06 裏

     【友よ、いずこに】

「……どうしますか」  部下に問われ、ザラクは答えられなかった。  ただ、作戦室を出ていった親友の背を思い出し、 (なんでこうなった)  と二つの目を閉じた。

 ザラクとドゥラルは幼馴染だった。  辺境の貧しい植民星で生まれ、物心ついたときには鉱山で働いていた。幼い子供までが働かないとならないような、そんな場所だった。  バタリアンはいつもそういう場所へと追いやられる。ザラクが学んだのは、そんな事実だ。  そこも、もともとはバタリアンが苦労して開拓し、開発した星だったという。だがいくつかの災害によって放棄するしかなくなったとき、サラリアンたちが来て援助を申し出た。星から脱出するための船すらろくになく、あった船はとっくに一部の支配階級が乗り逃げた後で、残された者たちに選択肢はなかった。  その結果そこは、サラリアンたちの実験場になった。  以後、バタリアンは劣悪な環境下で働かされる。そうして得られる資源をもとに、サラリアンたちは研究し開発をし金を儲ける。だがその恩恵は、決して下には回ってこない。ただひたすらに、来る日も来る日も虐げられ、こき使われ、そして反抗すると言われるのだ。「これだからバタリアンは」と。

 ザラクとドゥラルにとっては、それが人生だった。  だからドゥラルが、船に密航して逃げようと言ったときザラクは覚悟を決めた。見つかれば送り返される、ともすると殺される。だとしても、一生こんなところでゴミクズのように扱われるのは嫌だと、ドゥラルの賭けに乗ることにした。  空調もなく、当然空気もない。そんな中で、予定通りの航行であればまる5日。生き延びるために最低限のものだけ掻き集めて忍び込み、貨物庫の奥で震えて過ごした。  ところが3日目に、ザラクの酸素ボンベが故障した。死ぬんだと思った。仕方ないと思った。だがドゥラルは自分の酸素を分けてくれた。そんなことをすれば彼の酸素も足りなくなる。だとしてもドゥラクは、親友を見捨てるなんてできない、それで一人だけ生き延びるくらいなら、二人で生きるか二人で死のうと言った。  そして、人生最大の幸運に見舞われた。テルミナスの海賊が船を襲ったのだ。彼等はバタリアン、クローガン、ヴォーチャからなる組織で、二人はそこに拾われた。

 ドゥラルは勇敢で、意志が強く、不屈の心を持っていた。ザラクは彼を無二の親友として愛していたし、誇り高き戦士として尊敬もしていた。そして、彼のためにできることをと、自分にできるかぎりの訓練をし、学べるすべてを学んだ。  いつしか二人は、この海賊たちに恩を返したら、バタリアンの不遇、差別と戦うための革命軍を作ろうと話すようになった。各地にいる自分たちと同じような者たちを救い、集めて、誰にも脅かされないまともな暮らしを手に入れる。 「今ある苦難は、今出す犠牲は、そのための糧だ」  ドゥラルはそう言い、ザラクに共に来てくれるかと尋ねた。ザラクの答えは一つしかなかった。

 思い描いたものは、気高かった。  だがその道のりは険しく、血にまみれていた。  そもそも彼等は海賊なのだ。少年二人、拾った役立つ道具を手放すわけがない。恩返しが終わることなどない。「恩義に報いたら」などと言ったためだ。ただ飯を食うだけでも恩は日々積み重なり、あのとき助けてやらなければおまえたちはそもそもここにいないんだと、永遠の奉仕、隷属を突きつけられた。  だから。  ドゥラルはボスを殺し、組織を乗っ取った。  そして。  自分たちと同じような不満を抱える者たちだけを仲間にし、それ以外の全員を宇宙へと、無の虚空へと放り出した。  やりすぎだとザラクは言ったが、ドゥラルは 「見せしめだ。それに、少しでも疑念のある奴は置いておけない。ましてやそれが、俺たちよりも強いかもしれないなら尚更だ」  生まれ変わったばかりでひ弱な今は、どんな危険も排除する必要があると言った。 「分かってる。やり過ぎだ。残虐だ。だがそれは俺が背負う。だから力を貸してくれ」  正面から両方の肩をとられ、懇願された。  その四つの目に涙が浮かんでいたと覚えているのは、決して記憶の中の美化ではない。

 夢は実現へと向かった。  過半の膿を宇宙へと吐き出して弱小になった海賊は、少しずつ大きくなった。力をつけた。  ドゥラルは高い志を持ち、そのためには残酷にも冷徹にもなるが、力強い言葉と誰よりも先に立って戦うその背で多くの同胞を惹きつけた。  ザラクは常にその右腕、副官として付き従った。  ただ―――。

「待機してくれ」  物思いの中から、ザラクはどうにかそれだけ言った。  伝えた部下たちの目は、「本当にこれでいいのですか」と問うている。  その中にはまだ24かそこらの若者もいる。自分一人で考えることなどできず、まだまだ大人たちの言うことに従うしかない若輩だ。 「ザラク様」 「ボスとはもう一度話す。今は、待機だ」 「……はい」  いつからこうなってしまったのか。ザラクは青年の肩に手を置き、作戦室を後にした。

 ドゥラルを追う。  背中には拒絶が漂っている。  言うべきことは言った。すべきことは命じた。もう何も聞かないと、その背が拒んでいる。  だがそこに声をかけられるとしたら自分しかいないと、ザラクは知っている。 「ボス! ……ドゥラル。考え直してくれ」  呼びかけと足が止まる。  振り返って目が合うと、そこにいるのはもう、かつての彼とは別の男だった。  思い出の中の彼は、こうではなかった。

「なにをだ。やるべきことをやる。それ以外になにがある」 「これが本当にやるべきことかと聞いてるんだ」 「他にどうする。何ができる」  引き返したドゥラルに距離を詰められると、襟を掴まれた。  ザラクは怯まず言い返す。 「少なくとも市民は逃がせ。逃がすという言葉が気に食わないなら、湿地に追放しろ」  着の身着のままでもいい。全財産を接収してもいい。だがせめて、命は。  だがドゥラルはザラクを突き放し、 「トゥーリアンどもからの宣告が届いたら、奴等の半数を殺す。本気で仕掛けてくるなら、残りも殺してシバ・ラメサへ向かう」  これ以上口をきく気はないと示して、大股に歩み去った。

 殺して殺してまた殺す。  そして自分たちも殺される。  その結果、トゥーリアンの非道を銀河に知らしめるという。  なんのためにとザラクは言ったが通じなかった。  自分たちが求めたのはバタリアンが公平に扱われること、平等に権利を得られることだ。それがこんなことで手に入るわけはなく、自分たちの死が同胞に利することもない。  今のドゥラルは無軌道な独裁者、ただの暴君だった。

 カーシャンの政府軍から見放されたのが直接の原因なのだろう。  だがそれも、ドゥラルのしてきた過激な殺戮や略奪、テロのためだ。  最初は裏から支援していた本星だが、年々関係は微妙になり、先年、これ以上は関わっていられないと縁を切られたのだ。  それをドゥラルは、己の過剰な行為のためだと認めない。  奴等は分かっていない。信念がない。理想を捨てた。現実を見ていない。我々だけが真の勇士だ。ドゥラルはそう演説する。彼の言葉には一種の磁力があり、魔力がある。魂を揺さぶられ、耳を奪われ、塞がれる。

 ただ、狂信者と化した者がいる一方で、半数ほどの者は今のやり方に疑問を覚えている。  そもそもこのオクトランの占拠も酷かった。不慮の事故として巻き込んでしまった市民を、トゥーリアンの仕業だと喧伝するならまだ分かる。だがドゥラルは警告もせず市街を爆破した。そこにバタリアン市民もいるだろうに、無差別に破壊したのだ。  そして、協力してくれた者たちの中で、忠誠が足りないと見なした者を処分した。いつ密告するか知れたものではない、と。  そこから生まれたのは恐怖でしかなく、しかし多くの者は、今更引き返すことなどできないと、己を騙し熱狂した。  一部のものはまだ聞く耳を、まともな心を持っている。だがこれを不忠だ、堕落だと言われればいつ自分が粛清されるかも知れず、逆らえない。忠実なふりをするしかない。

 なにかが狂っている。追い詰めて殺したトゥーリアン兵士の亡骸を、トゥーリアン総統府に送りつけてやろうかなどと笑ったのは、「冗談に決まってる」とは言われたが、目の奥には一抹の本気を感じた。やる、という本気ではない。そうしてやりたい、という本気だ。  そんなドゥラルを、ザラクは止めきれずにいる。  彼がおかしくなったのは、ともすると自分のせいかと思うからだ。  右手で左の肩を掴む。そこから下に、腕はない。右二つの目とともに、トゥーリアン兵の拷問で失ったものだ。ぼろぼろの姿で救い出されたザラクを迎えたあのときのドゥラルは、怒り狂い嘆き悲しみ、絶対に殺してやると叫んでいた。

 思えばあれ以来ドゥラルは、バタリアンの利益のためというより、トゥーリアンへの憎悪を晴らすため、そんな建前を使うようになった気がする。 (そして俺は……)  嬉しかった。誰もが憧れる高潔な革命の勇士が、自分のために感情を昂らせる。他の何を許せてもこれだけは許せないという言葉が、嬉しかった。  そして当時はたしかに憎かった。楽しげに自分を苦しめる殻付きどもを見て、怒りも憎悪も募らせた。トゥーリアンを殺すのを楽しいとも感じた。  だが、10年も昔の話だ。なにより、自分たちも同じことをしてきているだろうがと、己自身を弾劾する声は年をとるにつれ強まっていった。  日和ったと感じて、押し隠し、押し殺した。  だが今はもう、見ないふりはできない。

 バタリアンの不遇は、自業自得だ。  タリシアは少なくともそうだ。  ともすると自分たちの生まれたあの星も、大人たちの言葉を鵜呑みにした幼い目には理不尽に見えただけで、本当に理不尽だったのは自分たち、祖先たちだったのではないか。事実は知らない。だがそんな疑念さえ生まれてしまう。  自分が囚われ拷問されたのも、破壊活動をしたからだ。それを拷問する必要はなかったとしても、穏やかに日々を生きているならば出くわすことのない出来事だった。  だがこの反乱で自分たちが犠牲にしたのは、不遇不満はあったとしても日々を必死に生きている市民たちだ。  そしてトゥーリアン市民であろうとも、偉そうだ、不公平だというだけで殺される理由はない。  なにより、そんなことをすれば確実に自分たちは全滅する。トゥーリアン軍が本気になったら、自分たちなど片手で握りつぶせるゴミに過ぎない。

 どうするか、どうしなければならないか。  ザラクは必死に考えた。  トゥーリアン軍は報復に動くだろう。彼等は決して負けを認めない。一時の負けは、最終的な勝ちで塗りつぶす。傲慢だが、それだけの力がある。そしてなにより、大義というものを軽んじない。  それに、相手が悪い気がしてならない。  朝を待って包囲を縮め、確実にすり潰す。見えていたはずの結末を覆された。ドゥラルはただ激昂し、何をしていたと怒鳴り散らしたが、ろくな所持品もなく逃げ出した小さな部隊が、まさか沼地を渡って脱出するなど誰も想像しなかった。  相手にはおそらく、大した智者がいる。  それに自分は対抗できるのだろうか。そして、猶予はあとどれほど残っているのか―――。

 ザラクの懸念に反して、トゥーリアン軍からの宣戦布告はなかった。  だからといって声明があるわけでもない。  シバ・ラメサの軍備は強化されている。噂では、市民は全員引き上げ、現地にいるのは軍隊のみになったという。暗号は変更され、通信は完全に切り離されて切り替えられ、今ではオクトランは陸の孤島だ。  それを睨み据えながら、粛々と準備だけしつつ静観している様はいつものトゥーリアンらしくもなく、不気味で仕方ない。  ザラクは、気まぐれにトゥーリアン市民をいたぶろうとする者たちをどうにか制しながら、この結末がどこに向かうのか、残った二つの目で見落とそうと努める。だが見えるのは、目前に迫っていた死が、ただ少し先への先延ばしされただけの、暗い未来だった。