08 伝説のVR

     【やりすぎ注意】

 ヴァレスは『ケペシュ・ヤクシ・オリジン』を買った。 「ゲームを遊んで、少しでも戦術が学べるなら面白いかとね。ただ、あいつらには内緒だぞ。知られれば対戦してくれとか言い出すに決まってる」  投影するためのデータパッドも、ゲームマシンとして特化したものを新調した。  そして休みの日にはリデアンと一緒に遊んでいる。  見ていてもエドナにはやはりよく分からない。ただ、二人が楽しそうなのでそれでいいと思っている。ただ、エドナが見ても分かるほどはっきりと負けていることが多く、特にリデアンがぺちぺちしているのを見ると、対戦相手に申し訳ないのではと考えてしまう。  ヴァレス曰く、リデアンが遊んでいるのはあくまでもVIモード、つまりソロプレイで、敵はVIだということだった。  なるほど。それで、自軍の操作パネルが光った瞬間になにか押す、といったリデアンのでたらめプレイでも、“相手"は決して怒らず付き合ってくれるのだ。  もちろんエドナは知らない。  そういうときには、実はボード表示が逆転している、ということを。相手側にヴァレス&リデアンのデータが投影されているのである。それを時間差処理しているため、エドナが見ると「リデアンが適当に叩いたパネルに応じて自軍が動く、そして当然負ける」ように見えるだけだ。    そしてネット上には並外れた凄腕プレイヤーが現れていた。  なにせ異常に強い。これだけ複雑で大規模なゲームなのに、10手も動かせばもう勝ち筋を掴んでいる。ハンディ10でやっとまともにやり合えるが、それでも勝てるかどうかは分からない。  フォワード・ルールでは一気呵成に本拠地を落としにかかってくるし、グランド・ルールでは準備ターンが過ぎて戦闘ターンが開始され、さあ戦おうとなった時点で既に戦力差が甚大になっているのだからどうしようもない。  だが、強すぎるから戦いたくない、ではなく、強すぎるからせめて一矢でいい報いたい、というのが筋金入りのゲーマーたちだった。必死に足掻くことを楽しむのだ。  それに彼(あるいは彼女、等)は、対戦後にすべてのログを公開してくれる。見てもほぼ分からない。何手も後に効果を発揮する仕込みを、何故そこでやろうと思ったのか、その根拠が分からないのである。だが詳細に調べれば、「このあたりのデータを元にしているのでは?」とはうかがえる。それはゲーマ―たちにとって貴重な知的財産だった。

 なにより、ブレイカーとして嫌われているプレイヤーを、グランド・ルールの戦闘開始から僅か5ターンで沈めたことでヒーローとなった。  チートコードで優遇データを作成している、という噂の戦力を、正規の手段で数倍上回る大戦力。本来使用できないトラップや索敵方法を駆使する相手を、力任せで突破するのではなくすべてかいくぐったフリゲート艦の単独突撃。負けを認めずゲームそのものをブレイクしようとするのさえ、システムを抑え込んで決着させた。ハッキングされたシステム上に表示されたのは謎の文言。文字を4つ並べただけのそれは、ブレイカーの所在地を示していたという噂だ。

 とんでもないプレイヤーで誰も勝てないが、ブレイカーのようなチーターではない。その気になればハッキングできるとしても、公開ログから分かるように彼は決して不正をしない。  それにめったに現れないし、30分ほどで去ってしまう。必要最低限のテキストチャットしかせず、次はいつ来ると予告することもない。  噂では、病床にいる天才ゲーマーだから30分しか起きていられないんだとか、多忙なCEOとか軍部高官なんじゃないかと言われている。正体を探ろうにも追跡ができないことから、きわめて高度な情報管理能力を持っていることは間違いなく、アサリ特殊部隊やSTG、パラヴェン本営などもスカウトあるいは抹殺のために動いているとかいないとか……。


「……試しに、と思ったが、やりすぎたな」 「やいすぎましたね」  セリオの王ヴェクタス・アヴローン+軍神リデアン・トライオスのフルスペック。それをちょっと試してみたくなったのだ。  悪気はない。目立つつもりもなかった。ただ―――少しだけ(?)やりすぎた。

 それに、ヴァランと彼の友人だというクーシェがブレイカーに出くわして、ベースデータを荒らされたという事件もあった。ベースデータというのは彼等の戦術アーカイブでありVIの知能でもある。それは彼等が『ケペシ』のプレイを通じて育ててきたものだ。  たかがゲームではある。だが、友人と楽しみながら蓄積し作り上げたものを壊されて、ヴァランは酷く落ち込んでいた。  もちろん、通常は敵がそこに干渉することはできない。ハッキングされたのだ。クーシェが不正に勘付いて警告したのが癪に障ったのだろうとヴァランは言っていた。

 ヴェクタス・アヴローンは容赦のない遣り手ではあったが、誠実な商売には誠実に応じた。戦うとしても、真っ当な範囲での工作や駆け引きを好んだ。  だが悪辣な相手は、それを上回る邪智で応じてでも叩き潰す主義だった。  邪道な相手にかける情けはない。正攻法で真正面から叩き伏せ、格の違いというものを思い知らせた。最後に表示したのは、ブレイカーの所在地だと言われているがそうではない。“彼等四人"のイニシャルだ。  彼等のPCにはメッセージを送った。あのイニシャルが、使っていたPCだけでなく持っているすべての端末で何日も表示され続ける気分はどんなものだっただろうか。

 リデアンは、さすがに脅し過ぎではないかと渋ったが、ヴァレス=ヴェクタスにはそこまでしたい理由があった。  ヴァランの話しぶりを聞くかぎり、彼はクーシェに気があるのだ。だがそう告げることはできず、ゲームを通して友達付き合いするのがせいぜいだった。  それでも続けていけば進展する可能性は大いにある。うまくいかないとしても、それもまた彼等が選ぶ自分の人生だ。  だがこの一件のせいで二人とも酷く落胆し、ゲームをする気にもなれなくなった。クーシェは自分が余計なことを言ったせいだと塞ぎ込んで、ヴァランが励まそうとしてもうまくいかず、むしろ怒らせてしまったみたいだとも、彼は自嘲していた。  これがもし、普通のプレイの中で発生した友人同士の行き違いや仲違いなら、ヴァレスは口を出そうと思わない。だがブレイカーが不正な手段でもって、二人のささやかな繋がりを壊したことが不快だった。

 幸い、ただのゲームだ。  データは消えたとしても、ヴァランもクーシェも死んだわけではない。  ブレイカーが無惨な返り討ちに遭い、そして二度と『ケペシ』に現れないとなったら、少しくらいは修復の後押しになるかもしれないし、せめて二人に「ざまあみろ」とくらいは思わせてやりたかった。  そんな話をしたときリデアンは、 「すっかい みんなのパパえすね」  と言った。ヴァレス=ヴェクタスはそれを否定できなかった。 「肉体年齢では10と少ししか違わないんだがな」  精神年齢は60オーバー。20代の"子供たち"を見ていると、つい手を貸してやりたくなってしまう。ヴェクタス・アヴローンであったときは気ままな独身貴族(後にリデアンと結婚したが)だったものが、今はリデアンの父として振る舞っているせいもあるだろう。

 ともあれ、そんな騒動の結果もあって生まれてしまった伝説の『ケペシ』プレイヤー、“VR”。  特になにも考えず、ヴェクタス&リデアンということで作った名前だが、 (あれ? ヴァレス&リデアンもこの頭文字だな。……まあ、まさか私がこの凄腕プレイヤーだなんて誰も思わないか)  バーチャル、という単語の略でもあるため、実はAIではないかといった噂も囁かれている。なにも問題はないはずだ。  問題は、ないはず、である。……たぶん。