暴獣と軍神、または
【暴獣と軍神、または】 『ポイントθ7でリーパーの拠点が発見された。ドローンにより探査したかぎりにおいて、敵戦力は地上で目視できる範囲に推定300、レーダー範囲に更に100は確認されている。特殊個体も複数混じっているようだ。加えて、地下に大きな熱源反応もある。何をする気かまでは分からないが、猶予はない』 ハケット提督からもたらされたその報は、シェパードたちを悩ませた。 SSVノルマンディSR-2は、そこまで1ジャンプで行ける距離にいる。 だが、そもそも彼等がその星域にいたのは、リーパーの"収穫"が行われている植民星を救援するためだった。
幸い居住エリアは惑星のほんの一部で、部隊を3つに分けて市街各方面から突入、敵を排除し、市民を救助しながら制圧する。そんな作戦であれば多くを救える。だがそのためにはノルマンディに常時待機している戦闘クルーだけでは足りず、シタデルにいたジャックとサマラまで駆り出してきた。 それでもクルーは合計で10人。シェパード、ケイダン、ジェームズ、ギャレス、リアラ、タリ、ジャヴィック、EDI、ジャック、サマラ。 3人ずつ3チーム+1人。市街全域をカバーするには足りず、住民の避難に人員を割くなら戦力としてもぎりぎりだが、やれるだけのことをやるしかない。自分たちならばできる。行こうと決意を固めた。 ハケット提督からの緊急通信が入ったのは、その矢先だったのだ。
「あたしらに分身でもしろってのか!?」 相変わらず口の悪いジャックが、キレて悪態をつく。 彼女が言うとおり、400もいる敵と交戦するとなったら、こちらの全戦力を投入してさえ危うい。単純計算で1人あたり40体相手にすることになる。しかも段階的に少しずつ接敵するのではなく、一気に囲まれる可能性すらある開けた平原なのだ。 「直近の緊急性だけを言えば、市民の救出でしょう。ですが……」 ギャレスが難しい顔で黙り込む。リーパーたちの企みによっては、大規模な惨事を引き起こしかねない。 タリはハケット提督から送られてきたデータを確認し、分析。 「たぶん、高機動アーマチュアがいる。“飛び跳ね砲台"よ。外にだけでも、1、2……5体は、たぶん」 つまり、発射されるランチャーやミサイルはあっけなく人を粉砕し、戦闘車両で対処するには相手が動きすぎるという、最悪の敵だ。
全戦力を投入したとしても、被害を出さずに制圧ができるか分からない、とシェパードは判断する。 だとしたら、本来の目的に全力を尽くしたほうが、はるかに確実に達成できる。 シェパードの、握った手が震える。 今は、確定しない危険性の排除よりも、今まさに被害に遭っている人たちを優先すべきだ。それが取り返しのつかない惨事を招くとしても……今は、なにも分からない。 結論を言おうと、息を吸い口を開いた。
そのときだった。 「私が行こう」 かすれた声が離れたところからかかる。振り返ると、大儀そうに壁に寄りかかったリデアン・トライオスがいた。 「リデアン。いけません。貴方はまだ動ける状態じゃない。それに、いくら貴方でも、一人加わったからって状況は」 ギャレスが詰め寄る。が、それをリデアンは軽く押しのけた。 「もう回復はしている。今の私がローテンションなのは、消耗をセーブしているために過ぎない」 「しかし」
リデアンは星図と2つの目的地を映すメインモニターの前に歩み寄り、見上げる。その右目はホロよりも遠いところに焦点を結び、 「制圧の必要はない。注意を引くことで、敵の動きを遅らせればいい。その間に市民を救助。後に合流する。であれば、こちらに割く人数は少なくてもいい。ただ、多数の敵を相手にし、長時間持ちこたえる必要があるだけだ」 リデアンはなんの感慨もなく言うが、星系をまたぐ移動があるのだ。ノルマデイの性能をフルに発揮したとしても、合流するためだけに半日はかかる。市民救助に費やす時間も合わせれば、どう早くても一日近く。その間耐え続けるというのは、並大抵のことではない。 「では、私が電子兵器を用いて撹乱します」 EDIが胸に手を当てる。 「それなら私も」 とタリが前に出たところで、 「私が行くと言った。私だけでいい」 リデアンは淡々と答えた。
そんな無茶な、とは言えなかった。 彼なら、タリとEDIを足したほどのことができてしまう。 だが、できることと、やり続けられるということは別だ。そのうえ範囲が広すぎる。対処しようとすれば取得する情報も増え、負荷が増大する。時間は稼げたとしても、長時間の戦闘の後で彼が無事でいられるとは到底思えなかった。 そこへ、 「それなら、俺も行こうじゃねえか」 低いダミ声とともにのっそりと、大きな赤褐色の塊が入ってきた。
「そちらには、限りなく少数での最大戦力を投入しましょう。こちらは我々でなんとかします。シェパード。貴方も彼等とともに」 サマラの優美なハスキーボイスには、長い時を生きたアサリとしての、圧倒的な説得力があった。 レックスとリデアンもそれには反対せず、シェパードの同行を受け入れた。 逆へ向かった仲間たちのことを、シェパードは露ほども疑わない。彼等ならば絶対にやる。信じているというよりも、知っている。 問題はこちらだ。離れた岩陰から様子を見ているが、スコープには大量のゲスとコレクター、その強化個体、そしてタリの言っていた高機動アーマチュアが映る。 配備にも隙がない。移動砲台であるアーマチュア、低速移動しかできない固定型のものも含めると、完全に全方位を監視、射界に入れているように見える。 これでは、どこを突破口にすればいいのかすら判然としない。無理に突っ込んでも、蜂の巣……どころか肉片になるだけだ。
がーーーすべて、杞憂だった。
と、シェパードは間もなく知った。 レックスが笑い、ショットガンのセーフティをはずす。 同時に、リデアンが"起動"した。今まで気怠く見えていたのが、覚醒する。 「レックス」 「おう。ケツは任せた」 それだけだった。
レックスが雄叫びを上げて飛び出した。 すべての注意が彼に向く。多数の砲身が向きを変え照準を合わせ、エネルギーを集め……た瞬間に挙動がおかしくなり、一斉に爆発した。オーバーロードによる自爆だ。 更に、シェパードの真横から上がる重い発砲音が、ゲス・プライムの頭部、目のような部分を次々と、正確に貫いていく。 スナイパーライフルを格納し、SMGを手にしたリデアンが動く。まっすぐ前を向いたまま目も動かさず足元の複雑な岩を乗り越え、走り出す。 先行したドローンが2機、レックスの右から来るゲスを撃つ。左側面にも2機のドローンによってテックバリアが平面展開。1機は高空を移動。もう1機がそのドローンを護衛する。 そして最後尾、遅れることなくついていく、最大サイズ、最高性能の、彼もまたドローンのようなものだ。6機すべてのドローンからの情報を取得し司令を出しつつ自らも攻撃、支援する。
リデアンには戦場全体が見えている。増援のために動くゲスのことも、中枢部になるらしい洞窟へと向かう一団のことも。 『2時方向、敵12体。排除する』 無線に淡々とした声と、応えるレックスの鼻息が聞こえる。 レックスはひたすら前へと、洞窟の開口部へと、立ちふさがるものを蹴散らし粉砕し飲み込んでいく。 リデアンが光の残像を残して動いたときには、増援のただなかで深紅の、高圧によって変色したブレードが空間を刻んでいる。 『高機動アーマチュア、接近。11時方向』 『引き付けとけ』 『了解』 リデアンが用意した分裂ミサイルが、シェパードの後ろから発射されアーマチュアへと降り注ぐ。それを優先に排除しようとしたアーマチュアは、足元に迫る”ちっぽけな肉塊”を後回しにした。 避けるべきだったのだと、シェパードは思う。そこそこの速度で跳躍移動できるのだから、ミサイルをデコイで撹乱、迎撃しつつ、耐久できる範囲での被弾は容認し、足元の敵からこそ距離を取るべきだった。 そうしなかった代償は、ずたずたに破壊された内部構造と、火花を散らす残骸だった。
シェパードが我に返ったときには、二つの背中は遠く離れていた。 慌てて追いかけながらシェパードは言葉がない。 (嘘だろ……まさか……) と、戦場にいる指揮官とは思えない、子供のような語彙しか出てこなかった。
そして1時間後。シェパードは救助に向かった仲間たちに通信する。 『なあ。……そっち、援護行こうか?』
『は!?』 『えっ?』 『なにを言……、嘘でしょう。嘘だと言ってください、シェパード』 『冗談だろ。ありえねえ』 『“常識はずれ"の二乗は……回答不能です』 『俺たちの存在意義について、後で小一時間ほど話しましょうか、ボス』 『もしかして彼等がいたら、プロセアンも滅びなかったのでは……』 『言うな』 『彼等が敵でないことに、感謝するばかりです』
結論としてシェパードは思う。 たぶん気持ちは、ゲスも同じなんじゃないか、と。 彼等に"気持ち"というものはないだろうが、これを契機にバグとして発生したとしても、不思議ではない。 (あ、そうだ。リージョンどうしてるかな。あいつが見たら、どうするかなぁ) 現実逃避するシェパードは、半笑いの表情をいつまでも変えられなかった。
【少しだけシリアスな、余談】 一度だけ、レックスがリデアンの邪魔をした。いや、邪魔はしていない。ただ、最低限の言葉で連携していた彼等の動きに、齟齬が出たように見えた。 最後の最後、大型のゲスアーマチュア、ヘビーアーマチュアとでも言うべき相手と交戦していたときだ。 すさまじい砲撃、それを射撃のように連発する猛威の前に遮蔽は次々と破壊され、壁ですらただの板切れと変わらなかった。 後方に回り込もうにも、そこでどん詰まりの最奥。 ただ、それだけの大出力を維持するため、“それ"は有線でエネルギーの供給を受けていた。 そののたうつ太いコードを、気付かれないように静かに接近し、捉え、リデアンが引きちぎろうとしたときだ。 レックスが突然動いた。 真っ向から来る砲撃をありったけのバイオティックバリアで受け止めた。 その隙にリデアンは、ブレードでコードを切断した。 流出に対処しながら残存エネルギーだけで動くしかなくなった怪物は、明らかに弱体化した。
シェパードには、レックスの行動は連携にないもののように見えた。 彼等は瞬間的に判断して動くが、ある程度は先を読み備えているし、それを互いに分かっている。 だから、文字通りとっさに、反射的に動くのは、目の前の攻撃を回避するときくらいだ。 だがあのときレックスは、予定にない動きを、とっさに取ったように見えた。
静かなシャトルの中、 「おい。あんなことは二度とやるな」 低く、いつになく抑えた声で、しかしはっきりとレックスが言った。 「あんなこと、とは?」 機能とエネルギーセーブのため、“ローテンション"になったリデアンが囁くような声で答える。 「あのときも、だ」 レックスが顔に比しては小さな目で、ぎろりとリデアンを睨む。 「最後に俺を押したとき、電気刺激で筋力強化したな。さもなきゃトゥーリアンが、たとえ体勢が悪かろうとクローガンを押すことなんざできねえ」 あのときとは"あのとき"だとシェパードにも分かった。レックスとリデアンがほぼ本気でぶつかった、あのときのことだと。
最後の最後に、真正面から掴み合った二人は、あろうことかクローガンがトゥーリアンに力負けするという形で、決着へと続いた。 それまでの戦いが既に常識を踏み外していたため、ありえないことでもありえる気がしていたが……。 アーマーも、ブレードも出さず素手で組み合ったリデアンは、そのエネルギーをどういう形でか自分自身の体に流し、自身の能力をブーストしたのだ。 だがその行為は、医学や工学に詳しくないシェパードでも分かる。危険すぎると。 生きるために生物が、自然とかけているセーブ。それを破壊し、肉体の限界を越える力を、無理やり引き出す方法だ。神経にも筋肉にもすさまじいダメージが入る。 少しも変わらず淡々と、平然としていたリデアンは、しかしあのとき、そんな見かけとは程遠い有り様だったということだ。
「俺をアースにしやがったのは、さすがだ。だがそれでもだ」 (レックスを、アースに) 電気負荷をそんな形で軽減していたのか。だとしてもあれは暴挙だったと、シェパードは今初めて理解した。 「制御できるから実行した。現に私は生きている」 「黙れ、小僧。ちっとは年寄りの言うことを聞け。できるからって、軽くやるな。できたからって、またやるな」 (”また”) あのとき、のことだ。今度は今ついさっきのあのとき、リデアンはできるだけ隠密に、アーマチュアに気付かれないようにコードを破壊するため、威力に欠ける銃や、起動に際して明らかな熱や音の発生するブレードではなく、もっと静かな方法を選択した。だが素手で引きちぎるには頑丈すぎるケーブルに対して、彼はレックスと戦ったときに使ったのと同じ方法を取ろうとした。 それに気付いたレックスは、やめさせるために飛び出した。 そうすればアーマチュアの"意識"は一時的にすべてレックスに向く。であればその隙に荒っぽい方法も取れる、と。
「……そうだな。すまなかった」 リデアンが詫びると、レックスはブフンと大きく鼻を鳴らし、腕を組んで背もたれに体を預ける。 分かればいい、と言っているようだ。 だが、 「貴方が私を重要な戦力だと評価してくれているように、私も貴方を危険にさらす作戦はとりたくない。貴方のためだけでなく、クローガンの、銀河の未来のために」 それにレックスは何も答えなかった。
リデアンは、レックスを囮にした策も考えついてはいた。だが選択しなかった。それにやはりレックスは気付いていたのかもしれない。 (敵わないな) とシェパードは思う。 圧倒的な強さもだが、研ぎ澄まされた瞬間瞬間の戦術策定も、それを互いに一言も語らず分かり合うほどの高みも、そして、いざとなれば迷わず自分が危険を背負う、その覚悟と自信もだ。
だが今は、昔のような焦りは覚えない。 自分は自分だ。 至らないこともできないことも多いけれど、それでも仲間たちは共に来てくれた。 そして彼等が、自分の及ばないところを補ってくれる。 ノルマンディは、チームなのだ。
「リデアン。休んでおいてくれ。レックスもだ。ま、残っているのは後片付けくらいだろうが、念の為」 「ふん。俺たちが着いた頃にまだ終わってなかったら、きつーいお仕置きだな」 「レックス。暴れればいいこっちとは違うんだ。慎重を要することもある」 「であっても、迅速な作戦行動に対する評価査定の対象にはなる」 「やめてくれ、リデアン。厳しすぎる」 ほぼ休眠に入っているリデアンが、それでも少し笑ったようだ。 そしてレックスは満足げに大きな息をついた。 FIN