暴獣と軍神

     【暴獣と軍神】        かつてレックスから「遊ぼうぜ」と言われたリデアンは、「謹んで辞退する」と答えた。  だがその日再び同じ言葉を投げられ、彼は、 「謹んで、お受けしよう」  と応えた。

 耳にしたクルーたちは一斉に振り返る。例外なく全員の目が見開かれ、驚愕に固まっていた。  アードノット・レックスは、現役のクローガン傭兵の中でも最強と謳われる。他の種族を圧倒するフィジカルを持ちながら、頭脳的な面において劣るため結局のところ力は拮抗するーーーそんなクローガンの中で、彼は膨大な戦闘経験値からくる研ぎ澄まされた直感と本能、そして理知としか言えない判断で、確実に頭一つ二つは飛び抜けていた。  単身で、肉弾戦で戦えば、誰も勝てない。そう思わせるし、実際そうだとしか思えない存在だ。

 だが、「遊ぼう」と、つまり戦いを挑まれたリデアン・トライオスもまた、常識では測れない存在だ。  トゥーリアンとしても大柄な体躯に相応しく重火器を軽々と扱う一方で、正確無比なスナイパーでもある。  そのうえ人とは思えない情報処理能力を持ち、戦況を、戦場を、敵を、一瞬で理解し把握し勝利への最適解を見つけ最善手を打つ。更に、常日頃やることではないとは言え、6機ものドローンをマルチ展開し、そのすべてを自分の目、手足として操るのだ。  死角を持たない、前衛から後衛までたった一人で数人分の働きをする、まさにワンマン・アーミーである。

 エキシビジョン・マッチなら、これほど熱いカードはない。  だがレックスの言う「遊ぼう」は、戦いや、ましてや試合のことではない。  互いが全力で相手を喰らおうとする、殺し合いのことだった。

 戦いに生きるクローガンが最も高ぶるのは、己の生存をかけた殺し合いのときだ。  敵を葬り喰らい生き延びてきた彼等種族にとって、殺し合いとはある意味、最も純粋で神聖なものなのだ。  だが強すぎるレックスは、長い間全力を出していない。  彼が絶好の相手を前に、己を解放したくなるのは分かる。分かるが、何故今このときなのか。  モーディンの命を賭した贖罪によって、ジェノファージの治療薬はまかれた。クローガンに用意されていた死の運命は解除され、時間はかかるだろうが彼等は再び栄える。  そして、それを二度と銀河への暴威にしないため、レックスたちは過去ではなく未来へ、共存の道へと歩もうとしてくれている。気丈で聡明な女性たちとともに。

 シェパードは、レックスがいなくなるのは駄目だと、心の底から思う。  クローガンの中には、治療がされたのなら今こそ報復のときだと思う者もいる。絶滅寸前へと追いやられた怒りや憎しみがどれほどのものか、想像するだに恐ろしい。彼等のその痛みには、シェパードは何も言えない。  だが、そんな中にあってもやり直そうと考えてくれるクローガンたちもいる。過去に溺れるより未来へ進もうと。  レックスは彼等の旗手だ。我が道を行くクローガンたちが、それでも従うほど強く、信頼のできる長。そんな稀有なものが、レックスの他にいるとは思えなかった。

 リデアンにそれが分からないはずはない。  にも関わらず彼は受けた。  殺し合いの申請を、だ。

 レックスは何故今になってそんなことを言いだしたのか。  リデアンは何故かつてのように辞退しなかったのか。  分かる者も止められる者もなく、乾いた風の吹くトゥチャンカの荒野で、二人の戦士は対峙してしまった。

 これが本当に本当の遊びなら、どっちが勝つか賭けようと言うに決まっている者たちも、無言でいる。  そして真剣に、どうなるのか、どちらが強いのかと思う。  シェパードは、どんなにレックスが強いとしても、しょせん彼は一人であることが不利だと思えた。リデアンは、一人でありながら複数も同然だ。その目は自在に戦場に散り、あらゆる場所を見続ける。  レックスに勝機があるとすれば、リデアンのその制御が乱れ、彼もまた一人になることだろう。レックスはそれを狙うしかない。つまり、ドローン制御システムの破壊。  しかしリデアンはそれこそが有効打だと当然知っている。であれば、壊させない。  どうなるかは誰にも分からなかった。

 が。  始まるより先に、おかしいと気付いた。  リデアンは彼専用のテック装備DSRユニットを身に着けていなかった。  ドローンたちもいない。  隠しているのではない。  彼はただまっすぐに、その身一つでレックスに向かい合っていた。その手には銃すらない。

「嘘でしょ……。どうやって戦うの」  タリの呟きは全員の心の声だ。  勝ち目はあるのかと思う。  リデアンは、彼がフル装備でないと知って不穏に首を傾げるレックスに、 「丁度いいハンディだろう」  と言ってのけた。  レックスの口がものすごい笑みに歪む。牙がむき出しになる。 「私も若くはないが、貴方はもう壮年というよりは年寄りで、しかもこれまでの戦いの中で臓器もいくつか失っている。全盛期には程遠い老兵に、全力を出す必要などない」  痛いほど熱いトゥチャンカの空気が、その一瞬、ぞっと冷えた。

 怒りの咆哮とともに火蓋は切って落とされた。  レックスの重戦車のごとき突進を、リデアンは軽やかにステップして避ける。だがその先には既にショットガンの銃口が向けられている。  リデアンは銃身を掴み軽くひねって、400キロを越えるクローガンの巨躯を宙に舞わせた。

 地面に叩きつけられたレックスは、リデアンがオムニブレードで刺し貫こうとするのを払い除ける。素早く正確な一打はエネルギーの刃を叩き折った。肌が焼けるがクローガンにはどうということもない、薄皮一枚のことだ。  突進する、避ける、その先にもう既に一手がある、それも避ける、そして反撃、だがそれを予期して受け、リデアンの体を捉えたレックスが、そのまま壁へと突進する。力任せの拘束は、力で解くことはできない。だがリデアンは、肩と鎖骨の間、分厚い皮膚が少しだけ緩む箇所に拳を突き入れて、その腕を強制的に緩めさせた。  苦痛の声とともにレックスの腕が弾け、リデアンは赤褐色の体を蹴って離脱、着地する。

 興奮したレックスが時折漏らす、ゆっくりとした笑い。  味方として聞いても恐ろしくなるそれを敵として聞く気分はどんなものなのか。一生知りたくない。  今それを向けられたリデアンは、少しも変わらず淡々としていた。  リデアンが優勢に見える。  だがレックスにも大したダメージはない。多少の攻撃など通じないし、受ける傍から治るのがクローガンだ。  いくら優れていたとしてもトゥーリアンであるリデアンに、そんな超回復能力と、底なしの体力はない。それどころか、並外れた精神力で支えてはいても、消耗は早いはずなのだ。長期戦になれば、次第にレックスが押すのではないか。

 レックスが、頭を左右に傾け、肩をぐるりと回してほぐす。そして、 「こうでなきゃ面白くねえ。さて、そろそろ本気でやろうじゃねえか」  と言った。  まだ本気でなかったのか、と思うが早いか、レックスの手から小さな念弾が飛んだ。  ワープ。  ワープ、ワープ、ワープ。  直進するだけの銃弾と違い、それはある程度操者の意思により軌道を変える。立て続けに撃たれた念弾が、ゆるやかな弧を描いてリデアンを襲う。  それを彼は後ろに小さく跳んで避けたが、そこに、いつの間に置いたのか、レックスの設置した地雷があった。

 爆発、爆音、黒煙。  直撃だ。  思わず皆駆け出しそうになる。だが、割って入ればレックスはその邪魔者を殺すだろう。前へ動いた足を止め、煙の中へ目を凝らす。  と、やがてその中に、青い光が見えた。  電子の鎧、テックアーマーの輝きだった。

 おそらくリデアンは、地雷を踏んだと知ったその瞬間に高速起動したのだ。察知から判断、実行までの速度も、そこから瞬間的にフル展開するアーマーそのものも便乗ではない。  ダメージを受けた鎧はその電気的結合を弱らせる。リデアンはそれを即座に修正、強度を戻す。青い光が薄らいでいた時間は、ほんの一秒もなかった。 「武器こそオムニブレードだけでも、あれがある分リデアンのほうが有利かもしれません。あんな展開速度、軍の最新鋭装備でも不可能ですよ」  ギャレスが言う。リアラが頷いた。 「つまりあれも、”彼専用”ということですね」  ノルマンディに莫大な支援をし、リデアンの個人的なバックアップを受け持っている”匿名の支援者”だ。  であればおそらく装填エネルギーの質量も規格外であり、そう簡単に尽きることはないのだろう。  だとすると、リデアンの意識があるかぎり、あのテックアーマーは何度でも復元される。この鎧を壊すなら、一撃で完全に破壊するしかない。  そして再展開前にもう一撃を叩き込む。レックスにはそれを実行するだけの力がある。  だが、リデアンの両腕から、赤い光が伸びた。とうとう攻勢に出る気らしい。

 左右の腕に取り付けられたオムニブレードが、振動音を立てる。  そして更に伸び、輝きの色が濃くなる。  代わりに青い鎧は薄れて消える。  アーマーへのエネルギー供給を絶ち、ブレードに流しこんだのだ。  より長く密な刃は確かに強い。だがその分腕への負荷が増し、制御と維持も緻密になる。簡単そうなことなのに誰もやらないのは、できないからだ。多少の強化ならばともかくここまでの伸張と圧縮、しかもそれを左右2本というのは、やはり常軌を逸している。  その一方で、身を守る追加武装はない、という有り様。  なにを、と思ったときには、なんの予備動作もなくリデアンが疾駆していた。

 まっすぐレックスに突っ込む。ショットガンでの迎撃は、まるですべての弾の軌道を見ているかのように最小限の動きで避ける。  リデアンの速攻を追いきれないレックスの脇腹に、ブレードの一撃が入ーーー 「は、入ってない!」  レックスは肘を使ってそれを止めた。半ばまで食い込み、焼かれている。だが、笑う口は「捕まえた」と言っている。  しかしそれは融通の効かない鋼の刃ではなく、リデアンは瞬時にブレードを消して大きく飛び下がった。

 血の焼ける匂いがする。もともと嫌な匂いだが、クローガンのそれは、息が詰まるような悪臭でもある。  風がそれを押しやっていく中で、再び二つの巨体が動き、双方から激突した。  避けない。  リデアンもブレードを消し、真正面から組み合った。  圧倒的にパワーで勝るはずのクローガンだが、重心のかけ方で全力で踏ん張るのを阻止されている。  だがリデアンの体にも甚大な負荷がかかり、スーツを押し上げるほど膨らんだ筋肉はいつはち切れても不思議ではない。  それでも。  リデアンの圧が跳ね上がった。  同時にレックスががくんと崩れた。  そして鋭く入った足払いに転がされると、レックスの喉にはオムニブレードの切っ先が突きつけられていた。

 誰もが息を忘れて見入っていた。  そして今、決着がついた。  殺し合うことにはならなかった。  力の差が、はっきりとしていたからだ。  だからリデアンはレックスに勢いのままトドメをさすことはなく、冷静に止めていた。

「……全盛期の貴方であれば、このやり方では絶対に勝てなかった」  リデアンが言い、ブレードを引く。 「得意なやり方なら、勝てるってのか」  レックスが言うのへ、 「分からない。若い貴方なら、すべてを無視して真っ向から突っ込む、それができただろう」  言ってリデアンは手を差し出す。叩き払うかと思ったが、レックスは強くその手を取り、素直に引き起こされた。


 クルーたちのあらゆる声をレックスは「うるせえ」で払い除け、リデアンは沈黙で封殺した。  そしてようやくクルーの間では、お互いが全盛期、完全に全力だったらどっちが強いのかと、そんな話題に花が咲いた。  その賑いからは遠く離れて、レックスは気に入りの格納庫で、リデアンは専用のメンテナンスルームで、思いを馳せる。

 俺は弱くなった、とレックスは思う。  だが若い頃にはない力も得た。それは、自分以外の誰かを、何かを信じる力だ。シェパードを信じている。命と引き換えに薬をまいてくれたサラリアンの学者を信じている。そしてあのトゥーリアンの軍神のことも、信じられる。敵に回せば死の牙となる力を、あいつはクローガンも含めた銀河のために使ってくれると。  衝動に任せて暴れまわるのは、この戦いを最後にするのだ。無事に生き延び、生き残り、そうしたらその次は、新しい力とともにクローガンの未来へ進む。  信じるからだ。困難であっても、道はあると。

 リデアンは、かつてあの凶暴な目の奥にあったのは、深い悲しみと怒り、諦めだったことを思い出す。  滅びゆくクローガンという種。多くの者が過去に、怨念に身を委ね、敵となることを選んだ。だが聡明な彼には、そんなことをしても意味がないと分かってしまっていた。だから、諦めるしかなかった。  だが今の彼には希望がある。そして、クローガンは凶暴なだけの種族じゃないと、心から信じる者たちもいる。そんな誰かのため、そしてクローガンの未来のためにあの力を振るうことにしたレックスは、きっと更に手が付けられないだろう。

 戦士に敬意を。  友には親愛を。

「次は一緒に暴れてみてえな」 「共に戦うのも、面白そうだ」       FIN