシは どうえすか?」  とヴァレスを見上げた。  ケペシュ・ヤクシ。一年ほど前のホームパーティで、部下であるヴァランが持ってきたあのゲームだ。それからしばらくはヴァレスとリデアンも遊んでいたが、本気になるとまともに対戦できる相手が存在せず、騒ぎも大きくなってきたのでそっと封印した。以来、半年ばかりは触っていない。 「……そうだな。内政もけっこう……いや、なかなかよくできていたな」  艦隊戦の背景として設定されている内政。そこには、資金調達や設備開発、人員配置や昇降級といった、“経済"と"運営"が含まれている。アサリが数千年かけて磨き上げてきたゲームだけあって、リデアンにはそこも破綻無く、なかなかよく出来ているように思えた。  しばし考えたヴァレスは、遊んでいたときのことを思い出したのだろう。 「久しぶりにやってみるか」  と腰を上げた。

 ケペシュ・ヤクシには、大前提となる"ルール"が存在する。まずは遊び方そのものを規定するグランド・ルール、フォワード・ルール。そして、その自由度に関するホーム・ルールだ。  グランド・ルールは、規定ターン内政を行って自軍を強化、あるいは敵軍を妨害した後で開戦するもので、戦闘中も並行して内政は行なわれる。内政も戦闘と同じくできることが多く、項目やパラメーターも多岐にわたるため、グランド・ルールにおいては勝敗がつくまでには何時間も、時には何日もかかるのが当たり前である。また、明確な勝ち負けにはならなかったり、あるいは"調停”、プレイヤー同士の合意で休戦をゲーム終了と見做すこともある。最も複雑で時間もかかるが、これこそがもっともケペシらしい遊び方だと言える。  一方のフォワード・ルールは、内政部分を完全に省略し、戦闘部分だけに特化したルールである。それぞれに初期条件を設定しての戦闘開始となり、敵軍の本拠地を落とすか、あるいは敵軍を全滅させれば勝ちだ。完全に同じー条件でスタートすることもできるため、純粋に戦術の腕を競うには向いている。  そしてホーム・ルールは、その対戦だけの特殊なルールという意味で、いわば「プレイヤーたちが同意さえすれば、なんでもあり」という意味になる。

「こえの、ホーム・ルールをてきようした、グアンド・ルールで……」  ぽちぽちと小さな手で、しかし手際よく設定をいじって、リデアンは内政特化モードへと調整する。しかし市販品ではさすがに数値の上限が決められており、グランド・ルールの内政ターンは最大で100だ。それでは心ゆくまで内政を楽しむという今の目的には合致しない。仕方がないのでリデアンはプログラムコードを表示させ、その一部を書き換えた。 「……UIも、もうすこし かいよう(改良)したいえすね」  VI対戦・ネット対戦モードの内政中に、相手側のエリアの表示は不要だ。敵軍の情報は基本的には"見えない"のだから、動きもしないただの映像を表示しておく意味はないのである。ボード上すべてを自軍の情報に切り替えられるようにしたほうが遊びやすいだろう。  それはあとでいじるとして、ともかく今はヴァレスのために、リデアンは内政だけに専念できる設定を組み上げた。

「ここに、しゃくどとターンすうをいえてくあさい」 「尺度?」 「1ターンが どえくあいの じかんに あたるか えす」  1ターンを1年と見做せば、ゲームの展開は早くなるが、展開は大雑把になる。ケペシュ・ヤクシ本来では1ターン20日(パラヴェン基準で)程度のようだが、極端な話、1ターン1日にしても構わない。ただしその場合、物事の動きは細密になるものの、ターン内にできることは限られてくる。 「つまり、“ターン年"だと、1年分の動きを一気に設定して、一気に結果が出るわけか。……って、そんな機能、もともとのこいつにはなかったんじゃないのか?」 「いま つけました」  プログラムを少し書き換えるだけである。4歳なったリデアンの脳は、かつてほどの容量も精度も持たないが、それでも3歳の頃よりは拡大に働くようになっているし、30分で眠くなるということもない。1時間くらいは起きていられるようになった。

 ともあれ。 「ほう。これなかなかいいな。まあ、投資先が軍事関係しかないことに目をつぶればだが」  バグチェックも兼ねてさっそく触ったヴァレスは、数ターン進めて声を明るくする。 「君は、将来なんにでもなれると思うけど、ゲームプログラマーもありかもな」  そう言われると、今の自分にはそんな未来もあるのかもしれない。 「というか、このゲームから内政部分だけを抜き出して、経済シミュレーターを作れたりしないのか?」 「むいえす(無理です)。せっていを いじるていどなら ともかく、ないぶパラメーターをおおきくいじるには、けーざいのちしきが ふかけつえすから」 「なるほど。……だとしたら私と共同開発……いやでも私も、ゲームとしてどう落とし込むかということなると……」 「とにかく、あそんでみてくあさい」 「ああ。そうしよう」

 そんなふうに作られた、ケペシュ・ヤクシ改造版。  もちろんこれはヴァレスが個人的に楽しむためだけのもので、外部と接続したりはしない。対戦相手はあくまでもVI。あるいは、リデアン。リデアンと遊ぶときは、ターン数は短めにして手加減もする。どちらかと言えば、シミュレーターを通じて経済のお勉強といったところだ。  しかしVI相手にそんな加減は必要なく、表示されるデータをもとにひたすら自軍の強化を進めていく。  味気のなさは、 「レールガンを電飾看板だと思うことにした」  と脳内補完しているようだ。その結果ヴァレスの脳内では、派手に飾られた数多の戦艦・駆逐艦・巡回艇・戦闘機が顧客に魅力をアピールしているらしい。

 強さや安定度、信頼性を高めれば将兵は集まりやすく、 「給与設定したい……」 「がまんしてくあさい」  自軍が繁栄すれば敵地からの人員流入も発生し、 「軍人じゃなくて店員に……っ」 「そのせんかんを デパートだと おもってくあさい」  潤沢な資金によって軍備はますます整っていくし、 「そんなものより福利厚生と給与アップが先だろう……!?」 「かいはつがいしゃに うったえてみますか?」 「そうしようか!?」 「じょうだんえす。やめてくあさい」  ヴァレス=ヴェクタスが本気でプレゼンすれば開発会社を動かしかねないし、開発資金なら私が、と言い出しかねないのであった。        ―――だが、そんな楽しい時間も、続いたのはほんの一ヶ月ほどだった。  ヴァレスはまた、 「仕事したい……」  となっている。

 簡単すぎたのだ。  銀河規模の仕事をしていた男には、どれだけ広大だろうとたかが星系の一部、艦隊同士が戦える程度の広さでしかない。  ターンを短く切ろうと、無制限にしてやれるところまでやるのであろうと、ゲーム終了の代わりに形ばかり開戦すると、敵軍は困窮しほぼ壊滅している。経済発展に差がありすぎて勝負にならないのである。商圏を広げることができず、限られたパイを奪い合うことになるから尚更だ。とはいえ、拡大できたとしても、領土の差がより決定的になるだけだろう。だが閉ざされた環境では逃げ道がなく、「どちらにつくか」の選択しかないため、敵軍の繁栄が自軍の衰退に直結しているのである。  一度は、開戦したら敵が存在しなかった、ということさえあった。

 そんなわけで、 「せめて店の一軒でいいから作りたい……」  と賑やかな繁華街の映像を見て溜め息をつくヴァレス=ヴェクタスである。そして何処に行こうと、私なら……と考えてしまってショッピングを楽しめもしないらしい。  せめて都市開発に関与をと思うのだが、A7はもうヴァレスの手を離れてしまったし、あの規模の開発を連発することなどできるわけもない。  やれやれとリデアンはしおれた父を見て思う。  このぶんでは、自分がすべきことは"子供らしく幸せに生きること"よりも、“父をなだめるためにリアルな経済シミュレーターを完成させること"になりそうである。