Two of us 3.0
【迦陵頻伽・昼】
その鳥を見つけたのは、環境保全・鳥獣保護を目的とした慈善団体のツアーでのことだ。 かつて楽園の名を持っていたその星は、今では杜撰な開発計画の犠牲者として、憐れな姿をさらしている。掘り返された地面、そこから吹き出した有毒な粉塵、それを無理やり隔離しようとして失敗したドームの跡地、汚染された川と海、そして、腐りゆく大地。 そこにとどまる楽園の名残を、彼等はなんとか保全したいと訴えていた。
僅かに残った森に住む、鮮やかなマゼンタの羽毛に黄色い嘴、目の周りだけが透き通るようなスカイブルーの鳥。 名はない。だが、カロロロロ、コロロロロ、と聞こえる澄んだ鳴き声は美しく、 「今が丁度 繁殖期です。この時期 彼等は、ああやって鳴きかわして番いを探します」 サラリアンの案内役が、彼等特有の早口で説明した。今から100年前、この星に開発の手が入る前は、この森、もっともっと広かった森のあちこちで、彼等の歌が聞こえたはずだ、と。
その説明をヴェクタスは無駄だと感じた。 森の広さがどれくらいだったのか、具体性がない。この鳥がもっと多数いたという根拠が提示されていない。その鳴き声を"歌"だと表現するのは、詩作であればともかく実務の説明としては不適切だ。 なにより、仕事の話としてなんの魅力もないことを、彼等は理解していない。 そもそも手遅れだ。初期段階で相談されれば、トラブルを解決し、美しい星、その自然を観光資源として活用することもできただろう。 しかし最早、この星に経済的な価値は存在しない。回復に費やす莫大な資金に見合う見返りがない。慈善ならば自己満足のためにやればいいが、投資ならば回収の目処は必要である。 彼等のプレゼンテーションは、その点を完全に誤っている。環境破壊に対する感情的な持論など、ここにいる投資家たちにとってはどうでもいいことである。
たとえ事業としての見返りがなかったとしても、切実で必死なら、まだしも動く余地はある。 自分たちも、その多くはそれなりにまともだ。嘆き悲しむ誰かを見て気の毒に思ったり、同情を覚えて切なくなったりすることはある。 だが、彼等にはそれもない。 環境保護という立派な行いに対する自己満足。こうあるべきであるという頭の中の理念。採算を度外視してでも助けてやりたいと思うようなものはない。 (そもそも私は、リディの蘇生にはいくら使ったかすら覚えてないんだ) 心が動けば、たかだか数十億、元が取れなかろうとなんの痛手でもない。 要するに彼等には、どちらの価値もない、ということだった。
ただ、ふと。 リデアンのことを考えたからだ。 この美しい声で鳴く鳥を、“星"で飼えないかと思いついた。 途端に、そのためにはどうするべきかと、脳が回り始める。 今更これ以上の金など必要ないが、ヴェクタスが動くためには、儲ける筋道が必要である。 この話で、なにをどうすれば稼ぐことができるか。
(簡単だな) この自己陶酔型の保護団体の言うままに、この惑星に投資するのは悪手。くだらない前例になり、それなら我も我等もと厄介事が増える。それらを断ればまた好き勝手書き立てられる。 特別扱いにならないためには、この話に乗る納得のいく理由が必要だ。 星は無理だが鳥。この小さな森。それを、似た環境の惑星に移植あるいは再現し、惑星開発手法の一つとして検討しつつ、滅びつつある種を保存するのであれば、世間的にも言い訳は立つ。 またこの鳥も、今は絶滅危惧種だが、繁殖させる中で家禽とできるように誘導すれば、セラピーバードとしての価値が生まれる。もちろんそうなれば売る、買うという話にできる。家禽化できない場合にも、野鳥園のような場所で放し飼いにして、その自然な鳴き声と姿を楽しむために来園者を募れば、それが金になる。 なんにせよそうやって権利を得れば、増えた鳥のうちの数羽を、特別に自分が飼うというのは、至極簡単なことになる。
そこまで道が見えれば、簡単だった。 この星そのものには再開発の余地などなく、ここにいる誰もが同意しないことを突きつける。 だが自分個人としては、この僅かに残った森と、この鳥までもが星と運命を共にするのは惜しいと思う。 そのため、木々や草花の種の確保や植林によって、適応できる環境への移植、そこでの繁殖であれば検討してもいい。 見返りは、そこから生まれる研究の成果や価値と、この鳥に関する一部の権利。 だとしても投資には到底見合わないのだが、 「美しい鳥だ。何羽か飼ってみたい」 なにせヴェクタス・アヴローンである。自身の"星"に、審美眼に叶ったものを一つ追加する、そのとき金に糸目はつけないのである。
絶滅に瀕している鳥を個人が飼う、ということに反対するなら、それでもいい。この話はなかったことになる。他の誰かが引きうけるのでないかぎり、森も鳥も星諸共に腐って滅びる。 だとすれば残念だが、美しい鳥なら他にもいる。別にこの種にこだわる必要はない。 あくまでも商人として、そして美のコレクターとして、ビジネスと我欲で通した。つまらない同情で動くよりも、よっぽど世間を黙らせやすい。「またアヴローンが金にものを言わせて」と言われるだけだ。それは、鳥の保護や繁殖で結果を出せば、やがておとなしくなる。 慈善だ保護だと言いたい活動家たちは最初こそ難色を示したが、見放されれば滅びるしかない。それに、“他の投資家たち"は、見合わないというヴェクタスの言葉に流されこそすれ反対はせず、手を引いてしまった。 結果、ヴェクタスは狙ったとおりのものをすべて手に入れた。
鳥について調べた結果、繁殖力は高くないが、その代わり死ににくい鳥だということが分かった。 環境への耐性、変化への適応力、幅広い雑食であり少食、不必要に飛ばず枝の上を移動する省エネな生態。一度に産む卵はせいぜい2つで、体の大きさのわりに寿命が長い。 そして面白いことに、あの派手な羽毛は繁殖期になると、ある程度色を変えられることも分かった。彼等はそれによって樹皮や木の葉に擬態し、己の身と卵を守るのだ。 だからこそ彼等は、滅びゆく星の次第に小さくなる森の中で、生き残ってこれたのだ。 絶滅寸前であることは事実でも、儚く憐れな存在ではなく、しぶとくタフな勝者だった。
それだけにヴェクタスは、自分の"星"に入れるとき、害鳥にならないかどうかを徹底的に調べた。 ケージに入れて飼うのではなく、森に放つためだ。リデアンのことだから、自分の慰めとして連れてこられた鳥が、小さな篭に閉じ込められるのは嫌うだろう。であれば最低でも広い環境ドームを建造するか、理想は敷地内の森であれば自由に動けることだ。 そうして綿密に確認した結果、おそらく問題はない、ということになった。森にある木の実や生きている小動物や虫を彼等は普通に食べたし、一晩は具合が悪くなった個体もいたが、すぐに回復した後は選り好みしなかった。 小食のため、生態系を破壊するほど食べまくるという心配もない。 気温や湿度、惑星の磁場も、少なくとも数ヶ月程度ではなんの影響もないようである。
それらを確かめて、ヴェクタスは"星"の一隅に彼等を放った。 ケージから出された鳥はすぐ手近な枝にとまり、何度かつついて確かめたり調べたりしていたが、あっさりと新しい住み処を受け入れて暮らし始めた。 普段はチヨチヨ、あるいはヒヨヒヨと聞こえる可愛らしい声で鳴く。 太陽からの磁気で繁殖期を決めるらしい彼等にとって、大きく変わったそれにどう対応するのかはまだ分からないが、もし不都合なら、繁殖用に森の一部を人工環境に変えてもいい。 ただ弱って死ぬようなことさえなければいいし、できればそれをストレスにしないでくれると嬉しい。 自分のために連れてこられた鳥が苦しんでいると知れば、リデアンは傷つくだろう。ただそれだけだ。
今は、館にいれば遠くから、風向き次第で、ヒヨヒヨと鳴く鳥たちの声が届くだけで充分だ。 「ヴェクタス。そういえば、鳥を連れてきたんですか」 「ああ。保護活動の一環でもある。まあ、ここに連れてきたのは完全に私の我が儘だ。どうだね。うるさくなければいいのだが」 「可愛らしい声ですね。ですが」 「心配するな。もしここに馴染まないようなら、もっと管理された場所に移すか、彼等のために広い温室でも作るつもりでいる。気になるなら、見に行ってみるか?」 森の散歩は、気が向いたときの娯楽だ。今日は霧が少なくやや温かい。出掛けるには丁度いいだろう。 「そうですね。もう少し近くで聞いてみたい」 ではそうしようと、ヴェクタスはメディチェアのストッパーをはずした。
エレベーターとゆるやかなスロープを伝って一階に降りる。 そこから敷地内の各所へ、自走歩道が通っている。ただ、それから降りた先は徒歩だ。 ヴェクタスはリデアンの座るメディチェアの背もたれに軽く手を添え、移動を補助して歩く。 森の中は、新鮮な緑と湿った土の香り、そしていくらかの腐臭がする。生き物の香りだ。虫も、鳥以外の小動物も、爬虫類もいる。 やがてヴェクタスはその中に、非常に目立つマゼンタの鳥を見つけた。 「ああ、あそこだ。見てみるか?」 リデアンにはもう自身の眼がない。普段使いの義眼とドローンによる視認はできるが、それは肉眼で見るものとはまったく異なる映像だ。肉眼と同程度の高解像度な視界は、彼の脳には負担が大きすぎるのだ。 以前に一度、どう見えているのかと尋ねたとき、「こんな感じです」とモニターに映像出力して見せられた"彼"の視界は、戦術ドローンによる複数種のカメラによる分析映像か、あるいは、物の位置や形状だけを把握する、味気ないものだった。 問いかけに、リデアンは首を横に振った。そして少し笑い、 「見るなら、いつか、”いい眼”を入れたときに」 そう答えた。
「そうだな」 肉眼と変わりない視界を確保する”いい眼”。今はまだ叶っていないが、いずれは作るつもりでいる。なにかをあえて見るなら、そのほうがいい。 その代わり今は、鳥の姿や分かっている生態について話して聞かせた。 「攻撃性はないが、人に馴れることもなさそうではある。何度か飼育下で交配を重ねれば、いずれはペットにできるのかもしれないがね」 「そうなれば、貴方はまた大きく儲けることになりますね」 「だが、売るかどうかは未定だ」 昔の自分なら迷わず金にした。だが今は、これ以上稼ぐことには意味がないからだろう。生き物を人の都合で人のために作り変えて”消費”することを、残酷だと思う。 「しかも買われた先で、どんな扱いをされるかは私のコントロールできる範囲じゃない。それなら、用途が明らかな施設にのみ提供して、その管理下で触れ合うくらいがいいかもしれないな」 ヴェクタスが言うと、 「ずいぶん丸くなったのでは?」 リデアンはそう言って、少しだけ声を立てて笑った。
その声に、 ーーーカロロ……コロ…… と、突然、柔らかな鈴を転がすような声が重なった。
カロロロロ……コロ、コロロロロロ……カロロ……コロ…… 見えないところからも、同じ声が返ってくる。 一羽、二羽、三羽、四羽。 番いになりやすいように、年齢や大きさを揃えて雌雄一対ずつ、連れてきたすべてが鳴き出していた。 それは森の梢から降り注ぐ、美しい求愛の歌声だった。
「おお……」 思わずヴェクタスの口から感嘆の吐息が溢れる。 重なる枝々の作る影、その隙間から溢れる淡い日差し。 声は甘く涼やかで、どれだけ鳴き交わしてもうるさくはなく、耳というより脳に直接届くような錯覚さえある。 ヴェクタスの口が、パーフェクトだ、と動く。 それから、 「リディ。どうだ? これが君にとっても、美しいものだといいんだが」 鳥たちの求愛を邪魔しないよう、小さな声で尋ねた。 「ええ。素敵ですね」 とリデアンも小さな囁き声で答える。 途端、 カララララララ、ラララ、カルルルル、ルルルル 鳥の声が変わった。
「こんなふうにも鳴くのですか」 リデアンは新しい明るい鳴き声に、顔を上げ、じっと耳を傾けている。 だがヴェクタスは、そのリデアンを見ずにいられなかった。 (もしかして……彼の声、が?) つい笑った、いつもより少し高く強い声。 そして、静かに囁く声。 鳥たちは、それに反応して鳴きだし、鳴き方を変えたように思えた。
「ヴェクタス。鳥の名前は、まだないのですか」 普通に話す分には、どうやら"届かない"か、“あまり意味はない"らしい。 あるいは、一頻り鳴いて求愛を終えただけか。彼等は再びヒヨヒヨと、思い出したようにさえずるだけになっている。 確証のないことなので、ヴェクタスは今は何も言わないことにした。