06 後日談

     【Aftermath】

 それは、昼食後の休憩時間中のことだった。  食堂での食事を終え、まだ30分ばかりはある時間で少し体でも伸ばそうかと、第ニ小隊所属、ベイン・バードンは中庭へやってきた。  書類仕事は苦手だ。だから現場を選んだのに、時折はこうして回ってくる。腕を回し、体をひねる。そうしていくらかの凝りをほぐしたとき、視界の端に物思わしげな顔で歩いてくる幼馴染を見つけた。  ロット・ラグス。二つ下の弟分だ。生真面目で融通がきかないが、熱心で努力家でもある。ただベインは、彼があまりにも四角四面の、決まりきった考え方をすることについては少し危惧していた。

 真面目であることはいい。だが、他人にも自分と同じ真面目さを要求する。ロットはそれが少し行き過ぎており、時に周囲と衝突し、疎ましがられることもあった。  特に近年は、その傾向が強まっていた。  理由は知っている。一人の男だ。それまでは他隊の嫌な奴、というだけだったのが、あるときから突然、目立ちはじめた。しかも、ロットの嫌いな"ルール無視"のタイプだった。  ベインからすると、たしかに困りはするし好きではないが、勝手にしてくれといったところだ。だがロットは、彼らしくもなく、一度だけだがかなり辛辣な愚痴を零した。ああいうのが軍を腐敗させるんだ、と。

 だがそのロットはここのところやけに沈んだ様子だ。落ち込んでいるというより、自分の考えに深くとらわれているようだった。  おそらく、とベインは思う。  ロットはあのラス・オクトンで、備品管理を受け持たされていた。予備の装備や弾薬、医療品など、手当たり次第に持ち出せるだけ持ち出してきた物の、数を数え整理し整頓し、次の移動に備える役目だ。  そしてどうやらそこに、ロットの大嫌いなあの男もいたのである。

 ベインは、自分が感じたものを今でも覚えている。はっきりとは言えないが、何かが胸の中に渦巻いている。  おそらくロットもそうなのではないかと思う。自分でさえ、どう表現していいか分からない、微妙な心情なのだ。なにもかもを白か黒か、良いか悪いか、正しいか間違っているかで切り分けて疑わずに来たロットの場合、自分よりもその靄は、重く深いのかもしれない。  それなら、これは兄貴分の俺の役目だとベインは決める。ロットが、トゥーリアン軍人らしくあろうとして保つ理想的、模範的な姿を、たとえ時たまであれ脱ぎ捨てる兄同然の自分が、一歩を共にするべきなのだ。

 そう決めて、彼が腰掛けたベンチに近寄るが、傍に立ってもロットは気付かなかった。  隣に腰掛けた途端にびくりと大きく反応し、こちらを向く。 「正直、俺は驚いた」  ベインは小声で呟いた。 「なんの話だ?」 「とぼけるな。……トライオスだろ」  一瞬狼狽したが、やがてロットは頷いた。

「あいつは……なんなんだ」  直属ではないにせよ上官に向かって"あいつ"。そんな言葉が出る時点で、ロットは平常心ではない。  ベインはそれを咎めず聞き流し、考える。あの男は、なんなのだろうと。  そして、自分はなにを感じたのだろうかと。  だがそれをすらすらと言葉にできるなら、二人とも軍曹止まりでいることはなかった。  その代わりベインは、自分がラス・オクトンのあの暗いテントで見聞きしたことを、そのまま話すことにした。

 メディックチームにいるベインはあのとき、仮設の粗末なテントの中、泥の上に敷かれたマットの上に屈んで必死の手当をしていた。その若い兵士は腹部に破片を入れたままここまで行軍してきたため、一部とはいえ内蔵がひどい損傷を受け、このままでは重篤な二次障害へとつながりかねなかった。  誰かに足りなくなったメディジェルを取ってこさせようとした。何故言われる前に行かないんだと腹が立っていたが、それを怒鳴る時間も惜しかった。  そこへ、あの男が来た。 「『足りないものはないか』。それだけだったが、振り返ってあいつだと知ったとき、驚いた。てっきりおまえか、あるいはそのへんの兵士か、そう思ってたからな」

 足りないものはないか、持ってきてやったぞ、ありがたく思え。  そういうトーンが微塵もなく、それどころか、心配そうにうかがう声だった。  それはまがりなりにも将校が、たかが軍曹やそれ以下の兵士にかける声ではなかった。 「まだ同じ部隊ならな。分からなくもない。けど、うちのアレはアレだし」  ベインの上官は、そのまた上官のコピーのように嫌味で高圧的なのだ。自分の部下のことを案じることはなく、彼等の成績が自分の出世や手柄になるかならないかだけを気にしている。  だからこそベインには驚きだった。

 抱えたボックスを受け取ろうと反射的に傍に寄った同僚が、つい、「そんなことは誰かにやらせれば」と言うと、彼は少しだけ怒ったような、叱責するような口調になった。  しかしそれで言ったのは、こんな状況で地位も身分もあるか、ということだった。  そんなことにこだわってロスを生んでどうする。できることをするべきだ。使い走りだろうと。共にいる者は負傷していて自分は無事なのに、負傷した者を使う理由があるのか。  そう言われたベインは、はっとして今ほしいものを並べ上げた。  そうしてなんとか兵士の治療を終えた。

「それからずっと、『ロス』って言葉が引っかかってる」  今もまだ、胸の奥に。  階級が上だというだけで動く必要はなく、下だというだけで動くべきになる。  そこに生まれる、ロス。損失。それをあの男は作らない。  理屈を唱えるとき、自分自身を例外にしない。  傷ついた兵士を動かすより、自分が動く。

 トライオスの言うことは、ベインも暴論だと思っていた。本来果たすべき仕事を果たしたなら、残りの時間を報酬として受け取る。なんて身勝手な話だと。そんなことをすれば誰もが早く終わらせるために手を抜くと、上官も吐き捨てた。それにはさすがにベインも同意した。  だが、手抜きがあったなら評価をしなければいいのだ。あるいは、手抜きをして早く終わらせるような者には罰を用意すればいい。  第八小隊はたしかに、スケジュールを無視した前倒しの進行で歩調を乱した。だがそこに手抜きや不正はなく、自分たちのもとに早めに仕事が来て溢れたというだけのことで、あれこれと批判するほどの問題だっただろうか。 「それに、早く終わらせておけば、なにかあったときに対処する時間もとれる」  むしろ彼等は、トラブルを起こした他の現場を、手伝いに来ることがあった。焦らされたからミスが起きたと言うことはできる。だが、そうやって責任をなすりつけ、せっかくの助力を余計な真似だなどと言うことこそ、歪んでいるのではないか。

 訥々とここまで話して、ベインは今の自分の思いを確かめる。 「だとしてもな。俺は苦手だ。どうしたってついていけない。だが、間違ってると決めつけるのは、それこそ俺たちの勝手な決めつけで、間違いなんじゃないか、ってな。……おまえだって、感じてるんだろ」  ベインが言うと、ロットはずいぶん長いことじっとしていたが、やがて頷いた。  そうしてベインに返すように、あのとき自分が出くわしたものについて語りはじめた。

 あの男がいくつかの救急具や薬剤をボックスに入れはじめたとき、まずその選択が確かなことに驚いた。そして、それを受け取ろうとして断られた。なんだと思えば、自分で行くと言う。しかも、 「士官コースにいたせいで、戦闘慣れしてないとよ。だから落ち着かない、行かせてくれって」 「そいつはまた……」  普通の将校ならば、絶対に言わない言葉だ。  彼等の仕事は戦う者たちを監督することで、戦うことではない。それに不服を唱えるなと、皆、ブートキャンプで叩き込まれる。反抗的な気持ちや若気の至りは、そうして厳しく正される。  だがわざわざ教練されるということは、誰しも自然に思っているということだ。まともに銃も撃ったこともないくせに、と。

 ベインは、思いがけない言葉を聞いて驚いた。その後、侮り嘲る気になったかと言えば、 「座って休め、ちゃんと補給しろ。命令されたのはそれで……いや、命令じゃないな。命令しなきゃ俺が休めないならって、命令しただけで」  命じられたとおり、痛む足を庇ってクレートの一つに腰を下ろし、 「なんて言っていいか分からないんだが、……そのときのなにかが、ずっと消えないんだ」  ロットは長い溜め息をついた。

「難しいよな」  ベインも太く短い息をつき、空を見上げる。  これまでどおりでは、いられない気がする。  それは落ち着かない気分で、不安と、恐れがある。  だが今はそれを、あいつがかき乱しているんだと、思うことができない。  ベインの思いをどこまで汲んだのかは知れないが、やがてロットも 「そうだな」  と答えた。


     【変わり者たちの挽歌】

 カイラス・アルドレスは名門軍閥アルドレス家の異端児である。  本家に生まれているが出世コースからははずれて久しい。彼の職務は公には存在せず、その時々で変化する。一つだけ共通しているのは、そのどれもが高い戦闘能力を要することだ。  趣味の工学、そして持って生まれたずば抜けた視力、聴力で、彼は現在のトゥーリアン軍で有数のエンジニア・スナイパーとして知られている。  そのカイラスは狭いリビングでこれだけは高価なソファに身を沈めていた。  そこへ、 「ただーいまー」  ドアの開く音とともに、甥の声が届いた。

 ニ番目の兄の息子、レナス・アルドレスは史官だった。  通常40歳を越えてようやく見習いとなり、一人前と見なされるのは50歳を過ぎてからのことが普通である史官としては、僅か28歳で見習いとなっているのは異例である。しかもその前は、トゥーリアンのバイオティック特殊部隊、カバルにいた。  一族では忌み子として嫌われているが、カイラスにとっては数少ない"まとも"な親族である。そのためこうして、親代わりとなっている。

 カイラスが帰宅するのも5日ぶりだったが、レナスに至っては10日ぶり、それ以上である。よって、こうして顔を合わせて話すのも"あれ"以来だった。 「よう。お疲れさん」  とテーブルに置いていた未開封のドリンクを一つ投げ渡すと、少し逸れたそれをレナスはバイオティックで手元に引き寄せる。レナスは他愛なくやるが、狭い室内で他のどんなものにも触れず、小さなものをピンポイントで引き寄せるというのは、実のところ至難だ。大抵は周囲のものまでまとめて引き寄せて派手に壊すことになる。

「またゲームしてるの? 今度はなに?」  そう言いながらレナスが横に座る。カイラスは片手でキーボードを操りながら、逆の手でチップスを摘んだ。 「LTG(ロジカル・タクティクス・ゲーム)。絶対正解言うなよ」  史官という特殊な訓練を受けているレナスは、並外れた頭脳も持っている。この甥っ子にとっては、真偽が入り混じる複雑な出来事から道筋を見つけ出し、真実を探り当てるのはお手の物、今の仕事そのものだった。 「言わないよ。おじさんがよっぽど馬鹿なことしないかぎりはね」 「馬鹿なことしても言うな。黙っとけ」  カイラスは、自分を馬鹿だとは思っていないが、決して軍師参謀ましてや史官向きだとは思っていない。であればこそ、これをゲームとして楽しめるのだ。

 そして案の定、よく分からないところから破綻して破滅し、隣の甥に溜め息をつかれた。 「俺、どこでミスった?」 「たぶん、僕が見るより前の段階だね」 「マジか」 「だから正直、何やってもでたらめで筋道つかないし、口の挟みようがないのは幸いだった」 「うるせえ」  肘で小突くと、レナスは 「こういうの、うちの師匠もだけど、あの人も得意そう」  と呟いた。

「あの人?」 「ほら、この間いたじゃん。セリシアの」 「300人くらいいただろ。誰だ」 「その中で一番変わった人」 「あー!!」  そう言われてカイラスにも分かった。

 小柄な家系であるアルドレスの、そのまま小柄に生まれついた二人にとってはいささか羨ましい、大柄な男だ。ただし、整った見た目が多いのもアルドレス家の特徴で、その点ではその人物はなかなか残念である。  ただ、カイラスの古い戦友であり親友でもあるティラン・レクトルスは、その男をかなり高く買っていた。それで内々に、自分と合わせてその男のことも守ってくれと言って寄越したのだ。  そう言われれば、あれこれ聞かないのがカイラスだ。そういう性分であるし、ティランはその信頼に値した。

 万一のときには、とティランが言った、その万一が起こった。  そしてラス・オクトンは、記録に残すに値する出来事となった。  レナスが忙しいのもそのためである。  史官は事実を調べ、書き記す。そして、彼等が書いたことが、後の世では歴史の事実となる。  誤りは許されない。  そのため史官たちは、あらゆる情報へのアクセス権を持ち、あらゆる関係者への聴取権も持つ。  当然、渦中の者には念入りな聞き取りがされている。ワラス・トライオスといったか、その男は筆頭候補だった。

「最重要参考人だからさ、話聞いたのはセルじいだけど、立ち会うことはできてさ」  将来は賢老に選ばれるだろうという最上級史官をセルじい呼ばわりはないだろうと言いたいが、言っても聞かないので黙っておく。 「面白かったね」 「面白い? どんな話になったんだ?」 「話がっていうより、バッチバチの腹の探り合い。おじさんいたら、たぶん胃が痛くなる空気」 「つまり……トライオスだっけか、嘘ついてるってことか?」 「どうなんだろ。けど、セルじいが詰めきれなかったのは事実。ていうか、詰める切っ掛け掴ませてもらえなかった感じかな」 「ふうん」  その現場の様子はよく分からないが、甥の言いたいことは分かった。トライオスの論理性は、ともするとセルじいことセリオン並かもしれない、ということだ。

 事実を記さねばならない史官は、意図的な虚偽であれ勘違いから生じる誤りであれ、すべてを徹底的に突き詰めていく。  そんな史官の中でも不世出と呼ばれるセリオン・マルカヌス(マルカルスだったかもしれない)は、すさまじい記憶力を持ち、VIを論破するほどの論理性を持つという。  その彼に追及されても崩れないとしたら、考えられるのは二通りしかない。一つは、どんなに嘘のように感じられたとしても、事実しか述べていないため。そしてもう一つは、かの老人と渡り合うほどの能力を持つためだ。

「俺としちゃ、ティランが見込んでるんだ。変なとこでアヤつかないほうがありがたいけどな」 「それはなさそう。ただ、セルじいとしては一部閉架にするつもりみたい」  閉架。史官が言うそれは、記録を秘匿することだ。軍の"書庫"には全記録を残すが、その閲覧権を持つのは上級史官のみとなり、一般的な兵士はもちろん、将官であろうと許可なくしては見ることができなくなる。

「別に隠さなくてもいいだろ? まずいことなんてあったか?」 「万一トライオスが敵と通じてて、だから作戦知ってたとかだったら?」 「はあ!? そりゃねえだろ!?」 「まあおじさんがそう感じたんだったらそれが真実なんだろうけど、それじゃ事実にならない」  カイラスの並外れた直感は、なんとなく他人の嘘に気付き、なんとなく本音を感じ、なんとなく嫌な予感やいい予感を的中させる。  ラス・オクトンでも、なんとなく嫌な予感がしていた。たかが予感でも、それが当たるところを何度も見てきた部下たちは忠実で、だからこそ最大限の警戒をし、あの突発的な混乱の中でも統率がとれていた。  しかし、レナスの言うとおりである。カイラスの直感は、決して事実ではない。

 セリオンが引っ掛かったのは、トライオスの提案が 「まるで預言だ」  という点だった。  ラス・オクトンの地形を見ていて、小部隊のいくつかが合流可能なのではないかと気付いた。そこまではありうる。トライオスのこれまでの経歴や言動の記録からして、無理はない。  そして、そこから続く作戦も、思いつく範囲ではある。過去を―――史官の言うそれは記録が残っているすべての過去だ―――遡れば似たような事例もある。  しかし、今回の作戦はあまりにも運に左右されすぎる。苦労して沼地を渡ったとして、そこに誰もいない可能性があった。誰かはいても、戦力にならない可能性もあった。そして、「このあたりにバタリアン兵はいないはずだ」とする根拠が、あまりにも弱かった。  過去の事例においても、幸運が味方したと言える場面はある。奇跡としか言いようのない偶然で切り抜けたこともある。  今回も、運頼みでやるしかないと言えば確かにそうなのだが、セリオンもレナスも、どうしてもヴァレス・トライオスは"知っていた"のではないかと思えてならなかった。  だがそれは、まったくもってカイラスと同じだ。ただの直感である。

 だとしたら、敵と通じている可能性くらいしかない。 「手引きはしたけどここまで派手にやるはずじゃなかったとか、それか、バタリアン側にも反対してる連中がいて、そいつらとひそかにつながってた、なんてのがありそうな筋書きなんだよね」 「なるほどなぁ。けど……それならあそこまで白くなるかね」  そのトライオスを間近で見ていたカイラスには、彼の驚きと緊張はまぎれもなく真実に見えた。それは、銃の扱いにあまり慣れていないことと同じくらいに確かだった。 「何するかまで知ってたわけじゃなくて、ああなった後で知り合いに連絡したとかさ。実際彼、少しだけど一人になってることがあるのは事実。とはいえまったく誰も見ていないわけじゃなかったし、そのとき通信してたかどうかとなるとね。してた証拠はないし、してない証拠なんてもっとない」 「つまり……どういうことだ?」 「おじさんに理解求めてもダメダメだね」 「うるせえ」 「たださ、もしあの場でバタリアンの誰かにこっそり通信して、なんとか助けてやるっていう話になったとしてもだよ? その通信もバタリアンは監視してるはずだろ? それに、こっちが把握できてる回線のどこにも、内部にも外部にも通信した形跡はない。となると、この説はほぼ消える。でも」  もし、トゥーリアン軍の情報解析と、史官の持つ特殊なスキルをもってしても検知できない通信方法があったとしたら? 「セルじいは、その可能性を否定してない」

 なんにせよ、このまま情報を公開すると、無用の混乱を生み出す可能性がある。悪意なく疑念を持つ者もいるだろうし、軍内の政治に利用しようとする者も出る。セリオン・マルカルス(あるいはマルカヌス、マルカダス、そういう名前ではある)は、そう判断した。  そこで彼は賢老とも協議のうえ、この件は一部閉架として扱うつもりでいるのだった。 「ほーん」 「はあ……。おじさんみたいに反射で動いてたら、人生ラクそうだよね。見えたもの撃てばいいだけだし」 「おまえもラクなほう来ていいんだぞ?」  毒を吐く甥はいつものことだ。それをカイラスが誘うのは、なにも上辺だけのことではない。  レナスのバイオティックは特級品だ。ティランのような爆発的な威力は発揮しないが、とにかくコントロールが精密で間違いがない。さもなければ、ティラン一人のしたことのように見えるほど的確に、もう一つのバイオティックを合わせることなどできなかった。  こいつがうちに来たらどれほど心強いかと思う。

 ただ、来いと口にするのはあくまでも軽口だ。 「僕がそっちいってラクなわけないじゃん」  レナスの言うとおり、バイオティックに対する世間の目、普通の軍人たちの目は厳しい。特殊部隊カバルは、精鋭と言われるが実態はバイオティック専用の監獄だ。  レナスはセリオンに見込まれて直接拾い上げられ、“事実"を重んじる史官たちと共にいる。彼等は、レナスが危険ではないという現状の事実に基づいて差別をしない。セリオン老の人徳もあるだろう。  だが、普通の軍に来れば差別と警戒の対象になる。カイラスはそれをよく知っている。間近で見てきた。

 ティラン・レクトルスがそうだったし、今でもそうだ。  カバル出身のバイオティック。かつての荒くれ者。アリールの無茶無軌道で大佐にまで引き上げられたが、軍の意向に対して反抗的であり、危険。上層部から彼に向けられる視線は常にそれだ。  そうなることを承知で、ティランは立つことを、戦うことを選んだ。  だからこそカイラスは、命を賭けてでも彼を守り、共に立つと決めている。  それは、かつて命がけで救いに来てくれたティランへの、恩義ではない。ただの決意だ。この荒っぽくて不器用で世渡り下手の、どうしようもない男を助けてやりたい、という。

「貸して」  少しぼんやりしているうちに、レナスにキーボードを奪われた。  さくさくといくつかの操作をし、ニューゲームを立ち上げる。 「これ?」 「これ」  今まで遊んでいたシナリオを示すと、レナスがそれを進めはじめた。  手がかりらしいものを見つけても、調べられるかぎりを調べるまで絶対に先には進まないし、それでいて、 「“倉庫"行かないのか?」 「たぶん罠だよこれ」  集めた手がかりからそういう判断もしているらしい。  そうしてある程度進めると、総当たりはもうしない。 「確実性をとるなら行くべきだけど、ゲームじゃん」  今の段階でこうと見極めたものが正しいかだけを突き詰めていき、 「はい、クリア。簡単じゃん」  あっという間に★5最高評点を出した。  ここまでずっと並んでいる★1、★2が馬鹿の証拠に見えて、カイラスは大きな溜め息をついた。