昼下がりのWAR GAME

 午後の陽射しが、レースカーテン越しに柔らかくリビングへ落ちていた。  ソファ脇には、買い物帰りの紙袋。  ローテーブルには、まだ並べられたばかりの菓子箱が二つ。 『きのこの山』。 『たけのこの里』。  言うまでもあるまい。  今からこの部屋は、戦場と化す。

「先ほど言ったとおりです」  たけのこの里の紙箱を開けながらリデアンが静かに言う。 「完成度はたけのこの里の方が高い」 「スーパーでも聞いたな、その台詞」  ヴェクタスはコートを脱ぎながら笑った。

 事の発端は三十分ほど前。  スーパーの菓子売り場で、リデアンが当然のようにたけのこの里を手に取ったことだった。  その直後、ヴェクタスがきのこの山を買い物籠へ入れた。  数秒後には、 「なるほど。君はそちら側か」 「“そちら側”とは?」  という、静かな開戦宣言が交わされた。  だが売り場の前で論争を始めるのは互いに避けたらしい。 「よし。帰ってからだ。そこで決着をつけよう」  ヴェクタスがそう言い、リデアンも真顔で頷いた。

 そして現在。  リデアンは銀色の内袋を開け、たけのこの里を一つ摘まむ。 「まず構造です」  始まった。 「たけのこの里は、クッキー部とチョコレート部の一体感が高いため、咀嚼時の分離が少なく、味覚推移が滑らかです」 「ほう」  ヴェクタスはソファへ深く腰掛け、面白そうに耳を傾ける。 「さらに下部形状が円錐型であるため、口内接触が自然に分散されます。これにより、食感のまとまりが崩れにくいのも利点と言えます」 「つまり、“優等生”というわけか」 「合理性の話をしています」

 リデアンは淡々としていた。  妙に説得力がある。  しかしヴェクタスも引かない。  きのこの山を一つ摘まみ、軽く掲げる。 「だが、きのこの山には段階変化がある」 「段階変化?」 「最初にチョコレートの甘味。その後にビスケットの香ばしさが来る。味と食感の対比が明確だ」  ぱき、と軽い音。 「一つの菓子で変化を楽しませる構造になっている」 「分離感が強すぎるとも言えます」 「違う。演出だ」  ヴェクタスは笑った。

「きのこの山は、“順番に楽しませる”菓子なんだよ」 「その結果、統合感を損ねています」 「刺激がある」 「雑味があります」 「変化がある」 「安定性に欠けます」 「退屈しない」 「完成度が低い」 「飽きにくい」  完全に平行線だった。

 ヴェクタスは少し考え、ふと思い出したように言う。 「それに、造形も優秀だ」  リデアンの目が細くなる。 「……評価軸を増やす気ですか」 「重要な話だ」  ヴェクタスはきのこの山を指先で立てて見せた。 「たけのこの里は円錐形で、表面のラインを見れば“たけのこ”を模していると分かる。だがそれは、“説明されれば”だ」 「…………」 「初めて見る者を想像してみろ。種族でも文化圏でもいい。無言で皿に出された場合、まず“美味しそうなチョコ菓子だ”で認識が止まる」  リデアンは腕を組んだまま黙っている。  ヴェクタスは続けた。 「だが、きのこの山は違う。無言で出されても、“きのこ”をかたどっていると即座に分かる」

「視認性の話ですか」 「そう。認識が一段深い」  ヴェクタスは少し笑った。 「『きのこを模した菓子なのか』。『面白いね』。『地球の日本という国にはこういう菓子があるのか』。『他にもこういうお菓子はあるのかな』」  ちょん、とテーブルへ置く。 「会話が発生する。たけのこではこうはいかない」 「それは菓子そのものではなく、情報量による価値でしょう」 「商品価値の話だよ」

「今は菓子としての評価をしています」 「菓子は市場から切り離せない」 「市場分析を始めないでください」 「たとえばシタデルで売るなら、きのこの山の方が初動は強い」 「なぜ販路の話になるのですか」 「視認性が高いからだ。写真映えもする。SNSとの相性もいい」 「そんな検証はしていないでしょう」 「対してたけのこの里は、“食べて初めて良さが分かる”タイプだ。そこは認めるよ。だが、選ばれなければ意味がない」

 そこでリデアンが、たけのこの里を一つ摘まんだ。 「つまり、貴方が付け加えようとする付加価値を除けば、たけのこの里のほうが本質重視、菓子単体としては優れているということですね」 「だから、どんなに美味しい菓子でも、購入され、食べられなければ価値は発生しないという現実から目を背けるんじゃない、リディ」  リデアンは、ずるい、と思う。菓子単体の評価ならばともかく、それ以外のフィールドにまで戦場を広げられたら、ヴェクタスのほうが圧倒的に有利だ。  だが、不利な戦いだからと言って、撤退を選ぶかどうかは別の話である。  反撃の糸口を探す。だがヴェクタスは、勝機……商機と見れば容赦はなかった。 「認めろ。きのこの山は、第一印象が強い。それでまず有利だ」  数秒の沈黙。  やがてリデアンは言った。 「……初見への訴求力は高いことは、認めます」  ヴェクタスが、満足そうに口の端を上げた。

 一歩の撤退。だが反転迎撃の開始だ。 「ただしそれは、初見であり、名称を伏せられていればの話です。菓子を売り出すときには、ビジュアルと名称は合わせて告知するでしょう。であれば、どちらも食材をかたどった菓子であるという点では等しく消費者に届くはずです」 「おや、なかなか鋭い返しをしてきたね。君も少しはマーケティングが分かってきたかな」 「であれば、チョコレート部分の多いたけのこの里のほうが、甘味としての菓子を求める層にはより魅力的に見えるという利点があります」 「ただし、多く"見える"、という点は考慮すべきだよ。クッキー生地の土台の上すべてがチョコレートだと思って食べたら、失望する人もいるかもしれない」 「パッケージに断面図を乗せるなどすればいいでしょう」

 なるほど、発売から長い年月、戦争が終わらないわけである。  web上を調べれば、膨大な数の主張が見つかるのだろう。 「やれやれ。少し休戦しよう。コーヒーでいいかい?」  ヴェクタスが立ち上がる。 「紅茶にしてください。アッサムをストレートで」 「おや。たけのこの里、君には少し甘すぎるんじゃないのか?」 「あえて甘いものを食べて、あっさりとした飲み物も味わいたいだけです。コーヒーと張り合うとしたら、きのこの山もそう見えて味が濃いのではありませんか」 「違うね。チョコレートの傘とビスケットの軸、そしてコーヒー。このバランスがいいんだよ」  背中越しに反論しながら、ヴェクタスはキッチンに立った。

 5分後。  湯気の立つカップを二つ、持って戻ってきたヴェクタスは、紅茶をリデアンの前に、そしてコーヒーを自分のソファの前に置く。  そして、 「あっ」  そのまま自然な動作で、リデアンの箱からたけのこの里を一つ摘まんだ。  ぱくり。  リデアンが止まる。

「……何をしました」 「戦利品」 「返してください」 「たけのこも美味しいな」 「返してください」  ヴェクタスは楽しそうに笑い、それから代わりとばかりに、きのこの山を一つ摘まんだ。  そのまま、リデアンの口元へ差し出す。 「ほら」 「…………」 「和平交渉だ。受けるか?」  リデアンは諦めたように小さく息を吐き、差し出されたきのこの山を口にした。

 ぱき。  しばらく咀嚼してから、ぼそりと言う。 「……ビスケット部の主張が気になります」 「素直じゃないな」  午後の陽射しは穏やかだった。  テーブルには半分ほど減った菓子の箱。  湯気の立つマグカップ。

 今日も銀河は平和だった。